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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.55 姫泣川、流るる先に (5・終)「美羽の涙」

 卒業まで残り1週間。

 放課後私は、いつもの場所へ向かう。


 望月美羽、15才。

 この3年間、私の中学生活で1番思い出深い場所は花壇だ。

 園芸部は2学期いっぱいで引退したけれど、3学期も何度か顔を出していた。

 部長をしていたさとみんには「下級生に任しちゃいなよー」と、たしなめられてはいるんだけど、つい寄っちゃう。


 あの花壇が、私は大好きだから。

 私の、大好きな場所だから。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 姫泣川、流るる先に

(5)「美羽の涙」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 望月 美羽:

「あれ、梢ちゃん!」


 羽鳥 梢:

「あ、美羽」


 花壇へ行こうと廊下を歩いていたら、意外なところで梢ちゃんに出くわしてしまった。

 なんと梢ちゃんが、生徒指導室から出てきたのだ。

 しかも。


 堂本 信広:

「……」


 望月 美羽:

(えっと、堂本くん……だっけ)


 遅れて同じ部屋から出てきたのは、たしか梢ちゃんとクラスメイトの堂本くん。

 1度も同じクラスになったことのない彼は、私の中ではちょい悪の不良くんだ。


 彼は私に目もくれず、梢ちゃんを置いてさっさとその場から歩き去ってしまう。

 私は梢ちゃんに近づき、話しかける。


 望月 美羽:

「なんで梢ちゃん、こんなとこから出てきたの?」


 優等生な梢ちゃんが指導室なんて、縁がなさそうなのに。

 梢ちゃんはバツが悪そうに、笑って答えた。


 羽鳥 梢:

「じつは授業、サボっちゃったんだよね」


 望月 美羽:

「ええ! 意外! どーして?」


 羽鳥 梢:

「まぁ、何となく……成り行きというか」


 ごにょごにょと言葉を濁す梢ちゃん。

 竹を割ったような性格の梢ちゃんが、そんな態度をするのは珍しかった。


 羽鳥 梢:

「堂本くんと話し込んでたら、つい……ね」


 望月 美羽:

「ほへー……」


 堂本くんと梢ちゃんって、私には意外な組み合わせだ。

 あ、でも、堂本くんのお兄ちゃんに、梢ちゃん片想いしてたんだよね?

 これは、ただならぬ予感……!


 羽鳥 梢:

「美羽、変なこと考えてるでしょ」


 望月 美羽:

「え!? そ、そんなことないよ!」


 ちょっとワクワクしてしまったのが伝わったのか、梢ちゃんにきつい視線を送られてしまった。

 うひゃあ、梢ちゃんって、恋愛系でからかわれるの嫌がるんだよねー!


 羽鳥 梢:

「いいの。さっき先生にも、疑われたもん」


 羽鳥 梢:

「でも、本当に何でもないからね。堂本くん……いい子なんだよ」


 望月 美羽:

「……そっかぁ」


 梢ちゃんがそう言うってことは、本当にそうなんだろう。

 まぁさっきの堂本くん、少し不機嫌そうにも見えたけど……怒られた後だからかな。私は気を取り直した。


 望月 美羽:

「ねぇ梢ちゃん、もう今から帰る?」


 羽鳥 梢:

「あ、うん」


 望月 美羽:

「それなら一緒に花壇寄らない? お花を見たら、元気出るよ!」


 私がそう誘うと、梢ちゃんも安心したように笑ってくれた。


 羽鳥 梢:

「うん、行く行く!」


 そして私と梢ちゃんは、花壇へと一緒に歩き出した。



 ・   ・   ・



 今日は園芸部が休みなので、花壇には誰もいなかった。

 私と梢ちゃんはその前に立って、花を眺める。


 羽鳥 梢:

「これは何ていう花なの?」


 望月 美羽:

「ノースポール! 菊の仲間なんだよ」


 羽鳥 梢:

「ああ、たしかにそれっぽい」


 梢ちゃんと穏やかに花について語る。

 私が大好きな花壇に、大好きな友達といられるのは嬉しかった。

 そしてそこに、なんとるりっちもやってきた。


 戸田 るり:

「どうしたの2人とも、こんなところで」


 望月 美羽:

「あ、るりっち!」


 2人が見えたから来ちゃった、とるりっちは笑った。カバンを持っているので、るりっちもちょうど帰るところだったらしい。

 私たちは3人で花壇の前に並ぶことになる。


 望月 美羽:

「今ね、梢ちゃんと一緒に花壇見てたの! 癒やされるよ~」


 戸田 るり:

「本当だ、キレイに咲いてるね。春も近いからかな」


 3月前半の今、まだ寒い日もある。

 でも、たまにのぞかせる太陽が、地上に温かな陽気を届けてくれるようになっていた。

 るりっちの言うとおり、春はもうすぐそこまで来ている。


 望月 美羽:

「うん。もうすぐ桜咲く、だよ」


 そう言ったら、梢ちゃんも微笑んだ。


 羽鳥 梢:

「そういえば美羽、桜塚に大谷と受かったんだよね。よかったね」


 望月 美羽:

「ありがとう! 清女には落ちちゃってたから、本当によかったよ~」


 つい先日、第一志望の桜塚高校の合格発表を見た私。

 圭介くんと祈るように見に行ったそこで、互いに受験番号を見つけられた時は、本当に嬉しかった。


 私は桜塚、るりっちは徳瑛、梢ちゃんは清女へ行くことになったのだ。


 羽鳥 梢:

「うちら、見事にバラバラになっちゃったねぇ」


 あらためて梢ちゃんが、そうつぶやいたから。


 望月 美羽:

「……うん」


 寂しさが、胸をついてしまう。


 残りあと1週間。

 卒業しちゃったら、ここにはもう来られなくなっちゃうんだ。

 るりっちとも梢ちゃんとも、もう頻繁には会えない。

 小学校から、ずっと仲良くしていたのに。


 望月 美羽:

「あーあ、寂しいなぁ」


 戸田 るり:

「私も。2人と……なかなか会えなくなっちゃうのかな」


 私につられたのか、るりっちもしんみりとうつむいた。

 間にはさまれた梢ちゃんは、そんな私たちをきょろきょろ見て「もーっ」と、牛のような言葉を出す。


 羽鳥 梢:

「永遠に会えないわけじゃないんだから! 家も近いし、卒業してもいっぱい遊ぼうよ! ねっ」


 梢ちゃんの言葉が、私たちの顔を上げさせる。

 でもそんな梢ちゃんの目も、ちょっとだけ潤んでいた。


 望月 美羽:

「うん、そうしようねっ」


 元気よくく答えた時だった。


 大谷 圭介:

「うっすうっす! 3人娘で何してんだー」


 望月 美羽:

「圭介くん!」


 圭介くんが、カバンをかついでこちらに来ていた。

 大きく腕を振って、大股で歩いて私たちのそばに立つ。

 私はそんな圭介くんの前に駆け寄った。


 望月 美羽:

「まだ帰ってなかったんだ!」


 大谷 圭介:

「おう、ちょっとサッカー部を見に行っててな」


 望月 美羽:

「引退したのに?」


 大谷 圭介:

「はは、ちょっと今の部長が気になってさ。でもまぁ、もう大丈夫みたいだ」


 もしかして、以前言ってた黒田くんって子のことかな。

 私も圭介くんも部活に関しては、かまいたがりなのかもしれない。


 望月 美羽:

「そうなんだ。よかったね」


 そう微笑んで、私はるりっちたちを振り返った。


 望月 美羽:

「じゃあ、みんなで帰ろうか!」


 羽鳥 梢:

「そうだね、いいリフレッシュになった」


 戸田 るり:

「うん、行こう」


 歩き出した私の横で。


 大谷 圭介:

「お? 俺、もしかしてハーレム?」


 なんて圭介くんが言ったものだから、私は軽く彼の手の甲をつねったのだった。



 ・   ・   ・



 帰り道を4人で歩いた。

 大きな姫泣川の河川敷横の道路は広いので、そこで4人並んでぞろぞろ進む。

 圭介くん、私、るりっち、梢ちゃんの並び。

 圭介くんはすぐ横に見えた川の流れを見ながら、ふとつぶやいた。


 大谷 圭介:

「そういえばさ、この姫泣川の伝説って知ってるか?」


 望月 美羽:

「伝説?」


 圭介くんにしてはロマンチックな単語が出てきた。

 彼の方を見れば、その向こうにはキラキラ太陽の光を反射させた、河川が流れている。


 大谷 圭介:

「父ちゃんが最近、漫画のネタで調べたらしいんだけどさ。なんかお前たち見たら、それ思い出して」


 羽鳥 梢:

「へぇ、どんな話なの?」


 梢ちゃんは興味を持ったらしく、圭介くんに聞く。

 圭介くんは空を見上げて話した。


 昔々、この町に仲のいい三姉妹が住んでいたこと。

 それぞれに縁談があがり、愛を育んだこと。

 しかし別れの時、互いに離れることが寂しくて泣き合ったこと。

 そして娘たちの涙があまりに美しかったので、山の神様がそれで川を作り上げた

 それが、今の姫泣川の名前の所以《ゆえん》らしい。


 たしかに今の私たちみたいで、聞きながら見つめた川の流れが、本当に涙の煌めきのように見えて切なくなった。


 戸田 るり:

「知らなかったなぁ、そんな話があったなんて」


 聞き終わって、るりっちがそう言った。

 話し疲れたのか、圭介くんは「うーん」と両腕を空に伸ばす。


 大谷 圭介:

「町に歴史あり、だな」


 羽鳥 梢:

「キレイな伝説だね」


 梢ちゃんはその話が気に入ったのか、優しく微笑んで川を見た。


 キラキラ、キラキラ。

 川は輝いて流れている。


 いつもそこにあったのに。

 こんな風にちゃんと見たのは、久しぶりのような気がした。


 しばらくして、私と圭介くん、るりっちと梢ちゃんに分かれて「バイバイ」をした。

 また明日。

 その言葉を言える回数も、あとわずかだ。


 大谷 圭介:

「家まで送ろうか」


 望月 美羽:

「ありがとう。今日はお兄ちゃんはまだ帰ってないから、安心してね」


 大谷 圭介:

「う。だ、大丈夫だし!」


 圭介くんを少しからかって、クスクス笑う。

 そんな私に圭介くんは体を近づけて、そっと手を握ってくれた。

 大きな圭介くんの手。

 温かくて、春の太陽みたい。


 大谷 圭介:

「来週、卒業式だな」


 望月 美羽:

「……うん」


 私の歩調に合わせて、ゆっくり歩いてくれる彼。

 バイバイを先延ばしにしたくて、いつもより遅く歩いてしまう。


 大谷 圭介:

「園芸部も見送りあるんだっけ?」


 望月 美羽:

「うん、花束をもらえるはずだよ。サッカー部は胴上げだよね」


 大谷 圭介:

「あいつらに俺を上げられるかな~」


 わっはっはっ、なんて圭介くんは笑う。

 そして不意につないだ手を離すと、私の頭にポンと置いた。


 大谷 圭介:

「寂しい?」


 望月 美羽:

「え?」


 大谷 圭介:

「戸田たちと離れちゃうから」


 望月 美羽:

「……うん」


 ああ、やっぱり圭介くんには丸わかりかぁ。

 私は少しだけ、目を潤ませた。


 望月 美羽:

「寂しいよ。大好きな友達だもん」


 大谷 圭介:

「……うん」


 大谷 圭介:

「……俺も、ちょっと寂しいかな」


 圭介くんは少し照れくさそうに、顔をうつむけて笑った。

 彼とトリオを組んできた小池くんと中曽根くんは、徳瑛高校だ。

 仲のいい井本くんも、違う高校だと聞いた。


 みんなバラバラに、それぞれの進路を歩いて行く。

 河川の先が分かれていくように。

 私たちの道がずっと同じだなんてことは、ないのだから。


 望月 美羽:

「……でも私は、同じ高校だから」


 望月 美羽:

「よろしくね、圭介くん」


 彼を励ましたくて、笑って伝えた。

 すると。


 大谷 圭介:

「ん! こちらこそよろしくな、美羽」


 望月 美羽:

「……!」


 突然下の名前を呼ばれて、ぎゅっと手を強く握られた。


 望月 美羽:

(ひゃあぁ!)


 反則だ!


 と思った私の顔を、圭介くんは嬉しそうに見ている。

 大好きな彼と、2人で歩く帰り道。

 今はもう見えないはずの姫泣川の煌めきが、私の心の中でずっとキラキラと輝き残った。


 卒業まで──あとわずか。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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