Ep.55 姫泣川、流るる先に (5・終)「美羽の涙」
卒業まで残り1週間。
放課後私は、いつもの場所へ向かう。
望月美羽、15才。
この3年間、私の中学生活で1番思い出深い場所は花壇だ。
園芸部は2学期いっぱいで引退したけれど、3学期も何度か顔を出していた。
部長をしていたさとみんには「下級生に任しちゃいなよー」と、たしなめられてはいるんだけど、つい寄っちゃう。
あの花壇が、私は大好きだから。
私の、大好きな場所だから。
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姫泣川、流るる先に
(5)「美羽の涙」
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望月 美羽:
「あれ、梢ちゃん!」
羽鳥 梢:
「あ、美羽」
花壇へ行こうと廊下を歩いていたら、意外なところで梢ちゃんに出くわしてしまった。
なんと梢ちゃんが、生徒指導室から出てきたのだ。
しかも。
堂本 信広:
「……」
望月 美羽:
(えっと、堂本くん……だっけ)
遅れて同じ部屋から出てきたのは、たしか梢ちゃんとクラスメイトの堂本くん。
1度も同じクラスになったことのない彼は、私の中ではちょい悪の不良くんだ。
彼は私に目もくれず、梢ちゃんを置いてさっさとその場から歩き去ってしまう。
私は梢ちゃんに近づき、話しかける。
望月 美羽:
「なんで梢ちゃん、こんなとこから出てきたの?」
優等生な梢ちゃんが指導室なんて、縁がなさそうなのに。
梢ちゃんはバツが悪そうに、笑って答えた。
羽鳥 梢:
「じつは授業、サボっちゃったんだよね」
望月 美羽:
「ええ! 意外! どーして?」
羽鳥 梢:
「まぁ、何となく……成り行きというか」
ごにょごにょと言葉を濁す梢ちゃん。
竹を割ったような性格の梢ちゃんが、そんな態度をするのは珍しかった。
羽鳥 梢:
「堂本くんと話し込んでたら、つい……ね」
望月 美羽:
「ほへー……」
堂本くんと梢ちゃんって、私には意外な組み合わせだ。
あ、でも、堂本くんのお兄ちゃんに、梢ちゃん片想いしてたんだよね?
これは、ただならぬ予感……!
羽鳥 梢:
「美羽、変なこと考えてるでしょ」
望月 美羽:
「え!? そ、そんなことないよ!」
ちょっとワクワクしてしまったのが伝わったのか、梢ちゃんにきつい視線を送られてしまった。
うひゃあ、梢ちゃんって、恋愛系でからかわれるの嫌がるんだよねー!
羽鳥 梢:
「いいの。さっき先生にも、疑われたもん」
羽鳥 梢:
「でも、本当に何でもないからね。堂本くん……いい子なんだよ」
望月 美羽:
「……そっかぁ」
梢ちゃんがそう言うってことは、本当にそうなんだろう。
まぁさっきの堂本くん、少し不機嫌そうにも見えたけど……怒られた後だからかな。私は気を取り直した。
望月 美羽:
「ねぇ梢ちゃん、もう今から帰る?」
羽鳥 梢:
「あ、うん」
望月 美羽:
「それなら一緒に花壇寄らない? お花を見たら、元気出るよ!」
私がそう誘うと、梢ちゃんも安心したように笑ってくれた。
羽鳥 梢:
「うん、行く行く!」
そして私と梢ちゃんは、花壇へと一緒に歩き出した。
・ ・ ・
今日は園芸部が休みなので、花壇には誰もいなかった。
私と梢ちゃんはその前に立って、花を眺める。
羽鳥 梢:
「これは何ていう花なの?」
望月 美羽:
「ノースポール! 菊の仲間なんだよ」
羽鳥 梢:
「ああ、たしかにそれっぽい」
梢ちゃんと穏やかに花について語る。
私が大好きな花壇に、大好きな友達といられるのは嬉しかった。
そしてそこに、なんとるりっちもやってきた。
戸田 るり:
「どうしたの2人とも、こんなところで」
望月 美羽:
「あ、るりっち!」
2人が見えたから来ちゃった、とるりっちは笑った。カバンを持っているので、るりっちもちょうど帰るところだったらしい。
私たちは3人で花壇の前に並ぶことになる。
望月 美羽:
「今ね、梢ちゃんと一緒に花壇見てたの! 癒やされるよ~」
戸田 るり:
「本当だ、キレイに咲いてるね。春も近いからかな」
3月前半の今、まだ寒い日もある。
でも、たまにのぞかせる太陽が、地上に温かな陽気を届けてくれるようになっていた。
るりっちの言うとおり、春はもうすぐそこまで来ている。
望月 美羽:
「うん。もうすぐ桜咲く、だよ」
そう言ったら、梢ちゃんも微笑んだ。
羽鳥 梢:
「そういえば美羽、桜塚に大谷と受かったんだよね。よかったね」
望月 美羽:
「ありがとう! 清女には落ちちゃってたから、本当によかったよ~」
つい先日、第一志望の桜塚高校の合格発表を見た私。
圭介くんと祈るように見に行ったそこで、互いに受験番号を見つけられた時は、本当に嬉しかった。
私は桜塚、るりっちは徳瑛、梢ちゃんは清女へ行くことになったのだ。
羽鳥 梢:
「うちら、見事にバラバラになっちゃったねぇ」
あらためて梢ちゃんが、そうつぶやいたから。
望月 美羽:
「……うん」
寂しさが、胸をついてしまう。
残りあと1週間。
卒業しちゃったら、ここにはもう来られなくなっちゃうんだ。
るりっちとも梢ちゃんとも、もう頻繁には会えない。
小学校から、ずっと仲良くしていたのに。
望月 美羽:
「あーあ、寂しいなぁ」
戸田 るり:
「私も。2人と……なかなか会えなくなっちゃうのかな」
私につられたのか、るりっちもしんみりとうつむいた。
間にはさまれた梢ちゃんは、そんな私たちをきょろきょろ見て「もーっ」と、牛のような言葉を出す。
羽鳥 梢:
「永遠に会えないわけじゃないんだから! 家も近いし、卒業してもいっぱい遊ぼうよ! ねっ」
梢ちゃんの言葉が、私たちの顔を上げさせる。
でもそんな梢ちゃんの目も、ちょっとだけ潤んでいた。
望月 美羽:
「うん、そうしようねっ」
元気よくく答えた時だった。
大谷 圭介:
「うっすうっす! 3人娘で何してんだー」
望月 美羽:
「圭介くん!」
圭介くんが、カバンをかついでこちらに来ていた。
大きく腕を振って、大股で歩いて私たちのそばに立つ。
私はそんな圭介くんの前に駆け寄った。
望月 美羽:
「まだ帰ってなかったんだ!」
大谷 圭介:
「おう、ちょっとサッカー部を見に行っててな」
望月 美羽:
「引退したのに?」
大谷 圭介:
「はは、ちょっと今の部長が気になってさ。でもまぁ、もう大丈夫みたいだ」
もしかして、以前言ってた黒田くんって子のことかな。
私も圭介くんも部活に関しては、かまいたがりなのかもしれない。
望月 美羽:
「そうなんだ。よかったね」
そう微笑んで、私はるりっちたちを振り返った。
望月 美羽:
「じゃあ、みんなで帰ろうか!」
羽鳥 梢:
「そうだね、いいリフレッシュになった」
戸田 るり:
「うん、行こう」
歩き出した私の横で。
大谷 圭介:
「お? 俺、もしかしてハーレム?」
なんて圭介くんが言ったものだから、私は軽く彼の手の甲をつねったのだった。
・ ・ ・
帰り道を4人で歩いた。
大きな姫泣川の河川敷横の道路は広いので、そこで4人並んでぞろぞろ進む。
圭介くん、私、るりっち、梢ちゃんの並び。
圭介くんはすぐ横に見えた川の流れを見ながら、ふとつぶやいた。
大谷 圭介:
「そういえばさ、この姫泣川の伝説って知ってるか?」
望月 美羽:
「伝説?」
圭介くんにしてはロマンチックな単語が出てきた。
彼の方を見れば、その向こうにはキラキラ太陽の光を反射させた、河川が流れている。
大谷 圭介:
「父ちゃんが最近、漫画のネタで調べたらしいんだけどさ。なんかお前たち見たら、それ思い出して」
羽鳥 梢:
「へぇ、どんな話なの?」
梢ちゃんは興味を持ったらしく、圭介くんに聞く。
圭介くんは空を見上げて話した。
昔々、この町に仲のいい三姉妹が住んでいたこと。
それぞれに縁談があがり、愛を育んだこと。
しかし別れの時、互いに離れることが寂しくて泣き合ったこと。
そして娘たちの涙があまりに美しかったので、山の神様がそれで川を作り上げた
それが、今の姫泣川の名前の所以らしい。
たしかに今の私たちみたいで、聞きながら見つめた川の流れが、本当に涙の煌めきのように見えて切なくなった。
戸田 るり:
「知らなかったなぁ、そんな話があったなんて」
聞き終わって、るりっちがそう言った。
話し疲れたのか、圭介くんは「うーん」と両腕を空に伸ばす。
大谷 圭介:
「町に歴史あり、だな」
羽鳥 梢:
「キレイな伝説だね」
梢ちゃんはその話が気に入ったのか、優しく微笑んで川を見た。
キラキラ、キラキラ。
川は輝いて流れている。
いつもそこにあったのに。
こんな風にちゃんと見たのは、久しぶりのような気がした。
しばらくして、私と圭介くん、るりっちと梢ちゃんに分かれて「バイバイ」をした。
また明日。
その言葉を言える回数も、あとわずかだ。
大谷 圭介:
「家まで送ろうか」
望月 美羽:
「ありがとう。今日はお兄ちゃんはまだ帰ってないから、安心してね」
大谷 圭介:
「う。だ、大丈夫だし!」
圭介くんを少しからかって、クスクス笑う。
そんな私に圭介くんは体を近づけて、そっと手を握ってくれた。
大きな圭介くんの手。
温かくて、春の太陽みたい。
大谷 圭介:
「来週、卒業式だな」
望月 美羽:
「……うん」
私の歩調に合わせて、ゆっくり歩いてくれる彼。
バイバイを先延ばしにしたくて、いつもより遅く歩いてしまう。
大谷 圭介:
「園芸部も見送りあるんだっけ?」
望月 美羽:
「うん、花束をもらえるはずだよ。サッカー部は胴上げだよね」
大谷 圭介:
「あいつらに俺を上げられるかな~」
わっはっはっ、なんて圭介くんは笑う。
そして不意につないだ手を離すと、私の頭にポンと置いた。
大谷 圭介:
「寂しい?」
望月 美羽:
「え?」
大谷 圭介:
「戸田たちと離れちゃうから」
望月 美羽:
「……うん」
ああ、やっぱり圭介くんには丸わかりかぁ。
私は少しだけ、目を潤ませた。
望月 美羽:
「寂しいよ。大好きな友達だもん」
大谷 圭介:
「……うん」
大谷 圭介:
「……俺も、ちょっと寂しいかな」
圭介くんは少し照れくさそうに、顔をうつむけて笑った。
彼とトリオを組んできた小池くんと中曽根くんは、徳瑛高校だ。
仲のいい井本くんも、違う高校だと聞いた。
みんなバラバラに、それぞれの進路を歩いて行く。
河川の先が分かれていくように。
私たちの道がずっと同じだなんてことは、ないのだから。
望月 美羽:
「……でも私は、同じ高校だから」
望月 美羽:
「よろしくね、圭介くん」
彼を励ましたくて、笑って伝えた。
すると。
大谷 圭介:
「ん! こちらこそよろしくな、美羽」
望月 美羽:
「……!」
突然下の名前を呼ばれて、ぎゅっと手を強く握られた。
望月 美羽:
(ひゃあぁ!)
反則だ!
と思った私の顔を、圭介くんは嬉しそうに見ている。
大好きな彼と、2人で歩く帰り道。
今はもう見えないはずの姫泣川の煌めきが、私の心の中でずっとキラキラと輝き残った。
卒業まで──あとわずか。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




