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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.55 姫泣川、流るる先に (3)「梢の涙・前編」

 羽鳥梢、15才。

 やってしまいました。

 本命の高校受験に、落ちてしまいました。


 まわりからはしっかり者、姉御肌なんて言われてます。

 それなのに本番でしくじりました。


 ああ──私って。


 何でこうなんだろうか。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 姫泣川、流るる先に

(3)「梢の涙・前編」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 第二志望の清女には、受かっていた。

 すぐに気持ちを切り替えて、行くべき高校へと夢を膨らませる。


 羽鳥 梢:

「清女って制服可愛いよね~! このリボンとか選べるらしいじゃん」


 松宮 茜:

「ネクタイタイプもあるみたいだね。私、そっちにしようかな」


 同じ清女へスポーツ推薦で決めていた茜ちゃんと、制服カタログを見ておしゃべりをする。

 5組の教室の片隅に、お邪魔していた。


 羽鳥 梢:

「茜ちゃん、女子高だとモテそう」


 松宮 茜:

「羽鳥、それは褒め言葉だね?」


 羽鳥 梢:

「もちろん! よ、バスケ部期待のエース!」


 松宮 茜:

「羽鳥、あんたちょっとはしゃぎすぎてない?」


 茜ちゃんが少しだけ苦笑している。

 私も自分自身、ちょっとはしゃぎすぎてるなぁ、なんて思う。


 でもさ。

 仕方ないんだ。

 こんぐらい、テンション上げないと。


 羽鳥 梢:

(あの教室に帰れないもん……)


 今、私の隣の席は中曽根だ。

 徳瑛高校に合格した中曽根。

 徳瑛高校に落ちた私。


 るりと一緒に合格した彼の隣はとても居心地悪く、逃げるようにここにいたのだ。



 ・   ・   ・



 しかし、いつまでも5組の教室にいられるわけもない。

 休み時間終了が近づいている今、私はゆっくりと、自分の教室である1組へと向かっていた。


 羽鳥 梢:

(あーあ)


 羽鳥 梢:

(私って案外、心狭いんだなぁ)


 るりと中曽根は合格したのだから、喜んであげなくちゃいけないのに。

 それなのにこんな風に避けてるなんて、嫌なやつ。


 ふと、廊下の窓に映る自分と目が合う。

 ちゃんと笑顔でいなくっちゃ。


 羽鳥 梢:

(よしよし、笑えてるね)


 ニコッと、窓の自分の笑顔を確認する。

 すると。


 堂本 信広:

「怖ぇよ、お前」


 羽鳥 梢:

「ど、堂本くん!?」


 いつの間にか、背後から堂本くんが現れて、1人で笑う場面を見られていた。


 うわぁ、見てないでよ!


 堂本 信広:

「自分の顔が、そんなに笑えるか」


 羽鳥 梢:

「んなわけないでしょ!」


 まったく、相変わらず可愛くない不良なんだから!


 しかしこの3年間で、彼とのかけ合いにもすっかり馴染んでしまった。

 自然と私たちは隣に並び、同じ教室を目指す。

 1年の頃に比べ、すっかり背が伸びてしまった堂本くんは、私の頭の斜め上であくびをしていた。


 羽鳥 梢:

「相変わらず眠そうだね」


 堂本 信広:

「寝る子は育つんだよ」


 羽鳥 梢:

「それ以上、育たなくてもよくない?」


 堂本 信広:

「……ははっ」


 堂本くんが笑った。

 最近堂本くんは、よく笑う。


 しかも、私が嫌いな嘲笑じゃなくて、柔らかくて温かい感じの笑い方だ。

 それを見られるようになったことが、なんとなく私も嬉しい。


 羽鳥 梢:

(…うん)


 羽鳥 梢:

(やっぱり人間、笑って過ごさなくちゃ)


 幼い頃から、笑って過ごそうと考えている私。

 それはお母さんの影響が大きい。


 明るくて優しくて、茶目っ気もある私のお母さん。

 太陽みたいなその存在が、私はとても大好き。

 私もそんな人でありたいと思う。

 だから、笑顔を忘れちゃいけないんだ。


 堂本 信広:

「……羽鳥さ」


 羽鳥 梢:

「ん?」


 考え事をしていた私に、ふいに堂本くんが声をかけてきた。


 堂本 信広:

「高校、決まったか?」


 羽鳥 梢:

「……あ、うん」


 少しだけ息苦しい質問。

 私はうつむいて答える。


 羽鳥 梢:

「清女! 徳瑛は……落ちちゃった」


 堂本 信広:

「……そうか」


 以前、堂本くんには私の第一志望を教えていた。

 だから予防線として、つい落ちたことを自ら言ってしまう。

 笑ってうつむいて、足を進めた。


 羽鳥 梢:

「堂本くんは? 希望してたとこ行けた?」


 堂本 信広:

「あー、うん。何とか」


 羽鳥 梢:

「すごい! やったじゃん!」


 その感嘆は、心からのものだった。

 だって私は、堂本くんが勉強をとても頑張っていたことを知っている。

 冬休みだって、とても頑張っていたんだろう。

 彼の追い上げはすごかった。


 羽鳥 梢:

「天崎《あまざき》高校だっけ?」


 堂本 信広:

「ん。清女よりレベル低いけどな」


 羽鳥 梢:

「でも調理科とか家政科あるよね。女子多そうー」


 堂本 信広:

「ん? あー……かもな」


 堂本くんが首元を掻きつつ、答える。

 そんな彼を見上げて、私はニコニコと笑って言った。


 羽鳥 梢:

「男子が少ないなら、モテちゃったりしてねー! 彼女できるかもよ、堂本くん~」


 教室が近いから、ついテンションを上げるためそんなことを言ってしまった私に。


 堂本 信広:

「……」


 堂本 信広:

「羽鳥」


 羽鳥 梢:

「ん?」


 ビシッ!


 と堂本くんが、頭に軽くチョップを入れてくれた。


 い……痛ーい!


 羽鳥 梢:

「何すんのー!」


 堂本 信広:

「お前がくだらないこと言うからだろ」


 羽鳥 梢:

「何よ、照れたの?」


 堂本 信広:

「……ハァ」


 堂本くんは、見せつけるようにため息を吐く。

 そしてじっと私を見つめて、こう言ったんだ。


 堂本 信広:

「無理に笑うのやめれば。見てて痛々しいんだよ」


 羽鳥 梢:

「……!」


 その言葉につい、足を止める。

 堂本くんもつられるように足を止めて、後ろに立つ私を振り返った。

 でも堂本くんは、さらに追い打ちをかけるように言葉を続ける。


 堂本 信広:

「徳瑛受かった中曽根に気ぃつかって、落ち込まないようにしてんだろ」


 堂本 信広:

「落ち込むのは当たり前なのに、なんで我慢してんの、お前」


 羽鳥 梢:

「な……何言って……」


 ──急に、心臓が早くなる。


 嫌な動悸が、ドッドッと内側から私を叩く。

 上げようとした口角は失敗して、私は変な表情をしたに違いなかった。


 鳴るチャイム。

 あ──休み時間が終わっちゃう。


 まわりから、どんどんいなくなる人の気配。


 それなのに私の足は動かなくて。

 そして堂本くんも、動かない。


 射抜くように、こちらをじっと見ていた。




 ◇ 続く ◇

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