↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
PR
258/273

Ep.55 姫泣川、流るる先に (2)「るりの涙・後編」

 昔から私は、プレッシャーや緊張に弱い。

 普段ならできることも、注目されたり、失敗できない状況になると震えそうになる。

 そんな私に、いつも自信をつけてくれたり元気を与えてくれたのは、悠や梢ちゃんだった。


 中曽根 悠:

「るり、すごいな!」


 お菓子を渡しただけで、悠はそんなふうに言ってくれる。


 羽鳥 梢:

「るりに負けないように、私も頑張るよ!」


 梢ちゃんは笑顔で、いつも一緒にいてくれた。

 小さな頃から支えて引っ張ってくれた2人。


 でも、今は。

 ここに2人はいない。


 私1人で頑張るしか──ないんだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 姫泣川、流るる先に

(2)「るりの涙・後編」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 私は個別に、保健室へと案内された。

 そこで受験をすることになり、中に入ると他にも2人、見知らぬ受験生がいた。


 坊主頭の男の子と、セミロングの女の子。

 どちらも私と同じように体調を崩しているらしく、マスクをして気怠そうな顔つきだった。

 私もボーッとした頭のまま、用意された席に座る。


 狭い保健室に、トライアングルのように並べられた机。

 私は後ろの右側に座った。

 保健室受験。

 まさか自分がそれを体験するなんて、思ってもみなかった。

 しかも本命の、徳瑛高校で……。


 戸田 るり:

(梢ちゃんと悠に……迷惑かけちゃった)


 心配しているだろうか。

 私のこの状況は、2人の負担になっていないだろうか。


 私のバカ。

 なんで本番で、こんな失敗をするの。


 そう考えていても、受験の時間は容赦なく迫る。

 試験官が保健室にもやってきて、説明をしてから用紙を配り始めた。


 試験官:

「終わったら、奥のベッドで横になっててもいいですからね。声をかけてください」


 体調の悪い私たちに、試験官は最後に優しくそう言ってくれた。


 そして始まる、第一の試験。

 チャイムの音と同時に用紙をめくった。


 最初は数学だ。

 私が1番苦手とする科目。

 羅列された問題の数式に図形、グラフ、展開図。

 どれもがいつもより遙かに難しい問いに見えたけれど、落ち着いて息を吸う。


 戸田 るり:

(……大丈夫。これは解いたことのあるやつだ。これも、これも)


 戸田 るり:

(まずはわかるやつから、解いていこう)


 まだ頭はクラクラするけれども、目をしっかり開けて答案用紙に手を伸ばす。

 静かに鉛筆を走らせた。


 大丈夫。

 落ち着いて。

 自分の力を、信じて。


 そうしてしばらく問題と向きあっていたら。


 女の子:

「……っう、……っえぐ……っ」


 戸田 るり:

「……!?」


 どこからか、抑え込まれた泣き声が聞こえた。

 それは私の前に座る、女の子の声だった。

 肩が小刻みに震えている。

 顔をうつむかせて泣いていた。

 隣の男の子もそれに気づいたのか、前を呆然と見ていた。


 戸田 るり:

「……」


 彼女がどうして泣いているのかなんて、痛いくらいにわかった。


 怖いんだ。

 体調も崩して、でも目の前には解かなきゃいけない問題が突きつけられて。

 自分の力を出せるかもわからなくて──怖いんだ。


 戸田 るり:

「……っ」


 ふいに、私の鉛筆を持つ右手も震えた。

 怖さが伝染してきたように、小さく震えている。


 やめて。

 泣かないで。


 私も、怖くなっちゃう──。


 戸田 るり:

(あっ……)


 怖さを振り払うように、右手を動かした瞬間。

 消しゴムが手に当たって、机から落ちてしまった。

 それは私の足元に転がって、見ていたのか試験官はすぐに来てそれを拾ってくれる。

 悠の、消しゴム。


 戸田 るり:

「…………」


 拾ってくれた試験官に頭を下げて、机に置かれた消しゴムをギュッと握りしめる。

 私の熱すぎる今の体温は、すぐに消しゴムを温めて、私の手と一体になった。


 じんわり伝わる、冷たい感触。

 悠がくれた、彼の消しゴム。

 私と彼しか知らない、隠されたおまじない。


 そうだ。あれを見て心を落ち着かせよう。


 消しゴムのケースを引いた。

 現れたのは、1年生の頃の悠が書いてくれた、ぶきっちょな文字の私の名前。



 戸田 るり

 ガンバレ!



 戸田 るり:

「……!」


 そこには、前見たときにはなかった文字が付け加えられている。

「ガンバレ」──それは、今の悠が私に向けて書いてくれたメッセージだった。


 戸田 るり:

(……悠……)


 ぎゅっと消しゴムを、また握る。



 中曽根 悠:

「頑張ろうな!」



 聞こえる、悠の声。

 彼も今、この建物の中で一緒に頑張っている。

 そして、机にぶら下がるカバンに付けられた、赤色のお守り。

 大好きな友達と、お揃いのお守り。



 羽鳥 梢:

「るり、一緒に合格しようね!」


 望月 美羽:

「るりっちなら大丈夫! ドーンと頑張ってきて!」



 梢ちゃんの、優しい声。

 美羽の、明るく背中を押す声。


 大丈夫。

 私はもう──怖くなんかないよ。


 負けない。

 負けるもんか……!


 戸田 るり:

(……っよし!)


 いつの間にか、つられて出そうになった涙をグイッと拭う。


 泣くもんか。

 集中するんだ。

 集中すれば痛みも気怠さも、薄くなる。

 自分を信じて。

 あんなに勉強したんだ。

 大丈夫。

 私は大丈夫。


 また鉛筆を走らせる。

 もう、まわりは気にしない。


 私は私の力を精一杯出すしかないんだと、目の前の問題用紙と向き合った。



 ・   ・   ・



 3月に入ってすぐ、徳瑛高校の合格発表があった。

 私は悠と梢ちゃんと一緒に、徳瑛高校の発表場所へと向かった。

 そこで小池くんとも合流する。


 小池 隼人:

「緊張するね」


 中曽根 悠:

「小池は全然、そうは見えねぇなぁ」


 悠はケラケラと小池くんと笑っている。

 いつもどおりに明るい悠。

 でもそれが、ちょっとした緊張隠しなんだって、私にはわかる。


 羽鳥 梢:

「あー、やばい。緊張してきた」


 私の隣で、梢ちゃんがつぶやく。


 戸田 るり:

「私も。あとはもう、祈るしかないよね」


 まわりの知らない多くの受験生たちも、私たちと同じように様々な表情をしていた。


 緊張で強張った顔の子。

 緊張をごまかすために喋りまくっている子。

 祈るように指を組んでいる子。

 何でもないように空を見上げている子。


 そしてそんな私たちの前に、ついに合格発表のボードが運び込まれる。


 戸田 るり:

(来た……!)


 とたんに騒がしくなる会場。

 私たちもその群れに飛び込んで、それぞれの番号を探した。


 私の番号は1011番。

 それがあるように、祈るように目を走らせた。


 1002……

 1007……

 1008……



 1011。


 戸田 るり:

「!」


 戸田 るり:

「……あった!」


 私の受験番号が、そこにあった。

 間違いじゃない。

 何度もたしかめる。

 その番号は、たしかにそこにあったんだ。


 隣にいた悠が、私のつぶやきに反応する。


 中曽根 悠:

「るり、あった? 俺も……俺もだぞ!」


 戸田 るり:

「え、悠も!?」


 悠も合格だと聞いて、一気に私の目の前が明るくなる。


 うそ、夢みたい!

 悠とまた、高校生活も一緒にいられるんだ!


 そこに小池くんもやってきて、笑顔で教えてくれる。


 小池 隼人:

「僕もあったよ」


 小池くんも合格していたようだ。

 特進クラスを受けていた彼は違うボードを見ていたけれど、安心したように笑って近づく。


 中曽根 悠:

「小池すげぇじゃん! やったな!!」


 悠は自分のことのようにはしゃいで、小池くんの肩に腕をまわす。

 それを小池くんも嬉しそうに受け止めて、珍しく悠の肩に自分の腕をまわしていた。


 戸田 るり:

(よかった、2人も合格して……)


 ホッとする私。

 でも。


 まだ聞こえない声に、ふいに不安になり逆の隣を見た。

 梢ちゃんだ。

 梢ちゃんはまだボードを見上げている。


 そして──


 羽鳥 梢:

「……」


 羽鳥 梢:

「…………ない」


 そうつぶやいたのだった。




 ◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。