Ep.55 姫泣川、流るる先に (2)「るりの涙・後編」
昔から私は、プレッシャーや緊張に弱い。
普段ならできることも、注目されたり、失敗できない状況になると震えそうになる。
そんな私に、いつも自信をつけてくれたり元気を与えてくれたのは、悠や梢ちゃんだった。
中曽根 悠:
「るり、すごいな!」
お菓子を渡しただけで、悠はそんなふうに言ってくれる。
羽鳥 梢:
「るりに負けないように、私も頑張るよ!」
梢ちゃんは笑顔で、いつも一緒にいてくれた。
小さな頃から支えて引っ張ってくれた2人。
でも、今は。
ここに2人はいない。
私1人で頑張るしか──ないんだ。
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姫泣川、流るる先に
(2)「るりの涙・後編」
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私は個別に、保健室へと案内された。
そこで受験をすることになり、中に入ると他にも2人、見知らぬ受験生がいた。
坊主頭の男の子と、セミロングの女の子。
どちらも私と同じように体調を崩しているらしく、マスクをして気怠そうな顔つきだった。
私もボーッとした頭のまま、用意された席に座る。
狭い保健室に、トライアングルのように並べられた机。
私は後ろの右側に座った。
保健室受験。
まさか自分がそれを体験するなんて、思ってもみなかった。
しかも本命の、徳瑛高校で……。
戸田 るり:
(梢ちゃんと悠に……迷惑かけちゃった)
心配しているだろうか。
私のこの状況は、2人の負担になっていないだろうか。
私のバカ。
なんで本番で、こんな失敗をするの。
そう考えていても、受験の時間は容赦なく迫る。
試験官が保健室にもやってきて、説明をしてから用紙を配り始めた。
試験官:
「終わったら、奥のベッドで横になっててもいいですからね。声をかけてください」
体調の悪い私たちに、試験官は最後に優しくそう言ってくれた。
そして始まる、第一の試験。
チャイムの音と同時に用紙をめくった。
最初は数学だ。
私が1番苦手とする科目。
羅列された問題の数式に図形、グラフ、展開図。
どれもがいつもより遙かに難しい問いに見えたけれど、落ち着いて息を吸う。
戸田 るり:
(……大丈夫。これは解いたことのあるやつだ。これも、これも)
戸田 るり:
(まずはわかるやつから、解いていこう)
まだ頭はクラクラするけれども、目をしっかり開けて答案用紙に手を伸ばす。
静かに鉛筆を走らせた。
大丈夫。
落ち着いて。
自分の力を、信じて。
そうしてしばらく問題と向きあっていたら。
女の子:
「……っう、……っえぐ……っ」
戸田 るり:
「……!?」
どこからか、抑え込まれた泣き声が聞こえた。
それは私の前に座る、女の子の声だった。
肩が小刻みに震えている。
顔をうつむかせて泣いていた。
隣の男の子もそれに気づいたのか、前を呆然と見ていた。
戸田 るり:
「……」
彼女がどうして泣いているのかなんて、痛いくらいにわかった。
怖いんだ。
体調も崩して、でも目の前には解かなきゃいけない問題が突きつけられて。
自分の力を出せるかもわからなくて──怖いんだ。
戸田 るり:
「……っ」
ふいに、私の鉛筆を持つ右手も震えた。
怖さが伝染してきたように、小さく震えている。
やめて。
泣かないで。
私も、怖くなっちゃう──。
戸田 るり:
(あっ……)
怖さを振り払うように、右手を動かした瞬間。
消しゴムが手に当たって、机から落ちてしまった。
それは私の足元に転がって、見ていたのか試験官はすぐに来てそれを拾ってくれる。
悠の、消しゴム。
戸田 るり:
「…………」
拾ってくれた試験官に頭を下げて、机に置かれた消しゴムをギュッと握りしめる。
私の熱すぎる今の体温は、すぐに消しゴムを温めて、私の手と一体になった。
じんわり伝わる、冷たい感触。
悠がくれた、彼の消しゴム。
私と彼しか知らない、隠されたおまじない。
そうだ。あれを見て心を落ち着かせよう。
消しゴムのケースを引いた。
現れたのは、1年生の頃の悠が書いてくれた、ぶきっちょな文字の私の名前。
戸田 るり
ガンバレ!
戸田 るり:
「……!」
そこには、前見たときにはなかった文字が付け加えられている。
「ガンバレ」──それは、今の悠が私に向けて書いてくれたメッセージだった。
戸田 るり:
(……悠……)
ぎゅっと消しゴムを、また握る。
中曽根 悠:
「頑張ろうな!」
聞こえる、悠の声。
彼も今、この建物の中で一緒に頑張っている。
そして、机にぶら下がるカバンに付けられた、赤色のお守り。
大好きな友達と、お揃いのお守り。
羽鳥 梢:
「るり、一緒に合格しようね!」
望月 美羽:
「るりっちなら大丈夫! ドーンと頑張ってきて!」
梢ちゃんの、優しい声。
美羽の、明るく背中を押す声。
大丈夫。
私はもう──怖くなんかないよ。
負けない。
負けるもんか……!
戸田 るり:
(……っよし!)
いつの間にか、つられて出そうになった涙をグイッと拭う。
泣くもんか。
集中するんだ。
集中すれば痛みも気怠さも、薄くなる。
自分を信じて。
あんなに勉強したんだ。
大丈夫。
私は大丈夫。
また鉛筆を走らせる。
もう、まわりは気にしない。
私は私の力を精一杯出すしかないんだと、目の前の問題用紙と向き合った。
・ ・ ・
3月に入ってすぐ、徳瑛高校の合格発表があった。
私は悠と梢ちゃんと一緒に、徳瑛高校の発表場所へと向かった。
そこで小池くんとも合流する。
小池 隼人:
「緊張するね」
中曽根 悠:
「小池は全然、そうは見えねぇなぁ」
悠はケラケラと小池くんと笑っている。
いつもどおりに明るい悠。
でもそれが、ちょっとした緊張隠しなんだって、私にはわかる。
羽鳥 梢:
「あー、やばい。緊張してきた」
私の隣で、梢ちゃんがつぶやく。
戸田 るり:
「私も。あとはもう、祈るしかないよね」
まわりの知らない多くの受験生たちも、私たちと同じように様々な表情をしていた。
緊張で強張った顔の子。
緊張をごまかすために喋りまくっている子。
祈るように指を組んでいる子。
何でもないように空を見上げている子。
そしてそんな私たちの前に、ついに合格発表のボードが運び込まれる。
戸田 るり:
(来た……!)
とたんに騒がしくなる会場。
私たちもその群れに飛び込んで、それぞれの番号を探した。
私の番号は1011番。
それがあるように、祈るように目を走らせた。
1002……
1007……
1008……
1011。
戸田 るり:
「!」
戸田 るり:
「……あった!」
私の受験番号が、そこにあった。
間違いじゃない。
何度もたしかめる。
その番号は、たしかにそこにあったんだ。
隣にいた悠が、私のつぶやきに反応する。
中曽根 悠:
「るり、あった? 俺も……俺もだぞ!」
戸田 るり:
「え、悠も!?」
悠も合格だと聞いて、一気に私の目の前が明るくなる。
うそ、夢みたい!
悠とまた、高校生活も一緒にいられるんだ!
そこに小池くんもやってきて、笑顔で教えてくれる。
小池 隼人:
「僕もあったよ」
小池くんも合格していたようだ。
特進クラスを受けていた彼は違うボードを見ていたけれど、安心したように笑って近づく。
中曽根 悠:
「小池すげぇじゃん! やったな!!」
悠は自分のことのようにはしゃいで、小池くんの肩に腕をまわす。
それを小池くんも嬉しそうに受け止めて、珍しく悠の肩に自分の腕をまわしていた。
戸田 るり:
(よかった、2人も合格して……)
ホッとする私。
でも。
まだ聞こえない声に、ふいに不安になり逆の隣を見た。
梢ちゃんだ。
梢ちゃんはまだボードを見上げている。
そして──
羽鳥 梢:
「……」
羽鳥 梢:
「…………ない」
そうつぶやいたのだった。
◇ 続く ◇




