Ep.55 姫泣川、流るる先に (1)「るりの涙・前編」
この街には、姫泣川という大きな川が流れている。
山からの清水が流れるそこには、こんな伝説があった。
昔々、仲のよい三姉妹の娘たちがいた。
3人は気立てもよく働き者で、年頃になると、ぜひ嫁にと縁談がそれぞれに持ち込まれた。
3人はそれぞれに縁談相手と愛を育み、結婚する。
しかし離れ離れになる悲しみに、娘たちは涙を流す。
その涙があまりにも美しかったので、山の神はそれで川を作られた。
娘たちの涙で作られた、優しい川。
それを人々は娘たちへの愛を込めて「姫泣川」と名付けたのだという──。
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姫泣川、流るる先に
(1)「るりの涙・前編」
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カランカラン、と縄の先で鈴が鳴る。
その後に頭を下げて拍手を打ち、強い想いで祈りをささげる。
戸田 るり:
(どうか……)
戸田 るり:
(徳瑛高校に合格できますように!)
戸田るり、15才。
中学生活最後の初詣を、梢ちゃんと美羽と一緒に訪れていた。
私の両隣で、2人も私と同じように一生懸命祈っている。
戸田 るり:
(みんな合格できますように!)
戸田 るり:
(卒業しても、仲良くいられますように……!)
相変わらず私の願い事は多い。
でもでも、今年は5円玉じゃなくて50円玉にしました!
神様お願いします!
そうして私がようやく目を開けると、待ってましたとばかりに梢ちゃんたちが話しかけてきた。
羽鳥 梢:
「るり、すっごく願ってたねー」
望月 美羽:
「なかなか終わらないから、寝てるかと思った!」
戸田 るり:
「う、ごめん」
私たちは慌てて賽銭箱前からどいて、次の参拝客へと場所を譲る。
そのまま、お守りや破魔矢が売られている社務所に向かう。
たくさんの人たちが賑わうそこでは、可愛い巫女さんたちが忙しそうにしていた。
戸田 るり:
「これ、ください」
私たちはそこで、学業成就のお守りをお揃いで購入した。
以前から一緒に買おうね、と約束していたんだ。
ここ、姫泣神社のお守りは丸くて可愛い。
巾着にも見えてしまいそうなそれを、色違いで買った。
私が赤、梢ちゃんは青、美羽が黄色だ。
望月 美羽:
「わー、可愛いー」
美羽が、嬉しそうに顔の前で揺らす。
羽鳥 梢:
「当日までこれつけて、頑張ろうっと」
梢ちゃんも大切そうにそれを握って、カバンにしまった。
戸田 るり:
「あー、来月にはいよいよ、本番かぁ」
そうつぶやくと、白い息が口から出ていった。
人混みをかき分けながら、鳥居へと向かい、ふと空を見上げる。
羽鳥 梢:
「私たちなんて2月入ってすぐだよ、試験」
戸田 るり:
「あ、清女だよね。頑張ってね!」
梢ちゃんと美羽は、県立の女子高を一緒に受ける予定だ。
清水ヶ浜女子高等学校、略して清女と呼ばれるそこは、制服が可愛くてレベルもそこそこだから、人気のある学校だった。
望月 美羽:
「梢ちゃんは大丈夫だろうけど、私は自信ないよ~」
羽鳥 梢:
「美羽の本命は桜塚だよね? それはいつ試験なの?」
望月 美羽:
「2月22日! ニャーニャーニャーの猫の日だよー!」
こんな時期でも、美羽は美羽だ。
その笑顔にホッと救われる。
美羽とは行きたい高校は違うけれど、卒業してもこうして遊んでいられたらいいな。
もちろん、同じ徳瑛高校を目指している梢ちゃんだって。
ずっと、こうして笑っていたい。
そう思ってまた見上げた空は、冬らしい白い空。
春の青空よりも眩しく見えて、かすかに目を細めた。
・ ・ ・
そして、1月はあっという間に過ぎ去り──2月。
いよいよ来週には、徳瑛高校の受験日が控えていた。
本番に弱い緊張しいの私。
成績には太鼓判をもらえているので、あとはどれだけ自分の力を発揮できるかがカギだった。
戸田 るり:
「あーあ、試験怖いなぁ」
悠と一緒に歩く、学校からの帰路。
ふとつぶやいた私に、悠が顔を向ける。
中曽根 悠:
「どうしたんだよ、急に」
戸田 るり:
「急じゃないもん。早く受験終わらないかな」
情けない弱音が、口から出てしまう。
日に日に本番が近づくにつれて、私のブルー度は増している。
同じ立場なのに、つい悠にグチっちゃった。
甘えているんだと、自覚はしている。
中曽根 悠:
「るりは大丈夫だよ。俺のがやべーし」
戸田 るり:
「悠も大丈夫だよ。成績すごく上がったじゃない」
実際、悠の成績向上は凄まじかった。
今までサッカーに注いでいたやる気をすべて勉学に向けた彼は、あっという間に私の成績に追いついてしまう。
同じ高校を目指しているので、それは私にとっても嬉しいことだった。
それなのに。
そんな彼に、少しだけ嫉妬を感じているなんて、どうして言えるだろう。
短期間で追いつかれて、悔しいだなんて。
嫌な彼女だ。
戸田 るり:
「……」
戸田 るり:
(ごめんね、悠)
もっと広い心を持たなくっちゃ。
申し訳ない気持ちを込めて、隣の彼の手を握る。
互いに手袋をはめているから、フワフワした感触が手から伝わった。
彼も当たり前のように握り返してくれる。
いつから、自然に手をつなげるようになったんだろう。
もうわかんないくらいだ。
中曽根 悠:
「……なぁ、るり」
ふと、悠が声をかけてきた。
戸田 るり:
「ん?」
中曽根 悠:
「あの消しゴム、まだ持ってる?」
消しゴム。
その単語は私たちの間で、とても特別なものだった。
互いに持っている、互いの名前が書かれた消しゴム。
それは私たちが両想いだと教えてくれた、特別なアイテムだから。
戸田 るり:
「う、うん。持ってる」
両想いを確信してから、あの消しゴムは私の部屋で大切に保管されている。
使い切って無くしてしまうことが、どうしてもできなくて。
机の引き出しの中。
宝箱にそれが入っている。
中曽根 悠:
「それ、交換しない?」
戸田 るり:
「え?」
中曽根 悠:
「その、試験の間の、お守り的にっつーか……名前もちょうど、書いてあるし」
そう言う悠の横顔はほんのり赤くて、少し照れてるみたいだった。
白い息が、彼の口から抜けてゆく。
キュッと小さく握られた手先に、彼の気持ちを感じた。
戸田 るり:
「……うん! 交換しよう」
嬉しくなって、笑って答える。
中曽根 悠:
「……ん」
中曽根 悠:
「……よかった」
悠もホッとしたように、笑った。
そしてそのまま悠は私の家まで送ってくれ、門の前で待つ。
急いで消しゴムを持ってきた私に、あらかじめ持っていた彼の消しゴムを渡してくれた。
約2年ぶりに手にした、彼の消しゴム。
私の名前が、そのケースの中に隠されている。
戸田 るり:
「これで当日、頑張れそう」
中曽根 悠:
「ん、俺も」
そう言って門の前、悠は急にきょろきょりと辺りを見渡す。
そして。
そっと、ささやかなキスをしてくれた。
3度目のキス。
雪のようにふんわりとした、キスだった。
戸田 るり:
「!」
中曽根 悠:
「頑張ろうな!」
戸田 るり:
「う……はい……」
悠、慣れてきてません?
あまりにも恥ずかしくて顔を見られない私は、うつむいたまま小さくうなずくしかない。
でも、手の中にはあの消しゴム。
小さなそれが、私の不安や緊張を、吸い取ってくれるようだった。
・ ・ ・
そうして迎えた、徳瑛高校の受験日。
悠は小池くんと。
私は梢ちゃんと試験会場へ向かう。
はずだった。
お母さん:
「るり、行けそう?」
戸田 るり:
「うん。 絶対……行く……!」
私はお母さんに運転をお願いして、車で会場へと向かっていた。
車の振動で頭が痛い。
体温も高くて、口元のマスクにこもる熱も苦しかった。
でも徳瑛高校に、追試験はない。
今日しかないんだ。
体温はさっき測ったら38度ジャスト。
よりによって私は、本命の徳瑛高校受験日に発熱し、体調を崩していた。
◇ 続く ◇




