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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.55 姫泣川、流るる先に (1)「るりの涙・前編」

 この街には、姫泣川という大きな川が流れている。

 山からの清水が流れるそこには、こんな伝説があった。


 昔々、仲のよい三姉妹の娘たちがいた。

 3人は気立てもよく働き者で、年頃になると、ぜひ嫁にと縁談がそれぞれに持ち込まれた。

 3人はそれぞれに縁談相手と愛を育み、結婚する。

 しかし離れ離れになる悲しみに、娘たちは涙を流す。

 その涙があまりにも美しかったので、山の神はそれで川を作られた。


 娘たちの涙で作られた、優しい川。

 それを人々は娘たちへの愛を込めて「姫泣川」と名付けたのだという──。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 姫泣川、流るる先に

(1)「るりの涙・前編」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 カランカラン、と縄の先で鈴が鳴る。

 その後に頭を下げて拍手を打ち、強い想いで祈りをささげる。


 戸田 るり:

(どうか……)


 戸田 るり:

(徳瑛高校に合格できますように!)


 戸田るり、15才。

 中学生活最後の初詣を、梢ちゃんと美羽と一緒に訪れていた。

 私の両隣で、2人も私と同じように一生懸命祈っている。


 戸田 るり:

(みんな合格できますように!)


 戸田 るり:

(卒業しても、仲良くいられますように……!)


 相変わらず私の願い事は多い。

 でもでも、今年は5円玉じゃなくて50円玉にしました!

 神様お願いします!


 そうして私がようやく目を開けると、待ってましたとばかりに梢ちゃんたちが話しかけてきた。


 羽鳥 梢:

「るり、すっごく願ってたねー」


 望月 美羽:

「なかなか終わらないから、寝てるかと思った!」


 戸田 るり:

「う、ごめん」


 私たちは慌てて賽銭箱前からどいて、次の参拝客へと場所を譲る。

 そのまま、お守りや破魔矢が売られている社務所に向かう。

 たくさんの人たちが賑わうそこでは、可愛い巫女さんたちが忙しそうにしていた。


 戸田 るり:

「これ、ください」


 私たちはそこで、学業成就のお守りをお揃いで購入した。

 以前から一緒に買おうね、と約束していたんだ。


 ここ、姫泣神社のお守りは丸くて可愛い。

 巾着にも見えてしまいそうなそれを、色違いで買った。

 私が赤、梢ちゃんは青、美羽が黄色だ。


 望月 美羽:

「わー、可愛いー」


 美羽が、嬉しそうに顔の前で揺らす。


 羽鳥 梢:

「当日までこれつけて、頑張ろうっと」


 梢ちゃんも大切そうにそれを握って、カバンにしまった。


 戸田 るり:

「あー、来月にはいよいよ、本番かぁ」


 そうつぶやくと、白い息が口から出ていった。

 人混みをかき分けながら、鳥居へと向かい、ふと空を見上げる。


 羽鳥 梢:

「私たちなんて2月入ってすぐだよ、試験」


 戸田 るり:

「あ、清女だよね。頑張ってね!」


 梢ちゃんと美羽は、県立の女子高を一緒に受ける予定だ。

 清水ヶ浜女子高等学校、略して清女《せいじょ》と呼ばれるそこは、制服が可愛くてレベルもそこそこだから、人気のある学校だった。


 望月 美羽:

「梢ちゃんは大丈夫だろうけど、私は自信ないよ~」


 羽鳥 梢:

「美羽の本命は桜塚だよね? それはいつ試験なの?」


 望月 美羽:

「2月22日! ニャーニャーニャーの猫の日だよー!」


 こんな時期でも、美羽は美羽だ。

 その笑顔にホッと救われる。


 美羽とは行きたい高校は違うけれど、卒業してもこうして遊んでいられたらいいな。

 もちろん、同じ徳瑛高校を目指している梢ちゃんだって。


 ずっと、こうして笑っていたい。

 そう思ってまた見上げた空は、冬らしい白い空。

 春の青空よりも眩しく見えて、かすかに目を細めた。



 ・   ・   ・



 そして、1月はあっという間に過ぎ去り──2月。


 いよいよ来週には、徳瑛高校の受験日が控えていた。

 本番に弱い緊張しいの私。

 成績には太鼓判をもらえているので、あとはどれだけ自分の力を発揮できるかがカギだった。


 戸田 るり:

「あーあ、試験怖いなぁ」


 悠と一緒に歩く、学校からの帰路。

 ふとつぶやいた私に、悠が顔を向ける。


 中曽根 悠:

「どうしたんだよ、急に」


 戸田 るり:

「急じゃないもん。早く受験終わらないかな」


 情けない弱音が、口から出てしまう。

 日に日に本番が近づくにつれて、私のブルー度は増している。

 同じ立場なのに、つい悠にグチっちゃった。

 甘えているんだと、自覚はしている。


 中曽根 悠:

「るりは大丈夫だよ。俺のがやべーし」


 戸田 るり:

「悠も大丈夫だよ。成績すごく上がったじゃない」


 実際、悠の成績向上は凄まじかった。

 今までサッカーに注いでいたやる気をすべて勉学に向けた彼は、あっという間に私の成績に追いついてしまう。

 同じ高校を目指しているので、それは私にとっても嬉しいことだった。


 それなのに。

 そんな彼に、少しだけ嫉妬を感じているなんて、どうして言えるだろう。

 短期間で追いつかれて、悔しいだなんて。

 嫌な彼女だ。


 戸田 るり:

「……」


 戸田 るり:

(ごめんね、悠)


 もっと広い心を持たなくっちゃ。


 申し訳ない気持ちを込めて、隣の彼の手を握る。

 互いに手袋をはめているから、フワフワした感触が手から伝わった。

 彼も当たり前のように握り返してくれる。

 いつから、自然に手をつなげるようになったんだろう。

 もうわかんないくらいだ。


 中曽根 悠:

「……なぁ、るり」


 ふと、悠が声をかけてきた。


 戸田 るり:

「ん?」


 中曽根 悠:

「あの消しゴム、まだ持ってる?」


 消しゴム。

 その単語は私たちの間で、とても特別なものだった。


 互いに持っている、互いの名前が書かれた消しゴム。

 それは私たちが両想いだと教えてくれた、特別なアイテムだから。


 戸田 るり:

「う、うん。持ってる」


 両想いを確信してから、あの消しゴムは私の部屋で大切に保管されている。

 使い切って無くしてしまうことが、どうしてもできなくて。

 机の引き出しの中。

 宝箱にそれが入っている。


 中曽根 悠:

「それ、交換しない?」


 戸田 るり:

「え?」


 中曽根 悠:

「その、試験の間の、お守り的にっつーか……名前もちょうど、書いてあるし」


 そう言う悠の横顔はほんのり赤くて、少し照れてるみたいだった。

 白い息が、彼の口から抜けてゆく。

 キュッと小さく握られた手先に、彼の気持ちを感じた。


 戸田 るり:

「……うん! 交換しよう」


 嬉しくなって、笑って答える。


 中曽根 悠:

「……ん」


 中曽根 悠:

「……よかった」


 悠もホッとしたように、笑った。


 そしてそのまま悠は私の家まで送ってくれ、門の前で待つ。

 急いで消しゴムを持ってきた私に、あらかじめ持っていた彼の消しゴムを渡してくれた。

 約2年ぶりに手にした、彼の消しゴム。

 私の名前が、そのケースの中に隠されている。


 戸田 るり:

「これで当日、頑張れそう」


 中曽根 悠:

「ん、俺も」


 そう言って門の前、悠は急にきょろきょりと辺りを見渡す。

 そして。


 そっと、ささやかなキスをしてくれた。

 3度目のキス。

 雪のようにふんわりとした、キスだった。


 戸田 るり:

「!」


 中曽根 悠:

「頑張ろうな!」


 戸田 るり:

「う……はい……」


 悠、慣れてきてません?


 あまりにも恥ずかしくて顔を見られない私は、うつむいたまま小さくうなずくしかない。

 でも、手の中にはあの消しゴム。

 小さなそれが、私の不安や緊張を、吸い取ってくれるようだった。



 ・   ・   ・



 そうして迎えた、徳瑛高校の受験日。

 悠は小池くんと。

 私は梢ちゃんと試験会場へ向かう。


 はずだった。


 お母さん:

「るり、行けそう?」


 戸田 るり:

「うん。 絶対……行く……!」


 私はお母さんに運転をお願いして、車で会場へと向かっていた。

 車の振動で頭が痛い。

 体温も高くて、口元のマスクにこもる熱も苦しかった。


 でも徳瑛高校に、追試験はない。

 今日しかないんだ。


 体温はさっき測ったら38度ジャスト。

 よりによって私は、本命の徳瑛高校受験日に発熱し、体調を崩していた。



 ◇ 続く ◇

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