Ep.54 乙女は聖なる夢を見る (3・終)「サンタクロース」
お店に入ってきた大人の女性は、私がお気に入りの下着ショップの店員さん、朝倉さんだった。
彼女も驚いて笑ってくれた。
朝倉:
「美羽ちゃんよね? まさかこんなところで会うなんて」
望月 美羽:
「わあ、名前覚えていてくれたんですね」
朝倉:
「当たり前よ」
フェアリータイムは素敵なお店だけれど、中学生が通うにはハードルの高い立派なお店である。
だから買いに行くのはお姉ちゃんと。この2年間に、数回しかない。
朝倉さんは、そのたびに私に接客してくれた。
幼い子どもに対するような接客じゃなくて、しっかり1人の女性として扱ってくれる。
そんな彼女が私は大好きで、そして、憧れなんだ。
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乙女は聖なる夢を見る
(3)「サンタクロース」
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店名を出したから、るりっちも梢ちゃんも、朝倉さんが誰だかわかったみたい。
近づいた朝倉さんに3人で挨拶をした。
それに対し、朝倉さんも微笑む。
朝倉:
「こんにちは。あなたたち、どうしてここに?」
望月 美羽:
「ノエルちゃんに、お茶会に誘われたんです。街中で、ちょっと知り合って」
朝倉:
「へえ、それは素敵」
するとそこに、ノエルちゃんと長谷部さんがトレイを持ち姿を現した。
長谷部さんが紅茶ポットとカップ、ノエルちゃんがスコーンのお皿をのせている。
長谷部 徹:
「あ、朝倉さん」
朝倉:
「こんにちは長谷部さん。プレゼント、受け取りに来ました」
朝倉さんは長谷部さんに、そう声をかけた。
「プレゼント?」と首をかしげた私の前に、いい香りのするティーセットが置かれる。
長谷部さんは、紅茶とスコーンを並べるのをノエルちゃんに任せると、朝倉さんと話をした。
長谷部 徹:
「ちゃんと用意してありますよ。持ってくるので、待っていてください」
朝倉:
「すみません、定休日なのに」
長谷部 徹:
「いえいえ。お渡しくらいなら大丈夫ですから」
そう言って長谷部さんは、また店の奥に消える。
そしてすぐに、ダンボールを1箱持ってきて彼女に渡した。
長谷部 徹:
「中身は軽いですが、ちょっと大きいですね。車までお運びしましょうか」
朝倉:
「大丈夫です。私こう見えても、力持ちですから」
朝倉さんはちょっとはにかんで、力こぶを作ろうと腕を曲げる。
全然力強そうには見えなくて、私はクスリと笑ってしまった。
そんな私に、朝倉さんが微笑んでくれる。
朝倉:
「もしよかったら、明日か明後日、お店に来てね。来てくれたお客様全員に、クリスマスプレゼントを配る予定なの」
望月 美羽:
「そうなんですか。素敵ですね!」
ノベルティ、というやつだろう。
でも来店者全員に渡すなんて、太っ腹だなぁと思う。
するとノエルちゃんが、意外な言葉を口にした。
長谷部 ノエル:
「お姉ちゃん、立派なサンタさんになってね」
それは、朝倉さんにかけられた声だった。
朝倉さんは「うん、頑張るね」と笑顔で返す。
望月 美羽:
(ん? サンタ?)
きょとんとした私に、ノエルちゃんはどこか誇らしげに言う。
長谷部 ノエル:
「このお姉ちゃんはね、サンタさんに頼まれて、プレゼントを配っているお手伝いサンタさんなのよ」
長谷部 ノエル:
「この世界にはたくさんの人がいて、サンタさんだけじゃプレゼントを渡しきれないから、たくさんのお手伝いサンタさんがいるの」
長谷部 ノエル:
「ね、パパ!」
ノエルちゃんの言葉を受けて、長谷部さんは「そうだね」と柔らかく笑っている。
望月 美羽:
(お手伝いサンタさん……)
夢があるんだかないんだかわからない単語に、思わずポカンとなる。そして、笑ってしまった。
そっかぁ。
お手伝いサンタさんかぁ。
そう考えた私の脳裏に、昔の思い出がよみがえる。
あれはそう。
タンスの奥に隠されていたプレゼントを、幹弥お兄ちゃんと私で見つけてしまって、当時中学生だった未来お姉ちゃんが慌てて説明してくれた思い出だ。
………………………………………
望月 美羽(小2):
「なんでプレゼントが、もうここにあるのー?」
望月 幹弥(小5):
「え、そりゃ父さんたちが買って……」
望月 未来(中3):
「バカ! 違うわよ幹弥! さっきサンタさんから預かったの、もう忘れちゃったの!?」
望月 幹弥(小5):
「へ!?……え、あ、そう! そうなんだよ!」
望月 美羽(小2):
「え、じゃあお兄ちゃんたち、サンタさんに会ったの!? なんでもうプレゼントくれちゃったの!?」
望月 未来(中3):
「え……えーとね」
望月 未来(中3):
「ほら、サンタさんは、世界中の子どもに配らなきゃいけないでしょう」
望月 未来(中3):
「でも一晩でそれは無理だから、早めに渡して、クリスマスの日に子どもにあげておいてください、てなる家もあるみたいなの」
望月 未来(中3):
「今年は、たまたまうちがそれになったみたい」
望月 美羽(小2):
「そうなんだぁ。美羽もサンタさんに会いたかったな」
望月 幹弥(小5):
「スッゲーかっこよかったぜ! ヒゲがたっくさんあってさぁ」
………………………………………
──まぁ結局は3年後に、天然なお母さんに暴露されてしまうのだけれど。
でも、サンタさんを信じていた私の気持ちを守ろうと、必死になっていたお姉ちゃんたちの表情がよみがえってくすぐったい。
そう、きっと。
私にとってのサンタさんは、お姉ちゃんとお兄ちゃん。
たしかに、そこにいたんだ。
望月 美羽:
「……サンタさん、今年も大変そうだね」
なんだかくすぐったい気持ちになった私は、自然に微笑んでそう言うことができた。
ウソ偽りのない私の言葉だ。
だって、サンタさんは本当にいるもんね。
きっと身近に。
正体がバレないように、今日も必死に。
長谷部 ノエル:
「うん! だから私も頑張らなくっちゃ」
ノエルちゃんは、笑ってそう答えてくれた。
そして私たちは、仕事に戻る朝倉さんを見送ると、ささやかなお茶会を開いた。
アールグレイの香りに包まれ、ついばむスコーン。
ホイップとベリージャムをつければ、幸せな美味しさが口に広がる。
長谷部さんはいつの間にか音楽も流してくれて、本当にパーティーみたいになっちゃった。
流れているのは、もちろんクリスマスソング。
「ノエルはクリスマスの歌という意味なんだよ」ということを、長谷部さんは教えてくれた。
その言葉を受けて、ノエルちゃんはくすぐったそうに笑う。
だから私はクリスマスが大好きなの、と。
スコーンの粉をほっぺにくっつけて彼女は、本当に幸せそうに笑ったんだ。
・ ・ ・
戸田 るり:
「遅くまでお邪魔しました」
羽鳥 梢:
「とっても楽しかったです!」
望月 美羽:
「また遊びに来ますね!」
楽しくて、つい長引いてしまったお茶会。
夕方近くなって、私たちはようやく腰を上げ、帰宅することにした。
今日はずっと、食べたりおしゃべりしたりしたなぁ。
長谷部 徹:
「こちらこそ、長いこと引き止めてすまなかったね。気をつけて帰ってね」
長谷部 ノエル:
「お姉ちゃんたち、また来てねー!」
長谷部さんたちは、扉のところまで見送って声をかけてくれる。
冬の夜は早い。
まだ午後4時半なのに、辺りはすっかり薄暗くなり始めていた。
その時。
シャン、と。
どこか涼やかな鈴の音が、鳴った気がした。
と同時に。
?:
「すまない、ミスター長谷部。ちょっと寄らせてもらうよ」
低いご年配男性の声が、遠くから聞こえた。
私たちから少し離れたところに、これまた恰幅のよいおじいさんが立っている。
真っ白のヒゲをたくわえて、着込みすぎているのか丸い体には、温かそうなガウンコートとマフラー、手袋にキャスケット帽をかぶっている。
薄暗闇のせいか、遠くのせいか。
顔はぼんやりとして見えた。
長谷部 徹:
「おや、どうしたんですか今頃。もう準備は最終段階では」
おじいさん:
「ホッホッホ。おまぬけトントゥが1人いてね。そいつの尻拭いを、自らしているのさ」
長谷部 徹:
「それはそれは。さあ、中にどうぞ」
長谷部さんはそのおじいさんを、扉の中へと誘導する。
私たちの近くを通るときに、そのおじいさんはこちらを見て、優しそうに笑ってくれた。
おじいさん:
「おや、可愛いお嬢さんたちだ」
おじいさん:
「聖夜、君たちに幸があらんことを」
そうして、おじいさんはウインクをした。
ホッホッホッ、と日本人離れした笑顔と笑い方で、ゆっさゆっさとお腹を揺らしてお店の中へと消えていく。
それを私たちは見届けて、そしてノエルちゃんは言った。
長谷部 ノエル:
「あの人は、本物のサンタクロースよ」
望月 美羽:
「え!?」
クリッと目を丸くした私たちに、ノエルちゃんは屈託なく笑って言う。
長谷部 ノエル:
「きっとプレゼントの追加だわ。私、手伝ってくるから、じゃあね。バイバイ!」
望月 美羽:
「ば、バイバイ……」
ノエルちゃんは、最後まで可愛い笑顔を振りまいて、扉の向こうへと消えていった。
それを私たちは不思議な気持ちで見て、しばらくお店の前から動けない。
戸田 るり:
「本物のサンタさんって……」
羽鳥 梢:
「ま、まさか」
望月 美羽:
「でも、ザ・サンタさんって感じだったね」
戸田 るり:
「………」
羽鳥 梢:
「………」
望月 美羽:
「………」
顔を見合わせた私たち。
15才の私たちは、もちろんサンタクロースを信じてなんていない。
でも。
もしかしたら。
ひょっとして。
望月 美羽:
「……ふふっ。すごいお店知っちゃったね」
戸田 るり:
「だね」
羽鳥 梢:
「トップシークレットだ」
本当の本当に、サンタクロースはいるのかもしれない。
シャン、シャン、シャン。
どこからか聞こえる鈴の音。
ホッホッホッ。
笑うおじいさんの豊かな声。
それを扉越しに聞いて、私たちは背を向ける。
冬の街中にある家を目指して歩いていく。
そこにきっと。
今年も、素敵なサンタクロースが待っている。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




