↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
PR
255/273

Ep.54 乙女は聖なる夢を見る(2)「おもちゃの世界」

 お礼をしたいと言ってくれたノエルちゃん。

 私たちを、自宅にあるおもちゃ屋さんへと招待してくれた。

 商店街から外れた小さなお店。

『リトルホイール』と書かれた看板がぶら下がっている。


 長谷部 徹:

「今日は定休日だからね。お店の中でちょっとしたお茶会でもしよう」


 ノエルちゃんのパパは長谷部徹《はせべ とおる》さんと名乗った。

 小学2年生であるノエルちゃんと2人暮らし、おもちゃと雑貨のお店を営んでいる店主さんだ。

 彼はスラリとした長い手で、お店の扉を開ける。

 その向こう側で、どこか懐かしくもあるカラフルなおもちゃたちが、私たちを出迎えてくれた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 乙女は聖なる夢を見る

(2)「おもちゃの世界」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 望月 美羽:

「うわぁー、素敵なお店~」


 店内に踏み込んだ私は、思わずそう感嘆をもらしていた。


 ところどころに並べられたぬいぐるみやおもちゃ。

 天井からはモビールや飛行機のおもちゃがぶら下がっている。

 絵本コーナーもあって、その近くでは読めるように小さな木製テーブルとイスがふわふわ絨毯の上に並んでいた。

 店主の長谷部さんが、そちらに案内してくれる。


 長谷部 徹:

「君たちにはちょっと低いかもしれないけど、ここでいいかな」


 望月 美羽:

「あ、はい!」


 長谷部 徹:

「じゃあ僕は、飲み物を用意してくるから」


 長谷部 徹:

「ノエル、お客様をきちんと、おもてなししているんだよ」


 長谷部 ノエル:

「はーい!」


 すっかり元気を取り戻したノエルちゃん。

 言いつけのとおり、まだ立っている私たちにイスを引いて「座って座って」と声をかけてくれた。


 白いコートを脱いだノエルちゃんは、可愛いピンクのワンピースを着ていた。

 チューリップのようにふんわりと丸みを帯びた裾が、彼女の足元で軽やかに揺らいでいる。


 羽鳥 梢:

「ありがとう、ノエルちゃん」


 梢ちゃんが、イスを引いてくれたノエルちゃんにお礼を言う。

 私たちは木製の円卓に並んで、くすぐったそうに笑った。

 こんなに小さなテーブルやイス、幼稚園以来かもしれない。


 戸田 るり:

「見慣れないおもちゃが多いね」


 店内を見渡して、るりっちが言った。


 長谷部 ノエル:

「うん。ここ海外のおもちゃ専門店なんだ」


 望月 美羽:

「へー、輸入店なんだ。おっしゃれー」


 答えてくれたノエルちゃんに、私はそう言って笑いかけた。

 ノエルちゃんも嬉しそうに笑って、こちらを見てくれる。


 長谷部 ノエル:

「うん! パパね、昔フィンランドに住んでたんだって。だから海外のものが多いのよ」


 羽鳥 梢:

「だから、北欧系っぽい雰囲気なんだ」


 フィンランド……たしかヨーロッパの北のほうだっけ。

 地理の教科書を思い出してそう考えるのが、受験生の悲しい性だ。


 長谷部 ノエル:

「ママとはね、その時に知り合ったんだって」


 望月 美羽:

「わぁ、国際結婚! 素敵ー」


 長谷部 ノエル:

「えへへ、でしょう。」


 長谷部 ノエル:

「ママはね、私を産んですぐに亡くなっちゃった。その後パパは、日本に私を連れて帰ったから、私はフィンランドの思い出はないの」


 望月 美羽:

「……そうなんだ」


 こんなに小さな子なのに、もう母親がいないなんて。

 胸がきゅうってなる。

 こういう時、どう声をかけたらいいのか私にはまだわからない。


 長谷部 ノエル:

「でもね、寂しくないよ。このお店、私大好き」


 長谷部 ノエル:

「なんてったって、サンタさんも来てくれるお店なんだから!」


 望月 美羽:

「え?」


 ノエルちゃんの言葉にきょとんとした私たちに、彼女はこそっと内緒話をするように、口元に手を添えて囁いた。


 長谷部 ノエル:

「クリスマス時期になるとね、ここにはサンタさんがたくさん訪れるのよ」


 長谷部 ノエル:

「子どもたちのためのおもちゃを、ここで準備していくの」


 長谷部 ノエル:

「パパは、サンタさんの知り合いがたくさんいるのよ」


 望月 美羽:

「……」


 ええーと。

 こういう場合は、どう言えばいいのかな。

 困惑する私の横で、梢ちゃんがうんうんと優しくうなずいた。


 羽鳥 梢:

「そうなんだ、じゃあ忙しくない?」


 長谷部 ノエル:

「忙しいよー! だからお手伝い、私もするの」


 戸田 るり:

「それで、リボンを切っていたの?」


 長谷部 ノエル:

「そう! パパみたいにうまく切れるようになったの。そのうちキレイな蝶々結びもできるようになるんだから」


 楽しそうに笑うノエルちゃん。

 私はその笑顔に、なんだか心がソワソワしちゃって、ただ微笑むしかできなかった。

 そんなノエルちゃんを、店の奥から長谷部さんが声をかける。


 長谷部 徹:

「ノエルー。ちょっとこっちきて手伝ってくれー」


 長谷部 ノエル:

「はーい!」


 元気よく返事をしたノエルちゃんは、私たちをテーブルに残したまま姿を消した。

 見送った私たちは、そんな彼女を微笑ましく見守る。


 戸田 るり:

「本当に可愛い子だね、ノエルちゃん」


 るりっちが笑みをこぼして言った。


 羽鳥 梢:

「うん、なんだかお人形さんみたいだよね。言ってることも可愛いし、ありゃクラスでモテモテだね」


 梢ちゃんも同意して、2人はノエルちゃんをほめている。

 でも私は、全然違うことを考えていて、それを思わず口から滑らしてしまった。


 望月 美羽:

「あんなに信じているのに、知ったらショックだろうなぁ……」


 戸田 るり:

「え?」


 私のつぶやきに2人は反応して、こちらを見た。

 ポツポツと私は言葉を続ける。


 望月 美羽:

「サンタさんが本当はいないって知ったら、ノエルちゃんショックじゃないかな」


 羽鳥 梢:

「まぁそりゃ、最初はショックだろうけど……」


 なんで唐突に? と首をかしげた梢ちゃんに、私は苦々しい昔話をした。


 望月 美羽:

「私さ、サンタさんの正体知ったのけっこう遅かったんだよね。お兄ちゃんたちが必死になって隠してたからさ」


 羽鳥 梢:

「ああ、あのお兄さんなら、たしかにしそう」


 望月 美羽:

「だからその分、知ったときのショックも大きくてさー、なんで隠すのーって!」


 そこで1つ、ため息をもらす。


 望月 美羽:

「末っ子だから、子ども扱いされるのは仕方ないんだけどさ。夢を押し付けられたような気がして、ヤダったなぁ」


 サンタクロースも赤鼻のトナカイも。

 空飛ぶソリもお手伝いしてくれる小人さんのトントゥも、全部ウソ。

 それを知ったときに、信じていたものがぜーんぶ崩れ去って、思い出も色褪せてしまった。


 あんな気持ちをノエルちゃんも、今後するんだろうな、と想像したら、可哀想に思えちゃったんだ。

 夢が弾けてしまう瞬間は、幼心にはちょっと痛い。


 戸田 るり:

「美羽……」


 望月 美羽:

「……なーんて、ちょっとセンチメンタルになっちゃったりして!」


 ちょっと恥ずかしいことつぶやいちゃったかな、と思って、私は大きく口を開けて笑った。

 あーあ、これだから私はまだまだお子様なのだ。

 早く素敵なレディになりたいな。

 なんて考えていたら。


 ?:

「あら、今日定休日じゃ……」


 と言って女性が1人、お店の扉を開けた。

 どうやら窓から私たちが座っているのが見えたのだろう。

 そしてその女性は。


 望月 美羽:

「あれ」


 望月 美羽:

(どこかで見たことがあるような……)


 扉を開けているコート姿の女性。

 それは2、30代の若くキレイな人で……そう、私に自信を与えてくれた、あの人だったんだ。


 望月 美羽:

「あ!」


 望月 美羽:

「フェアリータイムの!」


 ?:

「え?」


 ?:

「あ、あなたは……」



「あなたたちは、それぞれの卵なんだから。

 今は孵化するために、大切に温めているの。

 それぞれの体温で。

 それぞれの時間で。

 人と比べることじゃないの。

 あなたの体は、あなただけのものだから」



 魔法のような言葉で、自信を私に与えてくれた、下着ショップのお姉さん。


 朝倉《あさくら》さんが、そこにいたんだ。




 ◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。