Ep.54 乙女は聖なる夢を見る(2)「おもちゃの世界」
お礼をしたいと言ってくれたノエルちゃん。
私たちを、自宅にあるおもちゃ屋さんへと招待してくれた。
商店街から外れた小さなお店。
『リトルホイール』と書かれた看板がぶら下がっている。
長谷部 徹:
「今日は定休日だからね。お店の中でちょっとしたお茶会でもしよう」
ノエルちゃんのパパは長谷部徹さんと名乗った。
小学2年生であるノエルちゃんと2人暮らし、おもちゃと雑貨のお店を営んでいる店主さんだ。
彼はスラリとした長い手で、お店の扉を開ける。
その向こう側で、どこか懐かしくもあるカラフルなおもちゃたちが、私たちを出迎えてくれた。
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乙女は聖なる夢を見る
(2)「おもちゃの世界」
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望月 美羽:
「うわぁー、素敵なお店~」
店内に踏み込んだ私は、思わずそう感嘆をもらしていた。
ところどころに並べられたぬいぐるみやおもちゃ。
天井からはモビールや飛行機のおもちゃがぶら下がっている。
絵本コーナーもあって、その近くでは読めるように小さな木製テーブルとイスがふわふわ絨毯の上に並んでいた。
店主の長谷部さんが、そちらに案内してくれる。
長谷部 徹:
「君たちにはちょっと低いかもしれないけど、ここでいいかな」
望月 美羽:
「あ、はい!」
長谷部 徹:
「じゃあ僕は、飲み物を用意してくるから」
長谷部 徹:
「ノエル、お客様をきちんと、おもてなししているんだよ」
長谷部 ノエル:
「はーい!」
すっかり元気を取り戻したノエルちゃん。
言いつけのとおり、まだ立っている私たちにイスを引いて「座って座って」と声をかけてくれた。
白いコートを脱いだノエルちゃんは、可愛いピンクのワンピースを着ていた。
チューリップのようにふんわりと丸みを帯びた裾が、彼女の足元で軽やかに揺らいでいる。
羽鳥 梢:
「ありがとう、ノエルちゃん」
梢ちゃんが、イスを引いてくれたノエルちゃんにお礼を言う。
私たちは木製の円卓に並んで、くすぐったそうに笑った。
こんなに小さなテーブルやイス、幼稚園以来かもしれない。
戸田 るり:
「見慣れないおもちゃが多いね」
店内を見渡して、るりっちが言った。
長谷部 ノエル:
「うん。ここ海外のおもちゃ専門店なんだ」
望月 美羽:
「へー、輸入店なんだ。おっしゃれー」
答えてくれたノエルちゃんに、私はそう言って笑いかけた。
ノエルちゃんも嬉しそうに笑って、こちらを見てくれる。
長谷部 ノエル:
「うん! パパね、昔フィンランドに住んでたんだって。だから海外のものが多いのよ」
羽鳥 梢:
「だから、北欧系っぽい雰囲気なんだ」
フィンランド……たしかヨーロッパの北のほうだっけ。
地理の教科書を思い出してそう考えるのが、受験生の悲しい性だ。
長谷部 ノエル:
「ママとはね、その時に知り合ったんだって」
望月 美羽:
「わぁ、国際結婚! 素敵ー」
長谷部 ノエル:
「えへへ、でしょう。」
長谷部 ノエル:
「ママはね、私を産んですぐに亡くなっちゃった。その後パパは、日本に私を連れて帰ったから、私はフィンランドの思い出はないの」
望月 美羽:
「……そうなんだ」
こんなに小さな子なのに、もう母親がいないなんて。
胸がきゅうってなる。
こういう時、どう声をかけたらいいのか私にはまだわからない。
長谷部 ノエル:
「でもね、寂しくないよ。このお店、私大好き」
長谷部 ノエル:
「なんてったって、サンタさんも来てくれるお店なんだから!」
望月 美羽:
「え?」
ノエルちゃんの言葉にきょとんとした私たちに、彼女はこそっと内緒話をするように、口元に手を添えて囁いた。
長谷部 ノエル:
「クリスマス時期になるとね、ここにはサンタさんがたくさん訪れるのよ」
長谷部 ノエル:
「子どもたちのためのおもちゃを、ここで準備していくの」
長谷部 ノエル:
「パパは、サンタさんの知り合いがたくさんいるのよ」
望月 美羽:
「……」
ええーと。
こういう場合は、どう言えばいいのかな。
困惑する私の横で、梢ちゃんがうんうんと優しくうなずいた。
羽鳥 梢:
「そうなんだ、じゃあ忙しくない?」
長谷部 ノエル:
「忙しいよー! だからお手伝い、私もするの」
戸田 るり:
「それで、リボンを切っていたの?」
長谷部 ノエル:
「そう! パパみたいにうまく切れるようになったの。そのうちキレイな蝶々結びもできるようになるんだから」
楽しそうに笑うノエルちゃん。
私はその笑顔に、なんだか心がソワソワしちゃって、ただ微笑むしかできなかった。
そんなノエルちゃんを、店の奥から長谷部さんが声をかける。
長谷部 徹:
「ノエルー。ちょっとこっちきて手伝ってくれー」
長谷部 ノエル:
「はーい!」
元気よく返事をしたノエルちゃんは、私たちをテーブルに残したまま姿を消した。
見送った私たちは、そんな彼女を微笑ましく見守る。
戸田 るり:
「本当に可愛い子だね、ノエルちゃん」
るりっちが笑みをこぼして言った。
羽鳥 梢:
「うん、なんだかお人形さんみたいだよね。言ってることも可愛いし、ありゃクラスでモテモテだね」
梢ちゃんも同意して、2人はノエルちゃんをほめている。
でも私は、全然違うことを考えていて、それを思わず口から滑らしてしまった。
望月 美羽:
「あんなに信じているのに、知ったらショックだろうなぁ……」
戸田 るり:
「え?」
私のつぶやきに2人は反応して、こちらを見た。
ポツポツと私は言葉を続ける。
望月 美羽:
「サンタさんが本当はいないって知ったら、ノエルちゃんショックじゃないかな」
羽鳥 梢:
「まぁそりゃ、最初はショックだろうけど……」
なんで唐突に? と首をかしげた梢ちゃんに、私は苦々しい昔話をした。
望月 美羽:
「私さ、サンタさんの正体知ったのけっこう遅かったんだよね。お兄ちゃんたちが必死になって隠してたからさ」
羽鳥 梢:
「ああ、あのお兄さんなら、たしかにしそう」
望月 美羽:
「だからその分、知ったときのショックも大きくてさー、なんで隠すのーって!」
そこで1つ、ため息をもらす。
望月 美羽:
「末っ子だから、子ども扱いされるのは仕方ないんだけどさ。夢を押し付けられたような気がして、ヤダったなぁ」
サンタクロースも赤鼻のトナカイも。
空飛ぶソリもお手伝いしてくれる小人さんのトントゥも、全部ウソ。
それを知ったときに、信じていたものがぜーんぶ崩れ去って、思い出も色褪せてしまった。
あんな気持ちをノエルちゃんも、今後するんだろうな、と想像したら、可哀想に思えちゃったんだ。
夢が弾けてしまう瞬間は、幼心にはちょっと痛い。
戸田 るり:
「美羽……」
望月 美羽:
「……なーんて、ちょっとセンチメンタルになっちゃったりして!」
ちょっと恥ずかしいことつぶやいちゃったかな、と思って、私は大きく口を開けて笑った。
あーあ、これだから私はまだまだお子様なのだ。
早く素敵なレディになりたいな。
なんて考えていたら。
?:
「あら、今日定休日じゃ……」
と言って女性が1人、お店の扉を開けた。
どうやら窓から私たちが座っているのが見えたのだろう。
そしてその女性は。
望月 美羽:
「あれ」
望月 美羽:
(どこかで見たことがあるような……)
扉を開けているコート姿の女性。
それは2、30代の若くキレイな人で……そう、私に自信を与えてくれた、あの人だったんだ。
望月 美羽:
「あ!」
望月 美羽:
「フェアリータイムの!」
?:
「え?」
?:
「あ、あなたは……」
「あなたたちは、それぞれの卵なんだから。
今は孵化するために、大切に温めているの。
それぞれの体温で。
それぞれの時間で。
人と比べることじゃないの。
あなたの体は、あなただけのものだから」
魔法のような言葉で、自信を私に与えてくれた、下着ショップのお姉さん。
朝倉さんが、そこにいたんだ。
◇ 続く ◇




