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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.6 君はカムパネルラ (2)「君との楽しい時間」

 翌日、また図書館へと出向いた。

 もちろん今日は、ちゃんと帽子をかぶってきて。

 クーラーが効いている室内に入ると、火照っていた頬をパタパタと手で仰ぐ。

 無意識にぐるりと館内を見渡して、あの子の姿を探した。


 羽鳥 梢:

(同い年くらいだけど……小学校でも中学校でも見なかったよねぇ)


 違う小学校に通っていた子で、私立に行った子とかかな?


 羽鳥 梢:

(……って、私なんで、探してるの)


 ハッと自分の行動に気がついて、頬に手を当てる。

 どうして、こんなにあの子が気になるんだろう。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君はカムパネルラ

(2)「君との楽しい時間」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 しかし思いの外、簡単に男の子との再会を果たした。

 書架の間で本を読んでいた私に、後ろからポンと肩を叩かれたのだ。

 振り返るとそこには、昨日と同じ笑顔を浮かべた彼が立っている。


 羽鳥 梢:

「あ、君は!」


 男の子:

「しー」


 そっと人差し指を立てて、男の子は合図をする。

 あ、と口に手を当て私は声をひそめた。

 いくら本棚の奥にいるからって、図書館で大きな声を出してはいけないのだ。


 男の子:

「また会えたね」


 羽鳥 梢:

「うん」


 まるでいたずらっ子のような笑い方をしてくるものだから、私もつられて笑ってしまう。

 胸が、何とも言えないポカポカとしたもので満たされていくのがわかった。


 男の子:

「これ、君に返そうと思って」


 羽鳥 梢:

「あ、これは……」


 男の子が差し出したのはこの図書館の貸し出しカードで、私の名前が書かれている。


 男の子:

「僕の上着のポケットに、入っていたみたい」


 羽鳥 梢:

「そうだったんだ」


 なくしていたことにも気づいていなかった私は、素直にそれを受け取った。


 羽鳥 梢:

「あ、だから名前がわかったの」


 男の子:

「え?」


 男の子:

「……ああ、うん。そう」


 男の子はまた優しく「梢ちゃん」と、私を呼んでくれた。


 羽鳥 梢:

「君の名前は?」


 男の子:

「僕?」


 男の子はキョトンとこちらを見ると、少し照れたようにうつむいて言った。


 ショウヘイ:

「……ショウヘイだよ」


 羽鳥 梢:

「そっか。ショウヘイくん、ありがとう」


 何だか、お礼を言ってばかりだな。

 なんて考えて、ショウヘイくんの視線の先を追う。

 ショウヘイくんは、私が手に持っていた本を見つめて小さく呟いた。


 ショウヘイ:

「『よだかの星』だ」


 私が持っていたのは、またしても宮沢賢治の本。表題作を口にして微笑むショウヘイくんに向けて、私は「えへへ」と笑った。


 羽鳥 梢:

「今年の夏休みは、宮沢賢治作品を制覇しようと思って」


 ショウヘイ:

「それはいいね」


 ショウヘイ:

「でも『よだかの星』より、僕は『銀河鉄道の夜』が好きだな」


 羽鳥 梢:

「あ、私も!」


 つい嬉しくなってパッと顔を明るくした私に、ショウヘイくんはまたくすくす笑って「しー」と言った。

 私が舌を出して誤魔化すと、ショウヘイくんは外の庭に出てお喋りしよう、と誘ってくれた。

 そして、すんなり差し出された右手。


 羽鳥 梢:

「え?」


 ショウヘイ:

「行こう」


 ショウヘイくんは私の手を握り、書架の森から私を抜け出させた。

 その手は、クーラーに当たっていたからかひんやりしていて、どこか現実味のない体温をしていた。



 ・   ・   ・



 図書館の中庭には、小さな噴水がある。

 その噴水を囲うように、大きな桜の木が埋まっていて、夏の今は青々とした緑を扇のように散りばめて、陰を作ってくれている。

 私たちは、その陰にちょうどあったベンチに腰掛けた。

 まだ噴水に近いからか、日差しが昨日より柔らかいからか、のぼせるような暑さではない。


 私とショウヘイくんは読書──特に、宮沢賢治作品についておしゃべりした。

 ショウヘイくんは私よりも精通していたようで、知らない作品のことまで語ってくれる。

 それを聞いていることはもちろん楽しかったし、何より、こんなに好きな作品のことを語れる相手は初めてだったのでとても嬉しかった。


 私たちが一番語ったのは、お互いが好きだと言った『銀河鉄道の夜』だった。


 羽鳥 梢:

「私すっかり影響されて、銀河ステーションの切符がないか、いっつもポケットの中を探したりしてたなぁ」


 ショウヘイ:

「ああ、わかるなぁ。 僕はサギのお菓子が食べたくて仕方なかったよ 」


 羽鳥 梢:

「それわかる! 縁日とかで飴細工の鳥見つけると『鳥獲り』のサギだって思うもの 」


 ショウヘイくん:

「あはは、それはたしかにそうかも」


 縁日、と言ってから気がついた。

 そういえば8月に、町内で大きなお祭りがあるんだ。

 姫泣《ひめなき》祭といい、出店も沢山出るし、最終日には花火も上がる。

 大きく緩やかな流れの姫泣川に、和紙で作られた灯篭に火を灯し、川上から流される。

『銀河鉄道の夜』の作中にあるケンタウルス祭のような烏瓜《からすうり》ではないが、その和紙をとおして見える灯火は、とても幻想的。毎年、家族と見に行っていた。


 羽鳥 梢:

(ショウヘイくんは、姫泣祭行くのかな)


 ちらりと、ショウヘイくんの顔を覗き見ようとした、その時。


 戸田 るり:

「梢ちゃん!」


 羽鳥 梢:

「あれ、るり」


 幼稚園からの幼馴染、るりが現れた。

 夏らしい水色のワンピースをなびかせて、こちらに近づいて手を振っている。


 戸田 るり:

「偶然だね、梢ちゃんも本を借りに?」


 羽鳥 梢:

「ううん、今日は宿題片しに」


 戸田 るり:

「わあ、偉いなぁ。私まだ、ちょっとしか手つけてないのに」


 戸田 るり:

「それにしても、こんな外で1人何してるの?」


 羽鳥 梢:

「え?」


──1人?


 羽鳥 梢:

(何言って……)


 横にショウヘイくんが座っているのに、と、るりから隣にいるはずのショウヘイくんへと振り返ると。


 羽鳥 梢:

「え……」


 そこに、ショウヘイくんはおらず。

 ただぽっかりと、空間を持て余したベンチがあるだけだった。




 ◇ 続く ◇

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