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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.6 君はカムパネルラ (1)「君との出会い」

 幼いころから私は、とてもよく褒められて育った。


 梢ちゃんすごいねぇ!

 梢ちゃん上手!

 よくできたね、えらいねぇ!


 褒められるのが、嬉しくて。

 優しい声をかけてもらえるのが、嬉しくて。

 私は何にでも、一生懸命取り組む子どもになった。


 それは大きくなった今でも変わらない。

 12歳。中学最初の夏休み。

 小学生の頃よりも多くなった夏休みの宿題の教材を持ち、図書館へと足を向けた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君はカムパネルラ

(1)「君との出会い」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 羽鳥 梢:

「あっつー」


 開館時間から、ずっと図書館で宿題を片付けていた私。

 12時となったので、お昼ご飯を食べに帰路につくため、外を歩いていた。

 朝よりもすっかり高くなった真夏の日差しは、容赦なく日光と紫外線を地上へ向けてくる。


 羽鳥 梢:

(帽子かぶるの、忘れてたなぁ)


 朝は雲が少し出ていたので、ついおろそかにしてしまった。

 7月下旬の日本の夏の暑さは、凄まじいのに。

 とはいえ、家までは徒歩10分ほど。

 自宅に近い図書館の距離に感謝する。

 ただし。


 羽鳥 梢:

(本……重い)


 夏休み期間のため多く借りれたので、私のカバンの中には大量の本がある。

 読書感想文の本をどれにしようか悩むうち、ついつい多くなってしまった。


 本は好きだ。

 小さい頃から、近くの図書館に入り浸っていたせいか、本の虫になった私は結構な読書家だ。

 今日も宿題用とは別に、大好きな作家の本を数冊借りている。

 でも、ちょっと借りすぎたのかな。

 暑さと荷物の重さで、私は少しクラリときていた。


 羽鳥 梢:

(あ、この横断歩道、渡っとこう……)


 よく周りも見ず、右手の横断歩道に一歩足を踏み出した──その時。


 男の子:

「危ない!!」


 羽鳥 梢:

「ひゃ!?」


 ものすごい力で、腕を引っ張られ。

 その横をものすごい速さで、車が駆け抜けた。

 パッパー! と、クラクションの音が遠くから聞こえる。

 車の運転手は止まる様子もなく、そのまま向こうへと消えていった。


 羽鳥 梢:

「……!!」


 ようやく事態を把握した私の心臓が、バクバクと鳴り始める。


 男の子:

「危なかったね。大丈夫だった?」


 羽鳥 梢:

「!」


 羽鳥 梢:

「あ、ありがとうございます!」


 命の恩人である男の子に、私は向き合った。

 腕から優しく手を離したその子は、私と同い年くらいに見えた。

 真夏の太陽の下で、輝くような笑顔をこちらに向けている。


 男の子:

「怪我、してない?」


 羽鳥 梢:

「う、うん」


 このへんでは見たことない顔だな、なんて思いながら頷く。


 羽鳥 梢:

「本当に助かりました、ありがとうございます」


 男の子:

「敬語じゃなくていいよ」


 男の子はふっと笑う。

 その笑顔がどこか懐かしげに見えて、私は目を細めた。


 男の子:

「あ、本が散らばっちゃったね」


 羽鳥 梢:

「本当だ」


 さっき、引っ張られた時の衝撃で、私のカバンから落ちてしまった本が歩道に離散していた。

 慌てて集める私の横で、男の子も同じように拾う。


 羽鳥 梢:

「何から何まで、ごめんね」


 男の子:

「全然、大丈夫」


 男の子が笑顔を浮かべたまま拾ってくれるので、申し訳なさも少し和らぐ。


 羽鳥 梢:

(何というか……癒し系男子)


 横目で男の子の顔を覗いたら、ふと彼が一冊の本の表紙をじっと見ていたことに気がついた。

 それは、夜空が美しい表紙の本。


 男の子:

「……宮沢賢治」


 明治生まれの文豪の名が、男の子の口からついて出た。


 羽鳥 梢:

「私、好きなの」


 優しく差し出されたそれを私は受け取る。

 本の汚れを払うと、大好きな作者の名前をなぞった。


 男の子:

「僕も好きだ」


 羽鳥 梢:

「そうなの? 嬉しい」


 有名な児童文学作家だから、好きな人は多いだろう。

 同志に会えて、私は素直に喜んだ。

 すべての本を拾い終えた私たちは、立ち上がる。

 あらためてお礼を言うと、男の子はただただ優しく笑った。


 男の子:

「今度からは、ちゃんと帽子をかぶってね、梢ちゃん」


 頭に柔らかく手を置かれて、男の子は去っていった。


 羽鳥 梢:

(……あれ?)


 違和感を覚えて振り返る。

 でもそこには、ただ陽炎が揺らめいているだけで、男の子の姿は蒸発したかのように消えていた。



 ・   ・   ・



 羽鳥 梢:

「ただいまー」


 お母さん:

「お帰り梢!」


 芽衣:

「おかえり〜」


 帰宅した私は、リビングにとりあえず重いカバンをどさりと下ろす。

 ダイニングでは、昼食を並べているお母さんと、その周りをうろちょろ動く妹の芽衣《めい》がいた。


 お母さん:

「あらー、いっぱい借りてきたのね」


 羽鳥 梢:

「うん。でも午後も、もう一度行ってくる」


 お母さん:

「え、また行くの?」


 羽鳥 梢:

「うん、あとちょっとで、ドリル終わりそうだし」


 お母さん:

「……梢、 あんたって子は!」


 お母さんは私の頭をガバッと抱きしめると、グリグリと頬ずりをしてきた。


 お母さん:

「なんて出来た子なの!あんまり出来すぎてお母さん逆に心配よ!」


 羽鳥 梢:

「いたたた」


 芽衣:

「ずるーい、メイもぉ!」


 お、お母さん、首痛いって!

 お母さんは私を解放すると、今度はしゃがんで芽衣にグリグリ頬ずり攻撃。芽衣はキャッキャと嬉しそうに、それを受けた。


 その間に私はお母さんから逃げて、自分のカバンから本を取り出す。

 午後はまた、教材だけの軽いカバンで図書館へ行こう。

 取り出している途中、一冊の本を私は凝視した。

 男の子も大好きだと言っていた、宮沢賢治の童話集だ。


 羽鳥 梢:

(あの子は、どの作品が好きなのかな)


 羽鳥 梢:

(……また、会えるといいな)



「今度からは、ちゃんと帽子をかぶってね、梢ちゃん」



 男の子の最後の言葉が、頭の中でリフレインする。


 羽鳥 梢:

「あ」


 気づいた違和感の正体。


 羽鳥 梢:

(なんで、私の名前を知ってるんだろう)


 首をかしげるとともに、男の子のあの優しい笑顔がふと思い出された。




 ◇ 続く ◇

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