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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.5 お姫様ではいられない (後編)

 静寂に満たされた、保健室の中。

 私は、中曽根と向き合っていた。


『好きですよ! 中曽根のこと!』


 戸田 るり:

(聞かれてたよね……?)


 篠田先生に挑発されたようなカタチで、発してしまった私の告白。

 それは思いがけず、本人に伝わってしまったが、もうこの際これでよかったのかもしれない。

 だって私は、ちゃんと中曽根に伝えようと思っていたんだから。


 好きだよって。

 消しゴムなんかじゃなくて、自分の言葉で。



 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 お姫様ではいられない

(後編)


 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 戸田 るり:

「──あの!」


 中曽根 悠:

「──あのさ!」


 戸田 るり:

「え?」


 中曽根 悠:

「え?」


 戸田 るり:

「…………」


 中曽根 悠:

「…………」


 戸田 るり:

「……あのさっ」


 中曽根 悠:

「あのさっ」


 戸田 るり:

「ご、ごめんっ」


 中曽根 悠:

「いや、俺こそっ」


 ううう、何なに、何なのこの安いコントみたいなやりとりは!?


 思わず、自分のつま先を睨んでしまう。

 恥ずかしくていたたまれなくて、中曽根の顔がうまく見られない。


 戸田 るり:

(でもここで、勇気を出さなきゃ……!)


 ここで伝えなかったら、絶対に後悔する。

 夏休みに入ってしまったら、しばらくは会えなくなっちゃうんだから!

 私は拳をぎゅっと握って、うるさい心臓を抑えながら声を出した。


 戸田 るり:

「わ……」


 戸田 るり:

「私、中曽根が好き!」


 戸田 るり:

「彼女になりたいの!」


 中曽根 悠:

「!」


 い、言った!!

 ついに伝えてしまった、私の気持ち。


 ドクドクドクドクと、心臓はこれ以上ないかと思うくらい早い鼓動を打ちつけている。

 中曽根が、どんな顔をしているのか見るのが怖くて、私はまだ自分のつま先しか見られていない。


 中曽根、どう思った?

 私たち、両思いなんだよね?


 そう心で必死に訴える。でも静寂だけが過ぎていく。

 返事がない。


 戸田 るり:

(──え……なんで答えてくれないの?)


 早まっていた鼓動が、今度は別の意味で加速していく。

 もしかして、両思いなんだと思っていたのは私だけで、中曽根は本当は何にも思っていなかったんじゃ。

 全部全部私の勘違いで、何こいつ、とか思っているんじゃ。


 戸田 るり:

(………中曽根、何か言ってよ!)


 たまりかねて、中曽根を見上げる。


 戸田 るり:

「──え!?」


 いつの間にか、中曽根が近くにいる。

 真っ赤な顔をして近づいて……。


 中曽根 悠:

「戸田、俺……」


 戸田 るり:

「!?」


 中曽根は、私の肩に両手を置くと、ボスッと顔をうずめた。

 なかば体重を預けるようにされたその体勢に、私は思わずフラつきそうになるのを必死で踏ん張った。


 戸田 るり:

「中曽根……?」


 中曽根 悠:

「──すっげぇ、嬉しい」


 戸田 るり:

「!」


 中曽根 悠:

「ありがとう。俺も……」


 戸田 るり:

「…………」


 中曽根 悠:

「…………」


 戸田 るり:

「…………」


 戸田 るり:

「…………な、中曽根?」


 あの、その、肝心の続きは?


 でもこの体勢だと、中曽根の顔が見られない。

 中曽根は私の肩に顔をうずめたまま、動かない。

 そしてようやく、私は気付く。

 何か中曽根の体、熱い……?


 戸田 るり:

(あっ!)


 そういえば篠田先生、中曽根は熱があるから保健室に来たと言っていたような……!


 戸田 るり:

「中曽根、あんたもしかしてっ」


 中曽根 悠:

「んあ?」


 私は無理矢理、寄りかかっていた中曽根を引き剥がし、その顔を見つめた。

 その目は朦朧《もうろう》としていて、顔は真っ赤になっている。


 戸田 るり:

「バカ! 熱上がってるんじゃないの!? 」


 中曽根 悠:

「ああ? そうなんかなぁ…… 」


 のんきにそう言う、中曽根のおでこに手を当てる。

 うん! 熱い!

 私の保健委員センサーはすぐに中曽根を病人と判断して、慌てて彼の背中を押してベッドへ誘導した。


 戸田 るり:

「大人しくベッドで寝てなさい!」


 中曽根 悠:

「えぇー……」


 中曽根はなぜか不服そうな顔をして、でも私の指示通りにベッドへ戻った。

 なかば倒れるようにベッドに横になったので、やはり辛かったのだろう。私は少し申し訳なく思う。


 戸田 るり:

「ごめんね、中曽根」


 思わずシュンとなって、布団をかけた。


 中曽根 悠:

「なんで? 戸田は悪くないよ」


 戸田 るり:

「でも……」


 私が中曽根の体調に気づかずに、告白なんてしちゃったから。

 うなだれる私に、中曽根は少し熱に浮かされたぼんやりした瞳を向けた。


 中曽根 悠:

「戸田、ありがとうな」


 中曽根 悠:

「俺も……好きだから」


 戸田 るり:

「!」


 中曽根 悠:

「ちゃんと……好き……だから……」


 戸田 るり:

「……中曽根?」


 …………寝ちゃった。


 目を閉じた中曽根はどこか安心したように、静かに寝息を立て始める。

 布団に入ってすぐ寝ちゃうなんて、子どもみたい。

 小さく笑って、私は彼の頭を撫でた。


 熱で少し汗ばんでいた髪はしっとりしている。ちょっと苦しそう。

 濡らしたガーゼを中曽根のおでこに乗せると、ベッドから離れた。


 まだ篠田先生が帰ってきていない保健室は、静かだ。

 中央のテーブルの上には、篠田先生に頼まれたプリントの山が残っている。


 戸田 るり:

(篠田先生……)


 戸田 るり:

(結構、イジワルな人だったのね)


 まさか先生に、してやられるとは思わなかった。

 でも、腹が立つとかは思わない。


 戸田 るり:

(こうなったら、先生にはとことん付き合ってもらうんだから!)


 今の私には、怖いものなんてない。

 だってようやく、両思いを確認できたんだもん!


 意気揚々と、頼まれていたプリント仕分けに手をつけ始めた。

 それを終わらせると、篠田先生宛てへの手紙を書く。反撃とお礼と、今後のおねだりをちょっぴり入れて。

 それが終わって中曽根の様子を見ると、さっきよりも赤みが薄くなった彼の顔は、熱が下がっているようだった。


 戸田 るり:

(可愛い寝顔だな)


 まだ幼さの残る彼の寝顔を見て、そっと微笑む。

 本当は起きるまでそばにいてあげたいけれど、今日は塾の日だったので、早く帰らなければならない。


 戸田 るり:

「またね」


 中曽根 悠:

「…………」


 そっと声をかけても、中曽根は目を覚まさなかった。

 眠っている中曽根と、それを見つめている私。

 まるで、王子様とお姫様が逆になったみたい。


 でもね。

 お姫様ばっかりが待っているなんて、そんなことはありえないんだから。


 戸田 るり:

「──よし! 帰ろう!」


 私はそう独りごちて、踵を返した。

 彼氏彼女になれた私たち。

 明日から中曽根との仲がどう変わっていくかなんて、まだわからないけれど。


 でも、待ってばかりじゃいられないから。

 お姫様なんかじゃ、いられないから。

 これから中曽根と一緒に、ゆっくり歩いていこう。

 ね。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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