Ep.53 ぼくは勉強ができない(1)「キッチン」
11月下旬。
三者面談の日が近づいている。
兄、克弘がバイトでいない日曜日の夜に、母さんはリビングで俺に話しかけてきた。
母さん:
「ノブ、志望校の変更はとくにないのよね?」
堂本 信広:
「あ? ああ」
小さくうなずく。
俺は進学先の第一志望を南星高校にしていた。
偏差値の低い男子校だ。
俺でも入れるだろうと、進路希望調査票を出したときに担任の福原には言われている。
勉強が嫌いな俺。
別に今さら、頑張ろうとも思わない。
堂本 信広:
「そのつもりだけど」
母さん:
「そう。わかった」
その言葉を流して、俺は冷蔵庫をあさる。
取り出したコーラをボトルで直に飲みながら、この冷蔵庫の中身なら明日はチャーハンでも作るか、と考えた。
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ぼくは勉強ができない
(1)「キッチン」
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翌日の月曜日。
教室に入ると、最近恒例となりつつある光景に辟易とした。
教室の中央に、数人集まっている女子グループ。
机同士をくっつけ合うその集団は、教科書やら参考書、単語帳などをおのおの広げていた。
その中には羽鳥がいる。
受験に向けた仲良しお勉強会、らしい。
堂本 信広:
(あいつもよくやるぜ)
羽鳥は他の女子にいろいろ教えながら、自分の勉強を進めている。
他人を蹴落としてこその受験だろうに、あいつは本当にノー天気だ。
少し離れた自分の席に座り、斜め前方にある羽鳥の後ろ姿を眺めた。
中曽根 悠:
「おっはよ、堂本!」
今日も元気な中曽根が、声をかけてきた。
そんなやつに俺もすっかり慣れていた。「ああ」と声を返す。
中曽根も手に何やら参考書らしきものを持っていて、そのまま俺の前を通り過ぎた。
そして、あの羽鳥たちの女子グループに飛び込んでいく。
中曽根 悠:
「なぁ羽鳥、これわかる?」
羽鳥 梢:
「ん? どれどれ」
羽鳥は差し出された参考書をのぞき、他の女子どもは中曽根を歓迎して笑顔になった。
あー、あいつ、ああいうところが天然のたらしだな。
そしてそれに乗っかろうと、他の男どもが中曽根たちに近づく。
男子1:
「あ、俺も教えて!」
男子2:
「俺も俺も~」
羽鳥 梢:
「あーもう、じゃあまとめて聞きなさい!」
まるで肝っ玉母さんみたいな羽鳥の態度。
それに俺はつい、クッと小さく笑う。
本当に、相変わらずなやつ。
参考書を指さして、あーだこーだと口を動かす羽鳥。
真剣に聞いていた中曽根の顔が、パッと明るくなった。
中曽根 悠:
「あー、そういうことか」
納得したように何度もうなずく中曽根。
あいつは最近、やたら勉強熱心だ。
まぁその理由は、周知されているが。
羽鳥 梢:
「中曽根、理解早くなったじゃん。これならるりも安心だねぇ」
中曽根 悠:
「うっせー」
そう、中曽根は彼女の戸田と同じ高校に行くのに必死なのだ。
女に合わせるなんて、主体性のないやつだ。
そんな中曽根は、満足した様子でまた俺の近くを通りかかる。
頬杖をつきながら、やつにつぶやいた。
堂本 信広:
「ちっとは賢くなったかよ」
嫌味で言ったのに、中曽根はことさら嬉しそうにうなずいた。
中曽根 悠:
「おう! けっこうレベルアップしてるぜ」
まったく、悪意の通じないやつだ。
そんな中曽根に俺も毒気を抜かれる。はぁ、とわざとらしくため息をついてやった。
堂本 信広:
「そんなに勉強して、どーすんの?」
学校のお勉強なんか社会で役に立つのか?
サインコサインにフレミングの法則、革命の年号、漢詩や純文学。
そんなの知ったところで、腹も満たされねぇ。
そんな疑問を投げかけた俺に、中曽根は頬をポリポリかきながら答える。
中曽根 悠:
「どうするって……まぁ、将来のためだよ」
中曽根 悠:
「いつか役に立つかもしれねーだろ」
堂本 信広:
「タンジェントを会社員が使うか?」
中曽根 悠:
「極端すぎるぜ、堂本」
俺の言葉にやつは苦笑して、自分の席へと戻っていった。
・ ・ ・
帰宅するとさっさと着替えて、冷蔵庫に手を伸ばした。
とりあえず喉を潤すと、次に野菜室を開ける。
スープだけ先に作っとくか、とキャベツを取り出した。
チャーハンにはレタス、スープにはキャベツ。それが俺の好きな組み合わせだ。
堂本 信広:
(自分で作ると、好きなもん食えるからいいよな)
俺が料理にはまった原因はそこかもしれない。
母さんや克弘に食わせるのは、あくまでついで。そう、ついでだ。
口笛を吹きつつ、取り出したキャベツをまな板に置き、包丁でザクザクと切り始める。
3人分の料理に、どれくらいの量がいるのか、なんとなく感覚でわかってきた。
堂本 信広:
(こういうのも、レベルアップって言うのか?)
なんて、中曽根の言葉をふと思い出していたとき。
克弘が学校から帰ってきた。
ひょっこりとリビングをのぞいて、キッチンに立つ俺に声をかける。
堂本 克弘:
「ただいま」
堂本 信広:
「……ん」
最近、やたら話しかけてくるようになった克弘。
ただいまなんて、前は言ってもなかったじゃねーか。
気色悪い。
おかえりなんか、絶対言ってやらない。
そして気色悪い克弘はなぜか、部屋に向かわずリビングに入って来た。
何だ一体?
堂本 克弘:
「ノブ。お前……南星高校に行くのか?」
堂本 信広:
「ん? ああ」
母さんから聞いたのだろう。
克弘は俺の返事を聞くと、とたんに眉間にしわを寄せた。
苦虫を噛みつぶしたような、苦々しい顔つき。
堂本 信広:
「何だよ」
弟がレベルの低い高校で恥ずかしいってか。
お前だって大した高校に行ってるわけじゃねーくせに、とムカついた。
低くした声を、絞り出すように克弘は言う。
堂本 克弘:
「母さんもそれでいいって?」
堂本 信広:
「……っだよ、文句あんのかよ」
克弘の言葉にイラッときた俺は、包丁を持ったままぎらつかせた──が。
堂本 克弘:
「南星……あいつの出身校だぞ」
堂本 信広:
「は?」
堂本 克弘:
「……クソ親父」
堂本 信広:
「!」
克弘のその発言に。
俺はまな板に包丁を静かに置いた。
堂本 克弘:
「……」
堂本 信広:
「……」
堂本 克弘:
「……それだけだ。あとはお前に任す」
そう言い残して、克弘はきびすを返す。
俺はただその背中を、呆然と見つめた。
堂本 信広:
「……」
南星高校が、父さんの出身校だって?
俺が適当に選んだ高校が、偶然一緒だったって?
堂本 信広:
「……っ」
なぜか。
身がすくむ。
脳裏によみがえるのは、幼い頃に散々見せられた両親のケンカ。
投げつけられる物たち。
そして、父さんから母さんへの、一方的な暴力。
………………………………
母さん:
「物……投げないでよ! 子どもたちに聞こえるでしょ!?」
父さん:
「っせーよ! お前が俺を怒らせるからだろ!?」
母さん:
「……っ! やめて! 痛い!」
………………………………
堂本 信広:
「……ツッ……」
頭がくらむ。
目元に思わず指先を添える。
俺は──俺も。
あんな大人になるのだろうか。
◇ 続く ◇




