Ep.52 とある兄たちの一日(4・終)「堂本克弘の場合」
年下の幼馴染み、松宮陸がお店から出ていくと、俺は腰を上げた。
あいつは本当に、おしゃべりでおせっかいだ。
でも、そんなところにいつも救われている。
なんて本人に言ってやらないのは、すぐに調子に乗るからだ。
堂本 克弘:
「さ、あと少し頑張るか」
堂本克弘、高校3年生の18才。
受験と並行して頑張っている本屋のバイトにも、すっかり慣れたこの頃だ。
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とある兄たちの一日
(4)「堂本克弘の場合」
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夕方の7時に、バイトは終わって切り上げる。
その帰り道、神社の並ぶ道の途中で、久しぶりに会う知り合いがいた。
堂本 克弘:
「あ、梢ちゃん」
羽鳥 梢:
「か、克弘さん……!」
おつかい帰りだろうか。
コンビニの袋をぶら下げて、私服姿で歩いている。
堂本 克弘:
「久しぶりだね。元気にしてた?」
羽鳥 梢:
「……はい!」
ニコッと笑ってくれた彼女、羽鳥梢ちゃんは、俺の弟ノブのクラスメイトだ。
今年の夏に俺のバイト先で知り合い、何回か話をした。
初対面の相手にも物怖じせず、ハキハキ話せるしっかりとした印象の女の子だ。
羽鳥 梢:
「バイト帰りですか?」
堂本 克弘:
「うん。梢ちゃんはおつかい? 偉いね」
羽鳥 梢:
「そんなことないですよ」
何となく、俺たちは一緒に歩くことになる。
隣にちょこんと、小さな梢ちゃんが並んだ。
彼女の背中には、小さな黒のカバンが背負われている。
そのカバンに寄り添うように、目立った黄色い猫のストラップが揺れたのが、目に入った。
堂本 克弘:
「可愛いね、それ」
羽鳥 梢:
「え?」
堂本 克弘:
「猫のストラップ。なんか見たことあるキャラだ」
羽鳥 梢:
「あ、これ、紳士ネコです!」
気づいてもらえたことが嬉しそうに、梢ちゃんは笑った。
よく笑う子だな、と思う。
そんな彼女は、さらに俺にとって、驚く言葉を続けてくれた。
羽鳥 梢:
「これ、堂本くんがくれたんです」
堂本 克弘:
「え、ノブが?」
羽鳥 梢:
「はい。ゲーセンで取れていらなかったやつ、私が好きなキャラだからくれて」
堂本 克弘:
「へぇ」
そいつは意外だ。
ノブが女の子に優しくしているところなんか、見たことがない。
まぁただ単に、本当にいらなかったのかもしれないが。
堂本 克弘:
「……ノブはクラスでどう? 迷惑かけてない?」
夏にも同じような質問をしたな、と思いつつも、また聞いてしまう。
2年生の頃の一時期、荒れに荒れていたノブ。
最近は落ち着いたが、あいつに対する心配はちっとも減らない。
俺は、情けない顔をしていただろう。
梢ちゃんはそんな俺を励まそうとしたのか、元気よく答えてくれる。
羽鳥 梢:
「大丈夫ですよ」
羽鳥 梢:
「克弘さん……優しいお兄さんですよね。堂本くんが、羨ましい」
堂本 克弘:
「梢ちゃん、兄弟は?」
羽鳥 梢:
「妹が1人。お姉ちゃんなんです」
堂本 克弘:
「ああ、そんな感じがするなぁ」
言われ慣れているのか、梢ちゃんはまた屈託なく笑ってくれた。
・ ・ ・
家に帰ると、ノブが珍しくリビングにいた。
いつもはさっさと部屋に引きこもるが、今日はリビングのソファでぐーすか寝ている。
まったく、風邪をひくぞ。
俺はそのままノブを素通りして、キッチンを覗く。
そこにはコンロに乗った鍋から、美味しそうなカレーの香りが漂っていた。
今日はチキンカレーらしい。
堂本 克弘:
(ノブも上手くなったよなぁ)
フタを開けると、空腹を刺激するスパイシーな香りがした。
両親が離婚してから、ノブの変化で1番意外だったのは、やつが料理にはまったということだった。
毎日ではなく気まぐれに作るが、そのたびに腕は上がっていると思う。
これは俺にも母さんにとっても、大変ありがたい変化だった。
特にシングルマザーとして仕事を増やした母さんとしては、嬉しいことだろう。
気のせいかノブも、美味しく食べている俺たちを見て満足そうにしている──気がする。
堂本 信広:
「……ふぁ」
俺が自分のカレーを準備してテーブル前に座ると、ソファのノブが起きたらしく、伸びをした。
目を擦り俺に気づくが、声はかけてこなかった。
仕方ない、と俺から声をかける。
堂本 克弘:
「カレー、ありがとな」
堂本 信広:
「ん」
まだ寝ぼけているのか、頭をボリボリかいてソファの上であぐらをかく。
梢ちゃんとは対照的に、可愛くない弟だ。
そんなことを思って、ふとつぶやく。
堂本 克弘:
「さっき、梢ちゃんに会ったぞ」
堂本 信広:
「!」
ピクリとその言葉に反応して、ノブがこちらを見た。
俺はスプーンでカレーをすくい、腹を満たし始める。
堂本 克弘:
「元気でいい子だな。素直で可愛い」
だからお前も見習って素直な弟になれ、と言外に込めたつもりだったが。
堂本 信広:
「……はぁ?」
堂本 信広:
「お前、彼女いるくせに何言ってんの」
ノブがとんでもない仕返しをしてきて、グッとカレーが喉につかえそうになる。
堂本 克弘:
「な、何でそれを……!」
今年の春からじつは、バイト先の大学生と付き合い始めた。
年上で気さくな彼女は、俺にとって唯一弱音を吐け、心を開くことができる相手である。
彼女との付き合いはノブには言ってなかったのに、なぜ知っているのか。
俺はノブの前では滅多にうろたえない。
そんな俺が戸惑ったのを、ノブは面白がるかとも思ったが、やつは唇を尖らせて言った。
堂本 信広:
「夏祭りで見たんだよ」
堂本 信広:
「言っとくけど、羽鳥も見てっから。彼女持ち、バレてるからな」
あの夏祭り、こいつも行っていたのか。
というか、梢ちゃんにバレてるから何なんだ。
堂本 克弘:
「梢ちゃんと、夏祭り行ったのか?」
堂本 信広:
「クラスのやつらとだよ」
団体行動だ、と鼻をならす。
まさかノブが、クラスの子たちと仲良く夏祭りへ行くなんて。
……どうやら梢ちゃんの言ったとおり、本当にもう心配はいらないらしい。
堂本 克弘:
「そうか」
安心して思わずホッとする。
しかしノブは、なぜかそんな俺にムッとしてソファから立ち上がった。
堂本 信広:
「風呂」
先に飯は食っていたらしい。
親父くさく腹をかきながら、俺の横を通り過ぎようとする。
堂本 克弘:
「…………」
必要最低限の会話しかしようとしないノブ。
陸と今日した会話を思い出して、俺ももうちょっとノブに踏み込んでいかなければならないのかなと考える。
でも、こいつと俺が今話せる共通点って……うーん……。
堂本 克弘:
「……梢ちゃん、紳士ネコが好きなんだな」
それくらいしか思いつかず言うと、ノブの足がピタリと止まる。
こちらを向いてくれないが、反応してくれたのが嬉しくて言葉を続ける。
堂本 克弘:
「お前があげたっていうストラップ、今日つけてたぞ。お前も優しいところがあるんだな。よかったな」
それは、褒め言葉のつもり──だったのだが。
堂本 信広:
「……っ」
堂本 信広:
「うっせーよクソ克!」
堂本 克弘:
「!?」
背中越しにとんでもない暴言を吐かれてしまう。
く……クソ克!?
ノブは振り返りもせずに、肩を怒らせたままドスドスと足を鳴らして去っていく。
ドアを開けて出るとき、怒りのせいか赤くしたやつの耳が見える。
堂本 克弘:
「…………」
堂本 克弘:
(あいつの反抗期は、いつ終わるんだ……)
はぁ、と俺は、深くため息をついたのだった。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




