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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.52 とある兄たちの一日(3)「松宮陸の場合」

 俺は大雑把で無神経な性格だ。

 体格に見合った態度と声。

 ずかずかと他人のプライベートに入っちまう。

 そしてその性格の1番の被害者である妹は、最近、やたら冷たい。


 松宮 茜:

「ちょっと兄貴! それ私のタオル!」


 松宮 陸:

「ああん? 別に使ってもいいだろうが」


 松宮 茜:

「嫌だし! 臭くなるでしょー!」


 く、臭くないわ!!


 松宮陸(りく)、17才の高校2年生。

 妹の茜は思春期のせいか、どうにも最近俺につらく当たる。


 ああ、兄ちゃんは悲しいぞ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 とある兄たちの一日

(3)「松宮陸の場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 そんな、午前の悲しい妹とのやり取りも忘れていた夕方。

 散歩がてら本屋にでも行くかと、家から出てしばらく歩いたときだった。


 なんと、男と2人で歩く茜を発見してしまった。


 松宮 陸:

「!?」


 思わず足を止める俺に、しばらくしてこちらに歩いてくる茜も「げっ」といった表情で足を止める。

 今日は友達と図書館で勉強してくる、と言って出ていった茜。

 まさか、その相手が男だったとは!


 小池 隼人:

「松宮さん?」


 隣にいた野郎が茜に声をかける。

 茜とさほど背の変わらない、まだ幼さの残る少年だ。

 むさ苦しいとよく言われる俺とは、真逆のような男である。


 松宮 茜:

「あ、えっと……」


 そいつの声に、ハッとした様子で我に返る茜。顔を真っ赤にしている。

 ふふーん、どうやらただのお友達ではなさそうだ。


 松宮 陸:

「よっす、茜ー! デートかよ」


 いっちょからかってやれ、と手を上げ声をかけた。

 案の定、茜はさらに「げげっ」といった表情をする。

 まったく可愛げない妹である。


 松宮 茜:

「あ、兄貴~……」


 小池 隼人:

「え、お兄さん?」


 少年は驚いて、俺と茜を交互に見る。

 わっはっはっ、少年どうだ。

 ビビるだろう!


 柔道で鍛えた俺の体は、厚くてでかい。

 大抵の年下野郎なら、俺の見た目だけでビビるはず──だったのだが。


 小池 隼人:

「どうも、こんにちは」


 少年は穏やかに、挨拶なんかしてくれた。


 松宮 陸:

「お? おう」


 こんにちは、なんて俺も返してしまう。

 しかも。


 小池 隼人:

「僕、小池隼人といいます」


 小池 隼人:

「今日は、茜さんと図書館で勉強してました。遅くまですみません。今、送り届けてたところなんです」


 と、年下らしからぬ、しっかりした自己紹介と説明までしてくれた。

 なんだ、この爽やか真面目ボーイは!!


 松宮 陸:

「そ、そうか」


 松宮 茜:

「小池くん……」


 たじろぐ俺の前で、茜がそんな小池くんとやらをポーッと見つめている。


 おいおい、何だその表情は!

 俺には、虫けらでも見つけたかのような冷たい視線を送るくせに!!

 いかん。

 このままでは、兄としての貫禄が崩れてしまう!


 俺はない襟を正すかのように、ウオッホンと咳をした。


 松宮 陸:

「あー、お前らはなんだ、その……付き合っているのか」


 まずは現状確認だ。


 小池 隼人:

「はい」


 松宮 茜:

「えっ」


 小池くんはあっさりと肯定したが、茜は驚いた。

 んん、どっちだ!?


 松宮 茜:

「こ、小池くん」


 小池 隼人:

「え、そうだよね?」


 松宮 茜:

「そ……そうだけど」


 真っ赤になる茜に、そうなんかーい! と心の中でツッコミを入れる。


 くっそー、茜のくせに生意気な!

 俺だってまだ、彼女いたことないのに先にリア充しやがって!!


 松宮 陸:

「小池くん、茜に騙されんなよー。こいつ、超乱暴者だから」


 彼なら、もうちょっと小さくて可愛らしい女の子がいいんじゃねぇの、とよけいなおせっかいと揶揄でそんな言葉が口から出る。

 茜はギッと俺を睨むが、蛙の面にションベンだ。


 しかし小池くんは、あっさりとそんな俺に言葉を返してくれた。


 小池 隼人:

「そんなことないですよ、茜さんは可愛いです」


 松宮 陸:

「!?」


 松宮 茜:

「!?」


 小池 隼人:

「あ」


 小池 隼人:

「なんて……へへ」


 えへへ、と笑う小池くん。

 茜は声を失い、真っ赤っか。

 うわああ、なんだこの臆面ない爽やかキザボーイは!!


 ブツブツと鳥肌。

 そして、ブワワッと俺の顔まで赤くなる。


 松宮 陸:

「そ、そうかいそうかい! ならお幸せにな~」


 これ以上かまってられっか。


 俺は呆れと妬ましさと恥ずかしさで、逃げるようにその場から立ち去った。



 ・   ・   ・



 松宮 陸:

「はぁ……かっちゃん。俺も弟が欲しかったぜ」


 堂本 克弘:

「何だ急に」


 幼馴染みの堂本克弘ことかっちゃんは、本棚に本を差し込みながら俺に返事をしてくれた。


 去年から本屋でアルバイトを始めた、1つ年上の幼馴染みのかっちゃん。

 小学生の頃から親しくしていた彼とは不思議に波長が合い、よく遊んでいた。


 かっちゃんはクールで、あまり物事を語らない。

 凪のように静かな性格は俺と正反対だったが、それがよかったのだろう。

 俺たちは学年も違うのに、仲がよかった。


 松宮 陸:

「茜がさー、彼氏できたんだよ」


 堂本 克弘:

「へえ、あの茜ちゃんが」


 松宮 陸:

「その相手が、超キザな爽やかボーイ! 俺への当てつけかよ、茜のやつ~」


 堂本 克弘:

「へぇ、意外だなぁ」


 かっちゃんも茜のことはよく知っている。

 かっちゃんの弟、信広くんことノブくんと茜が同い年で、小さい頃はよく4人で遊んだもんだ。

 でも、俺らが中学生になったくらいから、そんなこともなくなった。


 松宮 陸:

「ノブくんは彼女いねーの?」


 ふと、かっちゃんの弟、ノブくんを思い出して聞いてみた。

 かっちゃんとは違い、やんちゃで生意気なノブくん。

 茜が小学生の途中から、遊びに誘っても来なくなったのは、そんなノブくんを苦手に思い始めたからだった。


 堂本 克弘:

「さぁ? ノブとそんな話しないしな」


 クールなかっちゃんは、弟に対してもクールらしい。

 これでちゃっかり彼女がいるもんだから、侮れん男だ。


 松宮 陸:

「……ノブくんさぁ、元気?」


 まだノブくんの話をしようとする俺に、かっちゃんは視線を向けた。

 腕にまだ納められていない新刊本を持って、俺を見やる。


 松宮 陸:

「去年までけっこう荒れてたろ。もう落ち着いた?」


 堂本 克弘:

「……ああ」


 趣味の悪い金髪はやめたぞ、とかっちゃんは珍しく苦笑した。


 去年の夏、かっちゃんの両親が離婚した。

 金田から堂本へと姓を変えた彼は、それからどことなく柔らかくなった気がする。


 父親に反発しまくっていた、かっちゃん。

 女にだらしなく、暴力をふるいがちな父親は彼にとって敵だった。

 それは幼い頃から、ずっと。


 松宮 陸:

「かっちゃんも、大丈夫?」


 生意気で嫌なことはちゃんと避け、ハキハキものを言うノブくんはあまり心配しない。

 心配なのは、目の前のかっちゃんだ。

 彼は、何でもかんでも自分で背負い込もうとする性格だから。


 堂本 克弘:

「大丈夫だよ」


 松宮 陸:

「なら、いいけど」


 まぁ、この笑顔なら大丈夫だろ、と俺は安心する。

 そんな俺に、かっちゃんは最近見せてくれるようになった優しい笑みで言う。


 堂本 克弘:

「……お前が、さんざん踏み込んでくれたからな」


 松宮 陸:

「へ?」


 堂本 克弘:

「『離婚かよ、めでてぇなぁ!』『あのくそ親父ともオサラバだな!』……てさ」


 堂本 克弘:

「無神経も、度を超すと本当にすがすがしいな」


 松宮 陸:

「わはは」


 そういや、そんなことを言った気もするな。


 でもまぁ、かっちゃんにならそれくらい踏み込んでもいいんだよ。

 でないとこいつは、いつまでも引っ込んでるからな。


 反省していなさそうな俺に、目を細めてかっちゃんは言う。


 堂本 克弘:

「……俺も、見習わなきゃな」


 松宮 陸:

「へ?」


 堂本 克弘:

「踏み込んでいくことや、おせっかい。……ノブには、きっと必要だと思うから」


 松宮 陸:

「……そうかもなぁ」


 素直でなく、肝心な部分は誤魔化しがちなノブくん。

 受験シーズンの彼が、どんな日々を過ごしているのかなんて俺にはわからないが、兄としてかっちゃんは思うところがあるのだろう。


 ったく。

 兄同士、下のやつらには本当に苦労させられるよな。


 松宮 陸:

「でもま、ほどほどにな」


 松宮 陸:

「嫌われると『臭い』とか言われるんだぜ」


 堂本 克弘:

「はは」


 それはお前だからだろう、と言わなかったかっちゃんは、やっぱりいいやつだ。




 ◇ 続く ◇

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