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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.52 とある兄たちの一日(2)「望月幹弥の場合」

 おいおいおい。

 何だ、この目の前のでっかい男は!!


 大谷 圭介:

「初めまして、大谷圭介です!」


 玄関先で、元気よくあいさつしてくれた大谷くんとやら。

 おかしい。

 妹の美羽情報では、同級生の中3男子のはずだ。


 いやたしかに、


 望月 美羽:

「大谷くん、背が高いんだよー」


 と前日に美羽は言っていたが……た、高すぎだろう!?

 180オーバーしてんじゃねぇの、これ!?


 望月 幹弥:

(ま……負けたっ!!)


 ガーン! とショックを受けた俺、望月幹弥(みきや)18才の身長は、169センチだ。

 世間には170センチと公言している。

 妹の美羽が連れてきた彼氏とやらの高身長に、俺は日曜日の昼間から、打ちひしがれる羽目になったのだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 とある兄たちの一日

(2)「望月幹弥の場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 母さん:

「あらあら、本当に大きいのね~」


 俺の横で、のんきに母さんはそんなふうに笑っている。

 まだ靴も脱がず上がってもいないのに、大谷くんは母さんよりもでかい。

 しかし、顔だけは少年らしい表情を浮かべて笑う。


 大谷 圭介:

「うち、親がでかいんで」


 くそ! やはり遺伝子がものをいうのか高身長は! う、羨ましい……!


 望月 美羽:

「圭介くん、上がって上がって!今日はお兄ちゃんもいるから、勉強わかんないとこあったら教えてもらえるよ~」


 美羽は無邪気に笑ってそんなことを言う。

 促され上がった大谷くんは、やはりでかい。

 しかし美羽の言葉に、彼の顔が一瞬引きつるのがわかった。


 あー……そりゃまぁたしかに嫌だわな。

 彼女の兄に、勉強を見てもらうなんて。


 望月 幹弥:

「おい美羽、俺は忙しいんだ」


 仕方ない。

 ここは年上の俺が気を遣ってやるかと、言葉をかける。


 望月 幹弥:

「まぁ、どうしてもわからない時だけ呼んでくれ。大谷くん、ゆっくりしてってな」


 大谷 圭介:

「は、はいっ」


 年上風を吹かせて言った俺に、大谷くんはビシッと背筋を伸ばして答える。


 お、案外そうされると悪い気はしないな。

 自分よりもでかいやつが自分より立場が弱いのは、少しだけ気分がいい。

 俺も大概心が狭い。

 でもさ、仕方ないんだよ。


 望月 美羽:

「圭介くん、今日は勉強、頑張ろうねっ」


 大谷 圭介:

「おうっ」


 嬉しそうに大谷くんと笑い、2階の部屋へ向かう美羽。

 ああ、昔は「お兄ちゃんのお嫁さんになるー」なんて言ってくれていたのに……!


 望月 幹弥:

(美羽も、もうお兄ちゃん離れか……)


 そう。

 俺はシスコンだ。

 だって、素直で元気な美羽はとっても可愛い。小さくてリスみたいで、昔から自慢の妹だ。

 姉の未来《みく》も美羽を溺愛しているが、俺も負けてはいない。


 望月 未来:

「幹弥、美羽の彼氏調査は、あんたに託したわよ……!」


 どうしても大学のサークル活動が外せなかった未来からの指令。

 それを果たすべく、俺はそろりそろりと2人が消えた階段を上ったのだった。



 ・   ・   ・



 ヤモリのように、美羽の部屋の扉にへばりついている俺。

 うーむ。紙コップって、本当に音をよく吸収してくれるんだなぁ。

 美羽に見られたら絶交確実であるリスクを背負い、俺は指令を実行していた。


 大谷 圭介:

「はぁ、緊張したぁ」


 2人きりでようやく緊張が解けたのか、大谷くんのリラックスした声が聞こえた。

 美羽はいつもどおりの明るい声を、そんな大谷くんにかけている。


 望月 美羽:

「お疲れさま、圭介くん」


 大谷 圭介:

「俺、大丈夫だったか? 変な態度じゃなかったよな?」


 望月 美羽:

「大丈夫大丈夫! バッチシ決まってたよー」


 裏表のない美羽は、大谷くんの前でも俺と同じ態度だ。

 それにちょっとだけホッとする。

 ああ、美羽がこんなふうに彼氏を連れてくるなんてなぁ。


 大谷 圭介:

「そういや、隼人も松宮と今日、勉強すんだって」


 望月 美羽:

「え、どっちかの家!?」


 大谷 圭介:

「ううん、図書館だっつってた」


 望月 美羽:

「あー、なるほど」


 美羽たちは他の友達の話をしているようだ。

 そいつらもカップルか? ませた中学生どもめ!


 大谷 圭介:

「俺らもそうすればよかったかなぁ」


 望月 美羽:

「えー、でも図書館って静かすぎて、私は苦手。寝ちゃいそう」


 大谷 圭介:

「なはは、そしたら意味ねぇな」


 なんとも穏やかで微笑ましい会話だ。

 悔しいが、悪いやつではなさそうだ。

 いやいや、美羽の彼氏になるやつが悪いやつでは困るのだが。


 さっきの元気な挨拶も、手土産のクッキーも、印象はとてもよかった。

 美羽に対する言葉や態度も、及第点ではある。

 ここは素直に、大谷くんを認めてやろうじゃないか。


 ちょっとまだ、ムカつきもするけれど。


 望月 幹弥:

「フッ……仕方ない、差し入れでもしてやるか」


 俺はヤモリの体勢を崩すと、またそろりそろりと扉の前から退いたのだった。



 ・   ・   ・



 ペンを走らせる望月の顔が、左斜め前にある。


 大谷 圭介:

「…………」


 大谷 圭介:

(望月はやっぱり、可愛いなぁ)


 でへへ、と鼻の下が伸びそうな俺。

 望月と2人きりでお勉強なんて、夢のようである。


 初めて入った望月の部屋は、俺の部屋と全然違う。

 女の子らしい模様のカーテンに小物、クッション。

 今教材を広げているローテーブルだって、苺柄。

 子どもっぽいでしょ? なんて言った望月。いやいや、そんなところが可愛いんじゃないか!


 大谷 圭介:

(あー、早く受験、終わってほしいぜ)


 望月と目指している桜塚高校は、2人とも今のところ、合格ラインだろうと先生には言われている。

 しかし、秋冬はまわりの成績もグッと上がる時期なのだ。うかうかはしていられない。


 でもさぁ。

 彼女の部屋に来たんだぜ?

 そりゃ、下心も出るってもんでしょ!


 大谷 圭介:

(しかし……家族もいるしなぁ)


 変なことは決してできない。

 男・大谷圭介、「待て」を命ぜられた犬の悲しみがよくわかる心境である。


 大谷 圭介:

(でも、チューくらいなら……)


 もうしてるし。

 なんてよからぬことを考えていたら。


 望月 美羽:

「うーん、わかんないなぁ」


 望月が眉を寄せて、ペンを止めた。


 大谷 圭介:

「どうした?」


 望月 美羽:

「んー、わかんないスペルがあって。英単語辞書、どこやったかなぁ」


 望月はそう言って立ち上がり、後ろにある本棚の前に立った。

 そのとき、誤って床に置いていた俺のカバンにつまずいてしまう。


 望月 美羽:

「ひゃ!?」


 大谷 圭介:

「あ、危ない望月!」


 俺は慌てて腰を浮かせ、こちらに倒れようとする望月の体を支えた。

 ──が、彼女の倒れる勢いを受け止めきれず、そのまま横にあったベッドに背中をダイブさせる。


 ボフッ!


 と2人分の体重が、布団に沈む。

 仰向けになった俺の上に、望月が倒れ込むような姿勢だった。


 望月 美羽:

「わ、ごめん! 圭介くん!」


 大谷 圭介:

「はは、ナイスキャッチだ」


 ゴールキーパーの腕は衰えてないなと笑った俺だったが……ちょっと待てよ、この体勢!?


 めちゃくちゃ望月の体が近いじゃないか!

 てゆーかくっついてるじゃないか!!


 大谷 圭介:

(わわわわ!)


 大谷 圭介:

(……ラッキー!!)


 なんて考えていたら。


 ガチャッ


 望月 幹弥:

「勉強お疲れー! 糖分の差し入れだー!」


 大谷 圭介:

「!!」


 げっ!!

 なんと望月の兄ちゃんが、ノックもせずに部屋に入ってきたじゃないか!!


 望月 幹弥:

「!?」


 固まる表情。

 落ちるトレイの個包装チョコ。

 な、なぜこのタイミングで来るんだぁぁ!


 慌てて俺は望月をどかして、ベッドから跳ね起きた。


 大谷 圭介:

「ちちちち、違いますこれは!!」


 望月 美羽:

「あー、お兄ちゃんてば、チョコ落とさないでよ~」


 望月、情況を理解してないの!?

 お兄さん、お顔真っ青よ!?


 望月 幹弥:

「き、き、貴様ぁぁ~……」


 プルップルしてる!

 めっちゃ兄ちゃんの腕、プルップルしてる!!


 大谷 圭介:

「ごご、誤解です!倒れた彼女をですね!? 支えようとですねぇ!?」


 望月 幹弥:

「問・答・無用!!」


 ボンッ!!


 と兄ちゃんの背後で、殺気が立ち上がり、その炎が見えた気がした。


 キレてる!

 これ絶対キレてるでしょ!!


 望月 幹弥:

「てめぇ帰れ、このエロガキ-!!」


 望月 美羽:

「わー! お兄ちゃん何で蹴るのぉ!?」


 大谷 圭介:

「すんません! でも違うんですー!!」


 ゲシゲシと蹴られる俺は、でかい図体を丸め望月の兄ちゃんの怒りを受ける。


 大谷圭介、15才。

 兄となった俺の天敵もまた、兄なのであった。

 とほほ。




 ◇ 続く ◇

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