Ep.52 とある兄たちの一日(2)「望月幹弥の場合」
おいおいおい。
何だ、この目の前のでっかい男は!!
大谷 圭介:
「初めまして、大谷圭介です!」
玄関先で、元気よくあいさつしてくれた大谷くんとやら。
おかしい。
妹の美羽情報では、同級生の中3男子のはずだ。
いやたしかに、
望月 美羽:
「大谷くん、背が高いんだよー」
と前日に美羽は言っていたが……た、高すぎだろう!?
180オーバーしてんじゃねぇの、これ!?
望月 幹弥:
(ま……負けたっ!!)
ガーン! とショックを受けた俺、望月幹弥18才の身長は、169センチだ。
世間には170センチと公言している。
妹の美羽が連れてきた彼氏とやらの高身長に、俺は日曜日の昼間から、打ちひしがれる羽目になったのだ。
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とある兄たちの一日
(2)「望月幹弥の場合」
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母さん:
「あらあら、本当に大きいのね~」
俺の横で、のんきに母さんはそんなふうに笑っている。
まだ靴も脱がず上がってもいないのに、大谷くんは母さんよりもでかい。
しかし、顔だけは少年らしい表情を浮かべて笑う。
大谷 圭介:
「うち、親がでかいんで」
くそ! やはり遺伝子がものをいうのか高身長は! う、羨ましい……!
望月 美羽:
「圭介くん、上がって上がって!今日はお兄ちゃんもいるから、勉強わかんないとこあったら教えてもらえるよ~」
美羽は無邪気に笑ってそんなことを言う。
促され上がった大谷くんは、やはりでかい。
しかし美羽の言葉に、彼の顔が一瞬引きつるのがわかった。
あー……そりゃまぁたしかに嫌だわな。
彼女の兄に、勉強を見てもらうなんて。
望月 幹弥:
「おい美羽、俺は忙しいんだ」
仕方ない。
ここは年上の俺が気を遣ってやるかと、言葉をかける。
望月 幹弥:
「まぁ、どうしてもわからない時だけ呼んでくれ。大谷くん、ゆっくりしてってな」
大谷 圭介:
「は、はいっ」
年上風を吹かせて言った俺に、大谷くんはビシッと背筋を伸ばして答える。
お、案外そうされると悪い気はしないな。
自分よりもでかいやつが自分より立場が弱いのは、少しだけ気分がいい。
俺も大概心が狭い。
でもさ、仕方ないんだよ。
望月 美羽:
「圭介くん、今日は勉強、頑張ろうねっ」
大谷 圭介:
「おうっ」
嬉しそうに大谷くんと笑い、2階の部屋へ向かう美羽。
ああ、昔は「お兄ちゃんのお嫁さんになるー」なんて言ってくれていたのに……!
望月 幹弥:
(美羽も、もうお兄ちゃん離れか……)
そう。
俺はシスコンだ。
だって、素直で元気な美羽はとっても可愛い。小さくてリスみたいで、昔から自慢の妹だ。
姉の未来も美羽を溺愛しているが、俺も負けてはいない。
望月 未来:
「幹弥、美羽の彼氏調査は、あんたに託したわよ……!」
どうしても大学のサークル活動が外せなかった未来からの指令。
それを果たすべく、俺はそろりそろりと2人が消えた階段を上ったのだった。
・ ・ ・
ヤモリのように、美羽の部屋の扉にへばりついている俺。
うーむ。紙コップって、本当に音をよく吸収してくれるんだなぁ。
美羽に見られたら絶交確実であるリスクを背負い、俺は指令を実行していた。
大谷 圭介:
「はぁ、緊張したぁ」
2人きりでようやく緊張が解けたのか、大谷くんのリラックスした声が聞こえた。
美羽はいつもどおりの明るい声を、そんな大谷くんにかけている。
望月 美羽:
「お疲れさま、圭介くん」
大谷 圭介:
「俺、大丈夫だったか? 変な態度じゃなかったよな?」
望月 美羽:
「大丈夫大丈夫! バッチシ決まってたよー」
裏表のない美羽は、大谷くんの前でも俺と同じ態度だ。
それにちょっとだけホッとする。
ああ、美羽がこんなふうに彼氏を連れてくるなんてなぁ。
大谷 圭介:
「そういや、隼人も松宮と今日、勉強すんだって」
望月 美羽:
「え、どっちかの家!?」
大谷 圭介:
「ううん、図書館だっつってた」
望月 美羽:
「あー、なるほど」
美羽たちは他の友達の話をしているようだ。
そいつらもカップルか? ませた中学生どもめ!
大谷 圭介:
「俺らもそうすればよかったかなぁ」
望月 美羽:
「えー、でも図書館って静かすぎて、私は苦手。寝ちゃいそう」
大谷 圭介:
「なはは、そしたら意味ねぇな」
なんとも穏やかで微笑ましい会話だ。
悔しいが、悪いやつではなさそうだ。
いやいや、美羽の彼氏になるやつが悪いやつでは困るのだが。
さっきの元気な挨拶も、手土産のクッキーも、印象はとてもよかった。
美羽に対する言葉や態度も、及第点ではある。
ここは素直に、大谷くんを認めてやろうじゃないか。
ちょっとまだ、ムカつきもするけれど。
望月 幹弥:
「フッ……仕方ない、差し入れでもしてやるか」
俺はヤモリの体勢を崩すと、またそろりそろりと扉の前から退いたのだった。
・ ・ ・
ペンを走らせる望月の顔が、左斜め前にある。
大谷 圭介:
「…………」
大谷 圭介:
(望月はやっぱり、可愛いなぁ)
でへへ、と鼻の下が伸びそうな俺。
望月と2人きりでお勉強なんて、夢のようである。
初めて入った望月の部屋は、俺の部屋と全然違う。
女の子らしい模様のカーテンに小物、クッション。
今教材を広げているローテーブルだって、苺柄。
子どもっぽいでしょ? なんて言った望月。いやいや、そんなところが可愛いんじゃないか!
大谷 圭介:
(あー、早く受験、終わってほしいぜ)
望月と目指している桜塚高校は、2人とも今のところ、合格ラインだろうと先生には言われている。
しかし、秋冬はまわりの成績もグッと上がる時期なのだ。うかうかはしていられない。
でもさぁ。
彼女の部屋に来たんだぜ?
そりゃ、下心も出るってもんでしょ!
大谷 圭介:
(しかし……家族もいるしなぁ)
変なことは決してできない。
男・大谷圭介、「待て」を命ぜられた犬の悲しみがよくわかる心境である。
大谷 圭介:
(でも、チューくらいなら……)
もうしてるし。
なんてよからぬことを考えていたら。
望月 美羽:
「うーん、わかんないなぁ」
望月が眉を寄せて、ペンを止めた。
大谷 圭介:
「どうした?」
望月 美羽:
「んー、わかんないスペルがあって。英単語辞書、どこやったかなぁ」
望月はそう言って立ち上がり、後ろにある本棚の前に立った。
そのとき、誤って床に置いていた俺のカバンにつまずいてしまう。
望月 美羽:
「ひゃ!?」
大谷 圭介:
「あ、危ない望月!」
俺は慌てて腰を浮かせ、こちらに倒れようとする望月の体を支えた。
──が、彼女の倒れる勢いを受け止めきれず、そのまま横にあったベッドに背中をダイブさせる。
ボフッ!
と2人分の体重が、布団に沈む。
仰向けになった俺の上に、望月が倒れ込むような姿勢だった。
望月 美羽:
「わ、ごめん! 圭介くん!」
大谷 圭介:
「はは、ナイスキャッチだ」
ゴールキーパーの腕は衰えてないなと笑った俺だったが……ちょっと待てよ、この体勢!?
めちゃくちゃ望月の体が近いじゃないか!
てゆーかくっついてるじゃないか!!
大谷 圭介:
(わわわわ!)
大谷 圭介:
(……ラッキー!!)
なんて考えていたら。
ガチャッ
望月 幹弥:
「勉強お疲れー! 糖分の差し入れだー!」
大谷 圭介:
「!!」
げっ!!
なんと望月の兄ちゃんが、ノックもせずに部屋に入ってきたじゃないか!!
望月 幹弥:
「!?」
固まる表情。
落ちるトレイの個包装チョコ。
な、なぜこのタイミングで来るんだぁぁ!
慌てて俺は望月をどかして、ベッドから跳ね起きた。
大谷 圭介:
「ちちちち、違いますこれは!!」
望月 美羽:
「あー、お兄ちゃんてば、チョコ落とさないでよ~」
望月、情況を理解してないの!?
お兄さん、お顔真っ青よ!?
望月 幹弥:
「き、き、貴様ぁぁ~……」
プルップルしてる!
めっちゃ兄ちゃんの腕、プルップルしてる!!
大谷 圭介:
「ごご、誤解です!倒れた彼女をですね!? 支えようとですねぇ!?」
望月 幹弥:
「問・答・無用!!」
ボンッ!!
と兄ちゃんの背後で、殺気が立ち上がり、その炎が見えた気がした。
キレてる!
これ絶対キレてるでしょ!!
望月 幹弥:
「てめぇ帰れ、このエロガキ-!!」
望月 美羽:
「わー! お兄ちゃん何で蹴るのぉ!?」
大谷 圭介:
「すんません! でも違うんですー!!」
ゲシゲシと蹴られる俺は、でかい図体を丸め望月の兄ちゃんの怒りを受ける。
大谷圭介、15才。
兄となった俺の天敵もまた、兄なのであった。
とほほ。
◇ 続く ◇




