Ep.52 とある兄たちの一日(1)「大谷圭介の場合」
やべー。
緊張するー。
俺は洗面台の前に立ち、鏡の中の自分とにらみ合った。
鼻毛、出てない!
ヒゲもキレイに剃れてる!
歯も磨いてCMに出られるくらいだぜ!
大谷圭介、15歳。
念には念を入れた清潔感を演出すべく、朝から奮闘中である。
大谷 圭介:
(今日はいよいよ……)
大谷 圭介:
(望月んちに行く日だ!)
11月半ばの、ある日曜日。
俺は彼女の家で勉強会をするという、何とも素晴らしいイベントに張り切っていたのだ。
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とある兄たちの一日
(1)「大谷圭介の場合」
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望月と同じ、桜塚高校を目指している俺。
12月に定期テストも控えているし、今月のデートは勉強会になった。
ふっふっ、インテリジェンスじゃあないの。
大谷 圭介:
(家族いるとか言ってたしな~)
望月は家族にも俺とのことはオープンにしているようで、楽しみにしているなんて言ってくれた。
誘われたときは緊張したけれど、日が近づくにつれて俺も腹をくくった。
今ではもうドーンとこい! といった気持ちである。
が。
大谷 圭介:
(まぁ正直……兄ちゃんは怖いなぁ……)
お父さんは接待ゴルフ、姉さんは大学のサークル活動でいないと言っていた望月。
家にいるのは、彼女のお母さんと高校生の兄ちゃんらしい。
しかも望月、
望月 美羽:
「お兄ちゃん私に超甘々なの!」
なんて、事前情報までくれた。
てことは俺って、その兄ちゃんからしたらけっこう目障りなんではなかろうか。
大谷 圭介:
「考えすぎかなぁ?」
なんて思いつつ、棚のジェルワックスを手にする。
先日、井本に望月の家に行くことを話したらなぜか渡されたのだ。
井本 修:
「これでビシッとカッコつけて行け!」
とか言ってた。
あいつ最近、どうにもワックスつけたがりだよな。
まぁせっかく頂いたし、やってみっかと手にニョロッと出したとき。
橙也:
「あー! にーにー!」
大谷 圭介:
「!?」
ドスン!
と俺の膝に体当たりしてきた弟の橙也により、足カックンをされる。
大谷 圭介:
「いっでぇ!」
膝がちょうど洗面台下にぶち当たり、痺れるような痛みが襲った。
手に出そうとしたジェルも、思いっきり飛び出して洗面台に落ちた。
と、と、橙也ぁぁ~~!
大谷 圭介:
「橙也、いてーだろ!」
橙也:
「う?」
う? じゃねぇ!
弟の橙也は、最近1歳になったばかりである。
他の子より発育が早いらしい橙也は、伝い歩きができるようになり、最近では家の中をちょろちょろすることが多くなった。
俺のことも「にーに」なんて呼んでくれるようになり、それは可愛いっちゃあ可愛いのだが。
父ちゃん:
「お、橙也、こんなとこまで行ってたのか」
大谷 圭介:
「父ちゃん、ちゃんと見といてくれよぉ」
橙也を追って、父ちゃんまで洗面所までやってきた。
ひょい、と橙也を抱えた父ちゃんは俺を見て笑う。
父ちゃん:
「お、なんかオシャレしちゃってる?」
大谷 圭介:
「……うっせー」
父ちゃんにそう言われて、慌ててジェルワックスのボトルを隠した。
ああ、橙也のせいで見られちまったじゃねぇか!
じつは俺んちも望月とのことはもうバレている。
あんなに来るなって言ったのに、7月のスポーツ大会に来た父ちゃんに、望月にハチマキを渡すところを見られていたのだ。
今の俺は、プチ反抗期なのかもしれない。
うずうずと何か聞きたそうにしている父ちゃんに、唇を尖らせて無視した。
大谷 圭介:
「早く出てけよ」
見もせずそう言った俺に、父ちゃんは少しだけしょんぼりして、でかい図体を曲げて出ていった。
ふん、別にいいんだ。
俺はもう可愛くない息子なんだから。
すっかり大谷家のアイドルとして降臨している橙也。
父ちゃんも母ちゃんも、毎日「可愛い可愛い」と言って世話をしている。
俺だって、もう15だから弟に変な嫉妬なんかしない。
橙也のことは、俺も可愛いって思っているし、面倒だってよく見る。
しかしそれに相反するように、俺の両親に対する態度はちょっとずつ変化中だ。
大谷 圭介:
(父ちゃんも子離れすべきだっ)
俺はそう憤慨して、再びニュルッとワックスジェルを絞り出した。
・ ・ ・
望月の家に行く途中、手土産を買うために洋菓子屋さんへ寄った。
彼氏の手土産として印象がいいのは、はたしてどれだろうか。
大谷 圭介:
(えーと、これでいいか)
見た目のよさそうなクッキー詰め合わせの缶を手にする。
するとその横に、卵ボーロの袋がちょこんと並べられていた。1袋300円だ。
大谷 圭介:
(……橙也が好きそう)
離乳食どころかもう普通の飯もがつがつ食っている橙也。
あんな調子じゃ、将来俺よりもでかくなるんではなかろうか。
でも食ってるときの橙也、可愛いんだよなぁ。
手づかみでパンを食って、手ごとハムハム噛んでよだれを垂らすのが、どうしてあんなに愛らしく見えるんだろう。
赤ん坊って、ずるいよな。
大谷 圭介:
「……これ、ください」
結局、クッキーの缶と卵ボーロの袋をレジへ持っていく。
俺の小遣いは、彼女と弟への貢ぎ物で消えていく運命なのだ。
「こっちは家用です」と伝え、卵ボーロの袋を分けてもらい、それだけ店を出てからカバンに突っ込む。
気合いを入れ直し、望月んちまでの道を歩き出した。
大谷 圭介:
(さ、行くぞ~)
望月の兄ちゃんも、俺みたいに苦労しているのだろうか。
なんて考えながら、足を進めた。
◇ 続く ◇




