Ep.51 手を伸ばせ (4・終)「黒田くんの決意」
井野口 栄治:
「駅前のバーガー屋に、いただろ。先輩たちと」
黒田 睦実:
「!」
まさか、井野口にあの日のことを見られていたとは。
たしかにあのお店は一面ガラス窓で、中の客も外からよく見える。
通りすがりに、見てしまったのかもしれない。
ということは、俺が泣いていたところも見られていたのだろうか。
黒田 睦実:
「……っ」
居たたまれずに目をそらす。
井野口の突き刺すような視線が、痛かった。
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手を伸ばせ
(4)「黒田くんの決意」
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井野口 栄治:
「……で、何話してたわけ」
黒田 睦実:
「そ、れは……」
どうしようか。
まだ井野口に相談する勇気が、俺には持てていなかった。
グッと押し黙ってしまう。
どう言えば……いいのだろうか。
うつむく俺に、井野口が息を吐きながら告げた。
井野口 栄治:
「どうせ、部活の悩み事だろ」
黒田 睦実:
「!」
井野口 栄治:
「部長として自信がないとか? そんなとこか?」
黒田 睦実:
「……何でっ……」
わかんだよ、と続きそうになった言葉は、俺の口から出なかった。
知られたくない。
俺は違う言葉を吐き出した。
黒田 睦実:
「お前には……関係ない」
井野口 栄治:
「!」
床上に視線を投げ捨て、そう言った。
すると、井野口の腕がグワッと俺に伸びてきて、胸ぐらにつかみかかった。
苦しくなった首元を中心に俺を押しやり、井野口は俺の背中をロッカーに叩きつける。
井野口 栄治:
「お前、いい加減にしろよ!!」
黒田 睦実:
「!!」
バンッ!
ガッシャン!!
俺の体でロッカーが凹み、さらにロッカー同士がぶつかり合う、やかましい音が更衣室内に響いた。
突然の衝撃と痛みに、思わず顔が歪む。
黒田 睦実:
「な……!?」
しかし井野口は、ガンつけるように俺の胸ぐらをねじり上げて、ツバが届くほどの距離で叫ぶ。
井野口 栄治:
「俺らはそんなに、頼りになんねーのかよ!!」
黒田 睦実:
「!」
井野口 栄治:
「何でもかんでも1人で抱え込みやがって、何にも話さねーし、何にも聞かねえ!!」
井野口 栄治:
「何考えてるのかわかんねーよ、気色悪ぃ!」
黒田 睦実:
「……!!」
叩きつけられた痛みと言葉。
それには俺も冷静でいられなくなり、歯を食いしばった。
黒田 睦実:
「……離せ、井野口」
それだけで井野口の興奮を抑えられるわけはなかった。
やつはどこか苦しげに、憎らしげにこちらを見る。
井野口 栄治:
「お前なぁ、ムカつくんだよ! 悩んでますって顔してるくせに、俺らには全然なんも言わねぇ」
井野口 栄治:
「すかしてんじゃねぇぞ!!」
黒田 睦実:
「……っ、いい加減にしろ!」
耐えられなくなって、俺は井野口を突き飛ばした。
やつは反対側のロッカーにぶち当たり、また激しい衝突の音が鳴る。
井野口 栄治:
「!」
反撃に顔を歪めた井野口に、俺も吠えた。
黒田 睦実:
「言えるかよ、んな情けないこと!」
言えるなら、話せるなら、こんな苦労はしてない。
しかし俺の叫びは井野口の逆鱗に触れたようで、やつはまた俺に向かってきた。
井野口 栄治:
「言えばいーだろ……頑固野郎!」
井野口が勢いを増してつかみかかってきたので、俺は逃げようとしたが、のしかかられ床に倒れた。
馬乗りになったやつに反撃しようと腕を振り上げ、やつも対抗するように腕を振り下ろす。
もう俺も、冷静でなんかいられなかった。
不利な姿勢から立ち上がり、ムカつく目の前の井野口に拳をぶつけようとする。
気がつけば、もみくちゃの殴り合いに発展したそれは、互いの体をロッカーにぶつけ合う押し合いになった。
耳障りなロッカーがへこむ音は、外の人間にも届いたようで、いつの間にか学年主任の福原先生がサッカー部更衣室の扉を開けていた。
福原先生:
「お前ら、何やってんだ!!」
慌てたように入ってきた教師たち。
俺と井野口は、互いに後ろから教師に羽交い締めにされつつも、磁石のようにお互いを牽制しようと拳を握り締めていた。
井野口 栄治:
「っざけんなよ、黒田!!」
井野口の興奮は止まらない。
俺もフーフーと、荒い息を口の端からこぼしていた。
そんななか。
井野口 栄治:
「何でもかんでも、1人でやろうとすんじゃねぇ!」
井野口 栄治:
「お前が拒絶したら、周りの奴らだってわかんなくなるだろーが!!」
黒田 睦実:
「……!?」
突然、井野口は悲痛そうな表情をして、そう叫んだ。
黒田 睦実:
「……井野口……?」
井野口 栄治:
「お前が……そんなんだから……」
井野口 栄治:
「……っ」
井野口 栄治:
「バカヤロー……」
黒田 睦実:
「…………」
とたんに、俺も井野口も大人しくなる。
俺の頭の中は冷静が取り戻されつつあって、今まで井野口に言われた言葉を反芻していた。
井野口……。
お前、もしかして……。
福原先生:
「お前ら、指導室に来い! サッカー部の黒田と井野口だな。坂本先生も呼ぶぞ」
福原先生がそう言って、俺たちを部室から引っぱり出す。
指導室へ向かう間、俺と井野口は一度も目を合わさずに、連行される囚人のように先生たちと廊下を歩いた。
・ ・ ・
簡素な指導室の中。
坂本先生も駆けつけて、俺たちは事の発端や事情をぽつぽつと話し始めた。
そして俺はそこでようやく、井野口の想いを知ることになる。
井野口 栄治:
「こいつを部長として認めてないのは、ほんの一部なんだ」
井野口 栄治:
「大抵の2年や1年は、納得してるよ。一生懸命で、実力もあるこいつを」
なのに、と隣にいた俺を、ギッと井野口は睨んできた。
井野口 栄治:
「こいつは、引け目ばっかでそんな一部のやつらしか気にしてねぇ」
井野口 栄治:
「1人で何とかしようとして、俺たちには相談もしやしねぇ」
黒田 睦実:
「……」
なんて言ったらいいのか、わからなかった。
坂本先生は井野口に口を出す。
坂本先生:
「黒田ばかり責めるな。お前らも、こいつに声をかけなかったんだろう」
井野口 栄治:
「……それは、反省してます……」
うつむく井野口。
それを横目に見て、俺は何とも言えない気分になる。
井野口……俺はさ。
大谷先輩みたいな部長になりたくて。
ならなくちゃって思って、目の前の背中ばかり追いかけていた。
もがくように手を伸ばして。
かすりもしない理想にあがいて、たどり着けなくて。
手を前に伸ばしてばかりで。
まわりから伸ばされていた手に、気づいていなかったんだ。
俺は。
伸ばすべき方向を、誤っていたのかもしれない。
黒田 睦実:
「…………」
「もう少しまわりを頼れよ」
中曽根先輩に言われた言葉が、今さらながらに心に染みこんでいく。
ああ──まったくそのとおりだ。
だって俺は、1人じゃ何にもできないんだ。
大谷先輩も。卒業していった柴田先輩も。
2人のように俺だって、1人じゃ無理だ──そんなの、当たり前だったのに。
黒田 睦実:
「……はは」
こぼれた、俺の小さな笑い。
井野口 栄治:
「!?」
それに井野口は驚いて俺を見るが、俺は何だかくすぐったくなって、慣れない笑みを浮かべて告げた。
黒田 睦実:
「俺、大きい声出すの苦手なんだ」
井野口 栄治:
「は?」
黒田 睦実:
「号令とか、いっつも緊張する」
そうして、目を丸くする井野口に言った。
黒田 睦実:
「だからフォローしてよ。お前声でかいから、助かる」
井野口 栄治:
「!」
井野口も坂本先生も、俺の言葉にきょとんとしている。
でも井野口は、すぐに言わんとしてることを理解したのだろう。
嬉しそうに──うなずいてくれた。
・ ・ ・
この瞬間は、いつも緊張する。
グラウンドに散らばるサッカー部員。
それらを集めるために、俺は今日も声を張る。
黒田 睦実:
「集合ー!」
……が、やはり数人しか気づかない。
くそぅ、もう一度。
と、息を吸おうとしたら。
井野口 栄治:
「サッカー部集まれー! ストレッチ始めるぞー!」
バカでかい大声がすぐ横で響き、思わず耳をふさいだ。
黒田 睦実:
「井野口、うるさい」
井野口 栄治:
「よく響いて、いいだろ」
悪気もなくニカッと笑う井野口は、ちょっと大谷先輩に似ている。
やっぱりこいつが部長の方がよかったんじゃないかな、なんてまだ思う。
思う──けど。
もう逃げねぇぞ。
黒田 睦実:
(まぁまだ、道のりは長いけど……)
ようやく、まわりに頼ることを始めた俺。
何人かは待っていてくれたように受け止めて、何人かは今さらかよといった態度だ。
それも、俺がまいた種。
これからの俺の姿勢と行動で、示すしかない。
そう決意して部活動に励む。
すると、グラウンド近くを大谷先輩が歩いていた。
ちゃっかり見せびらかすように、彼女なんて連れている。
大谷 圭介:
「おー、お前ら頑張れー」
俺には出せない大きな声。
太陽みたいな笑顔が羨ましくて、目を細める。
大谷先輩。
俺は、あなたにやっぱり憧れているけれど、もうなりたいなんて考えない。
小池先輩が言ってくれたように、俺は俺らしく。
中曽根先輩が言ってくれたように、まわりに頼って。
そしていつか。
こいつらと一緒に。
あなたたちに負けないくらいの、チームを作るんだ。
黒田 睦実:
「──はい!」
精一杯、張り上げた声。
そして俺は手を伸ばす。
大丈夫。
伸ばすべき方向は、もう間違わない。
仲間たちが待つグラウンドへ振り返り、駆けだした。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




