Ep.51 手を伸ばせ (1)「黒田くんの事情」
夏休み中のことだ。
俺は、サッカー部の顧問坂本先生と、部長の大谷先輩に呼び出しをくらった。
何かやっちまったか?
と部活動後に足を運んだ職員室。
そこに待ち構えていた2人は、ともに180センチオーバーででかい。
萎縮しそうな平均身長の俺を職員室の隅のソファ席に座らせると、坂本先生は思いがけない言葉を発した。
坂本先生:
「黒田。お前、部長をしてみないか」
黒田 睦実:
「え」
黒田睦実、中学2年生。
サッカー部だが、サッカー歴は2年だ。
そんな俺の前で、部長として今までみんなを引っ張ってきた大谷先輩が、ニカッと笑った。
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手を伸ばせ
(1)「黒田くんの事情」
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黒田 睦実:
「何で、俺なんですか」
当たり前な疑問が口をついて出た。
だって俺は、2年生の中で1番サッカー経験が少ない。
他にも中学からサッカーを始めたやつもいるが少数で、ほとんどが小学生の頃から、サッカー部や少年サッカークラブに入ってたやつらだ。
俺の母校、北小は小さな小学校だったから、サッカー部なんかなかった。
だからその質問は当然のことだ。
聞かれるとわかっていたのだろう。坂本先生はうなずいた。
坂本先生:
「お前を推薦したのは、大谷なんだ」
──大谷先輩が?
意外な気持ちで大谷先輩を見ると、彼はいつもの親しみある笑顔をこちらに向けていた。
大谷 圭介:
「おう! 俺がお前を部長に推したんだ」
いたずらがバレた子どものような表情だ。
明るくムードメーカーな大谷先輩は、俺とは正反対の性格だと思う。
口下手で、話すよりも動いた方が早いと考えてしまう俺には、いつも仲間とあれこれしゃべっている彼の思考がわからない。
まぁ簡単に言えば、俺は陰キャラで、大谷先輩はリア充なのだ。
彼女もいて友人も多い。背も高く明るい大谷先輩は、後輩たちからは憧れ的な存在だ。
別次元の人間だな、と思っていたのに。
黒田 睦実:
「な、なんでですか」
そんな先輩に推薦されたとなっては、俺の姿勢も正せざるを得ない。
背筋を伸ばして、彼を見た。
大谷 圭介:
「黒田、お前はすげー努力家で、真面目なやつだ」
大谷 圭介:
「責任感も人一倍あるし、お前なら信用できる」
黒田 睦実:
「……そうですか?」
買いかぶりすぎではないだろうか。
過大評価をもらっているようで、肩がぎゅっと縮む。
でも目の前の2人は、穏やかに笑うばかり。
坂本先生は俺と大谷先輩の話し合いに任せようと思ったのか口を挟まず、大谷先輩がさらに言葉をかけた。
大谷 圭介:
「お前、小学校んときは水泳部の部長してたんだろ?」
黒田 睦実:
「え、はい」
たしかに俺は小学生時代、水泳部の部長をしていた。
でも部員の数なんて少なかったし、水泳はほぼ個人競技だ。サッカー部ほどの連帯感や責任感もない。
そんな俺はサッカー部に入部してから、がむしゃらだった。
他のメンバーに追いつきたくて。
俺もボールを回したくて。
だから、レギュラー入りできたときは、本当に嬉しかったっけ。
そんなことを思い出すと、こみ上げるものがある。
俺は今のサッカー部が大好きだ。
大谷 圭介:
「なら大丈夫だよ! 俺、お前が部長になるのが1番しっくりくると思うんだ」
黒田 睦実:
「はぁ……」
根拠のないその自信は、どこからくるんだろう。
でも、憧れの先輩からそんなふうに言われては、俺も応えたいと思う。
期待されたことに応えたい。
ゴクン、と唾を飲んだ。
黒田 睦実:
「……」
黒田 睦実:
「俺に、務まるでしょうか」
その言葉を待っていたかのように、大谷先輩は大きくうなずいた。
大谷 圭介:
「大丈夫だ! 俺もフォローすっから!」
太陽みたいに明るい笑顔。
俺も部長をしたら、こんな人になれるだろうか。
不安はあったけれど、任されることは素直に嬉しいと思った。
自分をちゃんと認めてもらえたみたいで。
──頑張って、みようか。
俺は、次期部長になることを了承した。
・ ・ ・
小さく息を飲む。
この瞬間は、いつも緊張した。
黒田 睦実:
「しゅ……」
黒田 睦実:
「集合ー!」
秋のグラウンドに放った自分の声は、まだ小さいらしい。
散らばる部員たちは、数人しか気づかなかった。
くそぅ、もう一度。
黒田 睦実:
「サッカー部集合! 集まれ!」
するとようやく全員が気づき「はいっ」「うーっす」と声をあげ集まってくれた。
部活開始時の声かけは、いつも緊張する。
大谷先輩のように、でかい声をグラウンドに響かせることが、俺はどうにも苦手だった。
集まった部員たちに視線を向けられ、さらに緊張は高まる。
胸を張り肩に力を入れ、俺は声をあげた。
黒田 睦実:
「ストレッチを始めるぞ」
そうして開始された、今日のサッカー部活動。
3年生が抜けた今のサッカー部は、どこか寂しい。
心なしか2年生の態度はでかくなり、1年生のやる気は小さくなっている気がする。
部員1:
「お前、最近太ったんじゃね~」
部員2:
「てめぇ、肉掴むんじゃねーよ」
ぎゃはは、と耳障りな笑いを響かせて、2年生メンバーがふざけたストレッチをしている。
黒田 睦実:
「おい、お前らやめろ」
1年生に示しがつかないと思い注意した。
すると。
部員1:
「……ッチ」
部員2:
「部長だからって、調子乗ってんじゃねーぞ」
黒田 睦実:
「……!」
小さく発せられた不満は、他の部員には届かず俺にだけ鋭く突き刺さる。
彼らは俺を見もせずに、黙ってストレッチを再開した。
黒田 睦実:
「……」
俺は、部長として2年生メンバーに認められていない。
そんなことを最近、ひしひしと感じていた。
前部長の大谷先輩が、あまりにもいい部長すぎて、その後釜がなんでお前なんだという無言の視線が、俺を見つめている。
のしかかるプレッシャー。
そんな俺の横で、ストレッチをしていた一人が、これまた他の部員に届かぬ声で俺に告げた。
井野口 栄治:
「気にすんな」
井野口栄治だった。
サッカー部の中では1番仲がいい。明るくていいやつだ。
黒田 睦実:
「……ん」
情けない。そう思い唇をキュッと噛む。
大谷先輩。
あなたが見せてくれた背中は、あまりにも遠くて、届かない。
手を伸ばしても、掠りもしない後ろ姿。
俺はあの人のようには──なれない。
◇ 続く ◇




