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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.50 挑め!プロポーズ大作戦 (6)「目標確認」

 戸田 るり:

「篠田先生、理想のプロポーズとかありますか?」


 戸田さんがそんなことを聞くものだから、私もついときめきながら答えてしまった。

 大人としては照れくさい部分を見せてしまったなぁ、なんて苦笑する。


 篠田かなえ、もうすぐ27才。

 そろそろ、まわりもちらほらと結婚をする子が増えてきたこの頃。その手の話題には少しだけ敏感。

 でも。


 篠田 かなえ:

(まぁ、私たちはまだ先よね)


 平八さんは、今年卒業生の担任をしていて忙しい時期だし、お付き合いも1年経ったばかりだし。


 まだ先の話──そう考えていたのだった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 挑め!プロポーズ大作戦

(6)「目標確認」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 それなのに。

 土曜日の夜、泊まりにきた彼が暗闇の中、何やらゴソゴソとしていることに気がついてしまった。


 篠田 かなえ:

(……ん?)


 狭いベッドの中、うっすら目を開けば真剣な平八さんの表情が薄闇の中に見える。

 険しい顔つきで、私の指に何かを通している。


 篠田 かなえ:

(何をしているのかしら……)


 私の手ばかり真剣に見ている彼は、私が薄目を開けていることに気づいていない。

 そして私は、左手薬指にふれられていることに気がついた。


 左手薬指……?

 ……それって、まさか。


 篠田 かなえ:

(指輪……?)


 小さく胸が高鳴った。

 起きているのがバレないように目を閉じたけれど、薬指に触れる冷たい感触がくすぐったくて、笑いそうになる。


 平八さん、もしかして指輪のために、指のサイズを測ろうとしているのでは。

 ということは……プロポーズ?


 トクトクトクと、心臓が響き始めた。

 細かい作業が苦手な彼が、そんなことに四苦八苦しているなんてと、幸せな気恥ずかしさがこみ上げてくる。


 どうしよう。

 私とても、幸せ者かも。


 篠田 かなえ:

(平八さん……)


 たまらず起きたフリをして、彼に微笑む。

 抱きしめてくれた彼の温もりに、気が遠くなるほどの幸福を感じて、私はそのまままた眠りに落ちた。



 ・   ・   ・



 篠田 かなえ:

「ん……」


 目を覚ます。

 起きればそこは彼の腕の中ではなく、簡素な自分の部屋の中だった。

 カーペットの上に座りベッドにもたれかかるという、何とも悪い姿勢で寝ていたらしい。首筋がちょっと痛い。

 本棚の置き時計を見れば、時刻は夕方の7時を回っていた。


 篠田 かなえ:

(レストランもなし、か)


 今日の誕生日デート。

 彼は夜に、レストランを予約したと言っていたけれど、それもきっとキャンセルされているだろう。

 仕方ない。

 こういったトラブルは、教員をしていると当たり前にあるものだから。

 それは同じ職場で働く私だから、よくわかる。

 こんなことでいちいち凹んでいるようでは、教員の彼女なんて務まらないのだ。


 伸びをした。

 ふと、部屋の隅に置いたショップ袋が目にとまる。


 篠田 かなえ:

(靴、嬉しかったな……)


 誕生日プレゼントとして、私が気に入った靴を買ってくれた平八さん。

 それだけで私は十分だ。

 そう思って、ショップ袋を見つめていたら。


 バタバタ!


 とアパートの廊下が騒がしく響いた。

 そしてピンポーン! と鳴る部屋のチャイム。どうやら彼が帰ってきたらしい。

 急いで玄関扉を開けば、やはり申し訳なさそうに佇む平八さんがそこにいた。


 坂本 平八:

「ごめん、かなちゃん! すっかり遅くなっちゃって……」


 篠田 かなえ:

「大丈夫ですよ。それよりも黒田くんたち、大丈夫でしたか?」


 玄関から部屋の中に移動し、話を聞く。

 彼はどっしりとクッションに腰を下ろして、柔らかい笑みを浮かべた。


 坂本 平八:

「ああ、何とか。あいつらもいろいろ、悩んでたみたいだ」


 担当している3年生ばかりに気を取られていて申し訳なかったと、彼は恥ずかしそうに笑った。

 うまく解決できたのだろう。

 嬉しそうに笑う彼の脳裏には今、生徒たちの顔が浮かんでいる。

 それは私が彼に惹かれるきっかけとなった、春の太陽みたいに温かい表情だった。


 私は、そんな生徒想いな彼が好きだ。


 篠田 かなえ:

「よかったです」


 そう言った私に、平八さんはまた申し訳なさそうな顔をする。


 坂本 平八:

「誕生日だったのに、ごめんな」


 坂本 平八:

「レストラン……キャンセルしちゃったけど、どこか食べに行くかい」


 篠田 かなえ:

「でも、今からだと疲れちゃうでしょう? 作り置きがいくつかあるので、準備しますよ」


 坂本 平八:

「そんな、せっかくの誕生日なのに……!」


 緩くかぶりを振った。

 彼が私のために、そう言ってくれたことはとても嬉しいけれど、大切なことを伝えたい。

 彼が私のためにしてくれるように、私だって彼に何かしたいのだ。


 篠田 かなえ:

「いいんです。私が作りたいんですから」


 篠田 かなえ:

「平八さん、何でも『おいしい』って完食してくれるから、作り甲斐があるんです」


 坂本 平八:

「はは……」


 彼は頭をかいて笑う。


 篠田 かなえ:

「私、そんなふうに平八さんと、ご飯を食べてると幸せです」


 篠田 かなえ:

「これからもずっと、そうしていたいって思います」


 何でだろう。

 さっきの夢のせいか、スラスラと素直な言葉が口から出ていく。

 目の前の平八さんが、目を丸くした。


 坂本 平八:

「……かなちゃん」


 坂本 平八:

「それって何だか……」


 篠田 かなえ:

「え?」


 彼の顔が赤くなっている。

 でも私も、さっきの自分のセリフの内容にハッとして赤くなった。


 篠田 かなえ:

(い、今のってまるで……プロポーズみたいじゃない!)


 ずっと食事を共にしたい、なんて、遠回しの求婚みたいだ。

 でも、出した言葉を取り返すこともできず、私は混乱しそうな頭でグルグル考える。


 篠田 かなえ:

(だって本心だし……! 結婚したいし……!)


 篠田 かなえ:

(というか、プロポーズを私からしてもいいんじゃないかしら……?)


 篠田 かなえ:

(結婚前提のお付き合いだし、私から言ったって……)


 いいんじゃないのだろうか。

 そう思ったとたん、私は口を開いた。


 篠田 かなえ:

「あの、私……平八さんと」


 篠田 かなえ:

「結婚……」


 坂本 平八:

「わー!! ストップ! タンマ! ダメ!」


 篠田 かなえ:

「!?」


──だ、ダメ!?


 言葉にショックを受けたが、慌てた平八さんが立ち上がり、私も立たせて両肩をがっちり正面からつかんでくる。


 坂本 平八:

「かなちゃん! このまま目を閉じて待ってて!」


 篠田 かなえ:

「え?」


 坂本 平八:

「お願い、閉じて!」


 篠田 かなえ:

「は、はいっ」


 彼の勢いに押されて、目を閉じる。

 何も見えなくなった私の耳には、ドタバタと彼が走り去り、玄関から出ていく音が聞こえた。

 静かになった自分の部屋の中央で、私はマネキンみたいに立ち上がって目を閉じている。


 篠田 かなえ:

(これは何事……?)


 よくわからぬ状態だけれど、彼の指示通りに待ってしまう。

 しばらくすると、またバタン! と平八さんが部屋に戻ってくる音がした。

 靴を脱ぎ、こちらに近寄る足音もする。


 それと同時に。


 篠田 かなえ:

(あれ……)


 篠田 かなえ:

(この香り……)


 鼻腔をくすぐる、花の心地よい香り。

 彼の車で嗅いだものと、似ているような……。


 坂本 平八:

「か、かなちゃん……」


 坂本 平八:

「目を開けて」


 平八さんの声が、いつもと違う位置から聞こえる。


 目を開けると──そこには。

 大きな大きな赤いバラの花束と。

 そのバラに負けず劣らず、真っ赤になった平八さんが、ひざまづいてそれを私に差し出していた。




 ◇ 続く ◇

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