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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.50 挑め!プロポーズ大作戦 (4)「任務を完了せよ!」

 かなちゃんはひとり暮らしをしている。

 実家は県内だが少し離れたところらしく、就職とともに始めたらしい。


 そんなかなちゃんの住むアパートに、土曜日の夜たまに泊まりに行くことがあった。

 9月下旬の今日も、俺はかなちゃんの部屋に向かう。


 坂本 平八:

「ごめんな、遅くなっちゃって」


 篠田 かなえ:

「お疲れさまです。ご飯、できてますから」


 部活動をようやく終えて、かなちゃんの部屋に来られたのは、夜の8時近くとなっていた。

 夕飯をもらい、短い時間ではあるが、リビングでゆっくりと2人でくつろぐ。

 隣で俺と一緒に食後のコーヒーを飲んでいるかなちゃんを、ちらちらと見る。

 見つめる先は、彼女の細い指先。


 坂本 平八:

「…………」


 坂本 平八:

(き、今日は先に寝ないぞ!)


 眠気を飛ばすために、ブラックコーヒーをぐいっと飲み込んだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 挑め!プロポーズ大作戦

(4)「任務を完了せよ!」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 指輪のサイズを知るためにはどうしたらいいのか、という最大の難所。

 これだけはさすがに、中曽根と戸田に相談することもできず、俺はある友人にヘルプを出した。

 俺の友人の中でもイケメンであり女性経験豊富な小鳥遊竜一、通称竜ちゃんである。


 小鳥遊 竜一:

「そんなの、会話の中でサラッと聞けばいいじゃん」


 坂本 平八:

「俺にそれができると思うか?」


 竜ちゃんと訪れた、小さな飲み屋。

 カウンター席に腰かけたが、スマートな竜ちゃんにはどうもこの庶民的な居酒屋の背景がしっくりこない。

 まぁ俺が誘った店だからな。申し訳ない。


 小鳥遊 竜一:

「はは、できそうもないな」


 竜ちゃんはハイボールを飲むと、ふむ、と見上げる。

 何か思いついたのか、コップを持った手の人差し指をピシッとこちらに指して笑った。


 小鳥遊 竜一:

「こっそり測れば?」


 坂本 平八:

「え?」


 小鳥遊 竜一:

「寝てる隙にとかさ。それならできるだろ?」


 坂本 平八:

「でも暗いから、メジャーの目盛りなんて見えないぞ」


 小鳥遊 竜一:

「柔らかい針金とか用意するんだよ。型を取ればいい」


 坂本 平八:

「な、なるほど……!」


 さすがはモテ男竜ちゃんだ。

 もしかしたらこの技も、竜ちゃんが実際におこなったものなのだろうか。


 小鳥遊 竜一:

「型の針金から紙に書き写しとけよ。平八だと、針金を何かの弾みで潰しそうだしな」


 坂本 平八:

「竜ちゃん頭いいなぁ」


 小鳥遊 竜一:

「お前は筋肉バカだなぁ」


 竜ちゃんは相変わらずの色気ある爽やか笑顔で、さらりと毒舌を吐いてくれたのだった。



 ・   ・   ・



 そんなご教授をいただいた俺。

 夜、かなちゃんと狭いベッドで一緒に横になると、寝ないように寝ないようにと意識を集中させた。

 コーヒーのおかげか、目はきちんと冴えている。

 かなちゃんもすやすやと、寝息を静かに立て始めた。


 坂本 平八:

「……」


 坂本 平八:

(そろそろ大丈夫、かな?)


 俺はパジャマ代わりのスラックスのポケットに忍び込ませていた、細い針金を取り出す。

 今日はちゃんと、かなちゃんの左サイドに横になった。

 かなちゃんは仰向きに寝ていて、左手は布団の中から出て顔の横に転がされている。


 測るならば今だ!

 俺はゆっくりと闇の中、かなちゃんをのぞき込み、針金を手に近づけた。


──が。


 篠田 かなえ:

「うーん……」


 坂本 平八:

「!!」


 かなちゃんが寝返りを打った。

 こちらに向いて、無防備な寝顔を見せてくれる。


 坂本 平八:

(お、起きた……?)


 ドキドキと心臓は鳴り、背中に冷や汗が垂れて流れる。

 しかしかなちゃんはそれ以上の動きはなく、また静かに寝息を立てる。


 坂本 平八:

(ホッ……大丈夫みたいだな)


 暗闇の中、化粧もされていない無防備な彼女の素顔が見えた。

 うっすらと開いた唇が可愛くて、小さく笑ってしまう。


 坂本 平八:

(可愛いなぁ)


 普段はしっかり者のかなちゃんも、寝ている時ばかりは緊張もなく、ありのままだ。

 こんな彼女が見られるのも、今は俺だけ。

 そしてこれからも、俺だけのものであってほしい。


 坂本 平八:

(そのためには……計測計測!)


 今夜の俺の任務である「かなちゃんの薬指サイズ計測調査」は失敗など許されない。


 慎重に、彼女が起きないようにと、空気の流れさえ起こらないようにゆっくりと動く。

 さいわい左手は顔の横に添えられたままだ。

 かなちゃんの顔が、こちらを向いているからやりづらいが、躊躇もしていられない。

 U字型にした針金を、彼女の左手薬指を挟むようにして滑り込ませる。

 そしてゆっくり端同士を交差させ、指の根元の型を作った。


 坂本 平八:

(で……できた!)


 あとはこれを抜くだけである。

 俺はことさら慎重に、針金を動かした。


 坂本 平八:

(起きるな~、起きるな~)


 そろそろと動く針金。

 そしてようやく、それは彼女の指先から抜けた。


 坂本 平八:

(で、できた!)


 坂本平八、無事に任務遂行だ!


 あとはこの針金を、こっそりベッドの下にでも隠しておいて、朝に回収だけ忘れないようにすればいい。

 俺はそのまま腕をベッド下にまわして、スプリングの間に針金を差し込んだ。


 坂本 平八:

(は~、疲れたぁ……)


 どっと体の緊張が解ける。

 思わず勢いよく、枕に頭を沈めた。

 すると狭いベッドのため、その振動がそのまま横のかなちゃんに伝わってしまう。


 篠田 かなえ:

「う……ん」


 坂本 平八:

(し、しまった!)


 篠田 かなえ:

「平八さん……?」


 うっすらと彼女の目が開く。

 起こしてしまったらしい。測定任務完了の後でよかった。


 坂本 平八:

「ご、ごめん。起こしちゃった?」


 篠田 かなえ:

「ふふ……大丈夫です」


 かなちゃんはちょっと寝ぼけているのか、子どもみたいに屈託のない笑みを浮かべる。

 か、可愛いなぁ……!


 俺は思わず横を向いて、彼女を抱きしめた。


 篠田 かなえ:

「!」


 坂本 平八:

「かなちゃん……好きだよ」


 篠田 かなえ:

「……私も」


 かなちゃんはそのまま、顔を俺の胸元にうずめて、小さくそう言う。

 寝ぼけまなこの今、彼女はとても素直だ。

 そんな彼女が愛おしい。


 坂本 平八:

(早く……伝えたいな)


 僕と結婚してください、と。

 また小さく聞こえてきた寝息の音。


 それは次第に2つ重なり、幸せな空間をもたらしてくれた。




 ◇ 続く ◇

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