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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.50 挑め!プロポーズ大作戦 (3)「リサーチせよ!②」

 プロポーズやら結婚やら、俺たちには何ら関係のないことである。

 中曽根悠、15歳。

 とりあえず俺のすべきことは、坂本先生のプロポーズを黙っていることだけだ。

 と、思っていたが。


 坂本 平八:

「おい、中曽根」


 中曽根 悠:

「ん?」


 廊下を歩いていたら、曲がり角からこそっと坂本先生が俺を呼んでいた。

 何だろう。もうサッカー部も引退したんだけどな。


 しかし坂本先生は、手招きして俺を呼んでいる。

 とりあえず近寄った。


 中曽根 悠:

「何でしょう」


 坂本 平八:

「じつはお前に、頼みたいことがあってな」


 見慣れない坂本先生の赤ら顔。

 そんな先生は片手にペランと何やら、A4用紙を1枚持っていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 挑め!プロポーズ大作戦

(3)「リサーチせよ!②」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 俺にとっては、あまり縁のない保健室。

 そこに1人でやってきて、ちょっと緊張した気持ちでその扉を開けた。


 中曽根 悠:

「失礼します」


 ガラ、と引き戸を引くと、案の定その中にいた篠田先生は意外そうに俺を見る。


 篠田 かなえ:

「あら中曽根くん。体調でも悪いの?」


 俺は中に入り、他に人がいないことを確認する。

 いるのが俺だけだとわかると、ホッと息を吐いて答えた。


 中曽根 悠:

「いいえ。今日は先生にアンケート持ってきたんです」


 篠田 かなえ:

「アンケート?」


 首をかしげる篠田先生に近寄って、俺は持っていた紙を差し出す。

 先ほど坂本先生から託されたそれ。

 それには「先生へのQ&A」なんて書かれていた。


 中曽根 悠:

「これ、生徒で今企画している、卒業アルバムに使うアンケートなんです。先生のページもあるから、持ってきました」


 篠田 かなえ:

「あらそうなの。知らなかったわ」


 素直に受け取ってくれた篠田先生には申し訳ないが、まったくの嘘だ。

 俺は卒業アルバム委員でもないし、そんなアンケートも聞いたことはない。

 というか、差し出したそれは坂本先生作のものである。


 坂本先生はそのアンケートに紛れ込ませた「好きな花は?」の答えが知りたいらしい。

 そんなの直接聞けばいいじゃないかと思うのに、テンパっている坂本先生は、こんな回りくどいやり方しか思いつかないらしい。

 大人ってのは、変なもんだな。


 中曽根 悠:

「すみませんが、今書いてもらってもいいですか? 俺、回収も担当してるんで」


 篠田 かなえ:

「わかったわ。ちょっと待っててね」


 篠田先生はそう言って、事務机に座ってアンケートを書き始めた。

 サラサラと流されるペン先。

 それを持つ指先は長く、爪も艶やかだ。

 こうして見ると、篠田先生ってキレイだよな。


 篠田 かなえ:

「……そういえば昨日、戸田さんが来たわよ」


 中曽根 悠:

「え?」


 るりの名前が出されてドキッとした。

 昨日、るりがここに来たことは知っている。

 篠田先生の「理想のプロポーズ」やらをリサーチするんだ! なんて、彼女ははりきっていたから。


 篠田 かなえ:

「修学旅行のお礼をしてくれてね。クッキーをくれたの」


 中曽根 悠:

「そうなんですか」


 るりがどうやって誤魔化して調査したのか、何となく理解した。

 そして、修学旅行時のことを思い出して少しだけ切なくなる。


 愛猫スズを亡くした悲しみは、最近ようやく癒えてきた。

 それは、るりという存在がとても大きかったからに違いない。


 るりがあの時、泣いた俺を受け止めて、慰めてくれたから。

 寂しさに寄り添ってくれたから。

 だから俺は、またこうして笑っていられるんだ。


 中曽根 悠:

「あの時はすみませんでした。あと……ありがとうございました」


 篠田 かなえ:

「いいのよ」


 あの時、篠田先生がいなければ、るりは1人で泣いていたのかもしれない。

 そう思うと胸がぎゅっとなる。

 もう、るりを泣かせたくない。


 中曽根 悠:

「るりのクッキー、美味しかったでしょ」


 るりのことが頭に浮かんで、何となくさっきの会話の流れでそう言った。


 篠田 かなえ:

「ええ、とっても」


 中曽根 悠:

「あいつ、お菓子作りも料理もすげーうまいんだよなぁ」


 篠田 かなえ:

「そうね。すごく上手」


 中曽根 悠:

「たまに俺ももらって食うけどさ。すごいよなぁって思う」


 普段なら、るりのことを他人にあまり話したりしない。

 友人にだって言わないのは、ノロケだと思われたくないからだ。


 でも篠田先生が相手だと、何となく話しやすくて、ついしゃべってしまう。物静かな雰囲気のせいかな。さすが保健室の先生だ。


 そんな俺に、何を思ったのだろう。

 篠田先生は柔らかく笑って、こんなことを言った。


 篠田 かなえ:

「素敵なお嫁さんになりそうね」


 中曽根 悠:

「──へ!?」


 よよよよ、嫁!?


 突然の思わぬ単語に、俺の心臓がドキドキ鳴り始める。

 胸に手を当て、慌てて答えた。


 中曽根 悠:

「お、俺ら、結婚とかまだ考えてないし……!!」


 篠田 かなえ:

「あら。私は、ただ戸田さんが『素敵なお嫁さん』になりそうって言っただけよ?」


 中曽根 悠:

「……!!」


 ぼ……墓穴を掘った!


 顔が真っ赤になっただろう俺に、篠田先生はいつのまにか書き終えたアンケート用紙をこちらに差し出す。


 篠田 かなえ:

「はい、書けたわよ」


 中曽根 悠:

「あ……ありがとうございます」


 くそう。

 るりに告白された時のことといい、保健室にいると俺は情けない男になってしまうのかもしれない。

 受け取った俺は、そそくさと保健室を後にした。



 ・   ・   ・



 中曽根 悠:

「はい、回収してきましたよ」


 坂本 平八:

「よくやった、中曽根!」


 昨日と同じように、資料室で待っていた俺。

 中曽根からアンケートを受け取ると、さっそく内容に目を通した。

 注目すべきは「好きな花」。

 どれどれ。


 坂本 平八:

「バ、バラだと!?」


 中曽根 悠:

「坂本先生とバラの花束、似合わねー」


 中曽根はケラケラと楽しそうに慌てる俺を見た。

 イケメン生徒にからかわれるのは、ちょっと悔しいぞ!


 しかし笑っていたはずの中曽根は、何やら急に真面目な顔つきになり、俺をじっと見る。

 それに気づいた俺は「何だ?」と問いかけた。


 中曽根 悠:

「坂本先生は何で、篠田先生と結婚しようと思うの」


 坂本 平八:

「へ?」


 まさか、戸田でなく中曽根からもそんなことを聞かれるとは。こいつは興味なさげに見えたのにな。

 しかし生徒から問われれば、全力で回答しなければと考えてしまうのは職業病か。

 俺はううんと唸ると、ポツポツと話し始めた。


 坂本 平八:

「そりゃあ、夫婦になりたいからさ」


 中曽根 悠:

「恋人じゃダメなの?」


 坂本 平八:

「ダメじゃないけど……夫婦になることは、けじめだと思うからさ」


 中曽根 悠:

「……けじめ?」


 中曽根は、ピンときていないように首をかしげる。

 まあこの年頃なら、当然だろう。

 というか俺も、三十路前にようやく決意できたけじめだ。照れくさくもあるが、俺は言葉を続けた。


 坂本 平八:

「これからこの人と人生を歩みます、ていう、相手と世間に対してのけじめみたいなもんかな」


 中曽根 悠:

「……」


 中曽根 悠:

「ふーん……」


 中曽根は興味があるんだかないんだかわからぬ返事をもらす。

 気のせいか、ほんのりと頬が赤い。


 坂本 平八:

「ま、俺なりの答えだけどな」


 結婚する理由なんか人それぞれだろう。

 俺は恥ずかしさを隠すように苦笑した。


 そうして中曽根が帰ったのを見届けると、俺はまた頭を悩ませ始める。

 さて、花のリサーチはできた。


 次は肝心の……指輪だ!!




 ◇ 続く ◇

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