Ep.49 かんざし恋模様(1)「約束」
松宮 茜:
(あ──これ、可愛い)
差し伸べた指先に、小さなかんざしが触れた。
チリリと揺れたそれは、赤い花があしらわれ、小さなビーズがたくさんついている。
夏の京都。
修学旅行2日目の自由行動で、私は和風雑貨屋のお店にいた。
隣にはなんと──小池くんがいる。
小池 隼人:
「それ、可愛いね」
松宮 茜:
「あ、うん!」
私の行動を見ていたのか、小池くんがそう言った。思わずパッと指を引っ込めてしまったけれど、小池くんは微笑んで、私が触れたかんざしを見つめる。
小池 隼人:
「茜色だ。松宮さんに似合いそう」
松宮 茜:
「そ、そうかな? 私、こんなのつけたことないや」
何気に彼の言葉に、私の名前が入っていてドキリとする。
和風雑貨は見ていてとても可愛いけれど、使ったことはない。
おそらく七五三くらいじゃないかなぁ、と思い返す。
松宮 茜:
(それにしても……)
松宮 茜:
(まさか、小池くんと過ごせるなんて)
幸せすぎて死んじゃいそう、なんてバカなことを思うくらい、私は幸せな時間を過ごしていた。
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かんざし恋模様
(1)「約束」
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自由行動をちょっと抜けて一緒にまわろう、と誘われたのは、土壇場になってのことだった。
1日目の夜、偶然旅館で会った小池くんにこっそりと言われたのだ。
小池 隼人:
「僕の班、けっこう抜け出す子が多くてさ」
松宮 茜:
「あ、私のところもだよ」
班がきっちり決められているとはいえ、修学旅行中はけっこうみんな浮かれがちだ。
しかも、カップルが着々と増えている様子の3年生のこの時期は、みんなそれぞれで行動したいらしい。
……て、私たちも、そのうちの1組なんだよね。
考えると、顔がまた赤くなってしまいそうになる。
うわあ、私たちカップルなんだ! なんて今さらながらに意識する。
でも。
小池 隼人:
「みんなには、見つからないようにしなくちゃね」
松宮 茜:
「え、あ、うん……」
小池くんの言葉でハッと我に返り、高揚した気分が少し落ち着いた。
私と小池くんの交際は、まだみんなに内緒にしている。
それは、私が自分から言い出したこと。
恥ずかしくて、まだ茉莉や羽鳥にも言い出せないでいる。
でも、じつはもうそろそろ、言ってもいいのかなぁなんて思い始めている。
ただ、どうやってバラせばいいのか、わからずにいるんだ。
松宮 茜:
(まぁ……そのうち自然に伝えられるよね)
私は頬をかいて、小池くんと待ち合わせ場所と時間を決めたのだった。
・ ・ ・
そして今、人通りの少ない古都の奥道で、私は1人で立っている。
柳の垂れる細い道が小さな川に連れ添っていて、さらさらと清らかな水を流している。
それをぼぉっと見ていたら、小池くんの声が背後からした。
小池 隼人:
「お待たせ。これ松宮さんの分ね」
松宮 茜:
「わあ、ありがとう」
小池くんが2人分のみたらし団子を買ってきてくれた。
受け取ると、2人で川と向かい合うように置いてあるベンチに座り、膝にそれぞれお団子の乗ったプラスチック容器をのせる。
松宮 茜:
「美味しそうだねー」
小池 隼人:
「あんないい匂いしてたら、食べたくなっちゃうよね」
いただきます、と言い食べ合った。
美味しいし、隣には小池くんもいるし。
ああ、幸せ。
つい微笑みながら、お団子を食べるという、何とも怪しい様子の私。
そんな私を横から小池くんが見ていることに気がついて、恥ずかしくなってしまった。
小池 隼人:
「美味しいね」
松宮 茜:
「うん」
小池くんとなら、どんな食べ物だって美味しく感じると思う。
そんなバカなことを考えていたら、ふと小池くんが、何かを制服ズボンのポケットから取り出した。
小さなビニールのショップ袋だった。
小池 隼人:
「はい、これ」
松宮 茜:
「え?」
差し出されたそれを、キョトンと見てしまう。
小池くんは小さく笑って言った。
小池 隼人:
「松宮さんにあげる」
松宮 茜:
「え! あ、ありがとう」
まさかのサプライズプレゼント!
うわー、とドキドキしながら受け取ったそれは、小さく少し細長い。
中を見ていい? と聞いてから取り出したそれは、さっき私が和風雑貨屋で可愛いと思ったあのかんざしだった。
松宮 茜:
「これ……!」
小池 隼人:
「やっぱり似合うと思って。迷惑じゃなかった?」
松宮 茜:
「め、迷惑なんてそんな……!」
ぶんぶん、と思いきり頭を振る。それを見て小池くんは、ホッとしたようにまた笑う。
小池 隼人:
「よかった」
そして少しだけ声を小さくして、うかがうようにこちらを見た。
小池 隼人:
「あのさ。松宮さんは、夏祭りに行く予定ある?」
松宮 茜:
「夏祭りって、姫泣祭?」
うなずいた小池くんに、私の胸が小さく跳ねる。
この会話の流れはもしかして……!
松宮 茜:
「予定はないけど……」
小池 隼人:
「そっか。ならさ、一緒に行かない?」
松宮 茜:
「!」
や、やっぱり!
とても嬉しい申し出に、私はすぐに頭を縦に振る。
うわぁ、初めてのデートだ!
あれ、でも今のこれもデート?
ううん、それよりも祭りのデートなんて夢みたい!
すごく嬉しい。
頭の中で嬉しい混乱が回りまわって、私は赤くなってしまう。
ぎゅっと手を握りしめたら、その中のかんざしに気がついた。
松宮 茜:
「あ……」
松宮 茜:
「私、お祭りの時にこのかんざし、つけてくね」
私のその言葉に、小池くんも嬉しそうに笑う。
それがとても嬉しくて、幸せだった。
・ ・ ・
そうして迎えた、8月の姫泣祭の初日。
私は鏡の前で、うろたえていた。
松宮 茜:
「うぅー……」
松宮 茜:
「これでいいのかなぁ?」
自分の部屋の姿見で、何度もチェックした。
ぐるりと回れば深緑の浴衣を着た私が、慣れない着心地に戸惑う表情をしている。
右耳の上に、あのかんざしを刺してみたけれど、似合っているのか自分では全然わからない。
なんだか浴衣に着られてるみたい。
松宮 茜:
(ああ、でもこれ以上、モタモタしてられない!)
自信はまだつけられないけれど、遅刻することも怖くて、巾着袋と下駄を手にし玄関に向かう。
すると、ちょうどリビングに入ろうとした兄貴とかち合った。
兄貴:
「お、馬子にも衣装だなー」
ニヤニヤと笑う兄貴。
私の浴衣姿なんて、幼少期以来だ。
でも焦っていた私は、そんな兄貴の減らず口に歯向かう余裕もない。
松宮 茜:
「へ、変じゃない!?」
兄貴:
「え? お、おう」
兄貴の返答に安心して、私は生まれて初めてペディキュアを施した素足を、下駄に滑らせた。
松宮 茜:
「行ってきます!」
兄貴:
「おう、気ぃつけてなー」
玄関扉を閉めた向こうで、兄貴は届かぬ私に向けて、一人呟く。
兄貴:
「あいつ、もしかして……」
兄貴:
「に、兄ちゃんは寂しいぞ!」
◇ 続く ◇




