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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.49 かんざし恋模様(1)「約束」

 松宮 茜:

(あ──これ、可愛い)


 差し伸べた指先に、小さなかんざしが触れた。

 チリリと揺れたそれは、赤い花があしらわれ、小さなビーズがたくさんついている。


 夏の京都。

 修学旅行2日目の自由行動で、私は和風雑貨屋のお店にいた。

 隣にはなんと──小池くんがいる。


 小池 隼人:

「それ、可愛いね」


 松宮 茜:

「あ、うん!」


 私の行動を見ていたのか、小池くんがそう言った。思わずパッと指を引っ込めてしまったけれど、小池くんは微笑んで、私が触れたかんざしを見つめる。


 小池 隼人:

「茜色だ。松宮さんに似合いそう」


 松宮 茜:

「そ、そうかな? 私、こんなのつけたことないや」


 何気に彼の言葉に、私の名前が入っていてドキリとする。


 和風雑貨は見ていてとても可愛いけれど、使ったことはない。

 おそらく七五三くらいじゃないかなぁ、と思い返す。


 松宮 茜:

(それにしても……)


 松宮 茜:

(まさか、小池くんと過ごせるなんて)


 幸せすぎて死んじゃいそう、なんてバカなことを思うくらい、私は幸せな時間を過ごしていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 かんざし恋模様

(1)「約束」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 自由行動をちょっと抜けて一緒にまわろう、と誘われたのは、土壇場になってのことだった。


 1日目の夜、偶然旅館で会った小池くんにこっそりと言われたのだ。


 小池 隼人:

「僕の班、けっこう抜け出す子が多くてさ」


 松宮 茜:

「あ、私のところもだよ」


 班がきっちり決められているとはいえ、修学旅行中はけっこうみんな浮かれがちだ。

 しかも、カップルが着々と増えている様子の3年生のこの時期は、みんなそれぞれで行動したいらしい。


 ……て、私たちも、そのうちの1組なんだよね。

 考えると、顔がまた赤くなってしまいそうになる。

 うわあ、私たちカップルなんだ! なんて今さらながらに意識する。

 でも。


 小池 隼人:

「みんなには、見つからないようにしなくちゃね」


 松宮 茜:

「え、あ、うん……」


 小池くんの言葉でハッと我に返り、高揚した気分が少し落ち着いた。

 私と小池くんの交際は、まだみんなに内緒にしている。

 それは、私が自分から言い出したこと。

 恥ずかしくて、まだ茉莉や羽鳥にも言い出せないでいる。


 でも、じつはもうそろそろ、言ってもいいのかなぁなんて思い始めている。

 ただ、どうやってバラせばいいのか、わからずにいるんだ。


 松宮 茜:

(まぁ……そのうち自然に伝えられるよね)


 私は頬をかいて、小池くんと待ち合わせ場所と時間を決めたのだった。



 ・   ・   ・



 そして今、人通りの少ない古都の奥道で、私は1人で立っている。


 柳の垂れる細い道が小さな川に連れ添っていて、さらさらと清らかな水を流している。

 それをぼぉっと見ていたら、小池くんの声が背後からした。


 小池 隼人:

「お待たせ。これ松宮さんの分ね」


 松宮 茜:

「わあ、ありがとう」


 小池くんが2人分のみたらし団子を買ってきてくれた。

 受け取ると、2人で川と向かい合うように置いてあるベンチに座り、膝にそれぞれお団子の乗ったプラスチック容器をのせる。


 松宮 茜:

「美味しそうだねー」


 小池 隼人:

「あんないい匂いしてたら、食べたくなっちゃうよね」


 いただきます、と言い食べ合った。

 美味しいし、隣には小池くんもいるし。

 ああ、幸せ。


 つい微笑みながら、お団子を食べるという、何とも怪しい様子の私。

 そんな私を横から小池くんが見ていることに気がついて、恥ずかしくなってしまった。


 小池 隼人:

「美味しいね」


 松宮 茜:

「うん」


 小池くんとなら、どんな食べ物だって美味しく感じると思う。

 そんなバカなことを考えていたら、ふと小池くんが、何かを制服ズボンのポケットから取り出した。

 小さなビニールのショップ袋だった。


 小池 隼人:

「はい、これ」


 松宮 茜:

「え?」


 差し出されたそれを、キョトンと見てしまう。

 小池くんは小さく笑って言った。


 小池 隼人:

「松宮さんにあげる」


 松宮 茜:

「え! あ、ありがとう」


 まさかのサプライズプレゼント!


 うわー、とドキドキしながら受け取ったそれは、小さく少し細長い。

 中を見ていい? と聞いてから取り出したそれは、さっき私が和風雑貨屋で可愛いと思ったあのかんざしだった。


 松宮 茜:

「これ……!」


 小池 隼人:

「やっぱり似合うと思って。迷惑じゃなかった?」


 松宮 茜:

「め、迷惑なんてそんな……!」


 ぶんぶん、と思いきり頭を振る。それを見て小池くんは、ホッとしたようにまた笑う。


 小池 隼人:

「よかった」


 そして少しだけ声を小さくして、うかがうようにこちらを見た。


 小池 隼人:

「あのさ。松宮さんは、夏祭りに行く予定ある?」


 松宮 茜:

「夏祭りって、姫泣祭?」


 うなずいた小池くんに、私の胸が小さく跳ねる。

 この会話の流れはもしかして……!


 松宮 茜:

「予定はないけど……」


 小池 隼人:

「そっか。ならさ、一緒に行かない?」


 松宮 茜:

「!」


 や、やっぱり!

 とても嬉しい申し出に、私はすぐに頭を縦に振る。


 うわぁ、初めてのデートだ!

 あれ、でも今のこれもデート?

 ううん、それよりも祭りのデートなんて夢みたい!

 すごく嬉しい。


 頭の中で嬉しい混乱が回りまわって、私は赤くなってしまう。

 ぎゅっと手を握りしめたら、その中のかんざしに気がついた。


 松宮 茜:

「あ……」


 松宮 茜:

「私、お祭りの時にこのかんざし、つけてくね」


 私のその言葉に、小池くんも嬉しそうに笑う。

 それがとても嬉しくて、幸せだった。



 ・   ・   ・



 そうして迎えた、8月の姫泣祭の初日。

 私は鏡の前で、うろたえていた。


 松宮 茜:

「うぅー……」


 松宮 茜:

「これでいいのかなぁ?」


 自分の部屋の姿見で、何度もチェックした。

 ぐるりと回れば深緑の浴衣を着た私が、慣れない着心地に戸惑う表情をしている。


 右耳の上に、あのかんざしを刺してみたけれど、似合っているのか自分では全然わからない。

 なんだか浴衣に着られてるみたい。


 松宮 茜:

(ああ、でもこれ以上、モタモタしてられない!)


 自信はまだつけられないけれど、遅刻することも怖くて、巾着袋と下駄を手にし玄関に向かう。

 すると、ちょうどリビングに入ろうとした兄貴とかち合った。


 兄貴:

「お、馬子にも衣装だなー」


 ニヤニヤと笑う兄貴。

 私の浴衣姿なんて、幼少期以来だ。

 でも焦っていた私は、そんな兄貴の減らず口に歯向かう余裕もない。


 松宮 茜:

「へ、変じゃない!?」


 兄貴:

「え? お、おう」


 兄貴の返答に安心して、私は生まれて初めてペディキュアを施した素足を、下駄に滑らせた。


 松宮 茜:

「行ってきます!」


 兄貴:

「おう、気ぃつけてなー」


 玄関扉を閉めた向こうで、兄貴は届かぬ私に向けて、一人呟く。


 兄貴:

「あいつ、もしかして……」


 兄貴:

「に、兄ちゃんは寂しいぞ!」




 ◇ 続く ◇

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