Ep.48 雷と夕焼け(7・終)「風とオレンジ」
祭り会場の境内奥に、あの女3人はいた。
真ん中に羽鳥をはさんで、電線に止まる冬のスズメのように、くっついて石垣に座っている。
暗いから、どんな顔をしているのかはわからない。
羽鳥はうつむいている。
泣いて──いるのだろうか。
井本 修:
「ノブくん、何見てんのー」
遠くから井本が、のんきに声をかけてくる。
その向こうでは、中曽根や大谷もこちらに視線を向けていた。
堂本 信広:
「……別に」
ふいと見ていた視線をはずし、男たちの元へ向かう。
祭り囃子や人々の喧騒の中に、俺は紛れ込んで消えた。
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雷と夕焼け
(7)「風とオレンジ」
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そんなことがあった夏休みも終わり、9月となる。
まだ残暑厳しい新学期の中、俺にとってさらにイラつく現象が起きていた。
羽鳥 梢:
「おっはよー」
夏休み明け、朝の教室。
いつもどおり元気に飛び込んできた羽鳥は、クラスメイトたちと朝のあいさつを交わす。
堂本 信広:
「……」
ふと、視線をそちらに向ける。
夏祭り以来に見た羽鳥は、また少し日焼けしたせいで、肌の色を濃くしている。
そんな羽鳥と目が合った。けれど。
羽鳥 梢:
「……!」
羽鳥はふいと、俺から視線をそらした。
堂本 信広:
「……?」
ん? 今、目が合ったよな。
いつもなら「おはよう堂本くん!」とかうっとうしい言葉をかけてきそうな場面だったのに。
それなのにあいつは、俺を無視しやがった。
堂本 信広:
「…………」
気のせいか、とも思った。
しかし。
堂本 信広:
「おい羽鳥」
用事があって、声をかけても。
羽鳥 梢:
「あ、ごめん。ちょっと今、忙しくて」
羽鳥は目も合わせずそう言う。
堂本 信広:
「おい、プリント落としてっぞ」
親切にそう言って拾ってやろうとしても。
羽鳥 梢:
「ありがとう! 大丈夫、拾う!」
パッと自分で取って、走るように背を向ける。
堂本 信広:
「……」
堂本 信広:
(何だ、あのムカつく態度は!!)
明らかに俺を無視してやがる!
しかし、その理由が簡単にわかってしまうくらい、あいつの態度はわかりやすかった。
思い出すのは夏祭り。
克弘のデート現場を見てしまった、羽鳥の横顔。
傷ついた表情に、紅潮した頬と泣きそうな目。
克弘に彼女がいたことに、心底ショックを受けたことが丸わかりだった。
あいつ、克弘のことで俺とあんまり関わりたくないんだろうな。
失恋しちまった相手の弟なんか、見たくもないのだろう。
今はそう言われなくもなったが、昔はよく顔が似ている兄弟だと言われた俺ら。
見ると、きっと克弘を思い出しちまうんだろう。
でも、そんなことで無視をされるなんて、たまったもんじゃない。
単純にムカつく。
しかしだからといって、羽鳥に何を言ってもいいのかわからず、ただイライラが俺の中に積もるだけだ。
中曽根 悠:
「なあ堂本ー。サッカーやんねー?」
タイミング悪く、無邪気にボールを掲げて声をかけてきた中曽根に。
堂本 信広:
「やんねーよ!」
ムスッとして答えた。
くそう、ムシャクシャするなぁ!
・ ・ ・
学校が終わったので、帰路につく。
夕焼けに染まる通学路を1人で歩いていたら、その先に最近俺をイラつかせる原因が歩いていた。
羽鳥だ。
珍しく1人で下校してやがる。
しかもやけにのろのろ歩いているから、ムカつくことに追いついてしまう。
俺は足音を殺しながら、うつむき歩く羽鳥に近づいた。
堂本 信広:
「おい」
羽鳥 梢:
「!?」
俺の声に、慌てて振り向く羽鳥。
驚いた表情をして、眉間にしわを寄せる俺を見上げた。
羽鳥 梢:
「ど、堂本くん!」
堂本 信広:
「ちんたら歩いてんじゃねーよ」
減らず口を叩いてやったら。
羽鳥 梢:
「あ……あんたね〜……」
羽鳥はムッとして、じとりと俺を見てきた。
以前のような態度に少しだけホッとする。
……ホッとする?
何で、俺が。
堂本 信広:
「……お前さあ。最近、俺のこと避けてるだろ」
ムッとした羽鳥に、俺もムッとして言葉を返す。
羽鳥はびっくりしたかのように、目を丸くした。
羽鳥 梢:
「そ、そんなことないよ」
目を泳がすこいつは、嘘が下手だ。
堂本 信広:
「そんなことあるだろ。あからさまなんだよ」
羽鳥 梢:
「うっ……」
羽鳥は観念したのか、視線を落とした。
うつむいた頬に、さらりと髪の毛が落ちる。
羽鳥 梢:
「……ごめん。もうしないから」
羽鳥 梢:
「理由は……聞かないで」
堂本 信広:
「……ふん」
聞きたくもないぜ。
そうして俺たちは、並んで歩きだした。
羽鳥はさっきよりもしっかりとした足取りで歩き、俺も少しだけ歩幅を縮めて歩いた。
そんな俺たちの前方に、落ちていこうとする夕日がある。
秋に近づく今は、少しずつ日が落ちるのが早くなっているのを実感する。俺は、暮れゆくオレンジのこの時間帯が、何となく好きだった。
堂本 信広:
「…………」
堂本 信広:
「羽鳥、時間あるか?」
羽鳥 梢:
「え?」
何となく──本当に何となく、だ。
あの光景を、こいつにも見せてやろうなんて思った。
うつむいてばかりいる、今のこいつに。
キレイだと思えた、あの光景を。
・ ・ ・
街の中の、あるビルの屋上。
見かけはしっかり閉じている壊れた南京錠を外して、扉を開けた。
案の定、そこはちょうど夕暮れ時のオレンジが溶けて、キレイな街並みを眼前に広げてくれている。
羽鳥 梢:
「わあ、いい眺めー!」
屋上のため、きつい風が羽鳥の髪の毛とスカートをなびかせる。
フェンスに近づいた羽鳥と俺は、並んで街を見下ろした。
以前、ある知り合いから教えてもらったこの場所。
まだ誰にも教えたことのない秘密の場所を、なぜか俺は羽鳥を引き連れ訪れていた。
羽鳥 梢:
「さすが不良とだけあって、溜まり場ってものを持ってるんだねー」
堂本 信広:
「お前なぁ」
溜まり場じゃねーよ。俺しか知らねーんだから。
そう言ったら、羽鳥はキョトンとしてこちらを見た。
羽鳥 梢:
「……じゃあ、教えたのは私が初めて?」
堂本 信広:
「ん? ああ……」
羽鳥 梢:
「そっか。なんか悪いね」
そう言って、カシャンと羽鳥は金網に指を引っかけた。
街から吹き上げる風が、そんな彼女の髪の毛を遊んで揺らす。
夕焼けに照らし出された羽鳥の横顔は、オレンジ色に染まっていた。
そんな羽鳥を見てから、俺も街並みに視線を向ける。
無意識に、口から言葉が出ていた。
堂本 信広:
「……お前、克弘が好きだったんだろ」
羽鳥 梢:
「!」
堂本 信広:
「んで、思い出しちまうから俺に関わるのを嫌がった、と」
羽鳥 梢:
「……ど、堂本くん……」
戸惑うように、羽鳥がこちらを見たのがわかった。
でもその視線を受けるのが俺はいやで、街を見下ろしたまま、ムスッとしてしまう。
堂本 信広:
「……俺は俺だし」
羽鳥 梢:
「!」
堂本 信広:
「一緒にすんじゃねーよ」
羽鳥 梢:
「……」
何となく羽鳥を見られずに、つぶやいた。
しかし羽鳥は、そんな俺の視線の先に顔をずいっと下から突き出してきやがった。
突然現れた彼女の顔に思わずのけ反るが、羽鳥はかまわずに笑って言う。
羽鳥 梢:
「一緒になんかしないよ。堂本くんは堂本くんで、また優しいしねっ」
堂本 信広:
「!」
堂本 信広:
「……は!?」
優しい!?
そんなのお前、初めて言うぞ!
というか、誰からも言われ慣れていないその単語は、俺にふさわしくない。
それなのに羽鳥は、微笑んで言う。
羽鳥 梢:
「ゲーセンの時も、今日も、私を元気づけようとしてくれたじゃん」
堂本 信広:
「そういったわけじゃねーし」
羽鳥 梢:
「じゃあどういうわけ?」
堂本 信広:
「……」
どういうわけって……そんなん……。
そんなん知らねーし。
つい黙ってしまう。
そんな俺に羽鳥は、都合良く解釈する。
羽鳥 梢:
「ほら。やっぱり優しいんだよ」
堂本 信広:
「……っ!」
堂本 信広:
「勝手に誤解してろ」
ふん、と鼻を鳴らして、俺もフェンスに指をかけた。
羽鳥と並んで落ちていく夕焼けを見つめる。
──ああ。やっぱりこいつといると、調子が狂う。
いつもなら、ここで夕日を見ていたら穏やかになるはずだったのに。
なぜか穏やかでなくなった気分を持て余して、唇を尖らせる。
遠くに見える姫泣川で反射するオレンジが、あの夏祭りの日の灯籠のように、キラキラと輝いている。
ちらっと横を見れば、あの日のように羽鳥の横顔。
以前と違い、どこかすっきりとした表情の彼女を、屋上の風が撫ぜる。
その光景に、俺は目を細めた。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




