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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.48 雷と夕焼け(7・終)「風とオレンジ」

 祭り会場の境内奥に、あの女3人はいた。

 真ん中に羽鳥をはさんで、電線に止まる冬のスズメのように、くっついて石垣に座っている。


 暗いから、どんな顔をしているのかはわからない。

 羽鳥はうつむいている。

 泣いて──いるのだろうか。


 井本 修:

「ノブくん、何見てんのー」


 遠くから井本が、のんきに声をかけてくる。

 その向こうでは、中曽根や大谷もこちらに視線を向けていた。


 堂本 信広:

「……別に」


 ふいと見ていた視線をはずし、男たちの元へ向かう。

 祭り囃子や人々の喧騒の中に、俺は紛れ込んで消えた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 雷と夕焼け

(7)「風とオレンジ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 そんなことがあった夏休みも終わり、9月となる。

 まだ残暑厳しい新学期の中、俺にとってさらにイラつく現象が起きていた。


 羽鳥 梢:

「おっはよー」


 夏休み明け、朝の教室。

 いつもどおり元気に飛び込んできた羽鳥は、クラスメイトたちと朝のあいさつを交わす。


 堂本 信広:

「……」


 ふと、視線をそちらに向ける。

 夏祭り以来に見た羽鳥は、また少し日焼けしたせいで、肌の色を濃くしている。

 そんな羽鳥と目が合った。けれど。


 羽鳥 梢:

「……!」


 羽鳥はふいと、俺から視線をそらした。


 堂本 信広:

「……?」


 ん? 今、目が合ったよな。


 いつもなら「おはよう堂本くん!」とかうっとうしい言葉をかけてきそうな場面だったのに。

 それなのにあいつは、俺を無視しやがった。


 堂本 信広:

「…………」


 気のせいか、とも思った。

 しかし。


 堂本 信広:

「おい羽鳥」


 用事があって、声をかけても。


 羽鳥 梢:

「あ、ごめん。ちょっと今、忙しくて」


 羽鳥は目も合わせずそう言う。


 堂本 信広:

「おい、プリント落としてっぞ」


 親切にそう言って拾ってやろうとしても。


 羽鳥 梢:

「ありがとう! 大丈夫、拾う!」


 パッと自分で取って、走るように背を向ける。


 堂本 信広:

「……」


 堂本 信広:

(何だ、あのムカつく態度は!!)


 明らかに俺を無視してやがる!


 しかし、その理由が簡単にわかってしまうくらい、あいつの態度はわかりやすかった。

 思い出すのは夏祭り。

 克弘のデート現場を見てしまった、羽鳥の横顔。

 傷ついた表情に、紅潮した頬と泣きそうな目。

 克弘に彼女がいたことに、心底ショックを受けたことが丸わかりだった。


 あいつ、克弘のことで俺とあんまり関わりたくないんだろうな。

 失恋しちまった相手の弟なんか、見たくもないのだろう。


 今はそう言われなくもなったが、昔はよく顔が似ている兄弟だと言われた俺ら。

 見ると、きっと克弘を思い出しちまうんだろう。


 でも、そんなことで無視をされるなんて、たまったもんじゃない。

 単純にムカつく。

 しかしだからといって、羽鳥に何を言ってもいいのかわからず、ただイライラが俺の中に積もるだけだ。


 中曽根 悠:

「なあ堂本ー。サッカーやんねー?」


 タイミング悪く、無邪気にボールを掲げて声をかけてきた中曽根に。


 堂本 信広:

「やんねーよ!」


 ムスッとして答えた。


 くそう、ムシャクシャするなぁ!



 ・   ・   ・



 学校が終わったので、帰路につく。

 夕焼けに染まる通学路を1人で歩いていたら、その先に最近俺をイラつかせる原因が歩いていた。

 羽鳥だ。

 珍しく1人で下校してやがる。


 しかもやけにのろのろ歩いているから、ムカつくことに追いついてしまう。

 俺は足音を殺しながら、うつむき歩く羽鳥に近づいた。


 堂本 信広:

「おい」


 羽鳥 梢:

「!?」


 俺の声に、慌てて振り向く羽鳥。

 驚いた表情をして、眉間にしわを寄せる俺を見上げた。


 羽鳥 梢:

「ど、堂本くん!」


 堂本 信広:

「ちんたら歩いてんじゃねーよ」


 減らず口を叩いてやったら。


 羽鳥 梢:

「あ……あんたね〜……」


 羽鳥はムッとして、じとりと俺を見てきた。

 以前のような態度に少しだけホッとする。


 ……ホッとする?

 何で、俺が。


 堂本 信広:

「……お前さあ。最近、俺のこと避けてるだろ」


 ムッとした羽鳥に、俺もムッとして言葉を返す。

 羽鳥はびっくりしたかのように、目を丸くした。


 羽鳥 梢:

「そ、そんなことないよ」


 目を泳がすこいつは、嘘が下手だ。


 堂本 信広:

「そんなことあるだろ。あからさまなんだよ」


 羽鳥 梢:

「うっ……」


 羽鳥は観念したのか、視線を落とした。

 うつむいた頬に、さらりと髪の毛が落ちる。


 羽鳥 梢:

「……ごめん。もうしないから」


 羽鳥 梢:

「理由は……聞かないで」


 堂本 信広:

「……ふん」


 聞きたくもないぜ。


 そうして俺たちは、並んで歩きだした。

 羽鳥はさっきよりもしっかりとした足取りで歩き、俺も少しだけ歩幅を縮めて歩いた。

 そんな俺たちの前方に、落ちていこうとする夕日がある。

 秋に近づく今は、少しずつ日が落ちるのが早くなっているのを実感する。俺は、暮れゆくオレンジのこの時間帯が、何となく好きだった。


 堂本 信広:

「…………」


 堂本 信広:

「羽鳥、時間あるか?」


 羽鳥 梢:

「え?」


 何となく──本当に何となく、だ。


 あの光景を、こいつにも見せてやろうなんて思った。

 うつむいてばかりいる、今のこいつに。

 キレイだと思えた、あの光景を。



 ・   ・   ・



 街の中の、あるビルの屋上。

 見かけはしっかり閉じている壊れた南京錠を外して、扉を開けた。


 案の定、そこはちょうど夕暮れ時のオレンジが溶けて、キレイな街並みを眼前に広げてくれている。


 羽鳥 梢:

「わあ、いい眺めー!」


 屋上のため、きつい風が羽鳥の髪の毛とスカートをなびかせる。

 フェンスに近づいた羽鳥と俺は、並んで街を見下ろした。


 以前、ある知り合いから教えてもらったこの場所。

 まだ誰にも教えたことのない秘密の場所を、なぜか俺は羽鳥を引き連れ訪れていた。


 羽鳥 梢:

「さすが不良とだけあって、溜まり場ってものを持ってるんだねー」


 堂本 信広:

「お前なぁ」


 溜まり場じゃねーよ。俺しか知らねーんだから。

 そう言ったら、羽鳥はキョトンとしてこちらを見た。


 羽鳥 梢:

「……じゃあ、教えたのは私が初めて?」


 堂本 信広:

「ん? ああ……」


 羽鳥 梢:

「そっか。なんか悪いね」


 そう言って、カシャンと羽鳥は金網に指を引っかけた。

 街から吹き上げる風が、そんな彼女の髪の毛を遊んで揺らす。


 夕焼けに照らし出された羽鳥の横顔は、オレンジ色に染まっていた。

 そんな羽鳥を見てから、俺も街並みに視線を向ける。

 無意識に、口から言葉が出ていた。


 堂本 信広:

「……お前、克弘が好きだったんだろ」


 羽鳥 梢:

「!」


 堂本 信広:

「んで、思い出しちまうから俺に関わるのを嫌がった、と」


 羽鳥 梢:

「……ど、堂本くん……」


 戸惑うように、羽鳥がこちらを見たのがわかった。

 でもその視線を受けるのが俺はいやで、街を見下ろしたまま、ムスッとしてしまう。


 堂本 信広:

「……俺は俺だし」


 羽鳥 梢:

「!」


 堂本 信広:

「一緒にすんじゃねーよ」


 羽鳥 梢:

「……」


 何となく羽鳥を見られずに、つぶやいた。

 しかし羽鳥は、そんな俺の視線の先に顔をずいっと下から突き出してきやがった。

 突然現れた彼女の顔に思わずのけ反るが、羽鳥はかまわずに笑って言う。


 羽鳥 梢:

「一緒になんかしないよ。堂本くんは堂本くんで、また優しいしねっ」


 堂本 信広:

「!」


 堂本 信広:

「……は!?」


 優しい!?

 そんなのお前、初めて言うぞ!


 というか、誰からも言われ慣れていないその単語は、俺にふさわしくない。

 それなのに羽鳥は、微笑んで言う。


 羽鳥 梢:

「ゲーセンの時も、今日も、私を元気づけようとしてくれたじゃん」


 堂本 信広:

「そういったわけじゃねーし」


 羽鳥 梢:

「じゃあどういうわけ?」


 堂本 信広:

「……」


 どういうわけって……そんなん……。

 そんなん知らねーし。


 つい黙ってしまう。

 そんな俺に羽鳥は、都合良く解釈する。


 羽鳥 梢:

「ほら。やっぱり優しいんだよ」


 堂本 信広:

「……っ!」


 堂本 信広:

「勝手に誤解してろ」


 ふん、と鼻を鳴らして、俺もフェンスに指をかけた。

 羽鳥と並んで落ちていく夕焼けを見つめる。


 ──ああ。やっぱりこいつといると、調子が狂う。


 いつもなら、ここで夕日を見ていたら穏やかになるはずだったのに。

 なぜか穏やかでなくなった気分を持て余して、唇を尖らせる。


 遠くに見える姫泣川で反射するオレンジが、あの夏祭りの日の灯籠のように、キラキラと輝いている。

 ちらっと横を見れば、あの日のように羽鳥の横顔。


 以前と違い、どこかすっきりとした表情の彼女を、屋上の風が撫ぜる。

 その光景に、俺は目を細めた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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