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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.48 雷と夕焼け(6)「恋と友達」

 恋をしている友達を、いつも見ているだけだった。

 はたから見た友達は、幸せそうだ。

 話せただけで、嬉しがったり。

 姿を見られただけで、ドキドキしたり。

 いつも笑って、幸せそうだったから。


 だから。

 だから、知らなかったんだよ。


 こんなに──胸が痛くなることが、あるなんて。

 知らなかったんだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 雷と夕焼け

(6)「恋と友達」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 群衆の奥で見つけた克弘さんは、知らない女性と手をつないでいた。

 幸せそうに見つめ合う2人。

 ただの友人なわけがない。

 彼女なんだと理解したとたんに、胸が痛んだ。


 それは以前、克弘さんに優しくしてもらったときとは違う……本当に鋭い痛みで。


 堂本 信広:

「羽鳥」


 羽鳥 梢:

「……!」


 隣に立つ堂本くんに呼ばれて、ハッとする。

 ぎゅっと握った拳で、ドキドキし始めた心臓を抑えた。


 羽鳥 梢:

「な、なに?」


 なぜか必要以上に、笑顔を作って堂本くんを見る。

 でも、夜の暗闇の中の堂本くんは、克弘さんに少しだけ似ている表情をしていた。


 ああ、この顔。

 克弘さんが、堂本くんを兄として心配していた表情にちょっと似ている……。


 堂本 信広:

「……もうすぐ、あいつらんとこだな」


 羽鳥 梢:

「え?」


 堂本くんは、前方にアゴをくいっと出した。

 いつの間にか克弘さんたちの姿は、群衆の波間に消えてなくなる。

 その代わり、るりや中曽根たちがいる集団が、こちらに手を振って待っていた。


 望月 美羽:

「梢ちゃん、こっちこっちー」


 明るい浴衣姿の美羽が、大谷の前でピョコピョコ跳ねる。

 大きな大谷は、集合場所のいい目印となっていた。


 大谷 圭介:

「お前ら、一緒に来たのか」


 堂本 信広:

「偶然、会ったんだよ」


 堂本くんは大谷とそう話しながら、私の横からスッと離れた。

 それに私はどこか安心して、るりと美羽に近づく。


 戸田 るり:

「わあ、梢ちゃん、浴衣似合ってる!」


 望月 美羽:

「梢ちゃんの浴衣姿、久しぶりに見たー」


 羽鳥 梢:

「へへ、ありがと。2人も似合ってるよ」


 るりはすみれ色の、美羽は桃色の浴衣を着ていた。

 他にもたくさんの同中メンバーがいて、ここだけやけに騒がしい。


 大谷 圭介:

「集まったなぁ。ま、こっからはテキトーに解散ってことで」


 大谷の一声で、各自バラバラに動き始める。

 これだけの集団が、ぞろぞろと一緒に動けるわけがないのだ。

 私は、るりと美羽と並んで歩き出した。


 羽鳥 梢:

「いいの? 彼氏とじゃなくて」


 2人に気を遣ってそう言ったんだけど、美羽が率先して「いーのいーの」と言う。


 望月 美羽:

「祭は、友達とのが楽しいもんっ」


 戸田 るり:

「美羽、そんなこと言ったら、大谷くん悲しむよ」


 案の定、後ろを歩いていたらしき大谷が「望月ぃ~」と悲しんでいる。


 望月 美羽:

「あ、圭介くん、ついてきちゃダメッ」


 大谷 圭介:

「だって、何かあったら危ないじゃん! ボディーガードだ!」


 望月 美羽:

「もー、今日は互いに、友達同士で遊ぼうって言ったじゃん」


 美羽は聞き分けのない大型犬を追い払うように、えーいと大谷の体を押しやった。

 尾を下げたように見えた大谷は、横にいた中曽根に腕をつかまれる。


 中曽根 悠:

「ほらほら大谷、約束してた射的勝負すっぞ」


 大谷 圭介:

「ああ、望月ぃ! 変な男についてくなよー!」


 ずるずると中曽根に連行された大谷と一緒に、他の男子たちも人波に消えていく。堂本くんもそれについていったようだ。

 そんな彼らを、美羽もるりも、クスクスと笑って見る。


 戸田 るり:

「大谷くん、本当に美羽が好きだよね」


 望月 美羽:

「へへー、愛されてますからー」


 戸田 るり:

「うわぁ、のろけてるー」


 羽鳥 梢:

「…………」


 今までなら、きっと私もるりに乗っかって、美羽の自慢げに話すそれを茶化していた。


 でもどうしてだろう。

 今の美羽はとてもキラキラして見える。

 ううん、美羽だけじゃない。

 中曽根と両想いのるりだって。

 頑張って自分の恋を成就させた、目の前の2人。

 それが、今の私にはとても眩しい。


 羽鳥 梢:

「……」


 羽鳥 梢:

「……いいなぁ」


 そんな言葉が気づけば、口からついて出ていた。


 戸田 るり:

「え?」


 るりと美羽が私を見る。

 でも私は、地面に視線を落として、くすぶりつつあるわけのわからない感情を、押さえ込むことに精一杯だった。


 彼女と歩いていた克弘さん。

 とっても優しい顔をしていた。

 私に見せてくれた顔よりも、ずっと。

 堂本くんを心配していたときの「お兄ちゃん」としての顔とも違う、幸せそうな笑顔。


 それを見て。

 こんな──今さら、気づくだなんて。


 羽鳥 梢:

「…………」


 羽鳥 梢:

「……っう……」


 視界がぼやける。

 涙がポロッと流れてきた。


 戸田 るり:

「え!?」


 望月 美羽:

「こ……梢ちゃん!?」


 ポロポロと、今頃涙が出てきてしまうのは、この2人の前だからだ。

 この2人になら、弱い部分も見せられる。

 こんな──初めての恋に戸惑っている、情けない自分を。


 羽鳥 梢:

「……っし」


 戸田 るり:

「し?」


 羽鳥 梢:

「失恋したぁー!」


 望月 美羽:

「えええ!?」


 突然泣き出した私に、るりと美羽は慌てつつも、すぐに寄り添って人気のない方へと誘導してくれたのだった。



 ・   ・   ・



 くすん、くすんと、自分の情けない鼻をすする音が響く。


 姫泣神社の境内奥。

 小さな賽銭箱が置かれた横で、私たち3人は石垣の上に座って並んでいた。

 露店から少し離れたそこは薄暗く、私たちを隠してくれている。


 戸田 るり:

「そっか……。梢ちゃん、そんなことがあったんだね」


 るりが優しくそう言って、私の肩に手を置いてくれた。

 逆隣からは、美羽が心配そうに私の顔をのぞいている。


 望月 美羽:

「つらいよね。彼女といるところなんて、見ちゃったらさ」


 美羽は過去の恋愛を思い出したのか、自分のことのようにつらそうに眉をよせた。

 でも私は、そんな2人に言葉を返せず、ただハンカチで口元を抑えてズッと鼻水をすすることしかできない。


 私は2人に、克弘さんのことを話した。

 本屋での出会い。

 堂本くんのお兄ちゃんだったこと。

 優しくしてくれたこと。

 そして今さっき──初恋を自覚して、すぐに失恋したこと。


 というか、失恋が先で、自覚が後か。

 そんなのが私らしくて嫌んなっちゃう、と小さく笑う。


 羽鳥 梢:

「あーあ……」


 羽鳥 梢:

「バチが当たったのかなぁ」


 泣いてちょっとスッキリした私は、夜空を仰いでそうつぶやいた。


 戸田 るり:

「バチ?」


 るりが小首をかしげる。

 私は少しだけ申し訳なく思いながら、2人に本心をばらした。


 羽鳥 梢:

「私……たぶん、恋愛をちょっとバカにしてたんだ」


 羽鳥 梢:

「異性のことで一喜一憂したり。泣いたり笑ったり」


 羽鳥 梢:

「大げさでしょ、なんて……思ったり……」


 言いながら、ちょっとドキドキした。

 恋している2人にこの気持ちを話すのは、とても勇気がいることだったから。

 でも、本心を話さないといけない気がして。

 心配してくれた2人に、偽ることはできない気がして。


 私は正直に……イヤな自分を見せた。


 羽鳥 梢:

「そんなの、私はなるわけないなんて思ったのに……」


 それなのに。

 ぎゅっと締め付けられるこの胸の痛みは、全然大げさじゃない。


 こんなに胸が痛くなるなんて、知らなかった。

 こんなに──切ないなんて。


 戸田 るり:

「……梢ちゃん」


 羽鳥 梢:

「……へへっ。だから、失恋しちゃうんだよね」


 自虐的にそう言ったら、私の手をるりがぎゅっと握った。


 戸田 るり:

「そんなことないよ!」


 ちょっとだけ、怒ったように見えたるり。

 反対側から、美羽も私に抱きついてくる。


 望月 美羽:

「そうだよ梢ちゃん! 恋心を自覚しただけでも、大きな一歩だよ!」


 2人は私を押しくらまんじゅうするみたいに、ぎゅうぎゅうに身を寄せてきた。

 友達にサンドイッチされた温もりに、悲しみが少しずつ薄れていく。


 ああ。

 この2人に本音を言えて……本当によかった。


 羽鳥 梢:

「……」


 羽鳥 梢:

「へへ。ありがとう」


 中曽根と大谷には悪いけど、今だけはこの2人を、私の元に引き止めさせて。

 この2人の温もりなら、初めてのこの胸の痛みも、緩和されそうなんだ。

 恋の痛みや苦しみを知っているこの2人なら。

 きっと。


 そうしてくっつきあう3人。

 すっかり安心した私は、そんな私たちを遠くから見ていた存在に、気づいていなかったんだ。




 ◇ 続く ◇

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