Ep.48 雷と夕焼け(5)「灯篭と横顔」
親が離婚した直後から、バイトを始めた兄の克弘。
よりによって、俺が万引き犯と間違えられた本屋で始めやがった。
本当にこいつは、俺の神経を逆撫でするのがうまい。
俺が中3、奴が高3となった夏休みのある日、克弘はバイトから帰ってきてこう言った。
堂本 克弘:
「バイト先で、お前の友達に会ったぞ」
堂本 信広:
「は?」
堂本 克弘:
「梢ちゃん、だっけ。可愛くていい子だな」
堂本 信広:
「!」
まさか、あいつと鉢合わせるとは。
つうか、あいつまだあの店を利用してたのかよ。あいつだって共犯扱いされたくせに、懲りねーやつ。
堂本 信広:
「別に友達じゃねーし」
堂本 克弘:
「そうなのか?」
克弘はまだ何か話したそうにこちらを見ていたが、俺は無視して自分の部屋に戻った。
もう飯も風呂も済んだし、リビングで克弘と2人で過ごすなんて性に合わない。さっさとずらかる。
堂本 信広:
「……友達、ねぇ」
自分の部屋に戻った俺は、1人つぶやく。
羽鳥梢と俺の関係なんか、ただのクラスメイトだろうが。
それ以外に何があるってんだ、とベッドに寝転がった。
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雷と夕焼け
(5)「灯篭と横顔」
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強制参加の夏期講習も、ようやく最終日を迎えた。
この俺がよく耐えたもんだぜ、と自分を褒めてやりたい気分だ。
なんで、好き好んで休みの日にわざわざ勉強しなくちゃいけねーんだと、憂いたくもなる。
だが、これに出ないと内申点がさらに悪化してしまう。高校にいけないのは、さすがにやべえからなぁ。
最後の時間を無事に終えて、生徒たちは解散する。
俺も帰ろうとしたときに、中曽根たちが声をかけてきた。
中曽根 悠:
「なあ堂本。お前も今日の祭り、一緒に行かないか」
堂本 信広:
「祭り?」
人懐っこい中曽根は、最近ますます俺に声をかけてくるようになった。
近くにでかい大谷もいて「行こーぜ」なんて言っている。
今日はたしかに姫泣祭の初日だ。
講習が始まる前に、その話をしている生徒たちもたくさんいた。
堂本 信広:
「なんで俺が、お前らと」
大谷 圭介:
「そう冷たいこと言うなって、ノブくん」
なぜか大谷が、馴れ馴れしくガッチリと肩を組んでくる。
俺、こいつと仲良かったか?
ていうか、ノブくんなんて、お前呼んでなかったじゃねえか。
大谷 圭介:
「中学最後の夏祭りだから、いろんなやつらに声かけてんだよ。まー無理なら、いいけどさ」
底抜けに明るいこいつらは、こういったイベントごとをやけにはりきる。
1年生の時にこいつらのダチとケンカした俺まで誘おうってんだから、天然なバカに違いない。
堂本 信広:
「小池が嫌がるんじゃねーの?」
しかし大谷は、何やらニヤリと笑う。
大谷 圭介:
「隼人は今回、別行動だよ。いやー、残念だぁ」
全然残念じゃなさそうに言う。
なんだ、大谷と小池が別々とは珍しいな。
いつもつるんでる印象があったのに。
大谷はなぜか、ニコニコしたまま言葉を続けた。
大谷 圭介:
「女子も結構誘ってるから、かなり大人数になるぜ! まあ、テキトーに参加して、テキトーに解散って感じだ」
堂本 信広:
「ふーん」
それくらいならいいかもな。
そういや克弘のヤローも、今日は友達と行くとか言ってたな。
母さんも仕事で遅いだろうし、暇つぶしに行ってやってもいいのかもしれない。
堂本 信広:
「まあ、行けたら行く」
中曽根 悠:
「オッケー」
中曽根はにっこり笑うと、背後を通りかかった人物にも声をかけた。
羽鳥だった。
中曽根 悠:
「羽鳥は今日、直接会場に行く?」
堂本 信広:
「!」
それを見て、羽鳥も行くのかと俺は少しドキッとする。
先日、雷に怯えた羽鳥。
さんざんからかってやったら、涙目になって睨んだ挙句、俺と克弘を比較しやがった。
克弘は優しい、俺は意地悪だと言ったこいつに、克弘に惚れてんのかよ、と言ってやったら、赤くなった。
あいつのあの顔って。
もしかして。
羽鳥 梢:
「あ、私は家族と先に行ってるから、あとで合流するよ」
羽鳥は俺を見もせずに、中曽根に言葉を返した。
中曽根 悠:
「羽鳥って毎年、家族と行ってるんだっけ?」
羽鳥 梢:
「うん、初日だけね。灯籠流しが終わったら、みんなのところに行くよ。るりに連絡する」
中曽根 悠:
「わかった」
そんな2人の会話をつい、じっと見てしまう。
すると、羽鳥と目が合った。
羽鳥 梢:
「!」
しかし、羽鳥はすぐに目をそらす。
堂本 信広:
「……」
なぜかあの日以来、羽鳥は俺を避けるようになった。
目が合っても、さっきのようにすぐにそらしてしまう。
なんだか知らんが、ムカつく態度だ。
「じゃあね」と、中曽根たちだけに挨拶をして、帰った羽鳥。
俺にはちらりとも寄こさない視線に、小さく舌打ちがもれた。
・ ・ ・
姫泣祭の初日は、姫泣川付近で灯篭流しが行われる。
それに羽鳥たち家族が参加するのを、俺は去年見て知っていた。
祭へ出向いた俺。
橋の上で、灯篭流しをしている群衆を去年のように見下ろせば、そこにはやはり、家族と一緒に灯篭を流す羽鳥がいた。
去年と同様、浴衣を着ている。
去年は夜に溶け込む濃い青色だったのに、今年は淡い水色のものを着ていた。
少しだけ袖が邪魔なのか、めくりながら川に灯された灯篭を、父親と流している。
堂本 信広:
「…………」
人々が行き交う橋の上で、欄干に腕を投げ出してそんな羽鳥を見下ろした。
中曽根たちは、もう露店の並ぶ通りにいるはずだ。
それなのに、行く途中で見つけてしまった羽鳥の姿に、俺は橋の上から動けないでいる。
なんだろう。
見ているとムカつくんだよな、あいつ。
羽鳥は、家族に手を振ってから離れた。
河川敷横の階段を上り、巾着からスマホを取り出し操作している。
おそらく、戸田にこれから向かうことを連絡しているのだろう。
歩きスマホをしている羽鳥は、そのまま人の波に紛れ込んで土手を歩き、俺がいる橋へと向かう。
巾着へとスマホをしまった羽鳥はようやく、近くなった橋の上の俺に気がついた。
羽鳥 梢:
「! 堂本くん」
堂本 信広:
「お前も今からか」
見ていたことを隠して、そう聞く。
羽鳥は小さく笑って、視線を泳がせた。
羽鳥 梢:
「う、うん。偶然だね」
堂本 信広:
「……」
俺たちは並んで、露店のある通りへ向かうことになった。
隣の羽鳥は、口を閉じたまま何も言わない。
いつもは口やかましく、俺にあれこれ注意していたくせに、最近のこいつは妙によそよそしい。
一体、何だってんだよ。
堂本 信広:
「……灯篭流し」
だからつい、つぶやいた。
羽鳥 梢:
「え?」
堂本 信広:
「灯篭流しって、けっこうキレイなんだな」
それは普段の俺からしたら、あまりに似合わないセリフだろう。
でも、橋の上にいる俺からよく見えたその光景は、たしかにそう感じるものだったんだ。
俺につられて、羽鳥も視線を横に向ける。
そこには、川を下って流れてゆく、無数の灯火がついた灯篭があった。
羽鳥 梢:
「……うん」
羽鳥 梢:
「キレイだね」
羽鳥は似つかわしくないセリフを言った俺を笑うでもなく、ただ穏やかにそう言った。
そしてそれは、久しぶりに俺に見せた、自然な笑顔だった。
堂本 信広:
「……」
堂本 信広:
「……ふん」
いつもの羽鳥の反応に戻って安心もするが、格好が浴衣のせいか、調子が狂う。
ポケットに手を突っ込んで、背中を丸めた。
その時、群衆の先方に見慣れた後ろ姿を見つける。
堂本 信広:
「……ん?」
あのTシャツとズボン、そして後ろ姿は、紛れもなく家を出る前に見ていた兄の克弘だ。
堂本 信広:
「克弘だ」
羽鳥 梢:
「えっ」
俺のつぶやきに、隣の羽鳥が反応する。
羽鳥 梢:
「か、克弘さん?」
堂本 信広:
「そういや、ダチと行くっつってたな」
横でそわそわしだす羽鳥。
浴衣の襟元をぎゅっと握る。
人混みの中に見えた、克弘の後ろ姿。
しかしその隣にちらりと、並ぶ女の姿も見えた。
堂本 信広:
「!」
その女も、浴衣を着ていた。
手の先が、克弘のTシャツの裾をつかんでいる。
そして、その手の先が慣れたように下ろされ、克弘の手と絡んだ。
堂本 信広:
(うわ)
堂本 信広:
(あいつ、彼女なんていたのかよ)
女を見つめる克弘の横顔は、妙に照れくさそうな顔をしている。
正直、兄弟のにやけ顔なんか見たくないもんだ。
堂本 信広:
「…………」
気になって、隣の羽鳥に視線をやる。
堂本 信広:
「……!」
すると、そこに。
見たこともない、切なげな顔をした横顔があった。
赤らんだ頬に、寄せられた眉。
きゅっと噛んだ唇。
それがどういった気持ちを表しているのか──俺にはすぐ、わかった。
◇ 続く ◇




