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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.48 雷と夕焼け(4)「優しさと意地悪」

 堂本くんと2人で、資料を作るはめになった。

 そんな中、資料室内にゴロゴロと、嫌な音が外から響いてきた。


 羽鳥 梢:

「!」


 こ……これはもしかして。


 ピカッ!


 羽鳥 梢:

「!!」


 うそ、また雷!?


 ドーン!!


 羽鳥 梢:

「ひゃあ!」


 堂本 信広:

「!」


 持っていた資料を机に置いて、思わず耳をふさいだ。

 昨日よりも近くなったような大きな音は、私をビビらせるのに十分なものだ。


 また雷光が走る。


 羽鳥 梢:

「うわぁっ」


 音に備えて耳に指を突っ込み、窓から背を向ける。

 ドドーン! と鳴った雷に肩をすくめさせる私に、堂本くんは机に肘をつけて、楽しそうに笑った。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 雷と夕焼け

(4)「優しさと意地悪」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 堂本 信広:

「へえ、お前、雷が苦手なわけ」


 羽鳥 梢:

「う、うるさいなぁ」


 ニヤニヤ、なんてイヤな笑い方をする堂本くん。

 彼は立ち上がって近寄ると、なんとビクビクする私の両手を無理やり、その手で耳から引き剥がしてくれた。


 堂本 信広:

「ほらよ」


 と同時に、ドーン! とまた音が鳴る。


 羽鳥 梢:

「ひゃああ!」


 堂本 信広:

「ははは! おもしれー」


 ぎゅっと目を閉じて悲鳴をあげる私に、堂本くんは悪魔のような笑いを浮かべる。


 こ・この悪ガキーーー!!


 私は本当に雷が怖いのだ。

 それなのに堂本くんは、私の両手首をしっかり掴んで離してくれない。

 克弘さんの両手は私を音から守ってくれたのに、堂本くんの両手は私を地獄に突き落とす。


 ひどい!

 ひどすぎる!


 羽鳥 梢:

「ちょ……離してよ、堂本くん!」


 堂本 信広:

「ほらほら、また光ったぜ」


 羽鳥 梢:

「……!!」


 雷光が走った外の曇天。

 手は掴まれて音はふさげない。

 またイヤな音が私の耳をつんざいて、恐怖で身がすくんでしまう。


 羽鳥 梢:

「……ほ、本当にやめてよぉ!」


 堂本 信広:

「!」


 つい涙目になって、しゃがみこんでしまった。

 手首は彼に掴まれたままだったので、腕を上げた状態で床にぺたんとお尻をつく。


 さすがに堂本くんも、その反応には困ったのだろう。

 やっと手を離してくれて、床にへたり込んだ私をしゃがんでのぞき込んできた。


 堂本 信広:

「マジで泣いてんの?」


 羽鳥 梢:

「な……泣いてないっ」


 本当はちょっぴり涙が出かかっていたけれど、こんなやつの前で泣きたくなんかない。

 でもまだ外では雷が響いていて、ビクビクと肩を震わせてしまう。これじゃあ、堂本くんに虚勢を張っているのがバレちゃう。

 イヤだ、意地悪小僧の前でなんか。


 堂本 信広:

「……悪かったな」


 本当に悪いと思っているのか、わからない謝り方だ。

 私はギッと、つい彼を睨んでしまった。


 羽鳥 梢:

「……か、克弘さんは、優しかったよ!」


 堂本 信広:

「……は?」


 突然兄の名前を出されて、堂本くんも面食らったのだろう。

 でも私は、堂本くんへの腹立たしさでいっぱいで、昨日の克弘さんの対応をつい口にしてしまう。


 羽鳥 梢:

「克弘さんは雷を怖がってた私に、こんなことしなかった!」


 羽鳥 梢:

「優しくしてくれたもんっ」


 堂本 信広:

「……そんなの、知るかよ」


 堂本くんはムッとしたように唇を尖らせた。

 でも私の怒りはおさまらなくて、口からどんどん言葉が出ていってしまう。


 羽鳥 梢:

「兄弟なのに、全然違う! 克弘さんは優しくて、素敵なのにさ」


 堂本 信広:

「……はあ?」


 堂本くんは片眉を上げて、怪訝な顔をした。そして。


 堂本 信広:

「……なにお前。あいつに惚れたの?」


 なんて言う。


 え?

 堂本くん、何言ってんの。


 羽鳥 梢:

「……へ?」


 思わず彼を凝視する。


 私が克弘さんに?

 惚れている?

 そんなこと、あるわけないじゃない。


──て、思ったのに。



「大丈夫?」



 柔らかく笑ってくれた、克弘さんの微笑み。

 それが、目の前の堂本くんに被って浮かぶ。


 羽鳥 梢:

「…………っ!」


 大きく心臓が跳ねた。

 まるで、誰かに直接わし摑みされたみたいに、そこがぎゅっと痛い。

 ドッドッドッと早くなり始めた鼓動は、あの日、克弘さんに対して反応した自分の動悸だった。


 羽鳥 梢:

「……そ」


 羽鳥 梢:

「そんなことないし……っ」


 克弘さんと被る堂本くんの顔を見られなくて、下を向く。


 そうだよ、そんなことあるはずがない。

 だって克弘さんとは、まだ2回しか会ってない。

 喋ったのだって、ほんの少しだ。

 そんなので好きになるはずなんて、ないじゃない。

 恋愛って、そんなに単純じゃないでしょう?


 堂本 信広:

「……」


 堂本 信広:

「ふーん?」


 堂本くんの、興味なさげな声が落ちてきた。

 雷はまだ遠くで、小さく鳴っている。

 起き上がれない私は床を見つめたまま、わけのわからぬ自分の動悸ばかりが気になっていた。


 数秒ののち、堂本くんが立ち上がる。

 窓のカーテンをすべて閉めて、椅子に座り直した。


 堂本 信広:

「いつまでへたってんだよ。さっさと片すぞ」


 カーテン越しには、まだゴロゴロと雷鳴が小さく響いている。

 私は1人でさっさと所定位置に戻った彼を恨めしく睨み、机に手をつけて抜けた腰のまま椅子に座った。


 羽鳥 梢:

「堂本くん……優しくない」


 堂本 信広:

「今さらだろうが」


 それでも、カーテンを閉めてくれたことは、ちょっとありがたかった。

 これでもう光には怯えずに済む。


 羽鳥 梢:

「カーテン……ありがとう」


 だからそう言ったんだけど。


 堂本 信広:

「……お前さあ」


 堂本くんは、呆れるように私を見た。


 堂本 信広:

「簡単に礼を言いすぎ。その前に俺がしたこと、もう忘れたわけ?」


 羽鳥 梢:

「……さんざん、雷で嫌がらせしてくれたね」


 堂本 信広:

「覚えてるじゃねーか」


 羽鳥 梢:

「でも、それとこれとは、話が違うし」


 堂本 信広:

「……そうか?」


 やっぱりお前はよくわかんねーな、と堂本くんはつぶやく。

 そんなの、私だって同じ意見だ。

 堂本くんって、意地悪なのか優しいのか、よくわかんない。


 私たちはまた無言になって、資料作りを再開した。


 書類をまとめる紙の音。

 留められるホチキスの音。


 その音に混じって。

 自分の心臓から響く低い鼓動音だけが、やたら大きく聞こえるような気がした。

 こんな音、近くの堂本くんにバレるかもしれない、なんてヒヤヒヤする。


 どうしてだろう。

 脳裏から、克弘さんの笑顔が離れない。


 正体不明の動悸に翻弄されて、私の資料作りのスピードは、いつもより遅くなってしまった。




 ◇ 続く ◇

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