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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.48 雷と夕焼け(2)「温もりと鼓動」

 街での大きなお祭り、姫泣祭が近づいていた。


 しかし、受験生である今年の夏は、学校での勉強と塾ばかりである。

 私の希望する徳瑛高校は、レベルも高く油断できない。

 先生からは、一応大丈夫だろ、て進路相談の時には言われたけど……やはり念には念を入れたいのだ。


 羽鳥 梢:

(るりと一緒に行けたらいいなぁ)


 親友のるりも、同じところを目指している。

 でも私のがじつは成績が低いから、頑張らなきゃ。


 てなことで、気合いを入れて勉強するために、今日は新しい参考書選びをしに本屋へ向かうことにした。

 もちろん、あの通い慣れた大きな本屋さん、である。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 雷と夕焼け

(2)「温もりと鼓動」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 今日の天気は雨だ。

 出入り口で傘を畳んでいたら、自動ドアから克弘さんが出てきた。


 堂本 克弘:

「あ、梢ちゃん」


 羽鳥 梢:

「克弘さん!」


 こんにちは、と慌てて私は挨拶をする。

 彼は、傘立てにある傘の整理をしにきたと言い、私に近づいてくれた。


 堂本 克弘:

「すごい雨降りだね」


 羽鳥 梢:

「はい。天気予報で知ってはいたんですけど、けっこうな大降りですね」


 軒下にいる私たちの横では、どしゃ降りの雨が降り注いでいる。

 足元で跳ねる水飛沫が、私の靴と靴下を濡らす。

 克弘さんのズボン裾も、少しだけ濡れかかっていた。


 羽鳥 梢:

(そういえば……)


 羽鳥 梢:

(あの日も、こんな雨だったな)


 ふと去年の夏、堂本くんと、この本屋で遭遇した日のことを思い出す。


 あのときはゲリラ豪雨だった。

 本屋の帰り、突然降り出した雨で橋の下に避難したら、堂本くんもいたのだ。

 あの時彼は、私を睨みつけて「嫌いだ」と言い放ってくれた。

 その時の衝撃と悔しさは、いまだに強烈だ。

 堂本くんも、あの頃と比べたらだいぶ穏やかになった気はするけれど……。


 羽鳥 梢:

「……」


 羽鳥 梢:

(いや、やっぱり不良には変わりない)


 ベロンと私のスカートをめくってくれたのを思い出して、ムッとする。

 少し丸くはなったけど、生意気な天邪鬼には変わりないのだ。


 堂本 克弘:

「どうしたの? 梢ちゃん。難しい顔しちゃって」


 羽鳥 梢:

「あ、いえ、別に」


 まさか、あなたの弟にスカートめくりされたのを思い出して腹が立ってたんですー、なんて言えるはずもない。

 私は小さく頭を振る。

 その時だった。


 ピカッ!


 雷光が走った。


 羽鳥 梢:

「!」


 そしてすぐに。


 ドドーン!


 と、雷の落ちた音が辺りに響いた。


 羽鳥 梢:

「うひゃあ!」


 思わず目と耳をふさぐ。

 肩をすくめて、両手を顔の横に当て、持っていた傘を地面に倒してしまった。


 堂本 克弘:

「大丈夫?」


 この反応に、克弘さんが心配して声をかけてくれた。

 でも私は、すぐにきた第二陣の雷光と音に身をすくめて、さらに肩を上げてしまう。


 私が唯一苦手とするもの。

 それは雷だ。

 幼い頃、間近で木に落ちる雷を見たことがあって、それ以来、この天から落ちる光が怖くて仕方ないのだ。

 心臓をぎゅっとさせるような、大きい音もイヤだ。

 怖い。


 羽鳥 梢:

「……す、すみません。雷が苦手で……」


 ピカッ!


 羽鳥 梢:

「……っ!!」


 またあの音が鳴る。

 そう覚悟して、耳に当てた両手に力を入れた。

 すると、私の手の甲に、ふわりと温かい何かがかぶさる。


 羽鳥 梢:

(え?)


 驚いて目を開けると。

 そこには、優しい表情をした克弘さんがいた。


 彼は耳に当てた私の両手を、自分の両手でさらにふさいでくれている。

 重なった2つの両手。

 そのおかげか、雷鳴は遠くでかすかに響いた。


 羽鳥 梢:

「……!」


 近い顔と、手に伝わる温もり。

 それが私を、雷とはまた違った感情で驚かせた。


 堂本 克弘:

「早く中に入ろうか」


 手を離した克弘さんはそう言い、私の傘を傘立てに入れて、背中を押す。


 羽鳥 梢:

「は、はい」


 慌てて自動ドアをくぐる。

 効き過ぎたクーラーが、雨に冷えた体に少しだけきつかった。


 羽鳥 梢:

「あ……ありがとうございます」


 なぜかドキドキする胸に手を当てながら、克弘さんに声をかける。

 彼は少し濡れた体の水を手で払い、こちらに向けて笑った。


 堂本 克弘:

「ううん。もう大丈夫?」


 羽鳥 梢:

「は、はい……」


 ドッドッと心臓が打ち付けるのは、雷のせい……に違いない。

 心臓を抑えながら答えると、克弘さんは少し目を細めて笑った。


 堂本 克弘:

「……昔も、こういうことあったな」


 羽鳥 梢:

「え?」


 どこか懐かしげに、彼は言った。


 堂本 克弘:

「昔、ノブにもああして、耳をふさいであげたことがあったんだ」


 羽鳥 梢:

「ど、堂本くんにですか?」


 いったいどういう状況下で、あんな生意気小僧の耳をふさいであげることになるんだろう、なんて考えてしまう。


 克弘さんは小さく「うん」と言った。


 堂本 克弘:

「親がケンカしてる声を聞かせたくなくて、あいつの耳……ふさいでたんだ」


 羽鳥 梢:

「!」


 堂本 克弘:

「まぁあいつ、小さかったからよくわかってなさそうな顔してたけど……」


 堂本 克弘:

「覚えてもないだろうな」


 克弘さんはまた笑う。

 堂本くんとは違う、ちょっと柔らかくて陰のある、儚い微笑み。


 それを見て──なんでだろう。

 また心臓がぎゅっと痛い。


 変なの。

 雷の光は、もう届かないのに。

 音だって遠くになって、小さくなったのに。


 羽鳥 梢:

「……っ」


 羽鳥 梢:

「ど、堂本くんも、小さい頃があったんですねー!今の生意気さからじゃ、考えられないっ」


 なぜか慌ててしまった私は、そんな当たり前なことを言う。

 おかしな返事だったに違いない。

 克弘さんはプッと小さく吹き出した。


 堂本 克弘:

「そうだな。今じゃ、あんな生意気になっちゃってさ」


 そう言った克弘さんは「お兄ちゃん」の顔で、また笑った。



 ・   ・   ・



 その夜。

 私は一人、自室にて布団の中で横になっていた。


 今までは妹の芽衣が、横に布団を並べていたけれど、今年から芽衣も小学生になった。

 受験生となる私への配慮もあり、芽衣と別々になったこの部屋は少し寂しい。


 羽鳥 梢:

「…………」


 羽鳥 梢:

(なんか、寝つけない……)


 ゴロンと寝返りを打てば、カーテンのすき間から、しとしと雨の音がもれてくる。

 明日もどうやら雨らしい。

 横向きになったせいで、下になった耳が押しつぶされた。


 そうすると枕から、自分の心臓音が伝わってきて、トットットッと小さなリズムが響いてくる。

 そんななか思い出すのは、克弘さんが覆ってくれた手の温もり。

 空気にさらされている、もうひとつの耳をきゅっとつまんだ。


 羽鳥 梢:

(……耳……熱い……)


 何でだろう。

 夏だからかな。


 目を閉じれば、穏やかな克弘さんの笑顔がよみがえる。

 お兄ちゃんが生きていたら、あんな感じだったのかも。


 そんなことを考えて、私は自分の鼓動の音に包まれながら、徐々に眠りに落ちていった。




 ◇ 続く ◇

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