Ep.48 雷と夕焼け(2)「温もりと鼓動」
街での大きなお祭り、姫泣祭が近づいていた。
しかし、受験生である今年の夏は、学校での勉強と塾ばかりである。
私の希望する徳瑛高校は、レベルも高く油断できない。
先生からは、一応大丈夫だろ、て進路相談の時には言われたけど……やはり念には念を入れたいのだ。
羽鳥 梢:
(るりと一緒に行けたらいいなぁ)
親友のるりも、同じところを目指している。
でも私のがじつは成績が低いから、頑張らなきゃ。
てなことで、気合いを入れて勉強するために、今日は新しい参考書選びをしに本屋へ向かうことにした。
もちろん、あの通い慣れた大きな本屋さん、である。
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雷と夕焼け
(2)「温もりと鼓動」
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今日の天気は雨だ。
出入り口で傘を畳んでいたら、自動ドアから克弘さんが出てきた。
堂本 克弘:
「あ、梢ちゃん」
羽鳥 梢:
「克弘さん!」
こんにちは、と慌てて私は挨拶をする。
彼は、傘立てにある傘の整理をしにきたと言い、私に近づいてくれた。
堂本 克弘:
「すごい雨降りだね」
羽鳥 梢:
「はい。天気予報で知ってはいたんですけど、けっこうな大降りですね」
軒下にいる私たちの横では、どしゃ降りの雨が降り注いでいる。
足元で跳ねる水飛沫が、私の靴と靴下を濡らす。
克弘さんのズボン裾も、少しだけ濡れかかっていた。
羽鳥 梢:
(そういえば……)
羽鳥 梢:
(あの日も、こんな雨だったな)
ふと去年の夏、堂本くんと、この本屋で遭遇した日のことを思い出す。
あのときはゲリラ豪雨だった。
本屋の帰り、突然降り出した雨で橋の下に避難したら、堂本くんもいたのだ。
あの時彼は、私を睨みつけて「嫌いだ」と言い放ってくれた。
その時の衝撃と悔しさは、いまだに強烈だ。
堂本くんも、あの頃と比べたらだいぶ穏やかになった気はするけれど……。
羽鳥 梢:
「……」
羽鳥 梢:
(いや、やっぱり不良には変わりない)
ベロンと私のスカートをめくってくれたのを思い出して、ムッとする。
少し丸くはなったけど、生意気な天邪鬼には変わりないのだ。
堂本 克弘:
「どうしたの? 梢ちゃん。難しい顔しちゃって」
羽鳥 梢:
「あ、いえ、別に」
まさか、あなたの弟にスカートめくりされたのを思い出して腹が立ってたんですー、なんて言えるはずもない。
私は小さく頭を振る。
その時だった。
ピカッ!
雷光が走った。
羽鳥 梢:
「!」
そしてすぐに。
ドドーン!
と、雷の落ちた音が辺りに響いた。
羽鳥 梢:
「うひゃあ!」
思わず目と耳をふさぐ。
肩をすくめて、両手を顔の横に当て、持っていた傘を地面に倒してしまった。
堂本 克弘:
「大丈夫?」
この反応に、克弘さんが心配して声をかけてくれた。
でも私は、すぐにきた第二陣の雷光と音に身をすくめて、さらに肩を上げてしまう。
私が唯一苦手とするもの。
それは雷だ。
幼い頃、間近で木に落ちる雷を見たことがあって、それ以来、この天から落ちる光が怖くて仕方ないのだ。
心臓をぎゅっとさせるような、大きい音もイヤだ。
怖い。
羽鳥 梢:
「……す、すみません。雷が苦手で……」
ピカッ!
羽鳥 梢:
「……っ!!」
またあの音が鳴る。
そう覚悟して、耳に当てた両手に力を入れた。
すると、私の手の甲に、ふわりと温かい何かがかぶさる。
羽鳥 梢:
(え?)
驚いて目を開けると。
そこには、優しい表情をした克弘さんがいた。
彼は耳に当てた私の両手を、自分の両手でさらにふさいでくれている。
重なった2つの両手。
そのおかげか、雷鳴は遠くでかすかに響いた。
羽鳥 梢:
「……!」
近い顔と、手に伝わる温もり。
それが私を、雷とはまた違った感情で驚かせた。
堂本 克弘:
「早く中に入ろうか」
手を離した克弘さんはそう言い、私の傘を傘立てに入れて、背中を押す。
羽鳥 梢:
「は、はい」
慌てて自動ドアをくぐる。
効き過ぎたクーラーが、雨に冷えた体に少しだけきつかった。
羽鳥 梢:
「あ……ありがとうございます」
なぜかドキドキする胸に手を当てながら、克弘さんに声をかける。
彼は少し濡れた体の水を手で払い、こちらに向けて笑った。
堂本 克弘:
「ううん。もう大丈夫?」
羽鳥 梢:
「は、はい……」
ドッドッと心臓が打ち付けるのは、雷のせい……に違いない。
心臓を抑えながら答えると、克弘さんは少し目を細めて笑った。
堂本 克弘:
「……昔も、こういうことあったな」
羽鳥 梢:
「え?」
どこか懐かしげに、彼は言った。
堂本 克弘:
「昔、ノブにもああして、耳をふさいであげたことがあったんだ」
羽鳥 梢:
「ど、堂本くんにですか?」
いったいどういう状況下で、あんな生意気小僧の耳をふさいであげることになるんだろう、なんて考えてしまう。
克弘さんは小さく「うん」と言った。
堂本 克弘:
「親がケンカしてる声を聞かせたくなくて、あいつの耳……ふさいでたんだ」
羽鳥 梢:
「!」
堂本 克弘:
「まぁあいつ、小さかったからよくわかってなさそうな顔してたけど……」
堂本 克弘:
「覚えてもないだろうな」
克弘さんはまた笑う。
堂本くんとは違う、ちょっと柔らかくて陰のある、儚い微笑み。
それを見て──なんでだろう。
また心臓がぎゅっと痛い。
変なの。
雷の光は、もう届かないのに。
音だって遠くになって、小さくなったのに。
羽鳥 梢:
「……っ」
羽鳥 梢:
「ど、堂本くんも、小さい頃があったんですねー!今の生意気さからじゃ、考えられないっ」
なぜか慌ててしまった私は、そんな当たり前なことを言う。
おかしな返事だったに違いない。
克弘さんはプッと小さく吹き出した。
堂本 克弘:
「そうだな。今じゃ、あんな生意気になっちゃってさ」
そう言った克弘さんは「お兄ちゃん」の顔で、また笑った。
・ ・ ・
その夜。
私は一人、自室にて布団の中で横になっていた。
今までは妹の芽衣が、横に布団を並べていたけれど、今年から芽衣も小学生になった。
受験生となる私への配慮もあり、芽衣と別々になったこの部屋は少し寂しい。
羽鳥 梢:
「…………」
羽鳥 梢:
(なんか、寝つけない……)
ゴロンと寝返りを打てば、カーテンのすき間から、しとしと雨の音がもれてくる。
明日もどうやら雨らしい。
横向きになったせいで、下になった耳が押しつぶされた。
そうすると枕から、自分の心臓音が伝わってきて、トットットッと小さなリズムが響いてくる。
そんななか思い出すのは、克弘さんが覆ってくれた手の温もり。
空気にさらされている、もうひとつの耳をきゅっとつまんだ。
羽鳥 梢:
(……耳……熱い……)
何でだろう。
夏だからかな。
目を閉じれば、穏やかな克弘さんの笑顔がよみがえる。
お兄ちゃんが生きていたら、あんな感じだったのかも。
そんなことを考えて、私は自分の鼓動の音に包まれながら、徐々に眠りに落ちていった。
◇ 続く ◇




