↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
PR
224/273

Ep.48 雷と夕焼け(1)「兄と弟」

 今年も暑い季節がきた。

 夏休み中の8月、ミンミンとやかましく鳴るセミの声をかき分けて、自転車を走らせる。


 向かう先は、街の大きな本屋さん。

 私、羽鳥梢の行きつけだ。

 キキッとブレーキをかけて、駐輪場へ停める。

 自動ドアをくぐり抜けて、私はカウンターにいた店長さんに声をかけた。


 羽鳥 梢:

「こんにちは! 本を取りに来ました」


 店長:

「やぁ、梢ちゃん」


 本屋の店長さんが、狸顔とふくよかなお腹をこちらに向けて微笑んだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 雷と夕焼け

(1)「兄と弟」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 ここの本屋の店長さんは、以前のあることをきっかけに、よく話すようになった。


 クラスメイトの堂本くんを、店長さんが万引き犯と間違えたのだ。

 でもそれはイタズラによる濡れ衣で、監視カメラに他の子が堂本くんのカバンにCDを入れる瞬間が映っていた。


 私を共犯じゃないのか、なんてあの時は疑っていた店長さん。

 イヤな人だな、なんて思ったけど、ここの本屋は好きだった。

 すると通ううちに、店長さんもギクシャクをなくしたいのか、よく話しかけてくれるようになった。

 そして、今では。


 店長:

「はい、これでしょ。言ってた作家さんの新刊」


 羽鳥 梢:

「わぁ、ありがとうございます!」


 店長もすっかり私の好みの本を把握してくれ、お気に入りの作家さんの新刊が出ると真っ先にキープしてくれるようになった。


 羽鳥 梢:

「店長、本当に頼りになるー!」


 作家さんのサイン入り本をゲットできて、嬉しい私。

 カウンターの隅で、店長相手にニコニコしちゃう。


 店長:

「こっちも喜んでもらえて嬉しいよ。最近はネットで済ませちゃう子が多いしさ」


 こうして買う人が喜ぶところを見るのは嬉しいね、なんて店長さんはつぶやく。

 最近、本屋さんも潰れるところが多いもんなぁ。

 ここはいつまでもあるといいな。

 なんてことを思っていたら。


 男性:

「お疲れ様です」


 一人の男性が、カウンター向こうで店長に近づいて挨拶をした。

 エプロンをつけているから、ここの従業員さんだ。


 店長:

「ああ、今からだね、堂本くん」


 その言葉に、私は目をパチパチさせる。


 羽鳥 梢:

(堂本くん?)


 なんか聞き慣れた、生意気そうな苗字。

 その若い男性の右胸に付けられたネームプレートを見れば「堂本克弘」と書かれていた。

 名前まで、あの不良に似ている。


 羽鳥 梢:

「あの……」


 つい、その男性に声をかけてしまう。


 羽鳥 梢:

「もしかして、弟がいません?」


 堂本 克弘:

「え?」


 その人は挨拶だけして戻ろうとした体を引き止めて、カウンター越しに私を見た。

 あ、目も似てるかも。


 堂本 克弘:

「……いるけど」


 案の定、彼はそう答える。

 私はニコッと笑ってしまった。


 羽鳥 梢:

「ひょっとして、金髪にしてませんでした?」


 すると彼──克弘さんも、吹き出して笑った。


 堂本 克弘:

「ノブの友達?」


 羽鳥 梢:

「はい!」


 ノブなんて呼ばれてるんだ、とちょっぴり堂本くんの私生活が見えて笑う。

 そんな私たちの会話を聞いて、店長が口をはさんだ。


 店長:

「なんだ、梢ちゃんは堂本くんの弟の友達だったのか。世間は狭いなぁ」


 わはは、と笑う店長に、私はつい余計なことを言った。


 羽鳥 梢:

「店長が万引き犯と間違えた子ですよ」


 店長:

「へ!?」


 すると、店長も克弘さんも驚いた。


 店長:

「え、だってあの子と苗字、違うよね!?」


 堂本 克弘:

「あ、うち去年、親が離婚したんで」


 克弘さんはあっけらかんと言う。


 店長:

「な……なんだってぇ~!」


 戸惑う店長の横で、克弘さんは不安げに私を見る。


 堂本 克弘:

「ノブが万引きって……」


 羽鳥 梢:

「あ、それは誤解だったんです!」


 羽鳥 梢:

「他の子のイタズラで、カバンに入れられちゃって。監視カメラにも、ばっちり映ってました!」


 慌てて答える私。


 堂本 克弘:

「……そうか」


 克弘さんはホッと胸をなで下ろした。

 そして。


 堂本 克弘:

「そんなことがあったなんて……あいつ、何も話してくれないもんなぁ」


 少しだけ寂しそうに笑った。

 顔つきは何となく堂本くんに似ているのに、笑い方は全然違う。

 ヘッと人を小馬鹿にする堂本くんと違って、克弘さんのそれは柔らかくてちょっと儚げだ。


 堂本 克弘:

「……君、ノブと同じクラスなの?」


 羽鳥 梢:

「あ、はいっ」


 ふと聞かれたので慌てて答える。

 そんな私に、彼は心配そうに問う。


 堂本 克弘:

「あいつ、迷惑かけてない?」


 羽鳥 梢:

「迷惑……」


 かけられてます、思いっきり。


 集団行動をしない彼を引っ張る役目は、すっかり委員長の私の担当になっている。3年間同じクラスだから、先生も頼みやすいのだろう。

 でも、目の前の克弘さんの心配そうな表情を見て。


 羽鳥 梢:

「……大丈夫です! 私たち、仲良くしてますよ」


 なんて答えてしまう。

 ま、まぁ嘘じゃないよね。

 春の子猫の件で、ある程度は仲良くなれたでしょう、うん。


 そんな私の返事に、克弘さんはホッと笑った。


 堂本 克弘:

「そうか。よかった」


 羽鳥 梢:

「…………」


 克弘さんが堂本くんを心配して聞いているんだとわかった。

 ……お兄ちゃんて、こんな感じなんだ。

 弟のことを心配したり、安心したり。

 長女である私は、つい堂本くんが羨ましく思えてしまう。


 いいなぁ、堂本くん。

 こんな優しそうなお兄ちゃんがいて。


 ぼぉっと克弘さんを見ていたら、彼と目が合ってちょっとドキッとした。

 彼はただ、目を細めるばかり。


 堂本 克弘:

「これからもノブのこと、よろしくね」


 羽鳥 梢:

「……はい!」


 元気に私はそう答えて、その日はそのまま克弘さんに本の会計をしてもらったのだった。



 ・   ・   ・



 中学3年生の夏休み中には、学校で行われる自由参加の夏期講習がある。


 午前のみに開かれるそれに私は参加をしていたのだが、堂本くんも来ていた。

 教師に目をつけられた彼は、強制参加なのだ。


 羽鳥 梢:

「堂本くん、おはよう!」


 堂本 信広:

「あ?」


 先生が来る前に、私は早々に彼に声をかける。

 寝る体勢に入っていた彼は、面倒くさそうに身を起こした。

 私は気にせず彼の前の席に座り、体を向ける。


 羽鳥 梢:

「昨日、堂本くんのお兄ちゃんに会っちゃった!」


 堂本 信広:

「!」


 すると堂本くんはフン、と息を吐いた。


 堂本 信広:

「それなら俺も聞いたよ。お前、あの本屋にまだ行ってたんだな」


 堂本くんにとっては、印象のよくない場所なのだろう。

 唇を尖らせてそう言う彼は、ヘッとあのイヤな笑い方をする。

 似ているようで、似てない兄弟だ。


 羽鳥 梢:

「克弘さん、優しそうなお兄ちゃんだねー」


 堂本 信広:

「外面がいいだけだろ」


 堂本くんは興味なさげに答える。

 もうちょっと、愛想よくしてくれてもいいんじゃないの!?


 羽鳥 梢:

「そんなことないよ。堂本くんのことも心配してたしさ」


 堂本 信広:

「……心配?」


 訝しむ堂本くんに、私はうなずいた。


 羽鳥 梢:

「だからちゃんと答えたよ! 仲良くしてますーって」


 堂本 信広:

「……はぁ」


 やたら大きくため息をついて、彼は頬杖をつく。

 なんか、私に呆れたように見えるんだけど。


 堂本 信広:

「お前、あいつに変なこと言ってねぇだろうな」


 羽鳥 梢:

「言ってないよ!」


 羽鳥 梢:

「てかさ、お兄ちゃんいいよね。羨ましい」


 堂本 信広:

「あんなやつ、のし付けてくれてやるよ」


 そんなことを言う堂本くんは、まったく可愛げのない弟だ。


 そこで先生が教室に入ってきて、会話は終わった。

 私はそのまま堂本くんの前の席で、今日の夏期講習を受けることにした。




 ◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。