Ep.48 雷と夕焼け(1)「兄と弟」
今年も暑い季節がきた。
夏休み中の8月、ミンミンとやかましく鳴るセミの声をかき分けて、自転車を走らせる。
向かう先は、街の大きな本屋さん。
私、羽鳥梢の行きつけだ。
キキッとブレーキをかけて、駐輪場へ停める。
自動ドアをくぐり抜けて、私はカウンターにいた店長さんに声をかけた。
羽鳥 梢:
「こんにちは! 本を取りに来ました」
店長:
「やぁ、梢ちゃん」
本屋の店長さんが、狸顔とふくよかなお腹をこちらに向けて微笑んだ。
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雷と夕焼け
(1)「兄と弟」
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ここの本屋の店長さんは、以前のあることをきっかけに、よく話すようになった。
クラスメイトの堂本くんを、店長さんが万引き犯と間違えたのだ。
でもそれはイタズラによる濡れ衣で、監視カメラに他の子が堂本くんのカバンにCDを入れる瞬間が映っていた。
私を共犯じゃないのか、なんてあの時は疑っていた店長さん。
イヤな人だな、なんて思ったけど、ここの本屋は好きだった。
すると通ううちに、店長さんもギクシャクをなくしたいのか、よく話しかけてくれるようになった。
そして、今では。
店長:
「はい、これでしょ。言ってた作家さんの新刊」
羽鳥 梢:
「わぁ、ありがとうございます!」
店長もすっかり私の好みの本を把握してくれ、お気に入りの作家さんの新刊が出ると真っ先にキープしてくれるようになった。
羽鳥 梢:
「店長、本当に頼りになるー!」
作家さんのサイン入り本をゲットできて、嬉しい私。
カウンターの隅で、店長相手にニコニコしちゃう。
店長:
「こっちも喜んでもらえて嬉しいよ。最近はネットで済ませちゃう子が多いしさ」
こうして買う人が喜ぶところを見るのは嬉しいね、なんて店長さんはつぶやく。
最近、本屋さんも潰れるところが多いもんなぁ。
ここはいつまでもあるといいな。
なんてことを思っていたら。
男性:
「お疲れ様です」
一人の男性が、カウンター向こうで店長に近づいて挨拶をした。
エプロンをつけているから、ここの従業員さんだ。
店長:
「ああ、今からだね、堂本くん」
その言葉に、私は目をパチパチさせる。
羽鳥 梢:
(堂本くん?)
なんか聞き慣れた、生意気そうな苗字。
その若い男性の右胸に付けられたネームプレートを見れば「堂本克弘」と書かれていた。
名前まで、あの不良に似ている。
羽鳥 梢:
「あの……」
つい、その男性に声をかけてしまう。
羽鳥 梢:
「もしかして、弟がいません?」
堂本 克弘:
「え?」
その人は挨拶だけして戻ろうとした体を引き止めて、カウンター越しに私を見た。
あ、目も似てるかも。
堂本 克弘:
「……いるけど」
案の定、彼はそう答える。
私はニコッと笑ってしまった。
羽鳥 梢:
「ひょっとして、金髪にしてませんでした?」
すると彼──克弘さんも、吹き出して笑った。
堂本 克弘:
「ノブの友達?」
羽鳥 梢:
「はい!」
ノブなんて呼ばれてるんだ、とちょっぴり堂本くんの私生活が見えて笑う。
そんな私たちの会話を聞いて、店長が口をはさんだ。
店長:
「なんだ、梢ちゃんは堂本くんの弟の友達だったのか。世間は狭いなぁ」
わはは、と笑う店長に、私はつい余計なことを言った。
羽鳥 梢:
「店長が万引き犯と間違えた子ですよ」
店長:
「へ!?」
すると、店長も克弘さんも驚いた。
店長:
「え、だってあの子と苗字、違うよね!?」
堂本 克弘:
「あ、うち去年、親が離婚したんで」
克弘さんはあっけらかんと言う。
店長:
「な……なんだってぇ~!」
戸惑う店長の横で、克弘さんは不安げに私を見る。
堂本 克弘:
「ノブが万引きって……」
羽鳥 梢:
「あ、それは誤解だったんです!」
羽鳥 梢:
「他の子のイタズラで、カバンに入れられちゃって。監視カメラにも、ばっちり映ってました!」
慌てて答える私。
堂本 克弘:
「……そうか」
克弘さんはホッと胸をなで下ろした。
そして。
堂本 克弘:
「そんなことがあったなんて……あいつ、何も話してくれないもんなぁ」
少しだけ寂しそうに笑った。
顔つきは何となく堂本くんに似ているのに、笑い方は全然違う。
ヘッと人を小馬鹿にする堂本くんと違って、克弘さんのそれは柔らかくてちょっと儚げだ。
堂本 克弘:
「……君、ノブと同じクラスなの?」
羽鳥 梢:
「あ、はいっ」
ふと聞かれたので慌てて答える。
そんな私に、彼は心配そうに問う。
堂本 克弘:
「あいつ、迷惑かけてない?」
羽鳥 梢:
「迷惑……」
かけられてます、思いっきり。
集団行動をしない彼を引っ張る役目は、すっかり委員長の私の担当になっている。3年間同じクラスだから、先生も頼みやすいのだろう。
でも、目の前の克弘さんの心配そうな表情を見て。
羽鳥 梢:
「……大丈夫です! 私たち、仲良くしてますよ」
なんて答えてしまう。
ま、まぁ嘘じゃないよね。
春の子猫の件で、ある程度は仲良くなれたでしょう、うん。
そんな私の返事に、克弘さんはホッと笑った。
堂本 克弘:
「そうか。よかった」
羽鳥 梢:
「…………」
克弘さんが堂本くんを心配して聞いているんだとわかった。
……お兄ちゃんて、こんな感じなんだ。
弟のことを心配したり、安心したり。
長女である私は、つい堂本くんが羨ましく思えてしまう。
いいなぁ、堂本くん。
こんな優しそうなお兄ちゃんがいて。
ぼぉっと克弘さんを見ていたら、彼と目が合ってちょっとドキッとした。
彼はただ、目を細めるばかり。
堂本 克弘:
「これからもノブのこと、よろしくね」
羽鳥 梢:
「……はい!」
元気に私はそう答えて、その日はそのまま克弘さんに本の会計をしてもらったのだった。
・ ・ ・
中学3年生の夏休み中には、学校で行われる自由参加の夏期講習がある。
午前のみに開かれるそれに私は参加をしていたのだが、堂本くんも来ていた。
教師に目をつけられた彼は、強制参加なのだ。
羽鳥 梢:
「堂本くん、おはよう!」
堂本 信広:
「あ?」
先生が来る前に、私は早々に彼に声をかける。
寝る体勢に入っていた彼は、面倒くさそうに身を起こした。
私は気にせず彼の前の席に座り、体を向ける。
羽鳥 梢:
「昨日、堂本くんのお兄ちゃんに会っちゃった!」
堂本 信広:
「!」
すると堂本くんはフン、と息を吐いた。
堂本 信広:
「それなら俺も聞いたよ。お前、あの本屋にまだ行ってたんだな」
堂本くんにとっては、印象のよくない場所なのだろう。
唇を尖らせてそう言う彼は、ヘッとあのイヤな笑い方をする。
似ているようで、似てない兄弟だ。
羽鳥 梢:
「克弘さん、優しそうなお兄ちゃんだねー」
堂本 信広:
「外面がいいだけだろ」
堂本くんは興味なさげに答える。
もうちょっと、愛想よくしてくれてもいいんじゃないの!?
羽鳥 梢:
「そんなことないよ。堂本くんのことも心配してたしさ」
堂本 信広:
「……心配?」
訝しむ堂本くんに、私はうなずいた。
羽鳥 梢:
「だからちゃんと答えたよ! 仲良くしてますーって」
堂本 信広:
「……はぁ」
やたら大きくため息をついて、彼は頬杖をつく。
なんか、私に呆れたように見えるんだけど。
堂本 信広:
「お前、あいつに変なこと言ってねぇだろうな」
羽鳥 梢:
「言ってないよ!」
羽鳥 梢:
「てかさ、お兄ちゃんいいよね。羨ましい」
堂本 信広:
「あんなやつ、のし付けてくれてやるよ」
そんなことを言う堂本くんは、まったく可愛げのない弟だ。
そこで先生が教室に入ってきて、会話は終わった。
私はそのまま堂本くんの前の席で、今日の夏期講習を受けることにした。
◇ 続く ◇




