↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
PR
222/273

Ep.46 鈴の音

1話完結

 わたしの名前はスズ──らしい。

 助けてくれた人間の子どもたちが、何度もスズ、スズとわたしに向けて言うので、わたしのことを指しているのだと理解した。


 初めてこのお家に来たとき。

 チリリン、チリリンと鳴る不思議な金色の球体にじゃれついたことから、この名がついたらしい。


 スズ。

 スズねぇ。

 まぁ、いいんじゃないのかしらん。


 なんて思って、わたしはクッションの上でクワァとあくびをした。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 鈴の音


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 中曽根 悠:

「スズ、ただいま!」


 騒がしくリビングの扉を開けて入ってきたのは、わたしを拾ってくれた悠くんだ。


 悠くんは最近「ちゅうがくせい」というものになったらしく、ダボダボの黒い服をよく着ている。

 わたしはその袖口についている、金色ボタンが気になって仕方がない。

 そんな彼は、リビングに誰もいないことを確認すると、わたしを抱えてソファに腰掛ける。


 中曽根 悠:

「やべー、やべーよスズ!」


 脇下に手を入れられるものだから、ぶらんとわたしは間抜けにぶら下がる。

 ご老体になんてポーズをさせるの、悠くん。

 悠くんは、わたしの鼻に自分の鼻をくっつけ、内緒話をしてくれた。


 中曽根 悠:

「スズ、俺……戸田と両想いらしいぞ」


 ん? とだ?


 あまり聞き慣れない言葉に、しっぽをゆらゆらさせた。

 悠くんは「消しゴムが」とか「あれでわかったかなぁ」とか言っているけど、わたしにはよくわからない。

 とりあえずその「とだ」って子が、悠くんは好きなのかしらん。


 きっとそうなんでしょ、とわたしは小さく笑った。



 ・   ・   ・



 冬は嫌い。

 こんな寒そうな日には、誰かと眠るのがいいわねん。


 そう思ってわたしは、2階の悠くんの部屋に入った。

 悠くんはベッドに座って、なにかの機械を耳に当てている。

 あれはたしか「でんわ」じゃなかったかしらん。あれで遠くの人間と話せるらしいけど、彼が使っているところはあまり見たことがない。


 悠くんはしばらくその機械に向けて話をして、突然「うわぁー!」と、真っ赤になって布団に突っ伏した。


 何なに、どーしたの、悠くん?


 しばらく布団につけていた顔を、慌ててベッドに上がったわたしに気づいた悠くんがちらりと向けた。


 中曽根 悠:

「……名前で呼びてぇな……」


 ぼそっとそんなことを言う。


 名前?

 いいわよ、わたしの名前ならいくらでも。


 でも悠くんが呼びたい名前は、それではないみたい。

 近づいたわたしの頭を撫でながら、違う誰かを思い出すみたいに小さくつぶやく。


 中曽根 悠:

「……る」


 る?


 中曽根 悠:

「……るり」


 るり?


 中曽根 悠:

「………、やっぱりまだ無理だ……」


 あらら、無理なの。

 それは残念ねん、とつぶやいたわたしは、そのまま悠くんの温かな布団にもぐり込んだ。



 ・   ・   ・



 いつの間にか悠くんは「とだ」の話はしなくなり、代わりに「るり」という子の話をよくするようになった。


 心変わりしちゃったのかしらん、とわたしは悠くんの話を聞く。


 中曽根 悠:

「……るりのやつ、不意打ちだぞー……」


 また来た、寒い冬の季節。

 悠くんはわたしをお部屋に連れ込んで、ベッドの上でぎゅっと抱きしめてくれた。

 最近じつは、階段を上がるのがちょっとつらいわたし。

 こうして連れて来てくれることは、大変ありがたいわ。

 ところで不意打ちって、何のことかしらん。


 中曽根 悠:

「……キスはやっぱり、俺からすべきだろっ」


 ん、キス?

 それってたしか、お口とお口をつける行為よね。


 人間とは不思議な生き物で、どうやら口同士をつけることが、愛情の表現になるらしいの。

 でも悠くん、わたしとはいっぱいしてるじゃない。

 ということは、るりって子より、わたしの方が好きなのね。

 ふふ、それはちょっと嬉しい、なんて思ってしまう。


 中曽根 悠:

「…………」


 でも悠くんは、わたしをジッと見て。


 中曽根 悠:

「……るり」


 って言って、わたしにキスしようとするの。

 やだやだ、わたしをそのるりって子の身代わりにするなんて。


 近づけようとする悠くんの口に、わたしは肉球で抵抗してあげた。悠くんは「うっ」と息を止めて、ようやくわたしを見てくれる。


 中曽根 悠:

「す、スズ~」


 ふふ、悠くんもお年頃ねぇ。


 なんて思いながら、最近重く感じる体をなるべく楽な姿勢になるように丸めて、彼に寄り添った。



 ・   ・   ・



 それから数ヶ月後の雨の日。

 知らない女の子が、我が家にやってきた。


 ふんわりと春のような不思議な香りを携えて、彼女はクッションに寝るわたしをのぞきこむ。

 とても愛らしい女の子。


 戸田 るり:

「スズちゃん、久しぶりだ」


 その子はわたしに会ったことがあるらしくそう言った。

 こんな女の子、わたし見たことがあったかしら。

 覚えてないわ、ごめんなさいね。


 悠くんとの会話を聞いて、この子が「るり」だとわかったの。

 そう、この子が。


 悠くんはその日、るりちゃんとキスをしようとしたけれど、それは失敗したみたい。

 見ていたわたしは小さくあくびをもらす。


 どうしてかしら。

 最近とても、眠いのよ。



 ・   ・   ・



 中曽根 雫:

「……スズ、大丈夫?」


 悠くんと同じくらい大好きな雫ちゃん。

 すっかり大人の女性になった彼女も、最近はまた、幼い顔をよくわたしに見せるの。

 まるで小さい頃、虫を怖がって泣いていたときのようよ。


 変ね、今ここに、虫はいないのに。

 ただ、いつものクッションで丸まっているだけなのに。

 雫ちゃんの後ろには、お父さんとお母さんもいたの。

 でも、悠くんはいないの。

 どうしてかしら。悠くんがいないなんて珍しいわ。


 そんなわたしの鼻に、冷たい感触。

 雫ちゃんが、雫を垂らしているわ。

 涙をどうして流しているのかしら。


 中曽根 雫:

「スズ……ダメだよ。悠がいないのに……」


 雫ちゃんはそう言って、わたしを抱きしめてくれたの。

 ああ、この抱き方、悠くんと同じ。

 やっぱり2人は姉弟なのね。そっくりよ。

 お父さんもお母さんも、わたしに手を伸ばして撫でてくれる。


 気持ちいい。

 とても気持ちいいわ。

 ゴロゴロと、自然に喉が鳴ってしまうわ。


 そうして、うっすらと目を閉じる。

 呼吸が一瞬止まりそうになるくらい、幸せな心地よ。


 そう、幸せよ。

 わたし幸せだったのよ。


 ノラ猫として生きた最初の数年は、人間なんて乱暴者ばかりだと思っていたわ。

 怒鳴って、石を投げつけて、気まぐれにくれた餌に、変なものが混ざって吐いたこともあったわ。


 でもあの日、あなたたちが、わたしを見つけてくれたから。

 悠くんと雫ちゃんが、わたしを見つけてくれたから。


 わたしは幸せよ。

 幸せだったの。


 今ここに、悠くんはいない。

 でも不思議ね。わたしには今、悠くんが見えているの。

 わたしの知らない土地で、知らない人に囲まれて、笑っている悠くんの顔が。


 悠くん。

 あなたはわたしを、笑う猫だって言ったわね。

 でもわたしにとってあなたも、笑う人間だったのよ。

 いつも笑っていてくれた。

 スズ、と心地よい響きの名前を、何度も呼んでくれた。


 悠くん。

 悠くん、大好きよ。


 大好きよ。




 チリリン、チリリンと音が聞こえる。

 あれは、わたしがこの家に来たときの音。


「鈴が好きなんだ! じゃあ名前はスズだ!」


 無邪気にそう言ってくれた、人間の男の子。

 その子はきっと、わたしが眠りについたあとにも名前を呼んで、キスをしてくれるのよ。


 スズ、て小さくささやいて。

 優しいキスをしてくれるの。


 そう確信して、わたしは安心ながら、眠りについたの。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。