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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.45 笑う猫にくちづけを(3)「一人の道」

 修学旅行へ行く前に、姉貴にスズに何かあったら、必ず連絡してもらうように念押しをした。


 中曽根 悠:

「俺に気ぃ遣って教えてくれないとか、ナシだからな!」


 中曽根 雫:

「わかってるって」


 両親だと、修学旅行中だからという理由で教えてくれない不安があった。

 その点では、姉貴は俺にとって味方だ。

 スズを一緒に見つけて、一緒に遊び、一緒に育ってきた仲間だから。

 そういった意味では、安心できる相手だった。


 中曽根 雫:

「そのかわり、お土産のリクエスト渡しておくね!」


 中曽根 悠:

「……化粧品ばっかじゃねーか」


 明るく手渡されたメモ書きに苦笑する。

 そうして、俺は修学旅行へと出発した。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 笑う猫にくちづけを

(3)「一人の道」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 でも、本当の意味で、俺はスズの死に対して覚悟ができていなかったのだろう。


 それは、1日目の夜のことだった。


 勝山:

「おい、そろそろ風呂に行こうぜ」


 同じ部屋の勝山が、声をかけてきた。

 部屋でテレビを観ながらだべっていた俺たちは、各自腰を上げ始める。


 生徒1:

「入る時間決まってるのが、たるいよな」


 生徒2:

「混浴とかなら、テンション上がるのになー」


 中曽根 悠:

「なーに言ってんだ、お前」


 バカな話をしている仲間に、俺も乗っかる。

 1日目は何事もなく過ぎていき、純粋に修学旅行を楽しんでいた。


 堂本 信広:

「おい中曽根、スマホ鳴ってるぞ」


 中曽根 悠:

「あ、本当だ」


 堂本に指摘され、畳に置いていたスマホを拾う。

 すると、そこに写し出されたメッセージに、俺の顔が強張った。


 姉貴からの連絡だった。

 そしてそれは。

 決して修学旅行中には来てほしくない連絡だったのだ。


………………………………


 姉貴:

「修学旅行中にごめんね。スズが今、息を引き取ったよ」


………………………………


 中曽根 悠:

「…………!」


 慌てて部屋から出て、姉貴に電話をする。


 中曽根 悠:

「姉貴……本当に!? 本当なのか?」


 中曽根 雫:

「悠、落ち着いてよ……」


 姉貴の声は、弱々しかった。

 その声を聞いて、現実なのだと突きつけられる。


 中曽根 雫:

「あんたが帰ってくるまでは、火葬も待つから」


 帰ってきたら一緒に行こう、と姉貴は小さくつぶやいた。

 どうやら、動物葬儀社への手配は前から両親が下調べしていたらしい。

 今スズは、家でその体を休ませているという。


 でもそんな話も、俺の耳を右から左へと素通りしてゆく。

 ただ心の中に、ぽっかりと大きな穴が空いている。


 中曽根 悠:

(スズ……)


 中曽根 悠:

(……何で……)


 何で、俺がいない時に逝っちゃうんだよ。

 俺はどうしてスズが死ぬ時に、こんな遠い場所にいるんだよ。

 どうして。

 どうして。

 どうして!


 抱きしめたい。

 ただスズを、抱きしめたかった。


 でも、それはもう叶わない。

 溢れてきそうな嗚咽を我慢して、人気のない廊下で声をかみ殺した。


──ああ。

 るりに連絡、しなくちゃ。


 明日の自由行動は、やっぱり行けなくなったと。

 とてもじゃないが、るりと笑顔で過ごせる自信がない。

 こんな俺といたって、きっとるりは楽しくないだろう。

 さいわい班のやつらには、抜け出すことはまだ知らせてない。ギリギリで抜けてやろう、なんて考えていたから。


 俺はスマホに、メッセージを打ち込んだ。

 同じ旅館にいるはずのるりへのメッセージ。

 それを上の空で、送信した。



 ・   ・   ・



 翌日。

 俺は京都の町を、班の奴らと一緒に歩いていた。

 少しだけ気落ちしていることは「ちょっと腹が痛いんだ」と誤魔化して。

 班のメンバーはとくに疑う様子もなく、すんなりとその理由を受け止めてくれた。


 堂本 信広:

「それなら、カフェに行くのやめるか?」


 勝山:

「えー、俺抹茶パフェ食いたいー!」


 あの堂本が俺に気を遣うなんて珍しいな、と思うと、申し訳なさが込み上げてくる。


 中曽根 悠:

「行ってこいよ。てか俺さ、ちょっと抜けていい?」


 だから俺はそう言ったんだ。


 堂本 信広:

「あ、どっか行くのか?」


 中曽根 悠:

「ん、ちょっとな」


 もともと、るりとの約束で抜ける予定ではあったんだ。

 一人になりたい気分だった俺は、班から少し離れることにした。


 勝山:

「何だよ、内密デートか!?」


 中曽根 悠:

「バーカ、ちげーよ」


 勝山のその言葉に、ちらりとるりのことが頭をよぎる。

 昨日断ってしまったるりとの自由行動。

 彼女は怒ってしまっただろうか。


 そうして班から離れ、ぶらりと一人で京都の町を歩くことにした。

 貼り付けていた笑顔をようやく剥がせば、口の端は下がって、目つきもぼんやりとしてしまう。


 ふぅ、と小さく息を吐く。

 行くあてなんか、どこにもなかった。

 ただ静かに流れる町の川の横を、歩いている。

「哲学の道」というそこは名所らしく、人も多かったが、俺と同じ学校のやつらはいない。安心して歩くことができた。

 きっと他のやつらは、もっと有名な観光地やお店巡りをしているのだろう。

 誰も知る人がいないその道は、少しだけ気が楽だ。


 空気が澄んでいる。

 肥ゆる木々の緑がキレイだ。

 ただ、ノラ猫をちらほら見かけるのが、その時の俺にはつらかった。

 どうしてもスズのことを思い出してしまう。


 スズ。

 スズ。

 スズはもう、いない。


 中曽根 悠:

「…………」


 その時、ポケットのスマホが震えた。

 取り出してメッセージを見ると、るりからだった。

 どうやら、堂本たちとカフェで鉢合わせをしたらしい。俺がいなかったことに、るりは戸惑っているようだ。


 中曽根 悠:

(……ごめん。るり)


 一人にさせてほしいと、るりにメッセージを返す。

 今は大好きなるりでさえも、そばにいてほしくなかった。


 いや……大好きなるりだからこそ、そばにいてほしくない。

 こんな、落ち込んでいるところを見せたくない。

 こんな、情けない自分。


 ミャア、とノラ猫が道路の隅であくびをする。

 その猫は、全然笑っているようには見えない口元で、ただのんびりと木陰で寝そべるだけだった。




 ◇ 続く ◇

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