Ep.44 ふれる(6・終)「君にふれたい」
どこまで近づいていいのだろう
どこまでふれていいのだろう
君の領域に私はどこまで許される?
わからない
わからないから
試すように手を伸ばす
もしかしたら
弾かれるかもしれない
振りほどかれるかもしれない
でも
それでもいいよ
だから どうか
背負いきれない悲しみなら
私にも背負わせて
私にも──ふれさせて
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ふれる
(6)「君にふれたい」
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私に抱きつかれたまま、動かない悠。
しばらくして、片手でグイッと目元を拭った。
中曽根 悠:
「あーあ」
中曽根 悠:
「情けないとこ、見せちまったな」
彼が動いたことによって、私も体を離す。
悠を見ればもう、泣き顔は消えて、いつもの表情が戻りつつあった。
中曽根 悠:
「るりには、カッコ悪いところ見せたくなかったんだけどな」
戸田 るり:
「……カッコ悪くなんかないよ」
もし悠が私を遠ざけた理由がそれならば、そんなことはないと伝えたい。
戸田 るり:
「私は……嬉しかったよ。悠のそんな面も見せてもらえて」
中曽根 悠:
「……ありがとう」
でも気持ちって、そんなに単純なものじゃないんだろう。
悠はくしゃっと気まずそうに笑って言った。
中曽根 悠:
「でももう、見せたくないな」
そして私たちは、しばらく互いに無言になった。
2人とも、正面のイルミネーションをただ眺める。
長椅子に置いた、間の手だけを重ねて。
下に私の手、上に悠の手。
さっきとは逆に悠の手が、優しく私を閉じこめていた。
戸田 るり:
「……」
中曽根 悠:
「……」
何も言わなくてもただ、2人で座っているだけで、今までのわだかまりは溶けていく。
夏なのに、冬終わりの雪解けのような神聖な空気が、そこに満ちているようだった。
中曽根 悠:
「……るり」
悠が私を呼んだ。私も彼を見る。
中曽根 悠:
「キス……していい?」
戸田 るり:
「!」
そうして悠はまた、顔を崩して笑う。
中曽根 悠:
「ちゃんとしたい」
戸田 るり:
「……」
その言葉に、修学旅行前の公園での不意打ちなキスを思い出す。
あの時、うわの空のようだった悠。
それもきっと、スズちゃんのことが関係しているに違いない。
彼が、どんな思いや心境でしたのかはわからない。
でも今の悠は、しっかり私を見てくれている。
上っ面じゃない、真摯な目で。
戸田 るり:
「うん」
私がうなずいて、彼が近づく。
互いに寄せ合った顔。
一昨日とは違う、互いの気持ちを伝えるキスを、私たちはようやくすることができた。
ようやく君に──ふれられた。
・ ・ ・
照れくさい気分で、悠と「おやすみ」を言い、それぞれ部屋に戻った。
部屋に戻ろうとした私は、思いついたようにまた5階に降りて、自動販売機へ向かう。
もう1本ジュースを買って、部屋にいるお風呂上がりの瞳ちゃんにあげた。
湯山 瞳:
「ありがとう!」
ほこほこ湯上がりの瞳ちゃんは、喜んで受け取る。
湯山 瞳:
「でも、お風呂から出たらいなかったから、心配しちゃったよ」
戸田 るり:
「ごめんね、瞳ちゃん」
なんだか私は、この修学旅行で瞳ちゃんに謝ってばかりだな。
そう思いつつベッドに腰かけ、カバンから入浴グッズを取り出し、準備を始める。
そんな私に、瞳ちゃんも自分のベッドに腰をかけ、髪の毛の水分をタオルで吸収しながら声をかけてくれた。
湯山 瞳:
「あの、るりちゃん」
湯山 瞳:
「本当にごめんね。今日の昼のこと」
戸田 るり:
「え?」
湯山 瞳:
「中曽根くんのこと。その、変なふうに茶化しちゃって」
しゅんとなっている瞳ちゃん。
いつも元気で明るい彼女の、そんな姿は初めて見たような気がした。
湯山 瞳:
「私つい、いつも調子に乗ってみんなを怒らせちゃうから。今回もやっちゃったーって反省してたんだ」
戸田 るり:
「……瞳ちゃん」
私の胸の中に、ふんわりとした何かが広がる。
涙を見せてくれた悠。
気まずそうに謝る瞳ちゃん。
きっとみんな、見えないところで何かをいつも抱えている。
それにふれられることは、きっと少なくて。
でも少ないからこそ、ふれられたときは大切にしたい。
そう思うよ。
戸田 るり:
「……あのね、瞳ちゃん」
湯山 瞳:
「?」
戸田 るり:
「私、瞳ちゃんのそういうところ好きだよ」
湯山 瞳:
「へ!?」
戸田 るり:
「私もあのとき、怒鳴っちゃってごめんね。……自由行動、一緒に楽しんでくれてありがとう」
湯山 瞳:
「るりちゃん……」
そこで瞳ちゃんは小さく笑って。
湯山 瞳:
「中曽根くんには悪いけど、るりちゃんとまわれて私は嬉しかったよ!」
なんて、いたずらっ子みたいに言った。
私も思わず、笑ってしまう。
ねえ瞳ちゃん。
あなたにもいつか、私の宝物にふれてもらいたいな。
今はまだちょっぴり恥ずかしさや、独り占めしたい欲があってできないけど。
でもいつか。
もっとあなたと近づけられたなら、私はこのキラキラとした宝物を、あなたにも見せたいと──その笑顔を見て思ったんだ。
・ ・ ・
最終日3日目は、京都駅近郊を観光することになる。
集団行動となるこの日は、ぞろぞろと各クラスガイドさんに連れられて案内された。
清水寺。有名な清水の舞台と言われる辺りを一望できる場所で、自由時間を少しだけ過ごすことになる。
坂本先生:
「他の人たちの邪魔にならないようになー!」
坂本先生は今、私のクラスの担任だ。
生徒どころか、他の観光客にも聞こえそうな大きな声を辺りに響かせている。
やはりみんなは最後の思い出として写真を撮りたがり、スマホや中には本格的な一眼レフカメラを持つ子もいた。
もう、クラスも班もごちゃ混ぜになって、各自好きな相手と写真を撮りあっている。
望月 美羽:
「るりっちー! みんなで一緒に写真撮ろー!」
戸田 るり:
「うん、撮る撮る」
美羽が誘ってくれて、大勢の女の子たちと写真を撮り合う。
何枚か撮ると、次は数人に分かれて自撮りタイム。女の子は忙しいのだ。
とそのとき。
勝山:
「ねえねえ、戸田さん!」
背後から声をかけられた。
振り返るとそれは、昨日も見た勝山くん。悠と同じ班の子だ。
あまりしゃべったことのないその子は、突然とんでもないことを言い出した。
勝山:
「中曽根と別れたって本当!?」
戸田 るり:
「え!?」
びっくりすると、勝山くんの後ろから他の男の子たちも顔を出す。
その中には、悠と同じサッカー部の井本くんもいた。
井本 修:
「え、マジで!?」
勝山:
「自由行動のことで、ケンカして別れたって聞いた!」
男子生徒:
「中曽根落ち込んでたっぽいし、戸田さんがフッた感じ!?」
戸田 るり:
「え、えぇ……!?」
なんか、とんでもないウワサが広がっている!
しかもどうして、こんなに男の子たちが集まってくるの?
井本 修:
「それなら俺、次の彼氏に立候補するー!」
井本くんがおちゃらけるようにそう言って挙手した。
すると、周りの男の子たちもノリがいいのだろう。続々と挙手をする。
勝山:
「俺も!」
男子生徒:
「俺も俺もー!!」
戸田 るり:
(えぇぇ……勘弁してよー……)
こ、これは完全に、からかわれている!
近くにいた梢ちゃんと美羽は、そんな様子を呆れたように見ていて、手助けしてくれない。
望月 美羽:
「るりっちモッテモテー!」
羽鳥 梢:
「我が校はバカな男子ばっかだなぁ」
戸田 るり:
「ふ、2人とも、他人事すぎない!?」
焦っている私の前で、男子たちはおちゃらけたようにジャンケンを始めた。
どうやら勝った人が私の彼氏になるらしい……ってそんなの、勝手に決めないでよ!
羽鳥 梢:
「大丈夫だよるり。ほら」
梢ちゃんが、ちょちょいと指をさす。
その先には、騒ぎを聞きつけた悠が慌てた様子でこちらへ向かっていた。
中曽根 悠:
「おいお前ら! 別れてねーって!!」
ムキになって怒鳴る悠。
周りの観光客の注目も気にせずに、男子たちの群れに飛び込んだ。
井本 修:
「なんだよ、元彼は帰れ」
中曽根 悠:
「誰が元彼だ! 噂はガセだ、ガセ!!」
井本 修:
「なーに言ってんのー。チューもまだできてないお子ちゃまがー」
ケラケラ笑って悠をからかう井本くん。
なぜ、まだキスしてなかったことを彼が知っているのか。
そして、その言葉にカチンときたように、悠は清水の舞台でとんでもないことを大声で叫んだ。
中曽根 悠:
「キスしたし! 2回も!!」
戸田 るり:
「!!」
途端に周りのみんなから「うひゃー!」「マジでー!」「キャー!」なんて叫ばれる。
しかも観光客にも聞こえたその声は、辺りの注目まで集めていた。
ゆ……悠ーーー!!
私の羞恥心は限界を超えて、プルプル手を震えさせた。
戸田 るり:
「ゆ……」
戸田 るり:
「悠のバカッ!!」
中曽根 悠:
「あ、るり!!」
その場から逃げる私。
悠は男の子たちに捕まって、追いかけられない。
井本 修:
「おいおい、聞き捨てならないぜ、中曽根クンよ~」
勝山:
「ちょっと詳しく聞かせてもらおうか」
中曽根 悠:
「は、離せ、お前らー!」
もう、本っ当に悠ってバカだ!
怒って逃げる私に、梢ちゃんと美羽が笑いながらついてきてくれる。
羽鳥 梢:
「るり、災難だったねー」
望月 美羽:
「男の子って本当におバカねー」
戸田 るり:
「私もう、京都に来れない……」
足を早めて、あの団体から離れる。
まわりから見られているような気がして、梢ちゃんと美羽の間に隠れるようにして、身を縮めた。
望月 美羽:
「……で、チューしたって本当!?」
戸田 るり:
「うっ」
やはり美羽が聞いてくる。
羽鳥 梢:
「こらこら、今のるりに聞いたらかわいそうでしょ」
梢ちゃんはそんな美羽をたしなめる。
いつもの会話。いつものパターンだ。
戸田 るり:
「……そ、そのうち、ちゃんと言います」
小さくそう言った私に、2人は優しく笑う。
ごめんね、今はまだ言えないよ。
悠との昨日の思い出は、まだこの胸の中。
まだ1人で、大切にしておきたい思い出なんだ。
まだ誰にもふれられたくないそれを。
私は心のキラキラとした宝箱に、パタンと閉じ込めた。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




