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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.44 ふれる(6・終)「君にふれたい」

 どこまで近づいていいのだろう

 どこまでふれていいのだろう


 君の領域に私はどこまで許される?

 わからない

 わからないから

 試すように手を伸ばす


 もしかしたら

 弾かれるかもしれない

 振りほどかれるかもしれない


 でも

 それでもいいよ

 だから どうか


 背負いきれない悲しみなら

 私にも背負わせて


 私にも──ふれさせて



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ふれる

(6)「君にふれたい」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 私に抱きつかれたまま、動かない悠。

 しばらくして、片手でグイッと目元を拭った。


 中曽根 悠:

「あーあ」


 中曽根 悠:

「情けないとこ、見せちまったな」


 彼が動いたことによって、私も体を離す。

 悠を見ればもう、泣き顔は消えて、いつもの表情が戻りつつあった。


 中曽根 悠:

「るりには、カッコ悪いところ見せたくなかったんだけどな」


 戸田 るり:

「……カッコ悪くなんかないよ」


 もし悠が私を遠ざけた理由がそれならば、そんなことはないと伝えたい。


 戸田 るり:

「私は……嬉しかったよ。悠のそんな面も見せてもらえて」


 中曽根 悠:

「……ありがとう」


 でも気持ちって、そんなに単純なものじゃないんだろう。

 悠はくしゃっと気まずそうに笑って言った。


 中曽根 悠:

「でももう、見せたくないな」


 そして私たちは、しばらく互いに無言になった。

 2人とも、正面のイルミネーションをただ眺める。

 長椅子に置いた、間の手だけを重ねて。

 下に私の手、上に悠の手。

 さっきとは逆に悠の手が、優しく私を閉じこめていた。


 戸田 るり:

「……」


 中曽根 悠:

「……」


 何も言わなくてもただ、2人で座っているだけで、今までのわだかまりは溶けていく。

 夏なのに、冬終わりの雪解けのような神聖な空気が、そこに満ちているようだった。


 中曽根 悠:

「……るり」


 悠が私を呼んだ。私も彼を見る。


 中曽根 悠:

「キス……していい?」


 戸田 るり:

「!」


 そうして悠はまた、顔を崩して笑う。


 中曽根 悠:

「ちゃんとしたい」


 戸田 るり:

「……」


 その言葉に、修学旅行前の公園での不意打ちなキスを思い出す。

 あの時、うわの空のようだった悠。

 それもきっと、スズちゃんのことが関係しているに違いない。

 彼が、どんな思いや心境でしたのかはわからない。


 でも今の悠は、しっかり私を見てくれている。

 上っ面じゃない、真摯な目で。


 戸田 るり:

「うん」


 私がうなずいて、彼が近づく。

 互いに寄せ合った顔。


 一昨日とは違う、互いの気持ちを伝えるキスを、私たちはようやくすることができた。


 ようやく君に──ふれられた。



 ・   ・   ・



 照れくさい気分で、悠と「おやすみ」を言い、それぞれ部屋に戻った。


 部屋に戻ろうとした私は、思いついたようにまた5階に降りて、自動販売機へ向かう。

 もう1本ジュースを買って、部屋にいるお風呂上がりの瞳ちゃんにあげた。


 湯山 瞳:

「ありがとう!」


 ほこほこ湯上がりの瞳ちゃんは、喜んで受け取る。


 湯山 瞳:

「でも、お風呂から出たらいなかったから、心配しちゃったよ」


 戸田 るり:

「ごめんね、瞳ちゃん」


 なんだか私は、この修学旅行で瞳ちゃんに謝ってばかりだな。

 そう思いつつベッドに腰かけ、カバンから入浴グッズを取り出し、準備を始める。

 そんな私に、瞳ちゃんも自分のベッドに腰をかけ、髪の毛の水分をタオルで吸収しながら声をかけてくれた。


 湯山 瞳:

「あの、るりちゃん」


 湯山 瞳:

「本当にごめんね。今日の昼のこと」


 戸田 るり:

「え?」


 湯山 瞳:

「中曽根くんのこと。その、変なふうに茶化しちゃって」


 しゅんとなっている瞳ちゃん。

 いつも元気で明るい彼女の、そんな姿は初めて見たような気がした。


 湯山 瞳:

「私つい、いつも調子に乗ってみんなを怒らせちゃうから。今回もやっちゃったーって反省してたんだ」


 戸田 るり:

「……瞳ちゃん」


 私の胸の中に、ふんわりとした何かが広がる。


 涙を見せてくれた悠。

 気まずそうに謝る瞳ちゃん。

 きっとみんな、見えないところで何かをいつも抱えている。

 それにふれられることは、きっと少なくて。

 でも少ないからこそ、ふれられたときは大切にしたい。

 そう思うよ。


 戸田 るり:

「……あのね、瞳ちゃん」


 湯山 瞳:

「?」


 戸田 るり:

「私、瞳ちゃんのそういうところ好きだよ」


 湯山 瞳:

「へ!?」


 戸田 るり:

「私もあのとき、怒鳴っちゃってごめんね。……自由行動、一緒に楽しんでくれてありがとう」


 湯山 瞳:

「るりちゃん……」


 そこで瞳ちゃんは小さく笑って。


 湯山 瞳:

「中曽根くんには悪いけど、るりちゃんとまわれて私は嬉しかったよ!」


 なんて、いたずらっ子みたいに言った。

 私も思わず、笑ってしまう。


 ねえ瞳ちゃん。

 あなたにもいつか、私の宝物にふれてもらいたいな。

 今はまだちょっぴり恥ずかしさや、独り占めしたい欲があってできないけど。

 でもいつか。

 もっとあなたと近づけられたなら、私はこのキラキラとした宝物を、あなたにも見せたいと──その笑顔を見て思ったんだ。



 ・   ・   ・



 最終日3日目は、京都駅近郊を観光することになる。

 集団行動となるこの日は、ぞろぞろと各クラスガイドさんに連れられて案内された。


 清水寺。有名な清水の舞台と言われる辺りを一望できる場所で、自由時間を少しだけ過ごすことになる。


 坂本先生:

「他の人たちの邪魔にならないようになー!」


 坂本先生は今、私のクラスの担任だ。

 生徒どころか、他の観光客にも聞こえそうな大きな声を辺りに響かせている。


 やはりみんなは最後の思い出として写真を撮りたがり、スマホや中には本格的な一眼レフカメラを持つ子もいた。

 もう、クラスも班もごちゃ混ぜになって、各自好きな相手と写真を撮りあっている。


 望月 美羽:

「るりっちー! みんなで一緒に写真撮ろー!」


 戸田 るり:

「うん、撮る撮る」


 美羽が誘ってくれて、大勢の女の子たちと写真を撮り合う。

 何枚か撮ると、次は数人に分かれて自撮りタイム。女の子は忙しいのだ。


 とそのとき。


 勝山:

「ねえねえ、戸田さん!」


 背後から声をかけられた。

 振り返るとそれは、昨日も見た勝山くん。悠と同じ班の子だ。

 あまりしゃべったことのないその子は、突然とんでもないことを言い出した。


 勝山:

「中曽根と別れたって本当!?」


 戸田 るり:

「え!?」


 びっくりすると、勝山くんの後ろから他の男の子たちも顔を出す。

 その中には、悠と同じサッカー部の井本くんもいた。


 井本 修:

「え、マジで!?」


 勝山:

「自由行動のことで、ケンカして別れたって聞いた!」


 男子生徒:

「中曽根落ち込んでたっぽいし、戸田さんがフッた感じ!?」


 戸田 るり:

「え、えぇ……!?」


 なんか、とんでもないウワサが広がっている!

 しかもどうして、こんなに男の子たちが集まってくるの?


 井本 修:

「それなら俺、次の彼氏に立候補するー!」


 井本くんがおちゃらけるようにそう言って挙手した。

 すると、周りの男の子たちもノリがいいのだろう。続々と挙手をする。


 勝山:

「俺も!」


 男子生徒:

「俺も俺もー!!」


 戸田 るり:

(えぇぇ……勘弁してよー……)


 こ、これは完全に、からかわれている!


 近くにいた梢ちゃんと美羽は、そんな様子を呆れたように見ていて、手助けしてくれない。


 望月 美羽:

「るりっちモッテモテー!」


 羽鳥 梢:

「我が校はバカな男子ばっかだなぁ」


 戸田 るり:

「ふ、2人とも、他人事すぎない!?」


 焦っている私の前で、男子たちはおちゃらけたようにジャンケンを始めた。

 どうやら勝った人が私の彼氏になるらしい……ってそんなの、勝手に決めないでよ!


 羽鳥 梢:

「大丈夫だよるり。ほら」


 梢ちゃんが、ちょちょいと指をさす。

 その先には、騒ぎを聞きつけた悠が慌てた様子でこちらへ向かっていた。


 中曽根 悠:

「おいお前ら! 別れてねーって!!」


 ムキになって怒鳴る悠。

 周りの観光客の注目も気にせずに、男子たちの群れに飛び込んだ。


 井本 修:

「なんだよ、元彼は帰れ」


 中曽根 悠:

「誰が元彼だ! 噂はガセだ、ガセ!!」


 井本 修:

「なーに言ってんのー。チューもまだできてないお子ちゃまがー」


 ケラケラ笑って悠をからかう井本くん。

 なぜ、まだキスしてなかったことを彼が知っているのか。

 そして、その言葉にカチンときたように、悠は清水の舞台でとんでもないことを大声で叫んだ。


 中曽根 悠:

「キスしたし! 2回も!!」


 戸田 るり:

「!!」


 途端に周りのみんなから「うひゃー!」「マジでー!」「キャー!」なんて叫ばれる。

 しかも観光客にも聞こえたその声は、辺りの注目まで集めていた。


 ゆ……悠ーーー!!


 私の羞恥心は限界を超えて、プルプル手を震えさせた。


 戸田 るり:

「ゆ……」


 戸田 るり:

「悠のバカッ!!」


 中曽根 悠:

「あ、るり!!」


 その場から逃げる私。

 悠は男の子たちに捕まって、追いかけられない。


 井本 修:

「おいおい、聞き捨てならないぜ、中曽根クンよ~」


 勝山:

「ちょっと詳しく聞かせてもらおうか」


 中曽根 悠:

「は、離せ、お前らー!」


 もう、本っ当に悠ってバカだ!

 怒って逃げる私に、梢ちゃんと美羽が笑いながらついてきてくれる。


 羽鳥 梢:

「るり、災難だったねー」


 望月 美羽:

「男の子って本当におバカねー」


 戸田 るり:

「私もう、京都に来れない……」


 足を早めて、あの団体から離れる。

 まわりから見られているような気がして、梢ちゃんと美羽の間に隠れるようにして、身を縮めた。


 望月 美羽:

「……で、チューしたって本当!?」


 戸田 るり:

「うっ」


 やはり美羽が聞いてくる。


 羽鳥 梢:

「こらこら、今のるりに聞いたらかわいそうでしょ」


 梢ちゃんはそんな美羽をたしなめる。

 いつもの会話。いつものパターンだ。


 戸田 るり:

「……そ、そのうち、ちゃんと言います」


 小さくそう言った私に、2人は優しく笑う。


 ごめんね、今はまだ言えないよ。

 悠との昨日の思い出は、まだこの胸の中。

 まだ1人で、大切にしておきたい思い出なんだ。


 まだ誰にもふれられたくないそれを。

 私は心のキラキラとした宝箱に、パタンと閉じ込めた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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