Ep.44 ふれる(4)「君と私の間に」
2日目の夜は、京都の大きな観光ホテルに泊まることになる。
それぞれ2〜3名で割り振られる部屋。私のペアは、瞳ちゃんだ。
瞳ちゃんは、もう昼間のことはなかったかのように、私に笑顔を向けてくれてホッとする。
チェックイン早々、大きなベッドに無邪気に身をダイブさせた。
湯本 瞳:
「わー、大きいベッド! うちもこれくらいだったらいいのになー」
戸田 るり:
「キレイな部屋だねぇ」
部屋は狭いけれど、雰囲気はとてもいいホテルだった。
でも今日は、寝るだけになりそうだな。体は今日の観光で、クタクタになっていた。
夕飯も終わった今は、就寝時間まで生徒は自由時間。
でも、前日の旅館と違い、今日は大浴場はない。
部屋に付いているユニットバスに入って、あとは眠るだけのスケジュールとなっている。
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ふれる
(4)「君と私の間に」
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湯本 瞳:
「私、先にお風呂はいってもいい?」
瞳ちゃんも2日連続で夜ふかしはきついのか、早々に入浴を済ませたいようだ。
戸田 るり:
「うん。私はその間、下で飲み物買ってくるね」
湯本 瞳:
「わかった! なら鍵を忘れずにね」
戸田 るり:
「うん」
私は言われたとおり、鍵と財布を持って部屋を出た。
オートロックの扉は、すぐにロックがかかり閉じてしまう。
10階のエレベーターから、自動販売機がある5階にまで降りた。
5階の中央にある自動販売機スペースは、薄暗いホテルの廊下の中、煌々としている。
そしてそこにはなんと、篠田先生がいた。
篠田 かなえ:
「あら、戸田さん」
戸田 るり:
「篠田先生!」
白衣でない私服の篠田先生が、そこにいた。
白のフリルシャツにブラウンのロングスカートが、大人の女性らしくてとてもキレイ。
それなのに手に持っているのはミックスジュースで、つい口元がほころんだ。
戸田 るり:
「先生に会えて嬉しい」
篠田先生も引率として参加していることは、知っていた。
でも、修学旅行中にはなかなか1対1でお話なんてできないから、こうして会えたのはとてもラッキーだ。
篠田 かなえ:
「私もよ、戸田さん」
篠田先生は、私がジュースを買う様子をそばで見ていた。
私がミネラルウォーターを取り出し口から出すと、声をかけてくれる。
篠田 かなえ:
「修学旅行は楽しんでる?」
戸田 るり:
「……はい」
悠とのことがチラリと頭をよぎって、少しだけ反応を遅らせる。
それに篠田先生は気づかなかったのだろう。「それはよかった」と微笑んでくれる。
戸田 るり:
「……」
篠田先生。
私が悠に告白できたのも、先生のひと押しがあったからだ。
そんな先生に今会えたのも、何かの縁かもしれない。
私は持っていたペットボトルをぎゅっと握ると、先生に顔を向けた。
戸田 るり:
「あの、今、時間ありますか?」
篠田 かなえ:
「?」
私は篠田先生に、悠とのことを相談しようと考えた。
・ ・ ・
話がしたいと言った私を、篠田先生は1階のロビーにあるソファ席へと連れていってくれた。
ふわふわの上質な椅子のクッションにお尻を沈め、先生と小さなテーブル越しに向き合う。
最初は、うまく話せなかった私。
でも、たどたどしく一生懸命に話をした。
先生はたまに相槌を打ったり、うなずいたりして、私が話しやすいように促してくれる。
やっぱり篠田先生は優しい。
篠田 かなえ:
「そう。そんなことが……」
篠田先生は私の話が終わると、小さくつぶやいた。
私は忘れていた悲しい気持ちがよみがえってきて、顔を下に向けてしまう。
悠の本心が、わからなかった。
篠田 かなえ:
「中曽根くんが、何か隠しているのは、たしかみたいね」
戸田 るり:
「……はい」
以前から約束していたことも反故にして、一人になりたいと言った悠。
でもその理由は教えてくれない。
私に何も──言ってくれない。
戸田 るり:
「私……悠に嫌われたのかな」
考えたくなかった理由が、口からついて出る。
でも、そんな私を篠田先生は、優しく顔を寄せて見つめてくれた。
篠田 かなえ:
「戸田さん、それはないわ。絶対」
篠田 かなえ:
「……でもね、もしかしたら彼は今、あなたに入ってほしくない領域があるのかもしれない」
戸田 るり:
「……領域?」
その言葉に顔をあげる。
先生の優しい目と、ぶつかった。
篠田 かなえ:
「人には誰でも、他人にふれられてほしくない部分があるものよ」
篠田 かなえ:
「それが、友人や恋人であっても……ううん、大切な人だからこそ、踏み込んでほしくないこともある」
篠田 かなえ:
「戸田さんも、そういう気持ちはわかるでしょう?」
戸田 るり:
「……うん」
そう言われて、瞳ちゃんとのことを思い出していた。
瞳ちゃんは好き。
明るくて、裏表がなくて、いつも賑やか。
2年生の時に、知っている人が少ない教室で、私に明るく声をかけてくれて、それから仲良しになったんだ。
でもそんな瞳ちゃんにでも、悠とのことをあれこれ詮索されるのはいやだった。
茶化してほしくないこともあった。
ふれられたくない領域──それを、私も持っている。
篠田 かなえ:
「戸田さんは、ふれられたくない時、相手にどうしていてほしい?」
戸田 るり:
「私……は……」
私?
私は、どうしてほしいんだろう。
篠田先生は、やはり簡単に答えをくれない。私自身に答えを出させるように、真摯にボールをぶつけてくる。
私はそれを受け止めて、どうしたらいいのか、こねくり回す。
私はどうしてほしいのだろう。
ふれられたくない部分を、もし、私が悠に対して持っていたら。
私は……──。
戸田 るり:
「……私は……待っててほしい」
戸田 るり:
「言えるようになるまで……」
待っている。
そんな簡単な答えしか、やはり導き出せなかった。
でもそれを、篠田先生は優しくキャッチをしてくれる。
篠田 かなえ:
「そうね」
篠田 かなえ:
「戸田さん、大丈夫よ。あなたはちゃんと、大切なことをわかっているわ」
戸田 るり:
「……っ」
先生の声が、あんまりにも優しいから。
寂しさに押しつぶされそうだった気持ちが、目元からブワッとあふれ出してくる。
篠田 かなえ:
「……不安だったのね、戸田さん」
先生は、すぐにハンカチを渡してくれた。
それを私は受け取って、目元に押し当てる。
戸田 るり:
「うん……悠と……こんなことになるの、初めてだったから……」
些細なケンカなら、今までだっていっぱいあった。
でも今日みたいに、片方の本心がわからない暗闇のようなケンカは、初めてだった。
そもそも、これはケンカと言えるのだろうか。わからない。
2人の間にある正体不明の境界線が、私を立ち尽かせ、動けなくさせていた。
それが苦しくて、悲しかった。
ぎゅっと目を押しつぶすくらいにハンカチを当てて、涙を吸い取ってもらう。
篠田 かなえ:
「……戸田さん……」
篠田先生の柔らかい声が、耳に届く。
篠田 かなえ:
「……戸田さん、大丈夫」
篠田 かなえ:
「中曽根くんもちゃんと、わかっているわ」
先生の柔らかな声。
その、ちょっと後に。
中曽根 悠:
「…………失礼、します」
悠の、遠慮がちな声が背後から聞こえた。
◇ 続く ◇




