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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.44 ふれる(4)「君と私の間に」

 2日目の夜は、京都の大きな観光ホテルに泊まることになる。

 それぞれ2〜3名で割り振られる部屋。私のペアは、瞳ちゃんだ。


 瞳ちゃんは、もう昼間のことはなかったかのように、私に笑顔を向けてくれてホッとする。

 チェックイン早々、大きなベッドに無邪気に身をダイブさせた。


 湯本 瞳:

「わー、大きいベッド! うちもこれくらいだったらいいのになー」


 戸田 るり:

「キレイな部屋だねぇ」


 部屋は狭いけれど、雰囲気はとてもいいホテルだった。

 でも今日は、寝るだけになりそうだな。体は今日の観光で、クタクタになっていた。

 夕飯も終わった今は、就寝時間まで生徒は自由時間。

 でも、前日の旅館と違い、今日は大浴場はない。

 部屋に付いているユニットバスに入って、あとは眠るだけのスケジュールとなっている。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ふれる

(4)「君と私の間に」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 湯本 瞳:

「私、先にお風呂はいってもいい?」


 瞳ちゃんも2日連続で夜ふかしはきついのか、早々に入浴を済ませたいようだ。


 戸田 るり:

「うん。私はその間、下で飲み物買ってくるね」


 湯本 瞳:

「わかった! なら鍵を忘れずにね」


 戸田 るり:

「うん」


 私は言われたとおり、鍵と財布を持って部屋を出た。

 オートロックの扉は、すぐにロックがかかり閉じてしまう。


 10階のエレベーターから、自動販売機がある5階にまで降りた。

 5階の中央にある自動販売機スペースは、薄暗いホテルの廊下の中、煌々としている。

 そしてそこにはなんと、篠田先生がいた。


 篠田 かなえ:

「あら、戸田さん」


 戸田 るり:

「篠田先生!」


 白衣でない私服の篠田先生が、そこにいた。

 白のフリルシャツにブラウンのロングスカートが、大人の女性らしくてとてもキレイ。

 それなのに手に持っているのはミックスジュースで、つい口元がほころんだ。


 戸田 るり:

「先生に会えて嬉しい」


 篠田先生も引率として参加していることは、知っていた。

 でも、修学旅行中にはなかなか1対1でお話なんてできないから、こうして会えたのはとてもラッキーだ。


 篠田 かなえ:

「私もよ、戸田さん」


 篠田先生は、私がジュースを買う様子をそばで見ていた。

 私がミネラルウォーターを取り出し口から出すと、声をかけてくれる。


 篠田 かなえ:

「修学旅行は楽しんでる?」


 戸田 るり:

「……はい」


 悠とのことがチラリと頭をよぎって、少しだけ反応を遅らせる。

 それに篠田先生は気づかなかったのだろう。「それはよかった」と微笑んでくれる。


 戸田 るり:

「……」


 篠田先生。

 私が悠に告白できたのも、先生のひと押しがあったからだ。

 そんな先生に今会えたのも、何かの縁かもしれない。

 私は持っていたペットボトルをぎゅっと握ると、先生に顔を向けた。


 戸田 るり:

「あの、今、時間ありますか?」


 篠田 かなえ:

「?」


 私は篠田先生に、悠とのことを相談しようと考えた。



 ・   ・   ・



 話がしたいと言った私を、篠田先生は1階のロビーにあるソファ席へと連れていってくれた。

 ふわふわの上質な椅子のクッションにお尻を沈め、先生と小さなテーブル越しに向き合う。


 最初は、うまく話せなかった私。

 でも、たどたどしく一生懸命に話をした。

 先生はたまに相槌を打ったり、うなずいたりして、私が話しやすいように促してくれる。


 やっぱり篠田先生は優しい。


 篠田 かなえ:

「そう。そんなことが……」


 篠田先生は私の話が終わると、小さくつぶやいた。

 私は忘れていた悲しい気持ちがよみがえってきて、顔を下に向けてしまう。

 悠の本心が、わからなかった。


 篠田 かなえ:

「中曽根くんが、何か隠しているのは、たしかみたいね」


 戸田 るり:

「……はい」


 以前から約束していたことも反故にして、一人になりたいと言った悠。


 でもその理由は教えてくれない。

 私に何も──言ってくれない。


 戸田 るり:

「私……悠に嫌われたのかな」


 考えたくなかった理由が、口からついて出る。

 でも、そんな私を篠田先生は、優しく顔を寄せて見つめてくれた。


 篠田 かなえ:

「戸田さん、それはないわ。絶対」


 篠田 かなえ:

「……でもね、もしかしたら彼は今、あなたに入ってほしくない領域があるのかもしれない」


 戸田 るり:

「……領域?」


 その言葉に顔をあげる。

 先生の優しい目と、ぶつかった。


 篠田 かなえ:

「人には誰でも、他人にふれられてほしくない部分があるものよ」


 篠田 かなえ:

「それが、友人や恋人であっても……ううん、大切な人だからこそ、踏み込んでほしくないこともある」


 篠田 かなえ:

「戸田さんも、そういう気持ちはわかるでしょう?」


 戸田 るり:

「……うん」


 そう言われて、瞳ちゃんとのことを思い出していた。


 瞳ちゃんは好き。

 明るくて、裏表がなくて、いつも賑やか。

 2年生の時に、知っている人が少ない教室で、私に明るく声をかけてくれて、それから仲良しになったんだ。


 でもそんな瞳ちゃんにでも、悠とのことをあれこれ詮索されるのはいやだった。

 茶化してほしくないこともあった。

 ふれられたくない領域──それを、私も持っている。


 篠田 かなえ:

「戸田さんは、ふれられたくない時、相手にどうしていてほしい?」


 戸田 るり:

「私……は……」


 私?

 私は、どうしてほしいんだろう。


 篠田先生は、やはり簡単に答えをくれない。私自身に答えを出させるように、真摯にボールをぶつけてくる。

 私はそれを受け止めて、どうしたらいいのか、こねくり回す。


 私はどうしてほしいのだろう。

 ふれられたくない部分を、もし、私が悠に対して持っていたら。


 私は……──。


 戸田 るり:

「……私は……待っててほしい」


 戸田 るり:

「言えるようになるまで……」


 待っている。

 そんな簡単な答えしか、やはり導き出せなかった。

 でもそれを、篠田先生は優しくキャッチをしてくれる。


 篠田 かなえ:

「そうね」


 篠田 かなえ:

「戸田さん、大丈夫よ。あなたはちゃんと、大切なことをわかっているわ」


 戸田 るり:

「……っ」


 先生の声が、あんまりにも優しいから。

 寂しさに押しつぶされそうだった気持ちが、目元からブワッとあふれ出してくる。


 篠田 かなえ:

「……不安だったのね、戸田さん」


 先生は、すぐにハンカチを渡してくれた。

 それを私は受け取って、目元に押し当てる。


 戸田 るり:

「うん……悠と……こんなことになるの、初めてだったから……」


 些細なケンカなら、今までだっていっぱいあった。

 でも今日みたいに、片方の本心がわからない暗闇のようなケンカは、初めてだった。

 そもそも、これはケンカと言えるのだろうか。わからない。

 2人の間にある正体不明の境界線が、私を立ち尽かせ、動けなくさせていた。

 それが苦しくて、悲しかった。


 ぎゅっと目を押しつぶすくらいにハンカチを当てて、涙を吸い取ってもらう。


 篠田 かなえ:

「……戸田さん……」


 篠田先生の柔らかい声が、耳に届く。


 篠田 かなえ:

「……戸田さん、大丈夫」


 篠田 かなえ:

「中曽根くんもちゃんと、わかっているわ」


 先生の柔らかな声。

 その、ちょっと後に。



 中曽根 悠:

「…………失礼、します」


 悠の、遠慮がちな声が背後から聞こえた。




 ◇ 続く ◇

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