Ep.44 ふれる(1)「前日の君」
7月、夏休みに入ったばかりの、修学旅行前日の夕方。
悠と近くの公園で待ち合わせて、京都での自由行動をどうするか話をしよう、と誘ってみた。
こういうときって、家が近いのはとても便利だ。
すぐに私たちは、いつもの公園で会うことができる。
私、戸田るりは、ベンチに座り膝に広げた京都の旅行雑誌を、うきうきと見ていた。
日が傾いて、木立から伸びた大きな影が、夏でも涼やかな居場所をそこに作ってくれる。
有名な伏見稲荷大社は行きたい、抹茶スイーツの美味しいお店も行きたい、なんて私ばかりがしゃべっている。
悠は静かに、相槌を打ってくれていた。
そんな中。
中曽根 悠:
「るり」
戸田 るり:
「うん?」
悠が呼んだので、そちらへ顔を向けると。
チュ、と軽くキスされた。
なんと──唇に、だった。
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ふれる
(1)「前日の君」
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あまりにも自然にされたものだから、最初はよくわからなかった。
でも、唇に残ったマシュマロみたいな柔らかな感触が、私と彼が、ついにキスをしてしまったという事実を教える。
顔が熱くなる。
戸田 るり:
「……っ!」
驚いて彼を見れば、悠はこちらをジッと見ているだけだ。
彼なら、すぐに照れ笑いをするかと思ったのに、無言でただ見つめている。
そして頭を軽くかくと、おもむろに。
中曽根 悠:
「行くか」
と言って、ベンチから立ち上がった。
まだ戸惑っている私は、すぐに立てずに少し遠くなった悠の背中を見る。
戸田 るり:
「え……えっと」
あれ、今キスしたよね?
気のせいじゃないよね?
何事もなかったかのように歩き出そうとする悠を追いかけるため、私も慌ててやっと立ち上がった。
心臓が、すごくドキドキしてる。
悠はまだ、背を向けている。
歩くスピードもいつもより早い気がする。
……悠?
そんな彼は、やっと立ち止まって振り返る。
中曽根 悠:
「ん」
少しだけ赤らんだ顔で、手を差し伸べてくれた。
手をつなごうの合図。
いつもの彼だ。
私はホッとして、付箋だらけの京都情報誌を携えて手をつなぎ、悠と一緒に帰ったのだった。
・ ・ ・
その夜は、なかなか寝つけられなかった。
翌日が修学旅行でうきうきして寝られない──わけでなく、やはり、キスのことばかりが頭を占めていたからだ。
ブランケットさえも暑くて、お腹に丸めている。
寝苦しい。
眠れないよ、悠。
戸田 るり:
(なんで、キスしたんだろう)
いや、もう付き合って長いし、約束もしていたし、何回か失敗しているし……いつキスをしても、おかしくはない。
でも。
戸田 るり:
(悠なんか、変だった……?)
最近の悠は、時々ぼーっとしていることがある。
でもそれは些細なことで、普段はいつも通りだ。
学校にもいつもどおり通っているし、部活も頑張っているし、友達とも仲良くおしゃべりしているのを校内で見かける。
でも、時おり見せる少し大人びた視線の先が、何も捉えていないように見えた。
本当にわかりづらい──小さな変化だけれど。
戸田 るり:
「……」
戸田 るり:
(考えすぎかなぁ)
もそもそとブランケットをあらためて伸ばして、体にかける。
今日は、帰ってからお母さんの顔をまともに見ることができなくて、修学旅行の準備に追われるふりをして、わざとバタバタしていた。
ああ──キス、しちゃった。
でも。何でだろう。
思い出すとドキドキよりも、胸がぎゅうってなる。
少しだけ息苦しい。
その理由がわからなくて、私は早起きをしなければならないのに、なかなか眠ることができないでいた。
・ ・ ・
戸田 るり:
「ふわ~あ……」
湯山 瞳:
「るりちゃん、眠たそうー。もしかして寝不足?」
戸田 るり:
「う、うん」
大口を抑えて出たあくびは、向かいに座る湯山瞳ちゃんに指摘されてしまう。
窓際に座る佐々倉さんと三橋さんも、そんな私を見ていた。
佐々倉:
「わかるー! 私も寝らんなかったよ」
三橋:
「授業はぐーすか寝てるのにね」
佐々倉:
「三橋ちゃん、ひどいっ」
いつも明るい佐々倉さんは、今日はよりテンションが高そうだった。落ち着いている三橋さんも、そんな彼女につられて眼鏡の奥の目を、いつもより細めてニコニコしている。
2人とも、3年生で初めて同じクラスメイトになったのだけど、話しやすくてすぐに仲良くなれた。
今私たちは、下りの新幹線に乗って京都駅へと向かっている。
新幹線N700系は東海道線に沿って走り、私たち青葉中3年生と先生たちを西へ西へと運んでいる。
窓の外は、見事なスカイブルー。
天気にも恵まれて、最高の修学旅行日和だ。
制服姿の団体に埋め尽くされた車内で、私たち4人は、シートを向かい合わせにして座っている。
今回の修学旅行のグループなのだ。
三橋:
「1日目は奈良か。やっぱり鹿がたくさんいるのかなぁ」
佐々倉:
「鹿といえばおせんべいだよね! あげたいなー」
三橋さんと佐々倉さんは、修学旅行のしおりを見ながら楽しそうに会話をする。
それを聞いているうちに、私も少しだけワクワクしてきた。
京都も奈良も、行ったことがない土地だ。
奈良の大仏は、やっぱり大きいのかなぁ。
すると、私が座っている進行方向の向こうから、通路をこちらに歩いてくる悠を見つけた。
じつは悠がいる1組と私の2組は、同じ車両なのだ。
トイレにでも行くのかな。
悠は、私の席に近づくと目を合わせて。
中曽根 悠:
「よっ」
と笑顔で言ってくれた。
私も小さく手をあげて、そして彼は通り過ぎる。
ただそれだけなのに、昨日のせいで異様に照れくさい。
悠ったら、普段すぎない?
湯山 瞳:
「2人とも仲良いよねぇ」
戸田 るり:
「そ、そうかな」
瞳ちゃんは、興味津々といった顔を私に近づける。
湯山 瞳:
「ねぇ2人ってさ、もうキスしたの?」
戸田 るり:
「!?」
何ともタイムリーな質問に、息が止まりそうになる。
2年も同じクラスだった瞳ちゃん。
少々詮索好きな部分は相変わらずだ。
戸田 るり:
「や、えっと、その……」
うまく切り返せないでいる私の横で。
佐々倉:
「瞳ちゃん、そういうのは夜のお楽しみだよー」
なんて佐々倉さんは、助け船になっているのかわからない言葉をかけてくれる。
えーと、夜話さなきゃダメ?
戸田 るり:
「な、何にもないよー」
湯山 瞳:
「本当に!? 嘘ついちゃダメだよ~」
戸田 るり:
「うぅ」
三橋:
「ロックオンされちゃったね、るりちゃん」
斜め前の席で苦笑する三橋さんは、お姉さんぽくて、ちょっと梢ちゃんに似ている。
しかしこの3人には、2日目の自由行動で抜け出すことを協力してもらっているので、私の立場は弱い。
戸田 るり:
(夜は早く寝ちゃおう)
なんてずるく考えて、またひとつあくびをもらした。
◇ 続く ◇




