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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.44 ふれる(1)「前日の君」

 7月、夏休みに入ったばかりの、修学旅行前日の夕方。


 悠と近くの公園で待ち合わせて、京都での自由行動をどうするか話をしよう、と誘ってみた。

 こういうときって、家が近いのはとても便利だ。

 すぐに私たちは、いつもの公園で会うことができる。


 私、戸田るりは、ベンチに座り膝に広げた京都の旅行雑誌を、うきうきと見ていた。

 日が傾いて、木立から伸びた大きな影が、夏でも涼やかな居場所をそこに作ってくれる。


 有名な伏見稲荷大社は行きたい、抹茶スイーツの美味しいお店も行きたい、なんて私ばかりがしゃべっている。


 悠は静かに、相槌を打ってくれていた。

 そんな中。


 中曽根 悠:

「るり」


 戸田 るり:

「うん?」


 悠が呼んだので、そちらへ顔を向けると。


 チュ、と軽くキスされた。


 なんと──唇に、だった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ふれる

(1)「前日の君」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 あまりにも自然にされたものだから、最初はよくわからなかった。

 でも、唇に残ったマシュマロみたいな柔らかな感触が、私と彼が、ついにキスをしてしまったという事実を教える。


 顔が熱くなる。


 戸田 るり:

「……っ!」


 驚いて彼を見れば、悠はこちらをジッと見ているだけだ。

 彼なら、すぐに照れ笑いをするかと思ったのに、無言でただ見つめている。

 そして頭を軽くかくと、おもむろに。


 中曽根 悠:

「行くか」


 と言って、ベンチから立ち上がった。

 まだ戸惑っている私は、すぐに立てずに少し遠くなった悠の背中を見る。


 戸田 るり:

「え……えっと」


 あれ、今キスしたよね?

 気のせいじゃないよね?


 何事もなかったかのように歩き出そうとする悠を追いかけるため、私も慌ててやっと立ち上がった。

 心臓が、すごくドキドキしてる。

 悠はまだ、背を向けている。

 歩くスピードもいつもより早い気がする。


 ……悠?


 そんな彼は、やっと立ち止まって振り返る。


 中曽根 悠:

「ん」


 少しだけ赤らんだ顔で、手を差し伸べてくれた。

 手をつなごうの合図。

 いつもの彼だ。


 私はホッとして、付箋だらけの京都情報誌を携えて手をつなぎ、悠と一緒に帰ったのだった。



 ・  ・  ・



 その夜は、なかなか寝つけられなかった。

 翌日が修学旅行でうきうきして寝られない──わけでなく、やはり、キスのことばかりが頭を占めていたからだ。

 ブランケットさえも暑くて、お腹に丸めている。


 寝苦しい。

 眠れないよ、悠。


 戸田 るり:

(なんで、キスしたんだろう)


 いや、もう付き合って長いし、約束もしていたし、何回か失敗しているし……いつキスをしても、おかしくはない。


 でも。


 戸田 るり:

(悠なんか、変だった……?)


 最近の悠は、時々ぼーっとしていることがある。

 でもそれは些細なことで、普段はいつも通りだ。


 学校にもいつもどおり通っているし、部活も頑張っているし、友達とも仲良くおしゃべりしているのを校内で見かける。

 でも、時おり見せる少し大人びた視線の先が、何も捉えていないように見えた。


 本当にわかりづらい──小さな変化だけれど。


 戸田 るり:

「……」


 戸田 るり:

(考えすぎかなぁ)


 もそもそとブランケットをあらためて伸ばして、体にかける。

 今日は、帰ってからお母さんの顔をまともに見ることができなくて、修学旅行の準備に追われるふりをして、わざとバタバタしていた。


 ああ──キス、しちゃった。


 でも。何でだろう。

 思い出すとドキドキよりも、胸がぎゅうってなる。

 少しだけ息苦しい。


 その理由がわからなくて、私は早起きをしなければならないのに、なかなか眠ることができないでいた。



 ・  ・  ・



 戸田 るり:

「ふわ~あ……」


 湯山 瞳:

「るりちゃん、眠たそうー。もしかして寝不足?」


 戸田 るり:

「う、うん」


 大口を抑えて出たあくびは、向かいに座る湯山瞳《ゆやま ひとみ》ちゃんに指摘されてしまう。

 窓際に座る佐々倉(ささくら)さんと三橋《みつは》さんも、そんな私を見ていた。


 佐々倉:

「わかるー! 私も寝らんなかったよ」


 三橋:

「授業はぐーすか寝てるのにね」


 佐々倉:

「三橋ちゃん、ひどいっ」


 いつも明るい佐々倉さんは、今日はよりテンションが高そうだった。落ち着いている三橋さんも、そんな彼女につられて眼鏡の奥の目を、いつもより細めてニコニコしている。

 2人とも、3年生で初めて同じクラスメイトになったのだけど、話しやすくてすぐに仲良くなれた。


 今私たちは、下りの新幹線に乗って京都駅へと向かっている。

 新幹線N700系は東海道線に沿って走り、私たち青葉中3年生と先生たちを西へ西へと運んでいる。

 窓の外は、見事なスカイブルー。

 天気にも恵まれて、最高の修学旅行日和だ。


 制服姿の団体に埋め尽くされた車内で、私たち4人は、シートを向かい合わせにして座っている。

 今回の修学旅行のグループなのだ。


 三橋:

「1日目は奈良か。やっぱり鹿がたくさんいるのかなぁ」


 佐々倉:

「鹿といえばおせんべいだよね! あげたいなー」


 三橋さんと佐々倉さんは、修学旅行のしおりを見ながら楽しそうに会話をする。

 それを聞いているうちに、私も少しだけワクワクしてきた。

 京都も奈良も、行ったことがない土地だ。

 奈良の大仏は、やっぱり大きいのかなぁ。


 すると、私が座っている進行方向の向こうから、通路をこちらに歩いてくる悠を見つけた。

 じつは悠がいる1組と私の2組は、同じ車両なのだ。

 トイレにでも行くのかな。

 悠は、私の席に近づくと目を合わせて。


 中曽根 悠:

「よっ」


 と笑顔で言ってくれた。

 私も小さく手をあげて、そして彼は通り過ぎる。

 ただそれだけなのに、昨日のせいで異様に照れくさい。


 悠ったら、普段すぎない?


 湯山 瞳:

「2人とも仲良いよねぇ」


 戸田 るり:

「そ、そうかな」


 瞳ちゃんは、興味津々といった顔を私に近づける。


 湯山 瞳:

「ねぇ2人ってさ、もうキスしたの?」


 戸田 るり:

「!?」


 何ともタイムリーな質問に、息が止まりそうになる。

 2年も同じクラスだった瞳ちゃん。

 少々詮索好きな部分は相変わらずだ。


 戸田 るり:

「や、えっと、その……」


 うまく切り返せないでいる私の横で。


 佐々倉:

「瞳ちゃん、そういうのは夜のお楽しみだよー」


 なんて佐々倉さんは、助け船になっているのかわからない言葉をかけてくれる。


 えーと、夜話さなきゃダメ?


 戸田 るり:

「な、何にもないよー」


 湯山 瞳:

「本当に!? 嘘ついちゃダメだよ~」


 戸田 るり:

「うぅ」


 三橋:

「ロックオンされちゃったね、るりちゃん」


 斜め前の席で苦笑する三橋さんは、お姉さんぽくて、ちょっと梢ちゃんに似ている。

 しかしこの3人には、2日目の自由行動で抜け出すことを協力してもらっているので、私の立場は弱い。


 戸田 るり:

(夜は早く寝ちゃおう)


 なんてずるく考えて、またひとつあくびをもらした。




 ◇ 続く ◇

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