Ep.42 素直まであと4センチ(7・終)「勝負の行方」
黒田:
「なんかいつも落ち着いているし、熱くなったり、カッとなったりしなさそう」
僕を、そう評してくれた黒田くん。
でもそれはきっと、間違っている。
僕は冷静でも、落ち着いてもいない。
強いコンプレックスを隠すために、そういったフリをしているだけだ。
心の中にはいつだって、悔しさや負けん気がくすぶっている。
──ほら。今だって。
小池 隼人:
「待って、松宮さん……!」
僕から逃げようとするチーターみたいな松宮さんを、必死になって追いかけている。
逃げる女の子を追いかけ回すなんて、なんてカッコ悪いんだ!
こんな僕を見たら、ケイちゃんや黒田くんは、きっと目玉を飛び出させるに違いない。
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素直まであと4センチ
(7)「勝負の行方」
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屋上へと続く階段を上ってしまった松宮さん。
そのおかげで、ようやく捕まえることができた。
扉を開けられずにいた彼女をそこに追い込んで、僕は彼女の後ろ姿を挟むように、両手をつく。
ランニングを続けていてよかった。
乱れた呼吸を整える。
小池 隼人:
「お願い……逃げないで」
吐き出したセリフが、何とも女々しくていやになる。でも、僕の素直な気持ちだ。
扉と僕に、はさまれた松宮さん。
ようやく振り返って、こちらを見てくれる。
やっぱり眉は八の字になっていて、顔は真っ赤っかだ。
松宮 茜:
「……小池……くん」
松宮さんはすぐに、僕から視線を下にそらした。
でも僕は、そらした視線の先に顔をのぞかせて、逃げられないようにする。
ああ、僕ってイヤなやつだ。
小池 隼人:
「……あれが、返事じゃないよね?」
松宮 茜:
「……」
僕と森くんを大っキライだと、言い放ってくれた松宮さん。
でも、そんなの僕は信じない。
信じてやらないぞ。
彼女はずるずると背中を扉に滑らせて、ぺたんとお尻をつけてしまう。
僕もつられて片膝をつく。
片手は離したけれど、左手は扉につけたまま、松宮さんを見下ろした。
とってもシャイで恥れ屋で、恥ずかしさがマックスになると怒っちゃう松宮さん。
今度は怒らせないように、僕はなるべく穏やかに聞いた。
小池 隼人:
「僕は君が好きで、付き合いたいと思ってるんだけど」
小池 隼人:
「松宮さんは、どう思ってる?」
松宮 茜:
「…………」
松宮さんは、まるで信じられないみたいに僕を見る。
声の出し方を忘れたのかと思うくらい、かすかに動く口からは声が出ない。
──うん、焦っちゃダメだ。
小池 隼人:
「……あの」
小池 隼人:
「今ここには、森くんもいないし……僕らだけだから」
だから、どうか。
小池 隼人:
「素直な気持ちを、教えてくれないかな」
お願いだよ──松宮さん。
松宮 茜:
「……わた……し」
そして。
松宮 茜:
「……私、も……」
ようやく松宮さんは。
両手で顔を隠しながら。
松宮 茜:
「小池くん……が……」
松宮 茜:
「……好……きです……」
聞き取れないくらいの、小さな声で。
応えてくれたんだ。
小池 隼人:
「……!」
小池 隼人:
「……へへ」
ホッとして、じんわりと僕の心は温かくなってしまう。
差し伸べた右手で、ゆっくりと彼女の顔を隠しているその手をどかした。
なんだっけ。
日本の神話に、こんな神様がいたな。
怒って岩戸に閉じこもってしまった女性の神様。
その神様に扉を開かせた人たちもきっと、僕みたいに大変だったんだろう。
引きはがした岩戸……もとい松宮さんの手の下から、真っ赤になった彼女の顔がようやく見えた。
うん……可愛いな。
小池 隼人:
「ありがとう、松宮さん」
松宮 茜:
「あ……あの、あの……」
小池 隼人:
「ん?」
松宮 茜:
「ち、ちか……近すぎ……」
松宮さんは下を向きながら、僕の胸を弱々しく押す。
慌てて、体を離した。
小池 隼人:
「ご、ごめん」
必死になっていたせいで、彼女に近づきすぎてしまっていた。
僕は松宮さんから少し体を離し、腰を上げて膝に手をつく。
小池 隼人:
「立てる?」
手を差し伸べたんだけど。
松宮 茜:
「た、立てる!」
松宮さんは、僕の手を借りずに立ち上がった。
向き合って並ぶ僕ら。
小池 隼人:
「…………」
松宮 茜:
「…………」
──ええと、どうしよう。
黙ってうつむく松宮さんは、こちらを見ない。
そうされると、僕も少し不安になる。
さっきの回答はもしかして、幻聴だったのだろうか。
小池 隼人:
「えっと……」
小池 隼人:
「付き合ってくれるってことで、いいのかな?」
すると松宮さんは、コクコクとうなずいた。
ホッとした僕。
でも、もう少し確証が欲しい。
小池 隼人:
「松宮さんも、僕が好き?」
コクコク。
小池 隼人:
「本当に?」
コクコク。
小池 隼人:
「僕の彼女になってくれる?」
コクコク。
小池 隼人:
「キスしてくれる?」
コクコ…………。
松宮 茜:
「ええ!?」
ようやく松宮さんは、顔を上げて僕と目を合わせてくれた。
僕はいじわるく笑ってしまう。
小池 隼人:
「冗談だよ」
松宮 茜:
「……っこ、小池くん!」
松宮さんはまた真っ赤になって、怒ってしまった。
ああ、僕はこの顔も、けっこう好きかもしれない。
シャクだけれど、森くんが松宮さんをいじめていた理由が、ちょっとわかった気がする。
松宮さんの困った顔って可愛くて、何だかいじめたくなっちゃうんだ。
でも。
その特権も、もう僕だけのもの。
嬉しくて、赤くなる松宮さんの横で笑った。
・ ・ ・
すっかり、玉入れの玉を取りに行っていたことを忘れていた僕ら。
あれから慌てて体育館へ取りに戻り、無事に1年生の玉入れ競技に間に合わせた。
森くんが、あの後体育館からどこへ行ったのかは知らない。
だって僕も、松宮さんを追うことで必死だったんだから。
そして、スポーツ大会終了後。
松宮 茜:
「無事に終わってよかったね!」
小池 隼人:
「うん、そうだね」
後片付けをする頃には、松宮さんもようやくいつもの笑顔を見せて、僕に話しかけてくれた。
最後の仕事として、はりきって備品を片付ける松宮さん。三角コーンを片づけに校庭の隅の北倉庫へ向かう。
その背中を見送って、僕が深いため息をついてしまうのは──仕方ないことなのだ。
小池 隼人:
(まさか、まだみんなには内緒にして、なんてさ)
とても恥ずかしがり屋な松宮さん。
付き合うことを、しばらくは内緒にしてほしいだなんて、僕に言ったんだ。
まったく、恥ずかしがり屋も度を過ぎると酷いよ。
小池 隼人:
(まぁ、でも……)
小池 隼人:
(どうせすぐに、バレるんだろうけど)
表情が出やすい松宮さん。
どうせ、すぐ友達にバレるだろうに、という予想は的中するだろう。
いつ頃バレるかな。
そう──きっと、僕が松宮さんの背を追い越す頃には。
君が素直になるのが先か。
僕が追いつくのが先か。
今日の追いかけっこみたいに、勝負しようじゃないか。
松宮 茜:
「置いてきたよー!次は何運ぶ?」
小池 隼人:
「もう大丈夫だよ。帰る準備、しておいで」
松宮 茜:
「え、うん」
実際もうグラウンドはほとんど片づけられていて、あとはトンボをかけるくらいだ。
それは男子でやればいいし、女子たちは早く帰らせた方がいいだろう。
そう思って皆に指示をしていた。
そんな僕の隣に、松宮さんは立つ。
松宮 茜:
「…………一緒に、か、帰る?」
小池 隼人:
「!」
隣を見れば、彼女の見慣れつつある照れた顔。
松宮さん……隠したいのか隠したくないのか、よくわかんないよ。
でもこれも、惚れた弱み。
結局僕は嬉しくなって、その申し出を喜んで快諾する。
小池 隼人:
「うん!」
松宮 茜:
「……へへ」
嬉しそうに笑った松宮さん。
うん。
やっぱりこの勝負……松宮さんの勝ちかもしれないな、なんて思った。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




