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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.42 素直まであと4センチ(7・終)「勝負の行方」

 黒田:

「なんかいつも落ち着いているし、熱くなったり、カッとなったりしなさそう」


 僕を、そう評してくれた黒田くん。

 でもそれはきっと、間違っている。

 僕は冷静でも、落ち着いてもいない。

 強いコンプレックスを隠すために、そういったフリをしているだけだ。


 心の中にはいつだって、悔しさや負けん気がくすぶっている。


──ほら。今だって。


 小池 隼人:

「待って、松宮さん……!」


 僕から逃げようとするチーターみたいな松宮さんを、必死になって追いかけている。


 逃げる女の子を追いかけ回すなんて、なんてカッコ悪いんだ!


 こんな僕を見たら、ケイちゃんや黒田くんは、きっと目玉を飛び出させるに違いない。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 素直まであと4センチ

(7)「勝負の行方」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 屋上へと続く階段を上ってしまった松宮さん。

 そのおかげで、ようやく捕まえることができた。

 扉を開けられずにいた彼女をそこに追い込んで、僕は彼女の後ろ姿を挟むように、両手をつく。


 ランニングを続けていてよかった。

 乱れた呼吸を整える。


 小池 隼人:

「お願い……逃げないで」


 吐き出したセリフが、何とも女々しくていやになる。でも、僕の素直な気持ちだ。

 扉と僕に、はさまれた松宮さん。

 ようやく振り返って、こちらを見てくれる。

 やっぱり眉は八の字になっていて、顔は真っ赤っかだ。


 松宮 茜:

「……小池……くん」


 松宮さんはすぐに、僕から視線を下にそらした。

 でも僕は、そらした視線の先に顔をのぞかせて、逃げられないようにする。

 ああ、僕ってイヤなやつだ。


 小池 隼人:

「……あれが、返事じゃないよね?」


 松宮 茜:

「……」


 僕と森くんを大っキライだと、言い放ってくれた松宮さん。

 でも、そんなの僕は信じない。

 信じてやらないぞ。


 彼女はずるずると背中を扉に滑らせて、ぺたんとお尻をつけてしまう。

 僕もつられて片膝をつく。

 片手は離したけれど、左手は扉につけたまま、松宮さんを見下ろした。


 とってもシャイで恥れ屋で、恥ずかしさがマックスになると怒っちゃう松宮さん。

 今度は怒らせないように、僕はなるべく穏やかに聞いた。


 小池 隼人:

「僕は君が好きで、付き合いたいと思ってるんだけど」


 小池 隼人:

「松宮さんは、どう思ってる?」


 松宮 茜:

「…………」


 松宮さんは、まるで信じられないみたいに僕を見る。

 声の出し方を忘れたのかと思うくらい、かすかに動く口からは声が出ない。


──うん、焦っちゃダメだ。


 小池 隼人:

「……あの」


 小池 隼人:

「今ここには、森くんもいないし……僕らだけだから」


 だから、どうか。


 小池 隼人:

「素直な気持ちを、教えてくれないかな」


 お願いだよ──松宮さん。


 松宮 茜:

「……わた……し」


 そして。


 松宮 茜:

「……私、も……」


 ようやく松宮さんは。

 両手で顔を隠しながら。


 松宮 茜:

「小池くん……が……」


 松宮 茜:

「……好……きです……」


 聞き取れないくらいの、小さな声で。

 応えてくれたんだ。


 小池 隼人:

「……!」


 小池 隼人:

「……へへ」


 ホッとして、じんわりと僕の心は温かくなってしまう。

 差し伸べた右手で、ゆっくりと彼女の顔を隠しているその手をどかした。


 なんだっけ。

 日本の神話に、こんな神様がいたな。

 怒って岩戸に閉じこもってしまった女性の神様。

 その神様に扉を開かせた人たちもきっと、僕みたいに大変だったんだろう。

 引きはがした岩戸……もとい松宮さんの手の下から、真っ赤になった彼女の顔がようやく見えた。


 うん……可愛いな。


 小池 隼人:

「ありがとう、松宮さん」


 松宮 茜:

「あ……あの、あの……」


 小池 隼人:

「ん?」


 松宮 茜:

「ち、ちか……近すぎ……」


 松宮さんは下を向きながら、僕の胸を弱々しく押す。

 慌てて、体を離した。


 小池 隼人:

「ご、ごめん」


 必死になっていたせいで、彼女に近づきすぎてしまっていた。

 僕は松宮さんから少し体を離し、腰を上げて膝に手をつく。


 小池 隼人:

「立てる?」


 手を差し伸べたんだけど。


 松宮 茜:

「た、立てる!」


 松宮さんは、僕の手を借りずに立ち上がった。

 向き合って並ぶ僕ら。


 小池 隼人:

「…………」


 松宮 茜:

「…………」


──ええと、どうしよう。


 黙ってうつむく松宮さんは、こちらを見ない。

 そうされると、僕も少し不安になる。

 さっきの回答はもしかして、幻聴だったのだろうか。


 小池 隼人:

「えっと……」


 小池 隼人:

「付き合ってくれるってことで、いいのかな?」


 すると松宮さんは、コクコクとうなずいた。

 ホッとした僕。

 でも、もう少し確証が欲しい。


 小池 隼人:

「松宮さんも、僕が好き?」


 コクコク。


 小池 隼人:

「本当に?」


 コクコク。


 小池 隼人:

「僕の彼女になってくれる?」


 コクコク。


 小池 隼人:

「キスしてくれる?」


 コクコ…………。


 松宮 茜:

「ええ!?」


 ようやく松宮さんは、顔を上げて僕と目を合わせてくれた。

 僕はいじわるく笑ってしまう。


 小池 隼人:

「冗談だよ」


 松宮 茜:

「……っこ、小池くん!」


 松宮さんはまた真っ赤になって、怒ってしまった。

 ああ、僕はこの顔も、けっこう好きかもしれない。

 シャクだけれど、森くんが松宮さんをいじめていた理由が、ちょっとわかった気がする。

 松宮さんの困った顔って可愛くて、何だかいじめたくなっちゃうんだ。


 でも。

 その特権も、もう僕だけのもの。

 嬉しくて、赤くなる松宮さんの横で笑った。



 ・  ・  ・



 すっかり、玉入れの玉を取りに行っていたことを忘れていた僕ら。


 あれから慌てて体育館へ取りに戻り、無事に1年生の玉入れ競技に間に合わせた。

 森くんが、あの後体育館からどこへ行ったのかは知らない。

 だって僕も、松宮さんを追うことで必死だったんだから。


 そして、スポーツ大会終了後。


 松宮 茜:

「無事に終わってよかったね!」


 小池 隼人:

「うん、そうだね」


 後片付けをする頃には、松宮さんもようやくいつもの笑顔を見せて、僕に話しかけてくれた。


 最後の仕事として、はりきって備品を片付ける松宮さん。三角コーンを片づけに校庭の隅の北倉庫へ向かう。

 その背中を見送って、僕が深いため息をついてしまうのは──仕方ないことなのだ。


 小池 隼人:

(まさか、まだみんなには内緒にして、なんてさ)


 とても恥ずかしがり屋な松宮さん。

 付き合うことを、しばらくは内緒にしてほしいだなんて、僕に言ったんだ。

 まったく、恥ずかしがり屋も度を過ぎると酷いよ。


 小池 隼人:

(まぁ、でも……)


 小池 隼人:

(どうせすぐに、バレるんだろうけど)


 表情が出やすい松宮さん。

 どうせ、すぐ友達にバレるだろうに、という予想は的中するだろう。


 いつ頃バレるかな。

 そう──きっと、僕が松宮さんの背を追い越す頃には。


 君が素直になるのが先か。

 僕が追いつくのが先か。


 今日の追いかけっこみたいに、勝負しようじゃないか。


 松宮 茜:

「置いてきたよー!次は何運ぶ?」


 小池 隼人:

「もう大丈夫だよ。帰る準備、しておいで」


 松宮 茜:

「え、うん」


 実際もうグラウンドはほとんど片づけられていて、あとはトンボをかけるくらいだ。

 それは男子でやればいいし、女子たちは早く帰らせた方がいいだろう。

 そう思って皆に指示をしていた。


 そんな僕の隣に、松宮さんは立つ。


 松宮 茜:

「…………一緒に、か、帰る?」


 小池 隼人:

「!」


 隣を見れば、彼女の見慣れつつある照れた顔。

 松宮さん……隠したいのか隠したくないのか、よくわかんないよ。


 でもこれも、惚れた弱み。

 結局僕は嬉しくなって、その申し出を喜んで快諾する。


 小池 隼人:

「うん!」


 松宮 茜:

「……へへ」


 嬉しそうに笑った松宮さん。

 うん。

 やっぱりこの勝負……松宮さんの勝ちかもしれないな、なんて思った。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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