Ep.4 アゲイン (5・終)「もう1度」
お節介を2人に押し付け、保健室から出た私。
無責任に廊下で1度、腕を上げて伸びをする。
篠田 かなえ:
「──ふう」
さて、ではどこかで時間つぶしをしなければ。
ゆっくりと、足を踏み出した。
扉を隔てた向こうから声は聞こえない。
生徒たちの声が賑わうグラウンドへと、無意識に足を向けた。
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アゲイン
(5)「もう1度」
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グラウンド脇の道を、ゆっくり散歩することにした。
夏休み前だというのに、運動部たちはいつもどおり熱心に部活動に励んでいる。
あの中に、本来なら中曽根くんも混じっていたのだろう。
そんなことを思いながら、ぼんやりとそちらを眺めていた。
頭の中ではもちろん、戸田さんと中曽根くんの行方が気になっているのだけれど。
それでも外に出ていると、外気によって、思考が少しずつ変化していく。
若さ溢れる生徒たちの運動する様子に、刹那、ちりりと心が揺れる。
なんの感慨だったのかはわからない。
でも。
篠田 かなえ:
(──ああ)
篠田 かなえ:
(私はもう、あの頃には戻れないんだな)
なんてことを、ぼんやりと思った。
青春は、とうの昔に置いてきてしまって。
もう、あの頃に帰ることはできない。
だからだろう。
あの2人に、自分を重ねるようにお節介な行動をしてしまったのは。
篠田 かなえ:
(……やっぱり、迷惑だったかしら)
今さらながらに焦りだす。
ちらりと、保健室に目を向けようとした──その時。
坂本先生:
「篠田先生、危ない!!」
坂本先生の、大きな声が聞こえた。
篠田 かなえ:
「え? ──きゃ!!」
見えたのは、こちらに向かってくる野球ボール。
まるで、私を狙うかのように落ちてくる。
次の瞬間。
バシン!!
と、痛そうな音が辺りに響いた。
篠田 かなえ:
「……………」
篠田 かなえ:
(……痛く、ない……?)
当たると思って目をつぶっていた私は、恐る恐る目を開ける。
するとそこに、大きな背中を見つけた。
ブルーのジャージが、まるで大空のように、私の視界を塞いでいる。
それは坂本先生の背中だと、すぐに理解した。
野球部員:
「うわ、大丈夫ですか、先生!」
坂本先生:
「大丈夫だー、お前ら気をつけろよー!」
坂本先生は、地面に転がっていた野球ボールを右手で拾い上げる。
左腕をかばうようにして、そのボールを思い切り野球部の方へと投げた。
野球部員:
「すみませんでしたー!」
パシン、と鮮やかにキャッチされる野球ボール。
グラウンドの向こうで、野球部の子が帽子を脱いで頭を下げた。
颯爽と背中を向け去っていく生徒を見届けて、私は慌てて坂本先生に声をかける。
篠田 かなえ:
「だ、大丈夫ですか!? 坂本先生!」
坂本先生:
「ああ、平気ですよ。このくらい」
篠田 かなえ:
「でも、すごい音がしましたよ! ちょっと見せてください!」
坂本先生:
「え、あ!?」
戸惑う坂本先生を無視して、かばわれていた左腕のジャージをめくる。
鬱血まではしていないものの、赤くなった肌があらわれた。
篠田 かなえ:
「少し腫れていますね、保健室に──」
そこまで言いかけて、ハッとする。
今、あそこには2人がいる。
でもその躊躇は、すぐに坂本先生の言葉でかき消された。
坂本先生:
「ぶ、部室の救急箱にも湿布があるんで、貼っときますよ」
坂本先生は、するりと私の手から逃れると、ワハハと笑った。
篠田 かなえ:
「──そう、ですか」
少しだけその申し出に安堵して、彼を見上げる。
今まで、部活動をしていたせいだろうか。
うっすらと汗ばんでいる髪の毛を額に貼り付け、少し赤らんだ顔をしていた。
少し広めの肩幅。
褐色に染まりつつある肌。
それなのに瞳だけが穏やかで、こちらをじっと見ている。
坂本先生:
「──篠田先生こそ、大丈夫ですか?」
篠田 かなえ:
「え、は、はい」
静かにこちらを心配してくれた声に。
トクンと、小さく心臓が揺れた。
篠田 かなえ:
(あ、れ……?)
その小さな響きは、どこかで覚えのあるものだ。
懐かしいのに、新しいこの動悸。
坂本先生:
「それならよかったです」
ニコリと笑った、坂本先生。
それを見て、私は。
篠田 かなえ:
「───っ」
篠田 かなえ:
「………ありがとう、ございます」
理解してしまった。
だって私は。
あの子たちほど幼くもなければ、子どもでもないから。
知っているのだ。
この動悸の正体を。
坂本先生は私が無事なのを確認すると、安心したように、またグラウンドへと帰ってしまった。
それを見て、少し寂しいと感じてしまった自分に、ああ、やっぱりと再認識してしまう。
バカだなぁ。
教師なんて、もうこりごりだと思っていたのに、こうなっちゃったんだから。
篠田 かなえ:
(でも)
篠田 かなえ:
(仕方ない、か)
どこか少し晴れ晴れしい気分で、息を吸った。
新しい澄んだ空気が、肺を満たす。
きっともう、とっくに気持ちは傾いていたのだろう。
あの保健室のとき、優しい気持ちにさせてくれた瞬間から。
始まってしまったんだ。
次の恋が。
篠田 かなえ:
(私って本当、懲りないんだわ)
呆れた気持ちになりながらも、どこか心が弾むような気分になって、グラウンドの横をまた歩きだす。
また始まった、この気持ち。
今度こそ、大切に育てていきたい。
篠田 かなえ:
(──あ)
ハタと気づいて、坂本先生の方をまた見やる。
指輪は……はめてない。
篠田 かなえ:
(でも、彼女がいるかわからないし……)
篠田 かなえ:
(慎重に、慎重に)
やっぱり大人の恋は、あの子たちほどキラキラにはなれないな。
なんて思いながら苦笑する。
それでもいい。
もう1度、始めよう。
また傷つくかもしれないけど、ちゃんと思い出せたから。
この鼓動を大切にしたい気持ちを。
あの子たちに、教えてもらったから。
・ ・ ・
あれから約20分ほど時間を潰してから、保健室に戻った。
すると、そこにもう戸田さんの姿はなかった。
ベッドを見ると、中曽根くんが小さな寝息を立てて眠っている。
穏やかな寝顔を見て、どうやら熱は下がってきたようだと安堵する。
篠田 かなえ:
(……結局、どうなったのかしら)
少し心配になったが、ふと私の机の上に、メモが置かれているのを見つけた。
可愛いメモ用紙をたたんで、中身が見えないように置いてある。
『篠田先生へ』
と書かれたそれを、私はゆっくり開いた。
篠田 かなえ:
「……………」
篠田 かなえ:
「……ふふ」
読んで、思わず笑みがこぼれる。
そうね戸田さん。
私も、あなたに負けないように、もう1度頑張るわ。
……………………………………
篠田先生へ
プリントの仕分けはしておきました。
テーブルに置いておきます。
でも先生はとてもイジワルなので、もうお手伝いはしません!
でもありがとう。
気持ちをちゃんと伝えられて、つき合うことになりました。
先生も人のことばっかじゃなくて、自分のこと心配してね!
P.S. 恋愛相談可能ですか?
戸田るり
……………………………………
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




