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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.4 アゲイン (5・終)「もう1度」

 お節介を2人に押し付け、保健室から出た私。

 無責任に廊下で1度、腕を上げて伸びをする。


 篠田 かなえ:

「──ふう」


 さて、ではどこかで時間つぶしをしなければ。

 ゆっくりと、足を踏み出した。

 扉を隔てた向こうから声は聞こえない。

 生徒たちの声が賑わうグラウンドへと、無意識に足を向けた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 アゲイン

(5)「もう1度」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 グラウンド脇の道を、ゆっくり散歩することにした。

 夏休み前だというのに、運動部たちはいつもどおり熱心に部活動に励んでいる。

 あの中に、本来なら中曽根くんも混じっていたのだろう。

 そんなことを思いながら、ぼんやりとそちらを眺めていた。


 頭の中ではもちろん、戸田さんと中曽根くんの行方が気になっているのだけれど。

 それでも外に出ていると、外気によって、思考が少しずつ変化していく。

 若さ溢れる生徒たちの運動する様子に、刹那、ちりりと心が揺れる。

 なんの感慨だったのかはわからない。

 でも。


 篠田 かなえ:

(──ああ)


 篠田 かなえ:

(私はもう、あの頃には戻れないんだな)


 なんてことを、ぼんやりと思った。


 青春は、とうの昔に置いてきてしまって。

 もう、あの頃に帰ることはできない。


 だからだろう。

 あの2人に、自分を重ねるようにお節介な行動をしてしまったのは。


 篠田 かなえ:

(……やっぱり、迷惑だったかしら)


 今さらながらに焦りだす。

 ちらりと、保健室に目を向けようとした──その時。


 坂本先生:

「篠田先生、危ない!!」


 坂本先生の、大きな声が聞こえた。


 篠田 かなえ:

「え? ──きゃ!!」


 見えたのは、こちらに向かってくる野球ボール。

 まるで、私を狙うかのように落ちてくる。

 次の瞬間。


 バシン!!


 と、痛そうな音が辺りに響いた。


 篠田 かなえ:

「……………」


 篠田 かなえ:

(……痛く、ない……?)


 当たると思って目をつぶっていた私は、恐る恐る目を開ける。

 するとそこに、大きな背中を見つけた。

 ブルーのジャージが、まるで大空のように、私の視界を塞いでいる。

 それは坂本先生の背中だと、すぐに理解した。


 野球部員:

「うわ、大丈夫ですか、先生!」


 坂本先生:

「大丈夫だー、お前ら気をつけろよー!」


 坂本先生は、地面に転がっていた野球ボールを右手で拾い上げる。

 左腕をかばうようにして、そのボールを思い切り野球部の方へと投げた。


 野球部員:

「すみませんでしたー!」


 パシン、と鮮やかにキャッチされる野球ボール。

 グラウンドの向こうで、野球部の子が帽子を脱いで頭を下げた。

 颯爽と背中を向け去っていく生徒を見届けて、私は慌てて坂本先生に声をかける。


 篠田 かなえ:

「だ、大丈夫ですか!? 坂本先生!」


 坂本先生:

「ああ、平気ですよ。このくらい」


 篠田 かなえ:

「でも、すごい音がしましたよ! ちょっと見せてください!」


 坂本先生:

「え、あ!?」


 戸惑う坂本先生を無視して、かばわれていた左腕のジャージをめくる。

 鬱血まではしていないものの、赤くなった肌があらわれた。


 篠田 かなえ:

「少し腫れていますね、保健室に──」


 そこまで言いかけて、ハッとする。

 今、あそこには2人がいる。

 でもその躊躇は、すぐに坂本先生の言葉でかき消された。


 坂本先生:

「ぶ、部室の救急箱にも湿布があるんで、貼っときますよ」


 坂本先生は、するりと私の手から逃れると、ワハハと笑った。


 篠田 かなえ:

「──そう、ですか」


 少しだけその申し出に安堵して、彼を見上げる。


 今まで、部活動をしていたせいだろうか。

 うっすらと汗ばんでいる髪の毛を額に貼り付け、少し赤らんだ顔をしていた。

 少し広めの肩幅。

 褐色に染まりつつある肌。

 それなのに瞳だけが穏やかで、こちらをじっと見ている。


 坂本先生:

「──篠田先生こそ、大丈夫ですか?」


 篠田 かなえ:

「え、は、はい」


 静かにこちらを心配してくれた声に。

 トクンと、小さく心臓が揺れた。


 篠田 かなえ:

(あ、れ……?)


 その小さな響きは、どこかで覚えのあるものだ。

 懐かしいのに、新しいこの動悸。


 坂本先生:

「それならよかったです」


 ニコリと笑った、坂本先生。

 それを見て、私は。


 篠田 かなえ:

「───っ」


 篠田 かなえ:

「………ありがとう、ございます」


 理解してしまった。


 だって私は。

 あの子たちほど幼くもなければ、子どもでもないから。

 知っているのだ。

 この動悸の正体を。


 坂本先生は私が無事なのを確認すると、安心したように、またグラウンドへと帰ってしまった。

 それを見て、少し寂しいと感じてしまった自分に、ああ、やっぱりと再認識してしまう。

 バカだなぁ。

 教師なんて、もうこりごりだと思っていたのに、こうなっちゃったんだから。


 篠田 かなえ:

(でも)


 篠田 かなえ:

(仕方ない、か)


 どこか少し晴れ晴れしい気分で、息を吸った。

 新しい澄んだ空気が、肺を満たす。


 きっともう、とっくに気持ちは傾いていたのだろう。

 あの保健室のとき、優しい気持ちにさせてくれた瞬間から。


 始まってしまったんだ。

 次の恋が。


 篠田 かなえ:

(私って本当、懲りないんだわ)


 呆れた気持ちになりながらも、どこか心が弾むような気分になって、グラウンドの横をまた歩きだす。


 また始まった、この気持ち。

 今度こそ、大切に育てていきたい。


 篠田 かなえ:

(──あ)


 ハタと気づいて、坂本先生の方をまた見やる。

 指輪は……はめてない。


 篠田 かなえ:

(でも、彼女がいるかわからないし……)


 篠田 かなえ:

(慎重に、慎重に)


 やっぱり大人の恋は、あの子たちほどキラキラにはなれないな。

 なんて思いながら苦笑する。


 それでもいい。

 もう1度、始めよう。


 また傷つくかもしれないけど、ちゃんと思い出せたから。

 この鼓動を大切にしたい気持ちを。

 あの子たちに、教えてもらったから。



 ・   ・   ・



 あれから約20分ほど時間を潰してから、保健室に戻った。

 すると、そこにもう戸田さんの姿はなかった。

 ベッドを見ると、中曽根くんが小さな寝息を立てて眠っている。

 穏やかな寝顔を見て、どうやら熱は下がってきたようだと安堵する。


 篠田 かなえ:

(……結局、どうなったのかしら)


 少し心配になったが、ふと私の机の上に、メモが置かれているのを見つけた。

 可愛いメモ用紙をたたんで、中身が見えないように置いてある。

『篠田先生へ』

 と書かれたそれを、私はゆっくり開いた。


 篠田 かなえ:

「……………」


 篠田 かなえ:

「……ふふ」


 読んで、思わず笑みがこぼれる。


 そうね戸田さん。

 私も、あなたに負けないように、もう1度頑張るわ。




……………………………………


 篠田先生へ

 プリントの仕分けはしておきました。

 テーブルに置いておきます。

 でも先生はとてもイジワルなので、もうお手伝いはしません!

 でもありがとう。

 気持ちをちゃんと伝えられて、つき合うことになりました。

 先生も人のことばっかじゃなくて、自分のこと心配してね!


 P.S. 恋愛相談可能ですか?

 戸田るり


……………………………………




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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