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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.4 アゲイン (4)「想いを伝える」

 あれから、数日が経った。

 もうすぐ夏休みを迎える生徒たちは、どこかうきうきとしている。

 先生たちは夏休みでの過ごし方を注意喚起するが、それがどれほど生徒たちに伝わっているかなんてわからない。


 はしゃぐ生徒たち。

 ピリピリする教師たち。

 そんな中、私は戸田さんを気にしていた。

 あれ以来、彼女の顔を見ていないが、元気にしているだろうか。


 篠田 かなえ:

(謝る──ほどのことでも、ないけれど)


 きっと彼女は、あれが些細な嫌がらせだったことにも気がついていない。

 だから、自分のこの不完全燃焼さは解消されることはない。

 ただ彼女の心情が穏やかでいてくれたら、と願うしかなかった。


 篠田 かなえ:

(…………あら)


 放課後、そんなふうに考えながら、廊下を歩いていたからだろうか。

 廊下の先に、一人で歩く戸田さんの後ろ姿を見つけた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 アゲイン

(4)「想いを伝える」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 篠田 かなえ:

「戸田さん」


 気がついたら私は、彼女に声をかけていた。


 戸田 るり:

「はい?」


 振り返った彼女は、声をかけたのが私だと気づくと人懐っこい笑みを浮かべる。


 戸田 るり:

「篠田先生。すごい量ですね」


 彼女は、私の持つプリントを見てそう言った。

 来週、全生徒に配られる予定の「熱中症・熱射病予防」のお知らせだ。


 篠田 かなえ:

「今度あなたたちに配るものよ。 今から、クラスごとの枚数に仕分けなくちゃいけないの 」


 戸田 るり:

「あ、手伝いましょうか」


 篠田 かなえ:

「ふふ。察しがいいわね」


 保健委員に今までも、こういったお手伝いを頼んだことがある。

 彼女の申し出に、私は素直にうなずいた。



 ・   ・   ・



 保健室に入り、私の事務机の後ろにある大きなテーブルに、大量のプリントを置いた。

 戸田さんも同じように、半分持ってくれたプリントを置く。


 戸田 るり:

「この表どおりに、分ければいいんですね」


 篠田 かなえ:

「そうよ」


 各クラスの生徒数一覧が書かれた紙。

 戸田さんはそれを受け取ると、ベッドを背後に椅子に座り、プリントに手をつけ枚数を数え始めた。

 正直、手伝ってもらうほどの作業量でもなかった。

 でも私は、彼女をこの保健室に誘うきっかけがほしかったのだ。


 篠田 かなえ:

「……ねぇ、戸田さん」


 戸田 るり:

「はい?」


 彼女は枚数を数えていた手を一度止め、こちらを見上げた。


 篠田 かなえ:

「あなた、好きな人はいる?」


 戸田 るり:

「え!?」


 唐突な質問に、戸田さんの目は見開く。

 すぐに紅潮しだした頬ばかりが素直で、つい目を細めた。


 篠田 かなえ:

「いるのね」


 戸田 るり:

「え……え?」


 まだ戸惑う戸田さんに、私はさらに確信を突こうとする。


 篠田 かなえ:

「サッカー部の中曽根くん?」


 戸田 るり:

「!!」


 篠田 かなえ:

「この間、鉢合わせした時にわかったわ。 あなたって素直なのね 」


 戸田 るり:

「……っ」


 くすっと笑った私の表情が、気に食わなかったのだろう。

 途端に戸田さんは顔を暗くして、こちらにいつにないキツイ視線を送った。


 戸田 るり:

「ち、違います! 私べつに、中曽根のことなんか……っ 」


 否定しようとする戸田さんに対し、私は目を丸くする。


 篠田 かなえ:

「本当に?」


 戸田 るり:

「……っ」


 嘘だ。

 頬が真っ赤な表情をしておきながら、そんなことを言うなんて。


 ああ、でも。

 そうだな。

 私もきっと、こんなのだった。


 中学生の頃は、素直に好きを認めることができなかった。

 認めても、口に出すことができなかった。

 口に出したら、途端に思いが泡沫《うたかた》のように消えてしまいそうで。


 でも、大人になったからこそ、気づけたこともあるのよ。


 思いは口に出さない限り、相手には「ない」も同然なんだって。


 篠田 かなえ:

「本当に、好きじゃないの?」


 戸田 るり:

「…………」


 戸田 るり:

「…………き」


 篠田 かなえ:

「え?」


 戸田 るり:

「好きですよ! 中曽根のこと! 」


 篠田 かなえ:

「!」


 ようやく吐露された、戸田さんの本心。

 頑なな彼女の言葉に、私はふふっと笑った。


 篠田 かなえ:

「───ですって。中曽根くん」


 戸田 るり:

「……え!?」


 戸田 るり:

「な、中曽根!?」


 中曽根 悠:

「…………」


 私は、彼女の背後に立つ彼に対して、言葉をかけた。



 数十分前。

 中曽根くんは、熱を出したということで保健室にきた。

 と言っても、微熱37.3度。

 部活に出るのだと言い張る彼を制止して、私は無理やりベッドに寝かせた。

 しばらく寝てから帰りなさい、と言い残し、職員室まで保健室でできる書類整理のプリントを持ってこようとした。

 そこで、戸田さんと出会ってしまった。


 意地の悪い大人。

 私は彼女の本心を、彼の前で引き出したくなってしまったんだから。


 中曽根 悠:

「あ、あの……俺」


 熱のせいか、告白のせいか。

 顔を真っ赤にして、何か言い始めようとする中曽根くん。

 私はそこで背を向けた。


 篠田 かなえ:

「じゃあ私、しばらく出てるから」


 戸田 るり:

「! 篠田先生……っ」


 何かを言いたげに、こちらを見る戸田さん。

 まだ混乱しているかもしれないけど、私ができることはこれだけ。

 大きなお節介を、どう処理するのかなんてことまで、こっちは面倒見ないわ。

 私は扉を開け、保健室から出ていった。


──ガラ、ピシャン


 篠田 かなえ:

(厄介な大人に、気に入られちゃったわね。戸田さん)


 2人を閉じこめた、保健室の向こう。

 私は戸田さんが思いを伝えられるようにと、お節介に祈った。




 ◇ 続く ◇

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