Ep.42 素直まであと4センチ (5)「恋は予想外」
7月のスポーツ大会当日。
僕は体育委員長として、本部テントに待機していた。
午後の今、足りない玉入れ用の玉を取りに、体育館倉庫へと向かった松宮さんの背中を見送った。
とその時、見知った顔がテントをのぞく。
おじさん:
「よ、隼人くん!」
小池 隼人:
「あ、おじさん!」
なんと、ケイちゃんのお父さんがビデオカメラ片手に現れたのだった。
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素直まであと4センチ
(5)「恋は予想外」
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漫画家という自由業であるケイちゃんのおじさん。
ポロシャツにジーパンとラフな格好をして、体格の大きさに合わない小さなビデオカメラを携えている。
小学生の頃から仲良くさせてもらっている気さくな彼は、僕にとって第二のお父さん的存在だ。
小池 隼人:
「来てたんですね」
おじさん:
「おう、圭介には内緒な!」
悪戯っ子のように笑うおじさんは、やっぱりケイちゃんのお父さんだ。笑顔がそっくり。
でも、何で内緒なんだろう?
首をかしげた僕に、おじさんは頭をかきながら言う。
おじさん:
「最後のスポーツ大会で応援団もやるっていうから来たかったのにさ、あいつ頑なに来るな! て言うんだよ」
小池 隼人:
「そうだったんですか」
おじさん:
「でもどうしてだか、その謎は解けたぞ」
ニヤリと、おじさんは笑う。
そしてビデオカメラの小さな画面を、僕に見せた。
その中にはちょうど、体育館から出てきたケイちゃんが映っていた。
どうやら、応援団が終わったあとのシーンらしい。
遠くから撮ったのだろう、手ブレが酷い。
そして揺れるケイちゃんが、体育館近くに立っていたある人物の元へと駆けつける。
デレデレしながら、手に持っていたハチマキを女の子に渡していた。
小さなその女の子はもちろん、望月さんだ。
おじさん:
「やー、あいつも隅におけないなぁ」
おじさんはだらしなく笑うが、その表情はカメラに映るケイちゃんと同じである。
僕は心の中で「あーあ」と、ケイちゃんに対してお気の毒さまという感想が浮かんだ。
同じ思春期男子として、これは恥ずかしい。
小池 隼人:
「おじさん、ケイちゃんをあんまりからかわないであげてね」
おじさん:
「ははは、からかうもんか」
おじさん:
「でもまさか、あの圭介がなぁ」
しみじみと語らうおじさんが持つビデオカメラを、まだ見ていた僕。
ふと、あることに気がついた。
小さな画面の奥に映る、体育館の出入り口。
そこに向かい、中に入った男子生徒が1人いたのだ。
小池 隼人:
(森くん……?)
──の、ような気がした。
画面が小さすぎてわからない。
これを撮ったのは約20分ほど前。さほど経ってないはずだ。
小池 隼人:
「…………」
おじさん:
「いやぁ、可愛い子だよなぁ。でも圭介デレすぎてないか? ほらこの顔なんて、鼻の下がこんなに伸びて……」
小池 隼人:
「おじさん、僕ちょっと失礼するね!」
おじさん:
「へ、隼人くん!?」
まだ話そうとするおじさんには悪かったけれど、僕は近くにいた体育委員のメンバーに本部待機をお願いすると、テントから離れた。
何だろう。嫌な予感がする。
僕の足は地面を蹴って、体育館へと向かっていた。
・ ・ ・
その予感は、的中した。
体育館の倉庫で、松宮さんが森くんと対峙していたからだ。
でも。
松宮 茜:
「好きじゃないよ、小池くんのことなんて!」
小池 隼人:
「!」
突然の言葉に僕の足は止まり、思わず手にかけた倉庫の扉を揺らしてしまう。
松宮さんと森くんが、驚いて振り返った。
小池 隼人:
「……えっと……」
──これは……どうしたらいいんだろう。
目の前の松宮さんは、顔を赤らめながら眉を下げ、口元に手を当てる。
その前に立つ森くんは、僕の存在に驚きつつも……笑った。
森 直人:
「はは! 小池、松宮はお前のことが嫌いらしいぜ」
松宮 茜:
「なっ……」
森くんのセリフに、松宮さんは困った顔をしてさらに眉をひそめる。その顔を小さく揺らめかすけれど、否定の横フリにまでは至らない。
ただ、戸惑いと驚きにいっぱいいっぱいの状態で、森くんを見ていた。
森 直人:
「残念だな小池。でも、こんなおとこ女に好かれても嬉しくねぇもんな?」
森くんの言葉は止まらない。
松宮 茜:
「や……やめてよっ!」
松宮さんはもう僕を見られないのか、手を差し出して森くんの口を止めようとする。
それを見て僕は──カッと、胸が熱くなった。
小池 隼人:
「──嘘だ!」
声は、体育館倉庫内に響いた。
松宮さんと森くんが、また驚いて僕を見る。
でも僕は、松宮さんしか見ていない。
眉を下げて、真っ赤になって──素直にならない彼女を。
小池 隼人:
「松宮さんが僕を嫌いだなんて、嘘だ」
松宮 茜:
「!?」
森 直人:
「……はあ!?」
僕の言葉に、松宮さんは目をまん丸くして、森くんは素っ頓狂な声を出した。
でも、森くんなんて今は相手にしてられない。
松宮さんが今は問題だ。
ずかずかと倉庫内に入ると、松宮さんの前に立った。
松宮さんは背後の棚に背中を押し付けて、のけぞる。
そんな彼女に、僕は言った。
小池 隼人:
「僕は好きだよ」
松宮 茜:
「!!」
松宮さんの目が、限界まで見開かれる。
背後で森くんが、驚いた気配もした。
でもそんなことに今は、かまってられない。
僕は少し──怒っているんだ。
小池 隼人:
「僕、松宮さんが好きだよ」
松宮 茜:
「……小池……くん」
ああ最悪だ。
まだ、松宮さんの背を追い抜いていないのに。
予想外の予定変更。
どうして告白さえ上手くいかない。
でも仕方ない──もう、止められないところまできてしまった。
小池 隼人:
「……松宮さんは、僕のことをどう思ってる?」
松宮 茜:
「……え……え?」
まだ混乱している松宮さん。
でも僕はもう、彼女を逃すつもりなんてなかった。
──ねぇ、僕ってイヤなやつだろうか。自惚れ屋だろうか。
君が僕を好きかもしれないなんて、最近思っていたんだよ。
だって、感情が表情に出やすい君は、すぐに僕の前で赤くなる。
他の子たちと違う表情を見せてくれる。
最初は勘違いかも、きっとケイちゃんみたいな背が高い子が理想だろう、なんて思っていたけれど、この間の遊園地でそのごまかしも効かなくなった。
すぐに赤くなる君。
困ったように笑う君。
その顔をひとり占めしたくて、でもその視線を留めておく自信がないから、自分に枷をつけたんだ。
サッカー部のレギュラー奪還と、君より背が高くなること。
でも、ああ──その枷も、今回ばかりは非常事態だ。外させてもらう。
だから。
ねえ、お願いだよ。
君も、素直になってくれないかな。
小池 隼人:
「僕は松宮さんと、付き合いたい」
松宮 茜:
「…………」
これ以上にないってくらい、赤くなる松宮さん。
震えていた彼女の唇が、かすかに開く。
松宮 茜:
「……っわ、……わた」
松宮 茜:
「私……っ」
でも、そのとき。
森 直人:
「ちょっと待て!!」
小池 隼人:
「!」
松宮 茜:
「!」
忘れていた森くんを見れば、彼も真っ赤になって肩をいからせていた。
そして、とんでもないことを言う。
森 直人:
「俺だって松宮が好きだ!!」
松宮 茜:
「へ!?」
小池 隼人:
「!!」
森くんのこの発言には、さすがに僕も面食らった。
──う、嘘だろう!?
いや、たしかに去年、堂本くんがそんなことを言っていたような……?
驚いた僕を、真っ赤に睨む森くん。
そんな僕らを交互に見る、茜色の松宮さん。
予想外の展開だ。
ああ──恋愛だけは、本当に予定どおりにいかないよ!
◇ 続く ◇




