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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.42 素直まであと4センチ (2)「やっぱり君が好き」

 昔から、男の子は苦手じゃないけど、キライだった。

 2つ上の兄貴は、全然優しくないし。

 同級生の男の子たちは、背が高いってだけで私をおとこ女扱いするし。


 だからつい、私も乱暴に対応してしまう。

 おとこ女扱いされるうちに、本当におとこ女になっちゃった。


 て、思ってたんだ。

 あの時までは。


 小池 隼人:

「松宮さんは、松宮さんだよ」


 中1の秋、閉じ込められた体育館倉庫の中。

 小池くんが言ってくれた言葉。


 小池 隼人:

「ただの個性だよね。男っぽいとか、女っぽいとかじゃなくてさ」


 小池 隼人:

「今日、松宮さんがバスケしてるの見て、すごくカッコいいなって思ったよ。だから……」


 小池 隼人:

「そのままでいいんだよ」


 ふんわり笑ってくれた小池くん。

 その言葉が、どれほど私を救ってくれたかなんて、彼はきっと気づいていない。


 そして私がその時、恋に落ちたことだって。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 素直まであと4センチ

(2)「やっぱり君が好き」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 松宮 茜:

(はー……)


 松宮 茜:

(小池くん、カッコよかったなぁ)


 部活も終わり帰宅した私は、スマホに送られたお母さんからの指示で、洗濯物の取り込みをしている。お母さんは今日はどうやら、残業のようだ。


 中に入れた洗濯物をリビングで1人で畳みながら、今日のことを思い出している。

 体育委員長として、教卓の前で進行を進める小池くん。

 その背中を見て、ただドキドキしていたけれど、今思うとたしかにその背はいつもより高かった。

 気づかなかったなぁ。


 松宮 茜:

(あと4センチ、か)


 小池くんが教えてくれた、私と彼の身長差。

 いつの間に、そんなに近づいていたのだろう。


 そんなことを考えていたら、玄関先から声がした。兄貴が帰ってきたらしい。


 兄貴:

「ただいまー、先風呂入るー」


 高2の兄貴は、声だけを玄関から響かせて、リビングに入らずそのまま手前の脱衣所に入った。


 松宮 茜:

「んー、おかえりー」


 姿を見せない兄貴に生返事をして、洗濯物畳みを続ける私。

 バサバサ、バタンッ、と騒々しい音が脱衣室から聞こえて、ふいにリビングの扉がバンッ! と開かれる。


 兄貴:

「茜、バスタオルねーんだけど、ちょうだい!」


 松宮 茜:

「はいはい……って、わあ!?」


 そこには、ハンドタオルで股間だけ隠したすっぽんぽんの兄貴がいた。


 松宮 茜:

「ちょっと、汚いもの見せないでよ!!」


 畳んで置いていたバスタオルを1枚ひっつかむと、近づいてこようとする兄貴に投げつけた。


 兄貴:

「汚いとはなんだ! 花の男子高校生の裸体だぞ!」


 松宮 茜:

「バッカじゃないの!」


 すね毛ボーボーのきったない足でこっちにくるなぁ!


 と私が鬼の形相になったので、兄貴はバスタオルを素直に受け取って「フンッ」と腰に手を当てた。


 兄貴:

「男はみんな、このきったねぇ体なんですー」


 松宮 茜:

「んなことあるかっ」


 柔道部のごつい兄貴を、他の男子と同じにしないでいただきたいっ。

 さっさと行け! とそっぽを向いた私に、兄貴は「兄ちゃんは悲しいぞ」と芝居がかって、お尻丸見えのまま脱衣室へと向かった。


 あーあ、気分が台無しだ。


 松宮 茜:

(小池くんは、そんなことないもんっ)


 熊みたいな兄貴と同じ性別だとは思えないくらい、小池くんはステキでカッコいい。

 泥まみれになるサッカー部なのに、なぜかいつも爽やかに見えるから、不思議だな。


 いつぞや見た、雨天時でのサッカー部の練習風景。

 薄汚くなるサッカー部員に混ざって走る小池くんが、どこかキレイに見えた。

 それを思い出すだけで、胸がキュッとなる。


 うん、やっぱり。


 小池くんが好きだなぁ。



 ・   ・   ・



 6月に入ると、体育委員会の集まりも多くなった。

 委員長と副委員長である私と小池くんは、連絡を取り合うことが増える。


……………………………………


 隼人:

「放課後、頼んでた資料を取りに5組に行くね」


……………………………………


 スマホに映し出された小池くんとのメッセージのやりとりを、教室の片隅でにやけながら見つめる。


 へへー、今がその放課後である。

 小池くんが来てくれるなんて夢のようだ。副委員長になって本当によかった!


 うきうきとカバンに教材をしまい込む。

 その時。


 ドンッ


 松宮 茜:

「!」


 後頭部に何かがぶつかった。


 森 直人:

「あ、わり」


 廊下側の一番後ろの私の席。

 その後ろを通ろうとした人物に、私の眉間がよった。

 森直人だったからだ。

 どうやら、彼のカバンが当たったらしい。


 松宮 茜:

「……」


 ムスッとして森を睨んだ。

 私はこいつが大っ嫌いだ。


 小学校から一緒のこいつ。

 昔から私をおとこ女呼ばわりして、散々からかってくれた。

 意地悪で、乱暴者で、下品なやつ。

 体育館倉庫に閉じこめられたことは、堂本含めて許してはいない。


 森 直人:

「睨むなよ。わざとじゃねーよ」


 松宮 茜:

「…………」


 ふいと視線をはずした。しゃべりたくもなかったからだ。

 昔は私の方が背が高かったし力もあったから、森にいじめられたって平気だった。

 でも、今はこいつの方が体も大きく力も強くて──正直怖い存在だ。

 できれば、関わりたくない。


 森 直人:

「何だよ、無視かよ」


 じろっと睨む森の視線に、身がすくみそうになる。

 やだな。どうして森は、私に絡もうとするんだろう。


 松宮 茜:

「そういうわけじゃ……」


 小さく森に目を向けた時だった。


 小池 隼人:

「松宮さん、待たせちゃった?」


 小池くんの救いの声が、舞い込んできた。


 松宮 茜:

「小池くん」


 ホッとした私の席に、彼は近寄ってくれる。


 小池 隼人:

「僕のクラスのが終わるの遅かったね、ごめん」


 松宮 茜:

「ううん、小池くんのせいじゃないよ」


 森との会話で張り詰めていた緊張が、和らいだ。

 思わずこぼれた笑み。よかった、小池くんが来てくれて。

 森はなぜか、私の近くから動かない。

 それに小池くんも気づいたのだろう。ふと、後ろに立つ森へと彼は振り返った。


 小池 隼人:

「なに? 森くん」


 森にさえ柔らかく笑う小池くん。

 それに対して森は、ふいと顔を背けた。


 森 直人:

「……ふんっ」


 そのままズカズカと、やっとどっかへ行ってくれた。

 はぁ、よかった。

 森の姿が見えなくなると、小池くんは私にまた声をかけた。


 小池 隼人:

「松宮さん、森くんにまた、意地悪なことされてない?」


 松宮 茜:

「えっ、う……うん」


 小池 隼人:

「そっか。ならよかった」


 松宮 茜:

「…………」


 今でもこんなふうに森とのことを心配してくれるなんて、小池くんは優しいな。

 でも、小池くんは誰にでも優しいから、これで勘違いをしてはいけない。


 それでもやっぱり──嬉しくて。


 資料を彼に渡す私の手は、小さく震えた。




 ◇ 続く ◇

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