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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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202/273

Ep.40 ジェラート・ジェラシー (6・終)「大好きな彼女」

 体育館で、応援団の練習が始まろうとしていた。


 2年生の初心者ばかりが多い今年は、去年よりも練習量を多くせざるを得なくなる。

 俺も最初は慣れない大太鼓に苦労したが、今は何とかものになった。

 ウォーミングアップがてら、軽く大太鼓を鳴らす。

 舞台上に置かれた太鼓のそばで、俺は体育館出入り口を気にしている。


 大谷 圭介:

(望月、まだ来てないなぁ)


 そのかわり、後輩女子がまたいた。


 後輩の女の子たち:

「大谷せんぱーい、今日も頑張ってくださーい!」


 大谷 圭介:

「おーっす!」


 そう俺が応えると、キャーッとはしゃぐ女の子たち。

 な……何て可愛いのだっ!

 いやぁ、俺も隅におけませんなぁ。

 今俺は、モテ期なのかもしれん。


 そんなことを考えていたら。


 大谷 圭介:

「……へ!?」


 体育館の出入り口に現れた人物に、目を丸くした。


 何で──何で望月、御手洗と一緒に来てるわけ!?



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ジェラート・ジェラシー

(6)「大好きな彼女」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 太鼓のバチを握りしめながら、ぐるぐると考える。


 大谷 圭介:

(同じクラスだから、一緒に来ただけか?)


 大谷 圭介:

(でも、今まで1度もそんなことしてなかったよなぁ)


 大谷 圭介:

(てかあいつ、望月狙うとか……まさかマジで……)


 嫌な考えが頭をよぎる。

 2人を見ると、出入り口のところに立って何やらおしゃべりをしている。

 差が開きすぎてしまう俺と望月よりも、御手洗はちょうどいい身長差で、望月を見下ろしていた。


 大谷 圭介:

(な、何をしゃべってんだっ)


 というか望月、なぜこちらに背を向ける!?

 バチを痛くなるほどに握って、2人を見る。

 すると。


 大谷 圭介:

「!?」


 望月がふいにうつむいて、前に立つ御手洗が顔をのぞいて何と──頭を撫でやがった。


 大谷 圭介:

「!!」


 それは、いつも俺が望月にしていることで、でも俺よりも、優しそうに撫でている。

 いつもなら望月は俺が手をのっけると、髪型をそそくさと直すくせに、御手洗には静かに撫でられている。


 なんだ……なんだあれは!!


 大谷 圭介:

「てめえ、御手洗!」


 気づけばバチを放り投げ舞台から降り、2人の元へと駆けつけていた。

 望月の背後に立ち、肩から腕をまわして、自分の方へと引き寄せる。


 望月 美羽:

「圭介くん!」


 ちっちゃな望月はすっぽり腕におさまって、驚いて下から俺を見上げた。


 御手洗 満:

「予想以上に、早くかかったな」


 なんて御手洗は言いやがった。

 しかし怒っていた俺に、そんな言葉は耳に届かない。


 大谷 圭介:

「お前、人の彼女にベタベタしてんじゃねぇよ!」


 御手洗 満:

「ふーん? 自分は他の女子にデレデレしてたのに?」


 大谷 圭介:

「な……っ!」


 してねーよ! と言った俺を、御手洗は冷ややかにじとっと見つめる。

 そして腰に手を当て、淡々と言った。


 御手洗 満:

「望月さんを責めるなよ。俺の言ったとおりに、してもらっただけだから」


 大谷 圭介:

「はぁ?」


 御手洗 満:

「ヤキモチがどれだけしんどいか、バカな彼氏に再認識させてやろうってね」


 大谷 圭介:

「!」


 そこで御手洗は、困ったように笑う。


 御手洗 満:

「そりゃ、妬いてもらえたら嬉しいけどさ。あんまり妬かせすぎると、望月さんに愛想尽かされるぞ」


 大谷 圭介:

「御手洗……」


 まさか御手洗に、そんなことを言われるとは思わなかった。

 腕の中の望月を見下ろせば、彼女は赤い顔をして困っている。


 望月 美羽:

「あ、あの……離してもらっていい?」


 俺の腕をつかんで、困り顔をする望月。

 どうやら近くにいる後輩女子の、好奇な視線が気になっているようだ。


 後輩女子1:

「え、あの人彼女だったの?」


 後輩女子2:

「やだー、知らずに彼女の前で応援しちゃってたよー」


 なんて後輩女子は話している。


 あれ、こいつら知らなかったのか、望月のこと。

 そういや俺は、そんなことも言わずに、ただ喜んで女の子の声援を受けていたのかも。


 あーあ。こりゃもう、声援はもらえないかもしれないな。

 でも、いいや。

 そんなのは、どうでもいいのだ。


 望月 美羽:

「圭介くん……あの、手……」


 まだ腕の中で困っている望月に。


 大谷 圭介:

「やだ」


 俺はさらに腕を強めた。

 彼女の頭に顔を埋めて、御手洗の撫でたことを打ち消すように、鼻を擦りつける。

 そうだ俺……言わなきゃ。望月に。


 大谷 圭介:

「……ごめんな、望月」


 望月 美羽:

「!」


 大谷 圭介:

「俺、調子に乗りすぎてた」


 望月 美羽:

「圭介くん……」


 思えば望月は、ちゃんと電話で謝ってくれたのに。俺は望月にヤキモチさせたことを、そのままにしようとしていたんだ。

 というか、さらに妬かせたいなんて思っちゃって。

 俺はいい彼氏じゃないのかもしんない。


 大谷 圭介:

「反省してます……」


 そこでようやく俺は望月を解放して、彼女がこちらに向いた時に頭を下げた。

 ごめんな、ともう一度謝る。


 望月 美羽:

「へへ……もう大丈夫だよっ」


 望月はこんな俺にも、笑って許してくれる。

 ああ、女神かもしれない……!


 なんて感動していたときだった。


 中曽根 悠:

「何してんだ? お前ら」


 なぜか中曽根が、体育館に現れた。

 しかもジャージに着替えて、動きやすい格好をしている。


 大谷 圭介:

「あ? 中曽根がなんでここに」


 せっかくのラブシーンに水を差された俺がそう言うと、中曽根はタオルを肩にかけながら答えた。


 中曽根 悠:

「御手洗に助っ人頼まれたんだよ」


 大谷 圭介:

「助っ人?」


 存在を忘れかけていた御手洗を見ると、やつは「ああ」と笑ってうなずいた。


 御手洗 満:

「応援団練習、やっぱり指導側に経験者がもうちょっと欲しいじゃん?」


 俺も初参加だしさ、と笑う御手洗。

 こいつまだ、何か企んでねーか?

 なんていぶかしんだ時だった。


 後輩女子1:

「きゃー! 中曽根先輩だーっ!」


 後輩女子2:

「か、カッコいいー!」


 おやや──後輩女子たちが、急に色めき立ち始めたぞ!?


 気のせいだと思いたいが、俺に向けた声援よりも、1オクターブ声が高くないだろうか。


 後輩女子1:

「あ、ああああの、頑張ってください!」


 中曽根 悠:

「ん?」


 1人が勇気を出した様子で中曽根に声をかける。

 それに気づいてやつは。


 中曽根 悠:

「ありがとう。でも、頑張るのはあいつらだから」


 なんて言って、爽やかな笑顔を見せやがった。


 後輩女子1:

「きゃああー! クール!」


 後輩女子2:

「でも優しい~っ!」


 あ、あのー、後輩女子ちゃんたち?

 今まで応援していた俺が近くにいるんだけど、何もなしかい?


 と言いそうになる俺の横で、御手洗が小さくつぶやいた。


 御手洗 満:

「大谷、モテるとはああいうことだ」


 大谷 圭介:

「……うっせーよ!」


 御手洗満。

 こいつは、敵にまわしたくないやつナンバーワンだ!!



 ・   ・   ・



 その日、応援団練習と部活の後に、望月と例のジェラート屋に行った。

 サッカー部の終了まで待っていた望月が、いじらしい。

 今回のジェラートは、今までの詫びも含めて俺の奢りとなった。


 望月 美羽:

「へへー、おーいしーい」


 望月は嬉しそうにピーチジェラートを食べている。財布には痛手だったが、可愛い望月の笑顔ですべてチャラになる。

 ああ、可愛いなぁと、幸せな気分で望月を見つめた。


 テイクアウトしたので、今は歩きながら食べている。

 日も暮れた、午後7時。

 初夏の薄闇が街に落ちていた。人気の少ない道を望月と歩く。


 望月 美羽:

「次にヤキモチ妬かせたら、また奢ってもーらお」


 大谷 圭介:

「ジェラート目当てに、わざと妬くなよ?」


 苦笑して望月を見下ろせば、薄暗い日に浮かぶ彼女の横顔が見えた。

 大好きな望月。

 そんな望月も俺のことを大好きでいてくれたことが、今回の件で確認できて嬉しかった。


 悔しいけれど──御手洗のおかげでもある。


 大谷 圭介:

「……なぁ、望月」


 望月 美羽:

「ん?」


 大谷 圭介:

「本当にごめんな、変に心配させて」


 望月 美羽:

「へへ。もう気にしてないよ! 大丈夫っ」


──あー、やっぱりすっごく可愛いな。


 きょろきょろと辺りを見渡す。

 誰もいないことを確認すると、望月の名前をまた呼んだ。


 望月 美羽:

「なにー?」


 ジェラートを食べて幸せそうな望月の肩に手をおいて、立ち止まらせ。

 不思議そうに見上げた彼女の唇に、トン、と。

 身をかがめて自分の唇を押しつけた。


 まぁ──キスをしたわけだ。


 望月 美羽:

「!?」


 望月はビックリして、体を固まらせた。

 ジェラートを持つ手が緩まるから、俺は慌てて落ちそうになるジェラートを支える。


 望月 美羽:

「な……な、圭介くん!?」


 大谷 圭介:

「へへー、ピーチ味ー」


 ファーストキスは、レモン味ではなくピーチ味だった。


 柔らかくて小さかった望月の唇に、心臓がはちきれそうなほどドキドキしている。顔をわざと空に上げて、望月からは見えないようにした。

 照れを隠してわざとはしゃぐと、望月はそんな俺の腕にしがみついてぐいぐい引っ張った。


 望月 美羽:

「も、もっと雰囲気とか! ムード作りとか! あるでしょー!」


 大谷 圭介:

「だって今、したかったんだよ」


 言い訳をする俺に「デリカシーないっ」と望月は赤い頬を膨らます。

 そんな彼女の顔も可愛いと思う。


 大好きだぞ、望月。


 そう思って俺も赤くなりつつ見下ろし笑えば、望月もこちらを見上げて笑い返す。


 地面に伸びた2つの影。

 今度は互いに近づいて、くっついた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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