Ep.39 あの頃、陰日向にて(3)「昔話」
中学3年生の時にクラスメイトだった、恩田幸人。
同窓会にも来ていなかったそいつだが、ある喫茶店で再会した。
大人になった恩田が喫茶店の店員として、カウンター向こうに立っている。
恩田 幸人:
「ほら、できたぞ」
店員のくせに、口調だけは昔のままだ。
いや、もしかしたら同級生だから、少しくだけているのだろうか。
しかし、無骨な手から差し出されたコーヒーが、あまりにもいい香りがしたから、俺は何だか心がホッとして、口元を緩められたんだ。
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あの頃、陰日向にて
(3)「昔話」
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坂本 平八:
「いい香りだ。いただきます」
そう言って一口すすると、酸味が軽くまろやかな香味が口内に広がった。
とても美味しいコーヒーだ。
坂本 平八:
「うまいな」
恩田 幸人:
「そいつはよかった」
恩田はそれだけ言うと、もう自分の役目は終えたとばかりに、カウンターの下に顔を向けて何やら手を動かし始める。
何かの下準備でも、しているのだろうか。
フルーツナイフを扱っているようだった。
普通、昔の同級生に会ったのならば、あれこれと話すもんじゃないのかな。
しかし恩田はドライなのか、俺に興味がないのか、仕事を再開する。
他に客もいないのに……変わらないな。
昔から独特の世界観で、生きているようなやつだった。
マイペースに、しかしそこに入り込もうとするやつには、容赦なく攻撃してくるような危険性もはらんでいた。
けれどなぜかな。
今は、そんなギスギスしたオーラは感じない。
だからだろう。
俺は案外気軽に、声をかけることができた。
坂本 平八:
「ここは恩田の店なのか?」
恩田は手を動かしたまま、答えてくれた。
恩田 幸人:
「まさか。店主は別の人だ」
トントンと、小さくまな板を叩く音とともに聞こえた恩田の声が静かに届く。
恩田 幸人:
「俺はバイトだよ。夜だけ任されてるんだ」
坂本 平八:
「へえ、すごいじゃないか。ここは何時までやってるんだ?」
恩田 幸人:
「10時まで」
坂本 平八:
「え、それならもう、閉店間際だったのか。……悪いな、変な時間に入っちまって」
恩田 幸人:
「気にするな。夜は客も少ないから、多少の儲けも有難い」
坂本 平八:
「はは、そうか」
とても穏やかな会話だった。
まさか大人になってから、あの恩田とこんな風に話ができるなんて、と少しばかり驚いた。
と同時に、嬉しくも思う。
だからつい、口が滑らかになった。
坂本 平八:
「恩田もずいぶん、丸くなったな」
坂本 平八:
「覚えてるか? 俺、お前に「殺されてーのか」って、凄まれたことあったんだぜ」
すると恩田は、下に向けていた視線をこちらに向けて、少しだけ驚いたような顔をした。
恩田 幸人:
「……そうだったか?」
言った本人は、覚えていなかったらしい。
まぁ言葉というものは、いつだって受け取る側でしか、生きられないものなのだろう。
坂本 平八:
「そうだよ。たまたまケンカ現場を見た俺に凄んでさ。あんとき俺、すごいビビったんだからな」
恩田 幸人:
「それは……悪かった」
少しも悪びれてないように、恩田は小さく笑う。
切っていたのはキウイらしい。それを瓶に詰めて、蜂蜜漬けを作り始めた。
あの頃は暴力ばかりふるっていた手で、フルーツをキレイに切っているのが、不思議に思える。
そしてこのうまいコーヒーも、あの手から生み出されたのかと思いながら、またすする。
温かなコーヒーが、優しく胃に染みこんでいく。
坂本 平八:
「……」
坂本 平八:
「……今日さ、同中のやつらと飲んでたんだよ。小鳥遊と岡本、覚えてるか?」
恩田は「お前とつるんでたやつらか?」と聞いてきた。
中学の頃のことは、あまり覚えてないのかな、と苦笑する。
坂本 平八:
「そ。今日、小鳥遊からお前の話題が出てきたからさ。偶然だけど、びっくりしたよ」
恩田 幸人:
「小鳥遊……ああ」
そこで恩田は、クッと小さく喉の奥で笑う。一瞬、過去の恩田がそこに見えた。
恩田 幸人:
「あいつか。どうせあいつ、俺のことボロクソに言ってたんだろ」
坂本 平八:
「そ、そんなこと……」
思わず、ぎゅっとカウンター上で拳を握って反論しようとした。
しかし、脳裏に竜ちゃんの冷たい声が蘇る。
「今頃、真人間になろうなんて、甘すぎ。だから、面接も落ちるんだよ」
坂本 平八:
「…………」
否定しない俺に、答えを見つけたのだろう。
恩田は淡々と作業を続ける。
恩田 幸人:
「あいつは、昔から俺のことが嫌いみたいだったからな。気にしてねーよ」
坂本 平八:
「……そうなのか?」
恩田 幸人:
「……お前も、相変わらずみたいだな」
バチンと瓶のフタを閉めると、恩田は手を洗いながら言葉を続けた。
恩田 幸人:
「知ってるか? 人間は2種類に分けられるんだ」
恩田 幸人:
「日向に近いやつと──陰に近いやつ」
蛇口を締めて、恩田は初めて俺の目をじっと見た。
射ぬかれるようなその視線に、俺の背筋が反られる。ぐっと息を飲んだ。
恩田 幸人:
「大抵のやつは、間を行き来するんだ。でも俺は、ずっと陰側にいたな」
恩田 幸人:
「そしてお前は──ずっと日向側で笑ってた」
そう言って、目を細めた恩田。
何かを見つけるかのように、探るかのように、こちらを射抜く。
日向と──陰。
陰日向。
そんな言葉があったなと、圧倒されつつもぼんやりと考えていた。
◇ 続く ◇




