Ep.39 あの頃、陰日向にて(2)「過去と今」
楽しい時間は、早く過ぎてゆく。
店内には聞きなれない洋楽が流れており、客の賑やかな会話が響いていた。
そんな中、俺たちも昔話を楽しんでいたが、内容は徐々に現状のことに変化していく。
仕事のこと。
家族のこと。
恋人のこと。
趣味のこと。
それぞれが小さな変化を報告し合っている時に、それは竜ちゃんの口から聞かされた。
小鳥遊 竜一:
「そういえばさ、恩田って覚えてる?」
坂本 平八:
「へ?」
最初は本当に、その名前にピンときていなかった。しかし。
小鳥遊 竜一:
「ほら、不良の恩田。すごいケンカっ早いやつ、いたろ」
坂本 平八:
「あ……ああ」
恩田──そうだ。
久しぶりにその名を聞いて、脳裏に当時のことが思い出される。
中学3年生の頃、恩田幸人というクラスメイトがいた。
3年生で初めて同じクラスになったのに、俺はそいつの存在を知っていた。いや、同級生なら、みんなが知っている存在だった。
簡単な言葉を用いるならば「不良」「乱暴者」という存在のそいつ。
整った顔立ちをしているのに、ギラついた目つきをしているそいつは、学校生活からいつも一歩……いや、二歩も十歩も、離れた場所にいた。
忘れるものか。
俺はそいつに、殺意を向けられたことがあったのだから。
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あの頃、陰日向にて
(2)「過去と今」
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小鳥遊 竜一:
「あいつさ、俺んとこの会社に面接に来てたらしいんだよね」
岡本 茂:
「え、まじ?」
茂もその話題に食いついた。
アルコールが回ってきているのか、竜ちゃんは目元を赤くして笑う。
小鳥遊 竜一:
「ああ。総務に仲良い子がいるんだけどさ、出身中学と学年が同じだから知ってる? て名前聞かされてさあ。ビックリしたよ」
その仲良い総務の子は女の子なんだろうなと、ぼんやり思う。
しかし、それよりも気になったのは恩田のことだ。
坂本 平八:
「恩田、元気そうだった?」
小鳥遊 竜一:
「いや、俺は会ってもないから、わからないな」
まあそりゃそうか、と俺は少しだけ落胆する。
そんな俺に、竜ちゃんは首をかしげて言った。
小鳥遊 竜一:
「お前ら仲良かったっけ?」
坂本 平八:
「いや、そんなことないけど」
というか、恩田はクラスの誰とも仲良くはなかった。
授業はいつもサボっているか寝ているかだったし、しょっちゅうケンカ傷を作っていた恩田は、みんなから敬遠されていた。
しかもやつは。
岡本 茂:
「だよなぁ。親殺しの恩田だもんな」
坂本 平八:
「……」
そう、恩田はそんな異名も持つ、怖い存在だった。
本当のことかはわからないが、同小のやつらがまことしやかに言っていたのは「恩田、母親を殺したんだって」ということ。たしかにやつは、シングルファザー世帯だった。
小鳥遊 竜一:
「まぁ真偽は知らねーけどさ、怖いやつだったよな」
岡本 茂:
「ああ、俺2年も同じクラスだったけど、すげぇ怖かったもん」
竜ちゃんも茂も、恩田のことを思い出したのか眉間にシワを寄せる。
俺はどういった表情を自分が今作っているのかわからなくて、グラスの飲み物を煽った。
小鳥遊 竜一:
「──今さら、遅いよな」
やけにひんやりとした竜ちゃんの声が、耳に届く。
小鳥遊 竜一:
「今頃、真人間になろうなんて甘すぎ。だから面接も落ちるんだよ」
岡本 茂:
「まあ、負け犬人生だよなぁ」
坂本 平八:
「…………」
笑ってそう話す竜ちゃんと茂を前に、俺は何と言ったらいいのかわからなくなった。
やけに喉奥だけが、ひりつき乾いていく。
ごくんとノンアルコールドリンクを飲み込んで、やっぱりちょっとは、酒にしてもよかったのかもしれないなと思った。
・ ・ ・
時刻は、夜10時近くとなっていた。
そろそろ家に帰ると言った俺に、竜ちゃんと茂は不満そうに笑う。
岡本 茂:
「次は最後まで付き合えよー」
坂本 平八:
「ああ、次は俺が店を予約するよ。じゃあな」
五千円札1枚をテーブルに置いて、店を出た。
6月初夏の夜風が吹いて、ふぅと息を小さく吐き出す。
いつもは車で仕事場へ行っていたが、今日はこの集まりがあったため電車を利用していた。
店が建ち並ぶ大通りから駅へ、足を向けゆっくり歩き出す。
頭の中ではぐるぐると、先ほどまで一緒に飲んでいた同級生の顔が浮かんでいた。
竜ちゃん、昔は他人のこと、そんなに辛辣に言わなかったのにな。
茂だって人のこと、負け犬なんて言うようなやつじゃなかったのに……。
俺の記憶にあるのはいつだって、つんつるてんのパジャマを着た俺にケラケラ爆笑していた、あいつらの姿だった。
ツキンと頭が痛い。
坂本 平八:
(……なんか)
坂本 平八:
(このまま帰りたくない気分だな)
それでも足は、駅の方へと進んでいく。
すると、駅近くにある1本の路地奥に、小さな灯りを見つけた。
まるでひっそりと隠れるように、細い路地の奥にランプの灯りと木製看板をぶら下げている。
『COFFEE 芳』
どうやら、コーヒーショップのようだった。
こんな時間にも開いているなんて珍しいな。
坂本 平八:
(コーヒーか……飲んでこうかな)
コーヒーでも飲んで、気分を落ち着かせたかった。
まるで導かれるように俺は路地に入り、重い木製扉を押し開く。
カランカラン、とカウベルのような涼しい音が頭上で鳴る。
店員:
「いらっしゃいませ」
店内は狭く、店員は若い男1人だった。
カウンターの中に立っていた店員が、白シャツを腕まくりしこちらを見る。
店員:
「お好きな席へどうぞ」
坂本 平八:
「ああ……」
小さく店内を見渡し、結局、俺はカウンターに座った。
この店に染みついたかのような、ほのかなコーヒーの香りが心地いい。
ことん、とカウンター越しに水の入ったグラスを置かれる。メニューも渡されたので受け取った。
坂本 平八:
「ありがとう」
坂本 平八:
「……あれ?」
その時、初めて店員の顔をきちんと見た俺は目を丸くする。
この顔、どこかで……。
坂本 平八:
「……あ! 恩田!?」
店員:
「!」
店員も驚いて、俺を見た。
店員:
「……誰?」
そして目を細めて俺を見たそいつには、やはり昔の面影があった。否定しないということは、本人なのだろう。
坂本 平八:
「俺だよ、坂本平八。中3で同じクラスだった……」
言いつつ覚えられているだろうか、と不安になる。
だけど。
恩田 幸人:
「……あ」
恩田 幸人:
「お前か」
一瞬たわんだ瞳に、今度はこちらが「誰だ?」と言いそうになる。
穏やかに笑う目元。
それは中学時代の恩田とは、違う雰囲気だった。
坂本 平八:
「まさか、こんなところで会うとはな」
恩田 幸人:
「……ああ。驚いた」
落ち着いた声で笑う恩田。
……本当に、恩田なのだろうか。
自分から聞いておいて、不思議に思う。
だって、俺の記憶する恩田はもっと怖いやつだった。
いつもケンカをしていて、ギラギラしていて──ナイフみたいなやつだった。
昔一度、こいつのケンカ現場を目撃したことがあった。
中学2年生の秋。
放課後のゴミ捨てのため、ゴミ箱を抱えて校舎裏の集積場へ出向いた俺。
そこで見たのは、足元で上級生2人を転がして足蹴にする恩田の姿だった。
こちらに向けた背中。
肩越しにギラリと睨むそれは、まさに野性の獣のようで。
恩田 幸人(中2):
「……何、見てんだ」
恩田 幸人(中2):
「お前も、殺されてーのか」
それは紛れもなく、本気で言われたものだった。
どう回避したのかなんて覚えてもないが、中3で同じクラスになったときには肝を冷やしたもんだ。
でも、目の前にいるこの男は。
恩田 幸人:
「とびっきりのうまいコーヒーを煎れてやるよ」
過去のギラつきはどこにもなく、ただ凪のように静かな微笑みをこぼしていた。
◇ 続く ◇




