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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.39 あの頃、陰日向にて(1)「同級生」

 そいつは、ナイフみたいなやつだった。

 手を差し出せば、鋭く皮膚を裂く刃。

 ピッと通ったその筋に流される赤い血を見て、やつは二通りの対応をする。


 無視するか。

 さらに刃で、深くえぐるか。


 あの時、ゴミ捨てのため校舎裏の集積場へゴミ箱を抱えて向かった俺。

 二人の上級生を地に伏せたそいつが、振り返るのを、ただ唖然と見ていた。


「──何、見てんだ」


 うめいた上級生の肩を踏みつけ、やつは言う。


「お前も、殺されてーのか」


 やつは冷たい眼差しと言葉で、俺の心臓をえぐった。

 それだけがやけに印象的で、俺はどう対処したのか覚えていない。


 ただ、中2の時に初めて人から殺意を向けられたことが、強烈なインパクトとアウトサイダーへの羨望のようなものを、当時の俺に抱かせたのだった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 あの頃、陰日向にて

(1)「同級生」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 中学校の同級生が予約してくれたスペインバルという店は、俺にとって、とてもおしゃれな店に見えた。

 薄暗い照明に、並べられたいくつかの円卓。

 カウンターには、シュラスコという美味そうな肉がぶら下がり、ワインボトルやチーズが並べられている。


 酒を飲むといえば、赤ちょうちんにのれん、威勢のいい兄ちゃん姉ちゃんの声に、壁に貼られたメニューやポスター。

 そういうもんだと俺、坂本平八28才は思っていたのだが。


 坂本 平八:

(今度、かなちゃんと来ようかな)


 俺にはもったいないくらいの出来た彼女、かなちゃんこと篠田かなえさん。同じ職場の養護教諭だ。

 去年の夏からお付き合いを続けているが、交際は順調。

 だがいかんせん、恋愛偏差値の低い俺のデートが、本当に彼女を満足させているのかいつも不安になる。

 なので、こうしたおしゃれなお店を知ることはとても有難い。


 竜ちゃん、他にも何かいい店知ってるかな。聞いてみよう。

 それにしても……。


 坂本 平八:

(2人とも遅いなぁ)


 いつも遅刻するのは自分のくせに、たまに時間通りに着いたら、待たされることに不満を抱く。

 人間というのは、身勝手なもんだ。

 しかしそんな俺の不満は、その後すぐに来た旧友によって解消された。


 岡本 茂:

「へーちゃん、待たせたな-!」


 坂本 平八:

「茂、竜ちゃん!」


 店員に案内されて来た2人の人物。

 今はIT企業で働く岡本茂《おかもと しげる》と、お店を予約してくれた小鳥遊竜一《たかなし りゅういち》だ。

 昔からイケメンの竜ちゃんは、今は大手企業の営業マン。女を何度も虜にした笑顔を浮かべて笑う。


 小鳥遊 竜一:

「悪かったな平八、ちょっと仕事が押しちまってさ」


 坂本 平八:

「いや、大丈夫だよ。前は俺が遅れたし」


 椅子に座った茂も、猫目を細めて言う。


 岡本 茂:

「そうだなー、へーちゃんは昔から遅刻魔だったから、今日のは仕方ないな!」


 坂本 平八:

「ったく茂、『へーちゃん』はもうやめてくれよな」


 小鳥遊 竜一:

「なら平八も、俺の『竜ちゃん』はやめてくれな?」


 坂本 平八:

「うっ……」


 岡本 茂:

「ははは、もう戻せねーよな、今さら」


 大の大人の男にちゃん付け。

 しかし、昔からの呼び名はなかなか直せない。

 生徒たちには、可愛すぎたり変なあだ名をつけると後で困るのは自分だぞと、重々伝えておこう。

 なんて考えつつ、俺たちは飲み物をオーダーした。


 明日は土曜日だが、仕事がある俺はノンアルコールビールで手を打つ。酒を残しておきたくない。

 竜ちゃんはビール、茂はいきなりワインを頼む。

 統一性のない俺らだ。


 小鳥遊 竜一:

「では──2ヶ月ぶり?」


 坂本 平八:

「3ヶ月だな」


 岡本 茂:

「3ヶ月ぶりの3人会!」


 小鳥遊 竜一:

「──が、これからも続きますように!」


「乾杯!」と、俺たちはグラスを掲げあった。



 ・   ・   ・



 去年の中学同窓会で、再会した俺たち。

 3年生の時につるんでいた俺らは、自然に3人で集まるか、という話になり、この集まりは2回目だ。


 岡本 茂:

「へーちゃん、仕事はどうよ? やっぱり忙しい?」


 坂本 平八:

「んー、そりゃあな。もうすぐ修学旅行もあるし」


 小鳥遊 竜一:

「お、懐かしい響き。どこに行くんだ?」


 坂本 平八:

「京都と奈良」


 岡本 茂:

「お、いいねぇ。美しき古都! 俺も行きてぇなぁ」


「遊びに行くんじゃないんだぞ」と、苦笑する。

 どうも修学旅行の引率というのは、会社員には楽に見えるようだ。

 仕事ついでに観光できるんだからいいじゃないか、なんてお気楽に言ってくれる。

 ま、会社員も会社員で大変だし、公務員も公務員で大変なのだ。お互い様だな、と話題は結論づけられる。


 小鳥遊 竜一:

「そういや、修学旅行で思い出したんだけどさ」


 2杯目のビールで喉を鳴らし、竜ちゃんは微笑む。


 小鳥遊 竜一:

「平八のパジャマ事件! 今思い出しても、すっげぇ笑えるんだけど」


 岡本 茂:

「あ、あったなー!」


 坂本 平八:

「うわー、またそれ、ほじくり返す?」


 苦笑して俺はチーズをつまんだ。

 竜ちゃんは肩を揺らしてクックッと笑うもんだから、持ったビールがグラスで小さな波を作っている。


 小鳥遊 竜一:

「あれは衝撃的だったよ。まさかのピンク色、ウサちゃん柄!」


 坂本 平八:

「だからあれは、妹のを母さんが間違えて入れたと何度も説明しただろう」


 俺たちが中学3年生で行った修学旅行も、京都と奈良だった。

 1日目は民宿の大部屋に泊まることになっていて、そこでは10人ほどがゴザ寝をすることになっていた。

 パジャマを各自用意することになっていたのだが、母親が用意したそれをそのまま確認せずに入れたのがまずかった。


 同じ日に子ども会のキャンプへ行く予定だった妹のパジャマが、袋の中に入っていたのだ。

 後日妹から「お兄ちゃんの趣味悪いパジャマで最悪だった!」と怒られたが「俺のがもっと最悪だったんだぞ!」とケンカしたもんだ。


 岡本 茂:

「あれ、笑えたよなー。みんなの変なテンションで、平八に無理やり着させてさー」


 小鳥遊 竜一:

「超つんつるてん! やー、気色悪かったわー」


 坂本 平八:

「もう最後らへんは開き直ったな、あれ」


 爆笑していた俺たちがうるさかったのだろう。怒鳴り込んで来た教師にまで俺の失態を見られたのもよい(?)思い出だ。

 ちなみに妹に「なんかこれ、伸びてない?」と、返したパジャマを見て呟かれたのを、俺はそ知らぬふりをした。変態兄貴のレッテルを貼られては面子も潰れる。


 いやあ、あの頃は本当にバカだった。

 中学生の頃。

 俺は真面目に取り組んでるつもりが、どこか抜けているところがあって、よく笑えるネタを提供をしていた。

 それを竜ちゃんがからかって、茂は悪ノリしつつも俺と一緒にバカやってくれて、結局、竜ちゃんも一緒にバカをする、というのがお決まりのパターンだった。


 何も考えていなかった。

 いつだって、バカに全力投球で。


 ただ今その時を笑っていられたら、それだけで楽しかった。

 今思えば、陽だまりのような空間にいたのだな、と思える。


 坂本 平八:

(やっぱりこいつらと話していると、楽しいな)


 俺は懐かしい同級生たちとの会話が楽しくて、アルコールも入っていないビールを煽り、いい気分で酔っていたのだった。




 ◇ 続く ◇

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