Ep.39 あの頃、陰日向にて(1)「同級生」
そいつは、ナイフみたいなやつだった。
手を差し出せば、鋭く皮膚を裂く刃。
ピッと通ったその筋に流される赤い血を見て、やつは二通りの対応をする。
無視するか。
さらに刃で、深くえぐるか。
あの時、ゴミ捨てのため校舎裏の集積場へゴミ箱を抱えて向かった俺。
二人の上級生を地に伏せたそいつが、振り返るのを、ただ唖然と見ていた。
「──何、見てんだ」
うめいた上級生の肩を踏みつけ、やつは言う。
「お前も、殺されてーのか」
やつは冷たい眼差しと言葉で、俺の心臓をえぐった。
それだけがやけに印象的で、俺はどう対処したのか覚えていない。
ただ、中2の時に初めて人から殺意を向けられたことが、強烈なインパクトとアウトサイダーへの羨望のようなものを、当時の俺に抱かせたのだった。
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あの頃、陰日向にて
(1)「同級生」
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中学校の同級生が予約してくれたスペインバルという店は、俺にとって、とてもおしゃれな店に見えた。
薄暗い照明に、並べられたいくつかの円卓。
カウンターには、シュラスコという美味そうな肉がぶら下がり、ワインボトルやチーズが並べられている。
酒を飲むといえば、赤ちょうちんにのれん、威勢のいい兄ちゃん姉ちゃんの声に、壁に貼られたメニューやポスター。
そういうもんだと俺、坂本平八28才は思っていたのだが。
坂本 平八:
(今度、かなちゃんと来ようかな)
俺にはもったいないくらいの出来た彼女、かなちゃんこと篠田かなえさん。同じ職場の養護教諭だ。
去年の夏からお付き合いを続けているが、交際は順調。
だがいかんせん、恋愛偏差値の低い俺のデートが、本当に彼女を満足させているのかいつも不安になる。
なので、こうしたおしゃれなお店を知ることはとても有難い。
竜ちゃん、他にも何かいい店知ってるかな。聞いてみよう。
それにしても……。
坂本 平八:
(2人とも遅いなぁ)
いつも遅刻するのは自分のくせに、たまに時間通りに着いたら、待たされることに不満を抱く。
人間というのは、身勝手なもんだ。
しかしそんな俺の不満は、その後すぐに来た旧友によって解消された。
岡本 茂:
「へーちゃん、待たせたな-!」
坂本 平八:
「茂、竜ちゃん!」
店員に案内されて来た2人の人物。
今はIT企業で働く岡本茂と、お店を予約してくれた小鳥遊竜一だ。
昔からイケメンの竜ちゃんは、今は大手企業の営業マン。女を何度も虜にした笑顔を浮かべて笑う。
小鳥遊 竜一:
「悪かったな平八、ちょっと仕事が押しちまってさ」
坂本 平八:
「いや、大丈夫だよ。前は俺が遅れたし」
椅子に座った茂も、猫目を細めて言う。
岡本 茂:
「そうだなー、へーちゃんは昔から遅刻魔だったから、今日のは仕方ないな!」
坂本 平八:
「ったく茂、『へーちゃん』はもうやめてくれよな」
小鳥遊 竜一:
「なら平八も、俺の『竜ちゃん』はやめてくれな?」
坂本 平八:
「うっ……」
岡本 茂:
「ははは、もう戻せねーよな、今さら」
大の大人の男にちゃん付け。
しかし、昔からの呼び名はなかなか直せない。
生徒たちには、可愛すぎたり変なあだ名をつけると後で困るのは自分だぞと、重々伝えておこう。
なんて考えつつ、俺たちは飲み物をオーダーした。
明日は土曜日だが、仕事がある俺はノンアルコールビールで手を打つ。酒を残しておきたくない。
竜ちゃんはビール、茂はいきなりワインを頼む。
統一性のない俺らだ。
小鳥遊 竜一:
「では──2ヶ月ぶり?」
坂本 平八:
「3ヶ月だな」
岡本 茂:
「3ヶ月ぶりの3人会!」
小鳥遊 竜一:
「──が、これからも続きますように!」
「乾杯!」と、俺たちはグラスを掲げあった。
・ ・ ・
去年の中学同窓会で、再会した俺たち。
3年生の時につるんでいた俺らは、自然に3人で集まるか、という話になり、この集まりは2回目だ。
岡本 茂:
「へーちゃん、仕事はどうよ? やっぱり忙しい?」
坂本 平八:
「んー、そりゃあな。もうすぐ修学旅行もあるし」
小鳥遊 竜一:
「お、懐かしい響き。どこに行くんだ?」
坂本 平八:
「京都と奈良」
岡本 茂:
「お、いいねぇ。美しき古都! 俺も行きてぇなぁ」
「遊びに行くんじゃないんだぞ」と、苦笑する。
どうも修学旅行の引率というのは、会社員には楽に見えるようだ。
仕事ついでに観光できるんだからいいじゃないか、なんてお気楽に言ってくれる。
ま、会社員も会社員で大変だし、公務員も公務員で大変なのだ。お互い様だな、と話題は結論づけられる。
小鳥遊 竜一:
「そういや、修学旅行で思い出したんだけどさ」
2杯目のビールで喉を鳴らし、竜ちゃんは微笑む。
小鳥遊 竜一:
「平八のパジャマ事件! 今思い出しても、すっげぇ笑えるんだけど」
岡本 茂:
「あ、あったなー!」
坂本 平八:
「うわー、またそれ、ほじくり返す?」
苦笑して俺はチーズをつまんだ。
竜ちゃんは肩を揺らしてクックッと笑うもんだから、持ったビールがグラスで小さな波を作っている。
小鳥遊 竜一:
「あれは衝撃的だったよ。まさかのピンク色、ウサちゃん柄!」
坂本 平八:
「だからあれは、妹のを母さんが間違えて入れたと何度も説明しただろう」
俺たちが中学3年生で行った修学旅行も、京都と奈良だった。
1日目は民宿の大部屋に泊まることになっていて、そこでは10人ほどがゴザ寝をすることになっていた。
パジャマを各自用意することになっていたのだが、母親が用意したそれをそのまま確認せずに入れたのがまずかった。
同じ日に子ども会のキャンプへ行く予定だった妹のパジャマが、袋の中に入っていたのだ。
後日妹から「お兄ちゃんの趣味悪いパジャマで最悪だった!」と怒られたが「俺のがもっと最悪だったんだぞ!」とケンカしたもんだ。
岡本 茂:
「あれ、笑えたよなー。みんなの変なテンションで、平八に無理やり着させてさー」
小鳥遊 竜一:
「超つんつるてん! やー、気色悪かったわー」
坂本 平八:
「もう最後らへんは開き直ったな、あれ」
爆笑していた俺たちがうるさかったのだろう。怒鳴り込んで来た教師にまで俺の失態を見られたのもよい(?)思い出だ。
ちなみに妹に「なんかこれ、伸びてない?」と、返したパジャマを見て呟かれたのを、俺はそ知らぬふりをした。変態兄貴のレッテルを貼られては面子も潰れる。
いやあ、あの頃は本当にバカだった。
中学生の頃。
俺は真面目に取り組んでるつもりが、どこか抜けているところがあって、よく笑えるネタを提供をしていた。
それを竜ちゃんがからかって、茂は悪ノリしつつも俺と一緒にバカやってくれて、結局、竜ちゃんも一緒にバカをする、というのがお決まりのパターンだった。
何も考えていなかった。
いつだって、バカに全力投球で。
ただ今その時を笑っていられたら、それだけで楽しかった。
今思えば、陽だまりのような空間にいたのだな、と思える。
坂本 平八:
(やっぱりこいつらと話していると、楽しいな)
俺は懐かしい同級生たちとの会話が楽しくて、アルコールも入っていないビールを煽り、いい気分で酔っていたのだった。
◇ 続く ◇




