Ep.38 子どもの時間(5・終)「恋は下心」
せっかくおかしな空気がなくなっていたのに、悠のせいで、また変な雰囲気になっている。
自分と私のジュースを、間違えて飲んだ悠。
ストローのささった2つのグラスを前に、小さな沈黙が落ちる。
中曽根 悠:
「……ご、ごめん」
戸田 るり:
「ううん……」
思いがけない間接キス。
こういう場合、照れる方が恥ずかしい。
いいんだよ、仕方ないね-、なんて軽く言えたらいいのに。
それなのに意識していた私は、うまく言葉を返せない。
いつもは冗談ばかりの悠も、うまく誤魔化してくれない。
今日は変だ。おかしい。
雨降りの気圧変化のせいかもしれない、なんて関連性のない仮説を、意味もなく頭で組み立てた。
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子どもの時間
(5)「恋は下心」
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戸田 るり:
「…………」
中曽根 悠:
「…………」
沈黙が流れる。
テレビから、ヤーブラカののん気な声だけ響いている。
ふと、悠が右手を動かした。
戸田 るり:
「!」
その動きを見て、つい悠から離れて身構える。
しかし悠のその手はただ、彼の頭をポリポリとかいただけだった。
中曽根 悠:
「な、なんだよ、その反応」
戸田 るり:
「え、いや、別に?」
私自身も、何でそんな反応をしたのかわからずに笑って誤魔化した。
でも悠はそんな私を見て、少し余裕を得たかのように意地悪そうに笑う。
中曽根 悠:
「なーに緊張してんだよ」
戸田 るり:
「し、してないよっ」
嘘です、してます。
でも素直にそれを伝えることは、とても恥ずかしい。
しかも悠、私とは逆に、さっきより落ち着いた顔してるし。
中曽根 悠:
「ふーん?」
嬉しそうにニヤニヤと笑ったうえ。
中曽根 悠:
「前は、るりからキスしようとしたのにな?」
なんてことまで言う。
戸田 るり:
「!」
ひ、酷い!
バレンタイン後日のことを、今さら掘り返すなんて!
でも。
中曽根 悠:
「…………」
中曽根 悠:
「……わりぃ」
言った本人も照れたのか、そっぽを向いた。
──あ、悠の耳が赤い。
照れてしまうのが私だけじゃなくてホッとする。
でも、またこちらにちらりと向いた悠の目が、いつもと違うように見えて再び心臓がはねた。
まち針で刺されたみたいに、悠の視線から逸らせない。
悠は無言のまま、あらためて体をこちらに向けた。
ソファの背もたれに片手をかけて、ゆっくり上半身をこちらに寄せる。
その目は何かを探るように、窺うように、私を見る。
──あれ、これって、もしかして。
心臓が、ますますはねる。
緊張で、呼吸すら忘れる。
これはもしかしなくても……キスをしようとしているのでは。
戸田 るり:
「……っ」
恥ずかしくて怖くて、目を閉じた。
でもそれが、彼にはキスを受け入れるように見えたのか、肩に手を置かれた。
──い、いいよね。
だってもう、前にしようって約束はしてたんだし。
今日は変な食べ物も、食べてないし。
私も、もう15才だし。
悠のこと──大好きだし。
誰にも聞こえないはずの言い訳を必死に心で並べて、覚悟を決めた。
が、そのとき。
ブブブブッ!
と、間抜けにスマホのバイブがテーブル上で鳴り響いた。
戸田 るり:
「!」
中曽根 悠:
「!」
びっくりして目を開けると、悠も驚いた顔をして私から体を離した。
テーブルに置いた自分のスマホを見ると、お母さんからメッセージが届いている。
『今家に着いたよ。お礼をきちんと伝えてから、帰ってきなさいね』なんて、表示されていた。
戸田 るり:
「あ、お母さん、帰ってきたみたい」
中曽根 悠:
「そ、そうか……」
まるで、見られていたかのようなタイミングに、さっきとは違う意味でドキドキする。
うう、何だか急に後ろめたいっ。
戸田 るり:
「……」
中曽根 悠:
「……」
戸田 るり:
「か、帰るね」
中曽根 悠:
「お……おう」
そんな私たちを前に、テレビ画面ではヤーブラカが、おいしそうに木の実を口いっぱいに詰め込んでいたのだ。
・ ・ ・
またしてもファーストキスは見送られ、私は家へ帰ることになる。
玄関で靴を履く私を、悠が見守っていた。
中曽根 悠:
「気ぃつけてな」
戸田 るり:
「うん。雨宿りさせてくれてありがとう」
家まで送ろうか、という悠の申し出は断った。
家は近いし、雨の中歩かせるのは申し訳ない。
というのは建前で、さっきの出来事でお母さんと鉢合わせしそうな見送りは、してほしくないのだ。
別に悪いことなんてしてないのに、どうしてこんなに、後ろめたく思っちゃうんだろう。
戸田 るり:
「じゃあね」
振り返って悠に背を向け、玄関のドアノブに手をかける。
すると、影が急に、目の前に落ちてきた。
それは、悠が近くなったからだと理解したのは、玄関の扉に悠の骨張った手が置かれたからだった。
何だろう、と振り返ったと同時に、後頭部を扉にゴツンとぶつかる。
悠が私のおでこにキスをして、その勢いで押されたからだ。
戸田 るり:
「!!」
悠はすぐに顔を離し、でも片手で私を扉に閉じこめたまま、屈託なく「へへー」と笑う。
中曽根 悠:
「じゃあな!」
戸田 るり:
「……ゆ……悠~!」
こ、こんなの反則だ!
悔しいけれど、おでこを手で抑えた私は、ゆでダコみたいに真っ赤だったに違いない。
・ ・ ・
家に着くと、鍵が開いていたのでようやく家に入ることができた。
戸田 るり:
「ただいまぁ」
お母さん:
「おかえりー」
リビングの扉の向こうから、小さくお母さんの声が聞こえる。
でも、私は何だかお母さんの顔がみられなくて、そのまま階段をあがってしまった。
お母さん:
「あら、るり?」
と、階段下でお母さんが覗く気配もしたけれど、私は部屋に入ってしまう。
部屋の扉を閉めると、お行儀悪くもカバンをそこらに放り、制服のままベッドへダイブした。
戸田 るり:
「……は~~~」
戸田 るり:
「……び、びっくりした……」
まさか、おでこにチューをされるとは。
額が熱くて恥ずかしくて、何度もそこを撫でてしまう。
これだけでこんなにドキドキするのなら、ファーストキスはもう死んでしまうかもしれない。
なんてバカなことを考える。
前は自分からしようとしたのに、何を言うか。
戸田 るり:
「ふぅ……」
ベッドにうつ伏せに沈んだまま、自分の部屋をぐるりと見た。
まだ絵本の並ぶ本棚に、捨てられないぬいぐるみやマスコット。小学生の時に使っていたキャラクターの手提げバックも、思い出が詰まっているようで捨てられなくて、そのまま壁にぶらさがっている。
戸田 るり:
(うーん……子どもっぽい部屋)
テスト期間が終わったら、お部屋の模様替えしようかな。
そしたら悠を、招待してみちゃったり。
いえいえ、下心はありません。
私は1人、赤くなった。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




