Ep.38 子どもの時間(4)「雨音が聞こえる」
悠のお家で、私の家族が帰ってくるまで、待たせてもらうことになった。
互いにリビングのローテーブルに教材を広げて、それぞれ勉強に取り組んでいる。
テストが近い今、少しの時間でも勉強にあてておきたいのが、受験生の悲しい性だ。
カリカリカリ、とペンの音。
しとしとしと、と雨の音。
まだ雨は止んでないらしい。
そんな中。
戸田 るり:
「…………」
戸田 るり:
(……い、意識してしまう)
ペン立てを取りに行くときに、悠が変なことを言ったからだ。冗談とはわかっていても、ああいうのはやめてほしい。
それに、さっきの高校の話も嬉しかった。
頑張ると言ってくれた彼が、私にはぐっと大人びて見えた。
悠とはL字のかたちで座っている。
左側にある、悠の姿。
ペンを走らせる手は、昔よりも骨張って見えて、変な感じ。
子どもの頃の、ぷくぷくつやつやしたあの可愛い手が、どうしてそうなるの。
戸田 るり:
(うう、集中集中!)
単語を1つでも多く覚えるべく、スペルミスしそうな英単語をチェックした。
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子どもの時間
(4)「雨音が聞こえる」
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中曽根 悠:
「ちょっと、休憩するか」
戸田 るり:
「うん」
悠がそう声をかけてくれたので、顔を上げる。
いつの間にか集中していたので、スマホをチェックすると、時刻は午後の五時半になっていた。
外ではまだ、雨音が響いている。
中曽根 悠:
「飲み物足すよ。次、冷たいのでもいい?」
戸田 るり:
「うん、ありがとう」
マグカップを持って、キッチンへ向かう悠。
冷蔵庫を開けながら「テレビつけてもいいよー」と言う。
別に見たいわけでもなかったけど、何となくソファに座り、リモコンで電源を入れた。
この時間帯は、ニュースや情報バラエティ番組ばかりだ。
戸田 るり:
「悠は何か、観たいのある?」
中曽根 悠:
「特にないけど……あ、先週録画したやつで、るりの好きそうなのあるぞ」
今度はグラスを2つ持って悠が来た。
オレンジジュースが入ったトレイをテーブルに置いた悠に、リモコンを渡す。
彼が私の横に座ったので、ソファが沈み、私の体は小さくはねた。
戸田 るり:
「どんなやつ?」
中曽根 悠:
「るりが好きって言ってた、ロシアアニメのやつ。なんか姉貴が録画しててさ」
戸田 るり:
「え、放送してたの?」
中曽根 悠:
「うち、ケーブルテレビ入ってんだよ。それで放送してたみたい」
うわぁ! とワクワクした。
私が好きなロシアアニメ『ヤーブラカ』は、絵本が原作のとっても可愛いリスが登場する。
りんごのようにほっぺに沢山木の実をつめるそのリスが可愛くて大好きなんだけど、日本ではなかなか観られない。
そうか、ケーブルテレビなら観られるのか……!
盲点だったなと思いつつ、悠がリモコン操作するテレビ画面を見ると、録画一覧がずらりと現れた。
中曽根家が最近録画したリストが並ぶ。
音楽番組は、雫さんかな。
サッカーの試合はもちろん、悠に違いない。
そんな中、ある番組が目にとまった。
戸田 るり:
「あ、仮面ポリスマンだ。懐かしい~」
中曽根 悠:
「!」
仮面ポリスマンはたしか特撮ヒーローだ。
幼稚園のとき、悠がはまっていたことを思い出した。
戸田 るり:
「これもケーブルで放送してるの?」
中曽根 悠:
「……いや、これは今のやつ。地上波……」
悠の言葉が、なぜか尻すぼみする。
たしかに情報データのところを見ると、テレビ局は地上波で、今現在のシリーズのものだ。
ということは、懐かしんでるわけではなく、悠は今も仮面ポリスマンが好きなんだ。
戸田 るり:
「…………」
戸田 るり:
「ふふ」
中曽根 悠:
「!!」
思わず笑みをこぼすと、悠が体を強ばらせた。
あれ?
中曽根 悠:
「ど……どうせ、ガキくせぇって思ったんだろー!」
戸田 るり:
「え? 思ってないよ!」
まさかそんな風に思われたとは思わなくて、慌てて弁解する。
というか。
戸田 るり:
「嬉しいなぁって思ったの」
私は素直に、その気持ちを口にした。
中曽根 悠:
「……へ?」
「う、嬉しい?」と目をパチパチさせた悠に、私は苦笑する。
戸田 るり:
「うん。悠が変わってなくて、嬉しいなって」
中曽根 悠:
「……それってやっぱり、ガキってことじゃん」
戸田 るり:
「もー、そうじゃなくて」
やけに、子どもっぽいとかガキっぽいとかを気にする悠。
隣に座る彼に、私は体ごと向けた。
戸田 るり:
「最近、悠、大人っぽいから……」
中曽根 悠:
「え?」
戸田 るり:
「背も高くなっちゃうし、ひ、ヒゲなんて生えちゃうし……」
戸田 るり:
「ドキドキもするけど……寂しいなぁって……思ってて……」
あ、言っててなんだか、恥ずかしくなってきちゃった。
今の私、けっこう大胆なことを言っているのかもしれない。
今頃、自分の話した内容に照れを感じてうつむいた。
戸田 るり:
「…………」
戸田 るり:
「て、テレビ観よう! テレビ!」
中曽根 悠:
「! お、おう」
私につられて、悠も慌ててテレビに向き合う。
2人とも正面を向いて、私の好きな「ヤーブラカ」が再生された。
とても可愛いリスが画面の中で踊っているのに、私はまだドキドキしていて隣に座る悠が気になって仕方ない。
戸田 るり:
(うう、変なこと言ったなぁ)
空気がおかしくなっちゃった。
乾いた喉を潤すために、用意してくれたジュースを飲む。
ストローを通って届いたオレンジの甘酸っぱさが、昂ぶった気分を落ち着かせてくれた。
そうして黙ったままテレビを観ているうちに、何とか恥ずかしさも和らいだ。
隣の悠も今はリラックスして「はは、変な歌だな」なんて笑っている。
中曽根 悠:
「ロシア語って、聞いてると面白いな」
そう言って悠は、テーブルのグラスに手を伸ばした。
テレビを観ながらとったグラスをそのまま持って、ストローで飲む。
戸田 るり:
「あ……!」
一連の動作を見ていた私は、思わず声を上げた。
中曽根 悠:
「?」
戸田 るり:
「それ……私の」
中曽根 悠:
「!!」
悠は持っていたグラスを、そっと置いた。
私はうつむいてそれを見つめる。
外では、しとしと雨の音。
ささやかな雨音と、テレビから聞こえる可愛らしい歌声が、ただ静かに響いていた。
◇ 続く ◇




