Ep.38 子どもの時間(3)「アンバランス少年」
リビングの扉を閉めると、俺は深く息を吐き出した。
中曽根 悠:
(あ……)
中曽根 悠:
(危ね~~~!)
自然にリビングに誘導したのに、まさかるりから部屋に行きたいなんて言い出すとは思わなかった。
しかし、うまく回避できた。
俺はホッとして階段を上がり始める。
るりが我が家に来ることは、本当に久しぶりだ。
小学校低学年のときじゃなかったかな、前に来たのは。
階段を小さく鳴らして上りきると、1番奥にある自分の部屋を開けた。
るりを俺の部屋に入れること。
それはつまり、この現状を見られるというわけなのだ。
中曽根 悠:
「はぁ……こりゃダメだ」
部屋の隅に並べられた、大小さまざまなぬいぐるみ。
棚には、昔から集めていた特撮ヒーローのフィギュアやガチャガチャのおもちゃ。
壁には憧れのサッカー選手のポスターと並んで、最近またはまりだした仮面ポリスマンのポスターも貼られている。
なんてガキくさい部屋なのだ、と息を吐いた。
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子どもの時間
(3)「アンバランス少年」
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まず、言い訳をさせてもらおう。
ぬいぐるみたちは俺のもんじゃない。姉貴のだ。
それがなぜこうして俺の部屋にあるかというと、大学デビューとともに断捨離を始めた、姉貴のワガママだ。
…………………………………
中曽根 雫:
「ぬいぐるみだけは捨てらんないよ。悠、あんたの部屋にちょっと置かせて」
中曽根 悠:
「なんでだよ!? 姉貴の部屋に置いときゃいいじゃん!」
中曽根 雫:
「置き場所がもうないのよ。てかさ、元カレからのとか部屋に置いときたくないし」
中曽根 悠:
「知るかそんなの!」
…………………………………
しかし暴君・雫に敵うわけがない。
かかあ天下の中曽根家の、男の立場は弱い。父さんだって母さんには敵わない。
そうして自然と、俺は姉貴に虐げられるのだ。
勉強机に置いていた通学カバンから、英語の教科書とノートを取り出した。
そして、頭の中では自分もそのうち断捨離をせねばと考え、固く心に誓う。
中曽根 悠:
(他のやつらより、なんかガキくさいんだよな、この部屋)
冬休み中、小池んちにお邪魔したことがあった。
小池の部屋は、コーディネートが行き届いており物も少ない。漫画がないわけでもないが、本棚に並ぶそれはきちんとしていて、俺んちのより行儀よく見えた。
秋には井本んちにも行ったけど、あいつの部屋も意外とガキくさくないんだよな。
一体、何が違うのか。
ううむ、と悩む俺の横では、正義のヒーロー仮面ポリスマンが、ポスターの中でカッコいいポーズを決めていた。
・ ・ ・
リビングに戻ると、るりが机から顔をあげた。一足先に勉強を始めていたらしい。
ソファから腰をおろして、床のカーペットに座ってローテーブルでも書き取りしやすい位置にいる。
戸田 るり:
「遅かったね」
中曽根 悠:
「そうか?」
しばらく自室のどこが悪いのかを考えていたから、とは言えない。
ペン立てとなったチェック柄のマグカップを置くと、るりはそれを見つめて嬉しそうに微笑んだ。
──こんなので喜ぶとか、可愛いな。
俺もつい、笑みがこぼれる。
最近のるりは、少し大人びてきたように思う。
昔から俺にはお姉さんぶりたいるりだったけど、最近は仕草や表情が、本当にそれらしくなった。
幼さが減って、女の子らしい。
うまく言葉が見つからないけれど、そんなるりを見ていると、俺はらしくなく緊張する。
中曽根 悠:
(模様替えをしたら、今度こそるりを部屋に招待する!)
今回は緊急事態で、時間がなかったのが悪いのだ。テスト期間が終わったら、さっそく部屋を片付けよう。
別にその決意になんら下心はないことは主張しておこう。
……うん、ないぞ。
多分。
戸田 るり:
「マーカー、借りていい?」
中曽根 悠:
「あ、うん」
俺がそんなことを考えているとも知らないるりが、ペン立てマグカップから黄色のマーカーを引き抜いた。
ちらりとるりの手元を見ると、キレイに書かれた英字と和訳が並べられている。
中曽根 悠:
「るりのノート、キレイだな」
戸田 るり:
「へへ、そう?」
嬉しそうに応えるるり。
マーカーのキャップを外し、定規でまっすぐにラインを引く。
中曽根 悠:
「見やすそう。俺のノートと違うな」
戸田 るり:
「見やすいと、復習も頭に入りやすいから。塾で、ノート取りを重視してる先生がいてね。コツとかアドバイス、いろいろもらったんだ」
中曽根 悠:
「へー……」
るりは中学にあがったと同時に、塾へ通い出した。ピアノはもう2年の途中でやめたらしいが、塾は受験までは続けるだろう。
そんなるりは、俺より成績がいい。学年順位30位以内をキープしていると前聞いたときは、一度三桁に落ちたことのある俺は冷や汗をかいたもんだ。
それが刺激となって、ようやくだが俺は勉強に身を入れ始める。
その理由はこれまた、るりには言いにくいことだけど。
中曽根 悠:
「るり、徳瑛狙ってるんだよな?」
戸田 るり:
「え、うん」
るりの志望校は、県立の徳瑛高校だ。
近くて偏差値も高く、大学への進学率もいい。
小池もたしか、そこを狙っている。
さらに頭のいい小池は、特進クラスなんて狙っているから、大したもんだ。
戸田 るり:
「……悠は決めた? 進学先」
中曽根 悠:
「……」
進路希望調査票は、4月早々に配られた。
そこに書き殴った高校名を、俺はまだるりに教えていない。
中曽根 悠:
「……徳瑛」
戸田 るり:
「え!」
中曽根 悠:
「……て書いたら、先生に無理だって言われた」
戸田 るり:
「……!」
言うのは本当に情けなくて恥ずかしくて、ごまかすように笑う。
2年の期末は頑張ったから、順位も上がったんだけど、それでもまだ徳瑛には届かない。
でも、るりと同じ高校へ行きたい。
それに、やっぱりそれなりの高校へ進学して、将来への幅も広げたい。自分自身も安心したいのだ。
だから。
中曽根 悠:
「でも頑張るよ、俺。塾の夏期講習を頼んだし」
戸田 るり:
「え、そうなの? どこの塾?」
中曽根 悠:
「駅前の桜花塾」
戸田 るり:
「なんだ、私と同じとこじゃないんだ」
るりの塾を、わざと避けたのは内緒だ。
彼女なんていたら、勉強に身が入らないだろ。
とは言えるはずもなく、苦笑してアゴを擦った。
あ、まだヒゲが残ってら。
最近習慣になりそうなヒゲ剃りは、まだ慣れない。
体だけは大人に近づいて、でも中身は全然まだ追いついてないのだ。
アンバランスな今の自分に、しっかりせねばと、俺も教科書を広げた。
◇ 続く ◇




