Ep.38 子どもの時間(1)「雨の日の帰り道」
5月の今日、雨が降った。
五月雨という言葉があるけれど、あれは旧暦での言葉だから、本当は6月の梅雨のことを言うんだって。
だから今日の雨は、五月雨じゃないんだよ。
──なんてことを、私は悠に説明した。
相合い傘での帰り道。
近くにある悠の顔にドキドキしながら、私、戸田るりは歩いている。
中曽根 悠:
「むー、どうでもいいじゃん」
「五月雨だなぁ」とつぶやいた悠に、私がさっきのようなうんちくを言ったから、彼はすねたように唇を尖らせた。
傘を持つ彼の向こう側の肩が、少しはみ出て濡れていた。
傘を忘れたから入れてくれ、なんて簡単に言った悠に、仕返しじゃないけれど、緊張していた私はつい口数が多くなっている。
申し訳ないとは思いつつも、苦笑しただけの私はパシャンと、地面の水たまりを小さく踏んだ。
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子どもの時間
(1)「雨の日の帰り道」
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5月下旬の中間テストが1週間後に控える今は、部活動の休み期間だ。
運動部は3日前などけっこうギリギリまでしてたりもするけれど、雨の日の今日は、中止になったらしい。
一緒に帰ろうと誘ってくれたのは悠だけど、もしかして傘目当てだったりはしないよね。
忘れん坊の悠。
置き傘くらい、したらいいのに。
中曽根 悠:
「そういや修学旅行、自由行動のグループ決まった?」
傘が雨を弾く音の中、悠がふと言った。
戸田 るり:
「ううん、うちのクラスはまだ」
7月、夏休みに入ってすぐに、3年生は修学旅行がある。
京都と奈良の2泊3日。
中学校生活最大のイベントが、待っていた。
中曽根 悠:
「そっか。俺んとこ、もう決まったぞ」
戸田 るり:
「えー早いなぁ。誰と一緒なの?」
中曽根 悠:
「吉井だろー、勝山に藤原、あと堂本だ」
戸田 るり:
「え、堂本くん? 意外だね」
脳裏に、ギロッという擬音がぴったりきそうな目つきの堂本信広くんの顔が浮かんだ。
1年生のときはほとんど交流がなかった男子だ。意地悪で、小池くんともケンカしたことがあった彼は、正直怖い。
2年生で金髪にしたときは、廊下ですれ違いざまにそれを見て「うわぁ不良だぁ」なんて思ってしまった。
そんな彼と悠。
仲良かったっけ?
中曽根 悠:
「堂本、今は席が近いからよくしゃべるんだ。意外とあいつ、ノリいいぞ」
戸田 るり:
「そうなの?」
男の子の交友って、よくわかんない。
悠は人懐っこいからかな。
でも、4月に梢ちゃんと子猫の里親探しをしていたとき、たしかに堂本くんの印象は少しだけ変わった気もした。
そんな風に考えていたら、悠が声を小さくして言う。
中曽根 悠:
「……自由時間さ、一緒にどっか行くか?」
戸田 るり:
「! ……いいの?」
中曽根 悠:
「うん。ちょっと抜けよーぜ」
戸田 るり:
「……うん!」
うわぁ、嬉しい!
2日目にある、自由行動時間。
京都の町を自由に散策する時間があるのだけれど、そこで一緒にまわることを、彼は提案してくれた。
まだ私はグループ決めてないけど、協力してくれそうな子と組まねば! と気合いが入る。
戸田 るり:
(ふふー、楽しみ)
ウキウキしてしまう。
しかし、ふと悠の横顔を覗き込むと、見慣れないものが目に入って首をかしげた。
戸田 るり:
(あれ? 悠ってば顔に、ゴミつけてる)
アゴについている小さな黒いゴミ。
でもそれが、すぐにゴミではないことに気がついて、私は目を丸くした。
戸田 るり:
(あ、ひ……ヒゲ?)
薄く短く生えていた。
お父さんとは違うまだ細いそれが、悠のアゴ下にあったので、近くにいる私は見上げたときに気がついてしまう。
戸田 るり:
(う、うわぁ)
そりゃ、生えるよね。男の子だもん。
というか、クラスメイトの男の子だってヒゲが濃い子なんてゴロゴロいる。
今さらそんなことに気がつくなんてと自分に呆れても、幼い頃から知っている悠とヒゲが結びつかなくて、戸惑う。
戸田 るり:
(悠……どんどん、大人びてくなぁ)
性格は変わってないはずなのに、何かが変わっていく。
そんな彼に追いつきたくて、さっきよりも歩幅を伸ばして歩く。
水たまりが、ピシャンとはねた。
・ ・ ・
いつもの分かれ道で悠は「ここでいいよ!」と笑って、雨の中を猛ダッシュで自宅へ向かう。
その背中を見送って、私も家へ帰った。
玄関前につくと、傘を畳んで振り水を払う。傘立てにしまい、通学カバンに手を入れた。
戸田 るり:
(……あれ?)
鍵を取り出そうとするも、見つからない。
所定の内ポケットにあるはずの家の鍵が、なかった。
戸田 るり:
(あ、もしかしてあっちのカバンに?)
塾用のカバンから移すのを、忘れていたんだ。
これじゃあ、悠を忘れん坊なんて言えないな。
戸田 るり:
(どうしよう)
どしゃ降りは、まだ続いている。
肩にかけたカバンの口を開けたまま途方に暮れていると、その中にあったスマホが震えた。
悠からのメッセージだった。
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悠:
「傘ありがとな。テス勉がんばるわ!(やだけど)」
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年明けから、スマホを持ち始めた悠。
こうして、ちょくちょくとメッセージのやりとりが増えたことは、とても嬉しかった。
嬉しかったついでに、つい彼に甘えてしまう。
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るり:
「がんばれー!私は家のカギ忘れちゃった、雨なのにー」
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するとすぐに、悠から返信がきた。
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悠:
「大丈夫か? おばさんはすぐに帰ってくるの?」
るり:
「帰ってくるのは6時くらいかな」
悠:
「あと1時間以上あるな」
悠:
「よかったら、うちに来て待ってるか?」
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悠のその申し出は、とてもありがたい。
歩いて行ける距離に親戚はいないし、1番近い同級生の家は、悠だ。
私はホッとして、返信した。
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るり:
「ありがとう、助かる。今からそっちに向かうね」
悠:
「気をつけてな」
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悠の返事を確認して、次に私はお母さんに連絡を入れる。
家の鍵を忘れて雨だから、悠の家にお邪魔すること、帰ってきたら連絡を入れてほしい旨を書いて、メッセージを飛ばした。
お母さんは仕事中だから、既読がつくのはまだ先かな。
再び、傘を手に取った。
パン、と開いた傘に、またパラパラと雨が弾ける。
その音が楽器みたいでキレイだな、なんて思った。
◇ 続く ◇




