Ep.37 春のさくら(6・終)「さくらの声」
翌週。
思ったよりも早く、子猫の引き取り手が現れた。
羽鳥 梢:
「堂本くん! 見つかったよ、さくらの引き取り先!」
堂本 信広:
「んあ?」
朝、めずらしく早く登校した俺が気持ちよく机で寝ていたら、羽鳥が俺の肩を揺り動かした。
顔をあげつつ、よだれを拭く。
羽鳥は「わ、汚い!」なんて叫びやがった。
堂本 信広:
「んだよ、羽鳥……」
羽鳥 梢:
「だから、さくらの引き取り手! 4組の子のおばさんが、飼いたいって」
へぇ、とあくびをしつつ答える。
そんな俺に、羽鳥は「よかったよ~」と、本当に嬉しそうに喜んでいた。
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春のさくら
(6)「さくらの声」
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子猫の引き取り手として名乗りを上げたのは、4組の御手洗満の親戚のおばさんだった。
近所でも有名な猫好きの人で、1匹増えたところで大丈夫だと、申し出てきたらしい。
御手洗 満:
「おばさんは猫に詳しいし、世話の仕方も心得てるから、大丈夫だと思うよ」
4組にまで出向いた俺と羽鳥に、御手洗はそう説明してくれた。
御手洗とは同じ小学校だったが、あまり親しくはなかった。
いつもにこにこ、男子よりも女子といるようなこいつは、男友達がじつは多くないんじゃなかろうか。俺は苦手なタイプだ。
羽鳥 梢:
「じゃあ引き渡すのは、日曜日とかのがいいかな」
御手洗 満:
「そうだね。おばさんに都合の良い時間を聞いてみるよ」
4組の教室で、子猫を引き渡す打ち合わせをする羽鳥と御手洗。俺は、おまけのように傍観しているだけだ。
つーか俺、今回必要だったか?
首をかしげかけた俺の近くで、同じく4組の望月が御手洗に声をかけてくる。
望月 美羽:
「みーちゃんなら、安心だねぇ!」
ぷっ。みーちゃんだってよ。
御手洗のあだ名に小さく笑ったが、呼ばれた本人はそんな望月に、クルリと顔を向ける。
御手洗 満:
「望月さん、みーちゃんはやめて」
柔らかく、でもしっかりそう言う。
望月 美羽:
「えー、和葉ちゃんの真似しただけなのにー」
林 和葉:
「ん? 私がなに?」
望月の近くにいた女子が振り返った。やつが「和葉ちゃん」なんだろう。
俺の知らないその女子は、みーちゃんこと御手洗と目を合わせると、パッと顔を明るくした。
林 和葉:
「あ、みーちゃん猫を引き取るんだよね! 今度見せてね!」
御手洗 満:
「俺じゃなくて、おばさんがね。うん、落ち着いたら、一緒に見にいこうか」
その2人の会話を聞いて、望月は「和葉ちゃんもみーちゃんって言ってるのに!」と憤慨している。
あーなるほど。そういうことね。
御手洗を見れば、やたらと穏やかに和葉ちゃんとやらを見ている。
……こんなやつも、いるんだな。
好きなやつをいじめる森もいれば、あからさまに大事そうに見つめる御手洗のようなやつもいる。
──ま、俺には関係ないけど。
早く教室に帰りてーなぁと、手持ち無沙汰でポケットに両手を突っ込んで、あくびをした。
・ ・ ・
猫騒動も終わり、葉桜が目立ち始めた頃には、羽鳥もそうそう俺にかまうことはなくなった。
世話焼きの羽鳥は、クラスメイトのフォローにいちいち忙しい。
だから俺は、安心して休み時間を昼寝タイムにあてている。
今も机に伏せって寝ていたら、羽鳥とは違う女の声が俺を起こした。
女子生徒:
「あの……堂本くん」
堂本 信広:
「?」
寝ぼけまなこで顔を上げると、クラスメイトの女子がいた。
小さいその子は、おずおずと必死そうな声を出す。
女子生徒:
「あ、アンケートはもう書けてる? 提出、昨日までで……」
こいつはたしか、修学旅行委員の坂田だ。
修学旅行に関するアンケートはなぜか多い。第二弾がこの間配られて、それを俺はまだ出していなかった。
堂本 信広:
「あー……書いてある」
机に手を突っ込んで、ぐしゃぐしゃになったプリントを渡した。
それをホッとして、坂田は受け取る。
坂田:
「ありがとう!」
そうしてそそくさと帰っていく。
何だよ、羽鳥に頼らなくても、話しかけられるじゃねーか。
堂本 信広:
「……」
いや──違うな。
羽鳥のせいで、話しかけられるようになったんだ。
子猫の引き取り手探しのせいか、なぜかクラスのやつら、特に女子が、俺に対する見方を変えた気がする。
ふん、単純なやつらだ。
動物1匹かまえば、もういい人判定かよ。お気楽脳みそだ。
そうして、遠くの教室片隅で友達としゃべる羽鳥を見やる。
以前と、何ら変わらない羽鳥。
雑務を任され、クラスの中心にいて、必要であれば不良カテゴリーにいる俺にも意見する。
必要なけりゃ──接点はない。
そのとき、俺の背後の中曽根が羽鳥を呼んだ。
中曽根 悠:
「羽鳥、ちょっといいかー?」
羽鳥 梢:
「ん、何なに?」
呼ばれた羽鳥が、中曽根の席ななめ前に立つものだから、座る俺のすぐ隣に羽鳥がいることになる。
羽鳥は俺を気にとめるでもなく、中曽根と何やらしゃべり始めた。
再び寝ようとしていた俺は、腕枕から少し顔を浮かせてそちらを見た。
ゆらゆら揺れるスカートが、すぐそこにある。
何とはなしに、それをつまんで上げた。
堂本 信広:
「相変わらず、色気のねえ下着」
羽鳥 梢:
「!?」
中曽根 悠:
「!!?」
ちらりと間抜けに、水玉模様のパンツが見える。
中曽根から見えたのかは知らんが、やつは俺の行為にビックリし、羽鳥は電光石火の勢いでスカートを戻した。
羽鳥 梢:
「な、なな、何してんのあんた!?」
堂本 信広:
「別にー」
羽鳥は珍しく動揺し、真っ赤になって拳を震わせる。それになぜだか満足して、俺はまた腕枕に顔をうずめた。
しかし羽鳥は、容赦なく俺の肩や背中を叩く。
羽鳥 梢:
「信じらんない! バカじゃないの! 中3にもなって、何してんのー!?」
無視だ、無視。
俺は決して顔を上げずに、ただ羽鳥の攻撃を受けた。
委員長らしからぬ語彙力の低い言葉と暴力だ。ビシバシ叩いてくる手のひらは痛いが、顔は絶対に上げてやらない。
いいんだよ。
たまには優等生面を剥がしてやんねーと、こいつはまた、ストレス溜めるからな。
この1年、こいつのためにいじめてやっか。
そう考えると、つまらなくなると思った3年生の生活も、案外悪くないとほくそ笑んだ。
目を閉じれば、さくらと呼ばれたあの子猫の鳴き声がよみがえる。
はらはらと舞う桜吹雪にじゃれながら、まるで俺に同意してるかのように、ミーミーと楽しそうに鳴いていた。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




