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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.37 春のさくら(6・終)「さくらの声」

 翌週。

 思ったよりも早く、子猫の引き取り手が現れた。


 羽鳥 梢:

「堂本くん! 見つかったよ、さくらの引き取り先!」


 堂本 信広:

「んあ?」


 朝、めずらしく早く登校した俺が気持ちよく机で寝ていたら、羽鳥が俺の肩を揺り動かした。

 顔をあげつつ、よだれを拭く。

 羽鳥は「わ、汚い!」なんて叫びやがった。


 堂本 信広:

「んだよ、羽鳥……」


 羽鳥 梢:

「だから、さくらの引き取り手! 4組の子のおばさんが、飼いたいって」


 へぇ、とあくびをしつつ答える。

 そんな俺に、羽鳥は「よかったよ~」と、本当に嬉しそうに喜んでいた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 春のさくら

(6)「さくらの声」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 子猫の引き取り手として名乗りを上げたのは、4組の御手洗満の親戚のおばさんだった。

 近所でも有名な猫好きの人で、1匹増えたところで大丈夫だと、申し出てきたらしい。


 御手洗 満:

「おばさんは猫に詳しいし、世話の仕方も心得てるから、大丈夫だと思うよ」


 4組にまで出向いた俺と羽鳥に、御手洗はそう説明してくれた。

 御手洗とは同じ小学校だったが、あまり親しくはなかった。

 いつもにこにこ、男子よりも女子といるようなこいつは、男友達がじつは多くないんじゃなかろうか。俺は苦手なタイプだ。


 羽鳥 梢:

「じゃあ引き渡すのは、日曜日とかのがいいかな」


 御手洗 満:

「そうだね。おばさんに都合の良い時間を聞いてみるよ」


 4組の教室で、子猫を引き渡す打ち合わせをする羽鳥と御手洗。俺は、おまけのように傍観しているだけだ。


 つーか俺、今回必要だったか?


 首をかしげかけた俺の近くで、同じく4組の望月が御手洗に声をかけてくる。


 望月 美羽:

「みーちゃんなら、安心だねぇ!」


 ぷっ。みーちゃんだってよ。

 御手洗のあだ名に小さく笑ったが、呼ばれた本人はそんな望月に、クルリと顔を向ける。


 御手洗 満:

「望月さん、みーちゃんはやめて」


 柔らかく、でもしっかりそう言う。


 望月 美羽:

「えー、和葉ちゃんの真似しただけなのにー」


 林 和葉:

「ん? 私がなに?」


 望月の近くにいた女子が振り返った。やつが「和葉ちゃん」なんだろう。

 俺の知らないその女子は、みーちゃんこと御手洗と目を合わせると、パッと顔を明るくした。


 林 和葉:

「あ、みーちゃん猫を引き取るんだよね! 今度見せてね!」


 御手洗 満:

「俺じゃなくて、おばさんがね。うん、落ち着いたら、一緒に見にいこうか」


 その2人の会話を聞いて、望月は「和葉ちゃんもみーちゃんって言ってるのに!」と憤慨している。

 あーなるほど。そういうことね。


 御手洗を見れば、やたらと穏やかに和葉ちゃんとやらを見ている。


 ……こんなやつも、いるんだな。


 好きなやつをいじめる森もいれば、あからさまに大事そうに見つめる御手洗のようなやつもいる。


──ま、俺には関係ないけど。


 早く教室に帰りてーなぁと、手持ち無沙汰でポケットに両手を突っ込んで、あくびをした。



 ・   ・   ・



 猫騒動も終わり、葉桜が目立ち始めた頃には、羽鳥もそうそう俺にかまうことはなくなった。

 世話焼きの羽鳥は、クラスメイトのフォローにいちいち忙しい。


 だから俺は、安心して休み時間を昼寝タイムにあてている。

 今も机に伏せって寝ていたら、羽鳥とは違う女の声が俺を起こした。


 女子生徒:

「あの……堂本くん」


 堂本 信広:

「?」


 寝ぼけまなこで顔を上げると、クラスメイトの女子がいた。

 小さいその子は、おずおずと必死そうな声を出す。


 女子生徒:

「あ、アンケートはもう書けてる? 提出、昨日までで……」


 こいつはたしか、修学旅行委員の坂田だ。

 修学旅行に関するアンケートはなぜか多い。第二弾がこの間配られて、それを俺はまだ出していなかった。


 堂本 信広:

「あー……書いてある」


 机に手を突っ込んで、ぐしゃぐしゃになったプリントを渡した。

 それをホッとして、坂田は受け取る。


 坂田:

「ありがとう!」


 そうしてそそくさと帰っていく。

 何だよ、羽鳥に頼らなくても、話しかけられるじゃねーか。


 堂本 信広:

「……」


 いや──違うな。

 羽鳥のせいで、話しかけられるようになったんだ。


 子猫の引き取り手探しのせいか、なぜかクラスのやつら、特に女子が、俺に対する見方を変えた気がする。

 ふん、単純なやつらだ。

 動物1匹かまえば、もういい人判定かよ。お気楽脳みそだ。


 そうして、遠くの教室片隅で友達としゃべる羽鳥を見やる。

 以前と、何ら変わらない羽鳥。

 雑務を任され、クラスの中心にいて、必要であれば不良カテゴリーにいる俺にも意見する。


 必要なけりゃ──接点はない。


 そのとき、俺の背後の中曽根が羽鳥を呼んだ。


 中曽根 悠:

「羽鳥、ちょっといいかー?」


 羽鳥 梢:

「ん、何なに?」


 呼ばれた羽鳥が、中曽根の席ななめ前に立つものだから、座る俺のすぐ隣に羽鳥がいることになる。

 羽鳥は俺を気にとめるでもなく、中曽根と何やらしゃべり始めた。


 再び寝ようとしていた俺は、腕枕から少し顔を浮かせてそちらを見た。

 ゆらゆら揺れるスカートが、すぐそこにある。

 何とはなしに、それをつまんで上げた。


 堂本 信広:

「相変わらず、色気のねえ下着」


 羽鳥 梢:

「!?」


 中曽根 悠:

「!!?」


 ちらりと間抜けに、水玉模様のパンツが見える。

 中曽根から見えたのかは知らんが、やつは俺の行為にビックリし、羽鳥は電光石火の勢いでスカートを戻した。


 羽鳥 梢:

「な、なな、何してんのあんた!?」


 堂本 信広:

「別にー」


 羽鳥は珍しく動揺し、真っ赤になって拳を震わせる。それになぜだか満足して、俺はまた腕枕に顔をうずめた。


 しかし羽鳥は、容赦なく俺の肩や背中を叩く。


 羽鳥 梢:

「信じらんない! バカじゃないの! 中3にもなって、何してんのー!?」


 無視だ、無視。

 俺は決して顔を上げずに、ただ羽鳥の攻撃を受けた。

 委員長らしからぬ語彙力の低い言葉と暴力だ。ビシバシ叩いてくる手のひらは痛いが、顔は絶対に上げてやらない。


 いいんだよ。

 たまには優等生面を剥がしてやんねーと、こいつはまた、ストレス溜めるからな。

 この1年、こいつのためにいじめてやっか。


 そう考えると、つまらなくなると思った3年生の生活も、案外悪くないとほくそ笑んだ。


 目を閉じれば、さくらと呼ばれたあの子猫の鳴き声がよみがえる。

 はらはらと舞う桜吹雪にじゃれながら、まるで俺に同意してるかのように、ミーミーと楽しそうに鳴いていた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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