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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.37 春のさくら(4)「不機嫌と笑顔」

 3年3組の教室に着くと、羽鳥は早乙女茉莉を呼び出した。

 こいつもたしか、1年生の時に同じクラスだったやつだ。でも存在感があまりに薄くて、俺の中でこいつに関する記憶はない。

 こいつと羽鳥が仲がいいとは、意外だった。


 早乙女 茉莉:

「うん、わかった! これを後ろに貼っておけばいいんだね」


 羽鳥 梢:

「よろしくね、茉莉!」


 そう言って羽鳥は、持っていたチラシを手渡す。

 俺はふて腐れて、3組の廊下で座り込み頬杖をついていた。


 井本 修:

「お? ノブくん、うちのクラス前で何でヤンキー座りしてんの?」


 同小だった井本修《いもと おさむ》が、トイレ帰りらしく声をかけてくる。

 しかし、羽鳥に無理矢理連れ回されている俺は、不機嫌に鼻を鳴らすだけだ。


 堂本 信広:

「るっせ。ほおっとけ」


 井本 修:

「んもー、不良ぶっちゃって〜」


 お調子者の井本は、昔から誰にでもこんな態度だ。

 カラカラと笑いながら、やつは3組の教室に入るため、わざわざ羽鳥と早乙女の間を割って入っていった。あの女好きめ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 春のさくら

(4)「不機嫌と笑顔」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 次に4組の教室に来た俺たち。

 相変わらず俺はムスッとして、廊下で羽鳥が用事を済ませるのを待っている。


 じつはもう、そんなに腹は立ってもいなかった。

 だが、急に態度を変えられるはずもなく、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、丸めた背中を壁にもたれさせていた。

 羽鳥は、4組の望月美羽と話をする。


 望月 美羽:

「オッケーオッケー、そういうことなら協力するよー」


 1度も同じクラスになったことがないのによく見たような気がするのは、こいつが羽鳥と仲がよかったせいだろう。

 1年生のときなんか、毎朝俺たちのクラスにやってきては、羽鳥や戸田とピーチクパーチクしゃべっていた。

 明るい望月は、笑って引き受ける。


 羽鳥 梢:

「ありがとう、美羽。これも渡しておくね」


 望月 美羽:

「はーい」


 チラシを受け取る望月。

 そこで2限目前の休み時間終了のチャイムが鳴り、羽鳥はハッと顔をあげた。


 羽鳥 梢:

「あ、いけない、戻んなきゃ」


 そこで羽鳥は望月と別れて、少し離れていた俺の元へ戻ってきた。


 羽鳥 梢:

「おまたせ、教室に戻ろっか」


 堂本 信広:

「ん」


 残るは5組だけだったが、時間切れで行けなくなる。

 俺と羽鳥は、パタパタと教室へ戻る生徒たちに紛れて廊下を歩き出した。

 比較的俺たちが急いでいないのは、2限目が社会科だからだ。遅刻魔の社会科教師は、いつも数分後にやってくる。


 俺の少し先を歩く羽鳥が、ポツリとつぶやいた。


 羽鳥 梢:

「……無理に付き合わせて、ごめんね」


 相変わらずまっすぐな背中を見せて、羽鳥は謝る。


 羽鳥 梢:

「2限が終わったら、5組には私だけで行くから」


 堂本 信広:

「!」


 振り返りもせず、やつは言う。

 それが少しだけ、気にくわない。


 堂本 信広:

「なんだよ、今さら」


 羽鳥 梢:

「だって堂本くん、嫌そうだし」


 そこで羽鳥は、少し顔をうつむけたので、サラリと髪が流れてうなじが現れた。


──本当に今さら、だ。


 俺は目を細めて、ため息をついた。


 堂本 信広:

「いいってもう。中途半端は気持ちわりーから、最後まで付き合う」


 羽鳥 梢:

「──本当!?」


 そこで羽鳥は、パッと笑顔で振り返った。

 目を大きくして、嬉しそうに笑う。


 羽鳥 梢:

「ありがとう」


 堂本 信広:

「……へーへー」


 もういいよ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。

 半ば諦めた心持ちで応える。

 そんな俺に、羽鳥は足の速度を緩めながら横に並んだ。そうすると、彼女のつむじがよく見えた。


 羽鳥 梢:

「……昨日ね、結局、さくら私の部屋で寝たんだ」


 羽鳥はまた、小さく話し始める。


 羽鳥 梢:

「やっぱり外は可哀想で。お父さんも出張中でいなかったし」


 羽鳥 梢:

「小さくて、可愛かったなぁ」


 堂本 信広:

「……」


 ただの世間話だろう。

 付き合ってやる義理もなかったが、無言をつらぬけるわけもなく言葉を探す。


 堂本 信広:

「……『さくら』は、肉球からか?」


 羽鳥 梢:

「え?」


 堂本 信広:

「猫の名前」


 なんとなく聞いただけなのに、羽鳥はことさら嬉しそうに微笑んだ。


 羽鳥 梢:

「うん、そうだよ!」


 堂本 信広:

「……あっそ」


 白猫なのに、桜とは。


 でも、あの小汚い白猫を洗ってキレイにしてやれば、桜の花によく似合うのかもしれない。

 はらはらと舞う桜吹雪に、じゃれる子猫が脳裏に浮かぶ。

 まだ世界を知らない、夜空のような瞳を輝かせ、おぼろに足元をふらつかせ──。


 そんなことを考えちまった俺も、相当に羽鳥に毒されている。

 しかめっ面をした。

 誰が、こんなノー天気女なんかに。


 また少しだけ、ふて腐れた気分になって廊下を歩く。

 となりの羽鳥は、何がそんなに嬉しかったのか、にこにこと笑っていた。




 ◇ 続く ◇

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