Ep.4 アゲイン (2)「過去の恋愛」
「山川先生と海野先生、結婚されるんですって」
篠田 かなえ:
「……え?」
とある先生との、たわいない雑談の一言に、当時の私は口をぽかんと開けた。
何の冗談? と口を挟むひまも与えずに、おしゃべりな彼女はコロコロと言葉を続ける。
「式は半年後ですって。 何でももう妊娠しているとかで! お似合いでしたものねえ、あの2人 」
篠田 かなえ:
「……はあ……」
何を言っているのだろう。
まくし立てる彼女の言葉は、私の耳を素通りし、口の動きだけを機械的に目で追った。
篠田 かなえ:
(何言っているの?)
篠田 かなえ:
(だって山川先生は……)
篠田 かなえ:
(……私と)
まあ、ようするに。
二股されていた、というワケだ。
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アゲイン
(2)「過去の恋愛」
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浮気なんて呆れた行動を、まさか自分の彼氏がするとは思ってもいなかった。
職場で知り合った、二つ年上の頼り甲斐のある彼は、中学の英語教師。
先生や生徒からの信頼も厚く、教育熱心。人としても、尊敬できる相手だった。
そんな彼が、二股。
しかも両方とも、同じ職場の同僚。
しかも、学校という聖域で。
妊娠さえなければ、まだその関係を続けようとしていたのだろうか。
それとも、もともとこっちが遊びであちらが本命か。
まあそんなのは、どうでもいい。
まったく──バカにしている。
今年から、新しい学校に勤めることになった私は、以前のように笑えなくなっていた。
教師陣ともあれ以来、一定の距離を持って接している。
もう、あんなことを繰り返したくない。
裏切られるくらいなら、最初から親しくしなければいい。
あんなに傷つく恋愛は、二度とごめんだ。
篠田 かなえ:
(私と結婚したいって、言ってたくせに……)
嫌な思い出が蘇ってきそうで、かぶりを振る。
すると、ピピピピ、と体温計が鳴る音で我に返った。
戸田 るり:
「熱はないみたいです」
そう言って体温計を差し出す戸田さんから受け取る。デジタル数字は36.4度だ。
すぐさま先生モードに頭を切り替えて、私はその数値をノートに記録した。
篠田 かなえ:
「ありがとう。奥のベッドを用意したから、そこで横になってて。 あ、中曽根くんは絆創膏だったわね。貼るからこっちにきて? 」
中曽根 悠:
「あ、大丈夫です。自分で貼るんで」
彼は渡した大きめの絆創膏を受け取ると、椅子から立とうとした戸田さんに声をかけた。
中曽根 悠:
「じゃあな、戸田。ゆっくり休めよ」
戸田 るり:
「……ん、ありがとう」
ひらひらと絆創膏を振って、彼は保健室から出て行った。
篠田 かなえ:
「賑やかな子ね」
戸田 るり:
「……そうですね」
熱はないはずなのに、頬をピンクに染め上げる戸田さん。間違いなく、彼が好きなのだろう。
初々しい態度だ。
篠田 かなえ:
(私も、こんなふうだったのかしら)
わからない。
初恋なんてもう、随分前のことすぎて覚えていない。
ましてや、つい最近の恋は、あまりにも酷すぎて。
篠田 かなえ:
「…………」
恋愛なんて幻想に、まだ浸れている彼女にほんの少し、意地悪をしたくなってしまった。
篠田 かなえ:
「彼、人気があるみたいね」
戸田 るり:
「え?」
篠田 かなえ:
「つい最近、告白されているところを見ちゃったわ。 モテモテなのね 」
戸田 るり:
「………!」
ぐっと、戸田さんが息を飲んだのがわかった。
戸田 るり:
「……そう、なんですか。 へ〜、意外 」
戸田 るり:
「サッカーだけは、上手だからなぁ」
戸田 るり:
「騙されてる子、多いんだぁ」
慌てて虚勢を張り、ごまかしているのなんて丸わかりだ。
私が気まぐれで発した言葉で、こんなに動揺している彼女が、私にはとても滑稽に見えた。
篠田 かなえ:
(……意地をはっちゃって)
小さく笑うと、私はまだ立ちすくんでいる彼女にベッドを示す。
篠田 かなえ:
「それより、早くベッドで横になりなさい。 お腹痛いんでしょう? 」
戸田 るり:
「あ、はい……」
自分で話題をふっておいて、この言い草。自分の底意地の悪さに、また笑いそうになる。
私に促され、戸田さんはベッドへ足を向けた。
1番奥のベッドへもそもそと横になった戸田さんは、明らかに先ほどより元気がなくなっている。
仰向けに横になった戸田さんに掛け布団をかけると、彼女はそれを顔を隠すぐらいに引っ張った。
戸田 るり:
「……ありがとう、ございます」
目が潤んで見えたのは、気のせいだろうか。
篠田 かなえ:
「……おやすみなさい」
ツキン、と小さく心臓が痛くなる。
こんな子ども相手に、私は何をしているの。
嫌な大人になった。
でも、仕方ないじゃないの。
綺麗だけじゃ、やっていけないの。
嫌な思いもして、大人になっていくの。
私は誰ともなしに、心の中で言い訳を並べた。
◇ 続く ◇




