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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.4 アゲイン (2)「過去の恋愛」

「山川先生と海野先生、結婚されるんですって」


 篠田 かなえ:

「……え?」


 とある先生との、たわいない雑談の一言に、当時の私は口をぽかんと開けた。

 何の冗談? と口を挟むひまも与えずに、おしゃべりな彼女はコロコロと言葉を続ける。


「式は半年後ですって。 何でももう妊娠しているとかで! お似合いでしたものねえ、あの2人 」


 篠田 かなえ:

「……はあ……」


 何を言っているのだろう。

 まくし立てる彼女の言葉は、私の耳を素通りし、口の動きだけを機械的に目で追った。


 篠田 かなえ:

(何言っているの?)


 篠田 かなえ:

(だって山川先生は……)


 篠田 かなえ:

(……私と)


 まあ、ようするに。

 二股されていた、というワケだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


  アゲイン

  (2)「過去の恋愛」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 浮気なんて呆れた行動を、まさか自分の彼氏がするとは思ってもいなかった。

 職場で知り合った、二つ年上の頼り甲斐のある彼は、中学の英語教師。

 先生や生徒からの信頼も厚く、教育熱心。人としても、尊敬できる相手だった。


 そんな彼が、二股。

 しかも両方とも、同じ職場の同僚。

 しかも、学校という聖域で。


 妊娠さえなければ、まだその関係を続けようとしていたのだろうか。

 それとも、もともとこっちが遊びであちらが本命か。

 まあそんなのは、どうでもいい。

 まったく──バカにしている。


 今年から、新しい学校に勤めることになった私は、以前のように笑えなくなっていた。

 教師陣ともあれ以来、一定の距離を持って接している。

 もう、あんなことを繰り返したくない。

 裏切られるくらいなら、最初から親しくしなければいい。

 あんなに傷つく恋愛は、二度とごめんだ。


 篠田 かなえ:

(私と結婚したいって、言ってたくせに……)


 嫌な思い出が蘇ってきそうで、かぶりを振る。

 すると、ピピピピ、と体温計が鳴る音で我に返った。


 戸田 るり:

「熱はないみたいです」


 そう言って体温計を差し出す戸田さんから受け取る。デジタル数字は36.4度だ。

 すぐさま先生モードに頭を切り替えて、私はその数値をノートに記録した。


 篠田 かなえ:

「ありがとう。奥のベッドを用意したから、そこで横になってて。 あ、中曽根くんは絆創膏だったわね。貼るからこっちにきて? 」


 中曽根 悠:

「あ、大丈夫です。自分で貼るんで」


 彼は渡した大きめの絆創膏を受け取ると、椅子から立とうとした戸田さんに声をかけた。


 中曽根 悠:

「じゃあな、戸田。ゆっくり休めよ」


 戸田 るり:

「……ん、ありがとう」


 ひらひらと絆創膏を振って、彼は保健室から出て行った。


 篠田 かなえ:

「賑やかな子ね」


 戸田 るり:

「……そうですね」


 熱はないはずなのに、頬をピンクに染め上げる戸田さん。間違いなく、彼が好きなのだろう。

 初々しい態度だ。


 篠田 かなえ:

(私も、こんなふうだったのかしら)


 わからない。

 初恋なんてもう、随分前のことすぎて覚えていない。

 ましてや、つい最近の恋は、あまりにも酷すぎて。


 篠田 かなえ:

「…………」


 恋愛なんて幻想に、まだ浸れている彼女にほんの少し、意地悪をしたくなってしまった。


 篠田 かなえ:

「彼、人気があるみたいね」


 戸田 るり:

「え?」


 篠田 かなえ:

「つい最近、告白されているところを見ちゃったわ。 モテモテなのね 」


 戸田 るり:

「………!」


 ぐっと、戸田さんが息を飲んだのがわかった。


 戸田 るり:

「……そう、なんですか。 へ〜、意外 」


 戸田 るり:

「サッカーだけは、上手だからなぁ」


 戸田 るり:

「騙されてる子、多いんだぁ」


 慌てて虚勢を張り、ごまかしているのなんて丸わかりだ。

 私が気まぐれで発した言葉で、こんなに動揺している彼女が、私にはとても滑稽《こっけい》に見えた。


 篠田 かなえ:

(……意地をはっちゃって)


 小さく笑うと、私はまだ立ちすくんでいる彼女にベッドを示す。


 篠田 かなえ:

「それより、早くベッドで横になりなさい。 お腹痛いんでしょう? 」


 戸田 るり:

「あ、はい……」


 自分で話題をふっておいて、この言い草。自分の底意地の悪さに、また笑いそうになる。


 私に促され、戸田さんはベッドへ足を向けた。

 1番奥のベッドへもそもそと横になった戸田さんは、明らかに先ほどより元気がなくなっている。

 仰向けに横になった戸田さんに掛け布団をかけると、彼女はそれを顔を隠すぐらいに引っ張った。


 戸田 るり:

「……ありがとう、ございます」


 目が潤んで見えたのは、気のせいだろうか。


 篠田 かなえ:

「……おやすみなさい」


 ツキン、と小さく心臓が痛くなる。

 こんな子ども相手に、私は何をしているの。


 嫌な大人になった。


 でも、仕方ないじゃないの。

 綺麗だけじゃ、やっていけないの。

 嫌な思いもして、大人になっていくの。


 私は誰ともなしに、心の中で言い訳を並べた。




 ◇ 続く ◇

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