表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/42

Ep.4 アゲイン (1)「保健室の先生」

白衣なんて着なくてもいいのだけれど、羽織ると心地いい。

パリッとした、のりが効いているものなら更にいい。


夕暮れ時。

人気の少ない廊下を、私は白衣をひるがえし歩いていた。

帰路につこうとする生徒たち。

まだ残業と戦う先生たち。


そんな群衆とはかけ離れている私、篠田しのだかなえは、この中学校の保健室の先生──いわゆる養護教諭──である。

「保健だより」と書かれたプリントの束を、持って歩く。



「───好きです!」


篠田 かなえ:

(ん?)


誰かが、開けっ放しにしたのだろう。

少し開いた窓の外から、何やら声が聞こえた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


アゲイン

(1)「保健室の先生」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



つい立ち止まって窓の外を見やると、そこは校舎裏の人気のない場所だった。


うちの生徒だろう男女2人が、夕焼けに照らされながら向かい合っている。

女の子が声を出す。


女の子:

「私ずっと、中曽根くんのこと好きだったの。付き合ってください」


篠田 かなえ:

(……おやおや。これはこれは)


ここは一階の廊下。

あまり人が通らない道だから、油断していたのだろうか。

窓が開いていたこともあって、静かなこちらに女の子の声が届いてしまった。


これが、下世話な出歯亀行為だということは重々承知している。

でも、聞いてしまったのだから仕方がない。

気になってしまうじゃないか。


篠田 かなえ:

(あれは、1組のマドンナと……2組のサッカー少年か)


まだすべての生徒の名前と顔が、一致しているわけじゃない。

でも2人とも、何となく見覚えのある子だった。


中学生になったばかりの2人は、私から見れば幼い子どもだ。

なのに、こんな雰囲気たっぷりの放課後で告白とは。

最近の子どもは、まったくマセている。


中曽根 悠:

「……」


中曽根 悠:

「ごめん。付き合えない」


女の子:

「!」


篠田 かなえ:

「………」


女の子の決死の告白は、あっけなく玉砕した。

男の子はどこか後ろめたそうに、目を背ける。

彼に振られた女の子は、唇を噛み締めながら言葉を続けた。


女の子:

「他に好きな子がいるの?」


その問いは、男の子の小さなうなずきで肯定された。

偽らない彼の態度にも、真剣に答えてあげようという不器用さを感じる。


女の子:

「それって……戸田るりちゃん?」


中曽根 悠:

「え!」


途端に男の子の顔が、真っ赤になった。


中曽根 悠:

「………ああ」


女の子:

「……そっか」


昔から仲良かったもんね、と続けた女の子の台詞から、彼女も長年の片思いをしていたのだろうと推測された。


同じ小学校だったのだろうか。

中学校という以前よりも大きなコミュニティに放り込まれ、不安定になった片思いの環境に、彼女は何か変化を起こしたかったのかもしれない。

それが、こんな結末になることもきっと、覚悟して。


篠田 かなえ:

「………」


目を細める。

それは、夕焼けが眩しかったからに違いないと、身を返してそこから離れた。



・   ・   ・



とある昼休み時間。

保健室で書類を片していると、1人の女生徒が扉を開けた。


戸田 るり:

「先生、ちょっと横にさせてもらっていいですか?」


篠田 かなえ:

「あら、どうしたの」


その子の顔を見て、ハタと思い出す。

ああ、この子が戸田るりちゃんだ。


保健委員に所属していて、何回か怪我人や病人に付き添ってくれたことがあった。

話しやすい、明るい女の子。

そうか。この子があのサッカー少年の好きな子か。


そんなことを私が考えているとも知りはしない戸田さんは、言いづらそうに小さな声で呟いた。


戸田 るり:

「その……ちょっとお腹が痛くて。 いつもはそうでもないですけど…… 」


篠田 かなえ:

「ああ、お月様が来たのね」


戸田 るり:

「……はい」


彼女はまるで、罪人のようにしゅんとうなだれる。


生理痛を理由に、保健室で休む女の子は結構多い。

けれど年頃のせいか、その理由で休むことを罪悪に感じる女の子は多く、来る子たちはいつもどこかそわそわしている。

別に女性なら当たり前のことでも、つい最近まで子どもだった身からしたら、戸惑う部分も多いのだろう。

もちろん個人差もあるので、まったく痛みがない子もいれば、毎月ここにお世話になる子もいる。


戸田 るり:

「先月は、痛くなかったのにな」


篠田 かなえ:

「そういう子も多いわよ」


戸田さんみたいに、月によって痛みが違う子もたくさんいる。

保健室を利用するときは、体温をはかる決まりがあるので、彼女に体温計を渡した。


篠田 かなえ:

「音が鳴ったら教えてね」


戸田 るり:

「はい」


戸田さんは入り口近くのパイプ椅子に座り、体温を測り出した。

私はベッドを準備しようと、奥に入る。

今日は平和な日で、あまり保健室利用者もなく、今は彼女1人しかいない。


と、その時。


中曽根 悠:

「先生〜、絆創膏ちょうだい〜!」


ガラリと、荒々しく保健室に男子生徒が1人入ってきた。


篠田 かなえ:

(あら、この声は……)


戸田 るり:

「! な、中曽根!」


中曽根 悠:

「あれ、戸田じゃん」


いつぞやの、モテモテサッカー少年だ。

彼は、好きな相手が保健室にいたことにビックリしつつも、心配そうに声をかけた。


中曽根 悠:

「お前、具合悪かったのか? 大丈夫か?」


戸田 るり:

「だ、大丈夫」


この場合、体調の詮索をされるのは彼女にとって荷が重いだろう。

私はベッドメイキングもそこそこに、奥から姿を現した。


篠田 かなえ:

「どうしたの」


中曽根 悠:

「あ、先生。 ちょっとさっき、怪我してさ 」


そう言って少年は、右肘の擦り傷をどこか誇らしげに見せる。


篠田 かなえ:

「どうしたの、それ」


中曽根 悠:

「休み時間にサッカーしてたら、派手に転んだ」


篠田 かなえ:

「あらあら。ちゃんと流水で流した?」


中曽根 悠:

「うん。すっげーしみた!」


戸田 るり:

「……サッカーバカ」


中曽根 悠:

「なんだよ、戸田ー! 怪我人には優しくしろよなっ」


戸田 るり:

「ほめたのよ。 サッカー大好きねって 」


中曽根 悠:

「そうかぁ?」


篠田 かなえ:

「………」


おやおやと、私は2人のやり取りを見つめた。

どうやらこの2人は、両想いらしい。

見ていればなんとなくわかる。

初々しい2人のやり取りは、ぎこちなさはあるものの、幸せそうな空気に満ちている。

振られたあの女の子には残念だけれど、とてもお似合いのように私には見えた。


篠田 かなえ:

(……本当に、見ていて微笑ましいわね)



篠田 かなえ:

(……嫌になるぐらい)


どうせ、その好きな気持ちもいつか無くなるのよ。


恋愛なんて所詮、脳が見せる特有の幻覚なの。


あなたたち2人が今感じている「好き」も、いつか消えて無くなる。


やたら冷静な頭で、私はそんなことを考えていた。




◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ