Ep.4 アゲイン (1)「保健室の先生」
白衣なんて着なくてもいいのだけれど、羽織ると心地いい。
パリッとした、のりが効いているものなら更にいい。
夕暮れ時。
人気の少ない廊下を、私は白衣をひるがえし歩いていた。
帰路につこうとする生徒たち。
まだ残業と戦う先生たち。
そんな群衆とはかけ離れている私、篠田かなえは、この中学校の保健室の先生──いわゆる養護教諭──である。
「保健だより」と書かれたプリントの束を、持って歩く。
「───好きです!」
篠田 かなえ:
(ん?)
誰かが、開けっ放しにしたのだろう。
少し開いた窓の外から、何やら声が聞こえた。
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アゲイン
(1)「保健室の先生」
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つい立ち止まって窓の外を見やると、そこは校舎裏の人気のない場所だった。
うちの生徒だろう男女2人が、夕焼けに照らされながら向かい合っている。
女の子が声を出す。
女の子:
「私ずっと、中曽根くんのこと好きだったの。付き合ってください」
篠田 かなえ:
(……おやおや。これはこれは)
ここは一階の廊下。
あまり人が通らない道だから、油断していたのだろうか。
窓が開いていたこともあって、静かなこちらに女の子の声が届いてしまった。
これが、下世話な出歯亀行為だということは重々承知している。
でも、聞いてしまったのだから仕方がない。
気になってしまうじゃないか。
篠田 かなえ:
(あれは、1組のマドンナと……2組のサッカー少年か)
まだすべての生徒の名前と顔が、一致しているわけじゃない。
でも2人とも、何となく見覚えのある子だった。
中学生になったばかりの2人は、私から見れば幼い子どもだ。
なのに、こんな雰囲気たっぷりの放課後で告白とは。
最近の子どもは、まったくマセている。
中曽根 悠:
「……」
中曽根 悠:
「ごめん。付き合えない」
女の子:
「!」
篠田 かなえ:
「………」
女の子の決死の告白は、あっけなく玉砕した。
男の子はどこか後ろめたそうに、目を背ける。
彼に振られた女の子は、唇を噛み締めながら言葉を続けた。
女の子:
「他に好きな子がいるの?」
その問いは、男の子の小さなうなずきで肯定された。
偽らない彼の態度にも、真剣に答えてあげようという不器用さを感じる。
女の子:
「それって……戸田るりちゃん?」
中曽根 悠:
「え!」
途端に男の子の顔が、真っ赤になった。
中曽根 悠:
「………ああ」
女の子:
「……そっか」
昔から仲良かったもんね、と続けた女の子の台詞から、彼女も長年の片思いをしていたのだろうと推測された。
同じ小学校だったのだろうか。
中学校という以前よりも大きなコミュニティに放り込まれ、不安定になった片思いの環境に、彼女は何か変化を起こしたかったのかもしれない。
それが、こんな結末になることもきっと、覚悟して。
篠田 かなえ:
「………」
目を細める。
それは、夕焼けが眩しかったからに違いないと、身を返してそこから離れた。
・ ・ ・
とある昼休み時間。
保健室で書類を片していると、1人の女生徒が扉を開けた。
戸田 るり:
「先生、ちょっと横にさせてもらっていいですか?」
篠田 かなえ:
「あら、どうしたの」
その子の顔を見て、ハタと思い出す。
ああ、この子が戸田るりちゃんだ。
保健委員に所属していて、何回か怪我人や病人に付き添ってくれたことがあった。
話しやすい、明るい女の子。
そうか。この子があのサッカー少年の好きな子か。
そんなことを私が考えているとも知りはしない戸田さんは、言いづらそうに小さな声で呟いた。
戸田 るり:
「その……ちょっとお腹が痛くて。 いつもはそうでもないですけど…… 」
篠田 かなえ:
「ああ、お月様が来たのね」
戸田 るり:
「……はい」
彼女はまるで、罪人のようにしゅんとうなだれる。
生理痛を理由に、保健室で休む女の子は結構多い。
けれど年頃のせいか、その理由で休むことを罪悪に感じる女の子は多く、来る子たちはいつもどこかそわそわしている。
別に女性なら当たり前のことでも、つい最近まで子どもだった身からしたら、戸惑う部分も多いのだろう。
もちろん個人差もあるので、まったく痛みがない子もいれば、毎月ここにお世話になる子もいる。
戸田 るり:
「先月は、痛くなかったのにな」
篠田 かなえ:
「そういう子も多いわよ」
戸田さんみたいに、月によって痛みが違う子もたくさんいる。
保健室を利用するときは、体温をはかる決まりがあるので、彼女に体温計を渡した。
篠田 かなえ:
「音が鳴ったら教えてね」
戸田 るり:
「はい」
戸田さんは入り口近くのパイプ椅子に座り、体温を測り出した。
私はベッドを準備しようと、奥に入る。
今日は平和な日で、あまり保健室利用者もなく、今は彼女1人しかいない。
と、その時。
中曽根 悠:
「先生〜、絆創膏ちょうだい〜!」
ガラリと、荒々しく保健室に男子生徒が1人入ってきた。
篠田 かなえ:
(あら、この声は……)
戸田 るり:
「! な、中曽根!」
中曽根 悠:
「あれ、戸田じゃん」
いつぞやの、モテモテサッカー少年だ。
彼は、好きな相手が保健室にいたことにビックリしつつも、心配そうに声をかけた。
中曽根 悠:
「お前、具合悪かったのか? 大丈夫か?」
戸田 るり:
「だ、大丈夫」
この場合、体調の詮索をされるのは彼女にとって荷が重いだろう。
私はベッドメイキングもそこそこに、奥から姿を現した。
篠田 かなえ:
「どうしたの」
中曽根 悠:
「あ、先生。 ちょっとさっき、怪我してさ 」
そう言って少年は、右肘の擦り傷をどこか誇らしげに見せる。
篠田 かなえ:
「どうしたの、それ」
中曽根 悠:
「休み時間にサッカーしてたら、派手に転んだ」
篠田 かなえ:
「あらあら。ちゃんと流水で流した?」
中曽根 悠:
「うん。すっげーしみた!」
戸田 るり:
「……サッカーバカ」
中曽根 悠:
「なんだよ、戸田ー! 怪我人には優しくしろよなっ」
戸田 るり:
「ほめたのよ。 サッカー大好きねって 」
中曽根 悠:
「そうかぁ?」
篠田 かなえ:
「………」
おやおやと、私は2人のやり取りを見つめた。
どうやらこの2人は、両想いらしい。
見ていればなんとなくわかる。
初々しい2人のやり取りは、ぎこちなさはあるものの、幸せそうな空気に満ちている。
振られたあの女の子には残念だけれど、とてもお似合いのように私には見えた。
篠田 かなえ:
(……本当に、見ていて微笑ましいわね)
篠田 かなえ:
(……嫌になるぐらい)
どうせ、その好きな気持ちもいつか無くなるのよ。
恋愛なんて所詮、脳が見せる特有の幻覚なの。
あなたたち2人が今感じている「好き」も、いつか消えて無くなる。
やたら冷静な頭で、私はそんなことを考えていた。
◇ 続く ◇




