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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.3 さよならシザーガール(6・終) 「4人のゴール」

 パァン!!


 青空に向けられた、ピストルの音。

 一斉に駆け出す、第一走者たち。

 そのトップに、松宮さんがいた。


 クラスメイト:

「いけー! 茜〜〜!」


 クラスメイト:

「松宮、頑張れー!」


 クラスメイトたちの応援が、グラウンド中に響き渡る。

 私は、ドキドキと高鳴る心臓を抑えながら、軽やかに走っている松宮さんを見つめた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 さよならシザーガール(6)

「4人のゴール」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 早乙女 茉莉:

(すごい、松宮さん……!)


 まるで、草原を駆けるチーターみたい。

 走る順番を決めた時に言ったとおり、彼女はしなやかな体で風を切り、トップを走っている。



「なんとなーく、わかったよ。早乙女さんのキャラ」


「信じられないんだよね。早乙女さんがリレー嫌がっているなんてさ」



 私のことを理解しようとし、信じてくれた松宮さん。

 気さくでかっこよくて、しっかりと意見が言える松宮さんが、私は素敵だと思った。



「ほらみろ詩音〜!早乙女さんってこういう子なんだって!」



 笑ってそう言ってくれた時、私の真意が伝わったみたいで嬉しかった。


 早乙女 茉莉:

(いけ、松宮さん!)


 ぎゅっと手を握って祈る。

 松宮さんは、2位の選手に大きく差をつけて、ついに第二走者の飯田さんにバトンを渡した。

 練習が見事功を奏したのか、2人の息がそもそもぴったりなのか、そのバトン渡しはとても鮮やかだ。


 松宮 茜:

「いけー! 詩音ー!」


 無事にバトンを渡した松宮さんが、飯田さんの背中に向けて吠える。

 私はそれを見届けると、自分のスタートラインに立った。


 飯田さんも、必死に走る。

 しかし2位の選手はかなり足が速いらしく、徐々に距離を縮めていた。


 早乙女 茉莉:

(飯田さん、頑張って!)


 飯田さん。

 最初はちょっと怖いな、苦手だな、なんて私は思っていた。

 見た目や雰囲気で勝手にそう思って、自らバリアを張ろうとしていた自分を、今ならバカだなって思える。



「やっぱりリレーの要はバトンよ!」


「ねえ、みんなでお揃いのリボンつけようよ!」



 今ならわかる。

 彼女は誰よりも、このメンバーで走ることを楽しみにしてくれていたんだ。

 そして。



「……リボン、つけてくれたんだ」


「お揃いじゃん」



 私に本気で怒って、認めて、受け入れてくれた。

 今度は私が、飯田さんに何かしたい。

 そう思えたのは、初めてだったの。


 クラスメイト:

「うわー、2位になった!」


 クラスメイト:

「次って……え、早乙女!? 大丈夫かぁ!? 」


 どんどん近づいてくる飯田さんを見つめる私の耳に、クラスメイトの不安の声が入る。

 私は唇をぐっと噛んだ。


 早乙女 茉莉:

(大丈夫、大丈夫、大丈夫!)


 何も知らないクラスメイトよりも。

 同じ時間頑張った、リレーメンバーを私は信じる。


 苦しい顔をして、バトンを差し出そうとする飯田さん。彼女に背を向け、私も走り出した。

 幾度となく繰り返した練習を思い出す。

 そうだ。飯田さんはいつも、私に取りやすい位置にバトンを置いてくれていた。

 今回も苦しそうな顔をしながらも、しっかりと私の手にバトンを渡してくれる。


 早乙女 茉莉:

「──任せて!」


 飯田 詩音:

「!」


 気づいたら、私はそう言ってバトンを受け止めていた。

 すぐに前を向いた私には、飯田さんがどんな顔をしていたのかなんてわからない。


 でも。


 飯田 詩音:

「いっけーー!! 茉莉ーーー!! 」


 早乙女 茉莉:

「!!」


 飯田さんの、私の名を呼んだ大きな声に。

 グン、と背中から押された。


 クラスメイト:

「え、あいつ速くね?」


 クラスメイト:

「うわ、早乙女さんすごい!」


 無我夢中で私は走った。

 目の前を走る走者が遠くて、でも近づきたくて。

 周りの喧騒なんか、聞こえないくらいに目の前に集中して走った。


 大丈夫。

 何度も視界に入る手首には、ブルーリボン。

 背中を押してくれる風は、みんなの声。


 そして。


 羽鳥 梢:

「茉莉! 頑張れー!」


 その先に、私に大切なことを教えてくれた人がいる。



「結べばいいんだよ」



 早乙女 茉莉:

(羽鳥さん……!)


 1位との差は縮められたものの、追い越すことはできなかった。

 最後の希望を羽鳥さんに託そうと、私はバトンを前に出す。


 早乙女 茉莉:

「──お願いっ!」


 羽鳥 梢:

「任せて!!」


 パシン、と叩きつけるように渡してしまったバトンを、羽鳥さんはしっかりと受け止める。

 こんな時でも笑顔の羽鳥さんは、どこか楽しそうに、嬉しそうに走り出した。


 グングン、グングン、1位に迫る羽鳥さん。

 割れんばかりの声援が、グラウンドに響き渡る。


 クラスメイト:

「あともう少しだ、羽鳥ー!」


 クラスメイト:

「いけー! 羽鳥ーー!!」


 早乙女 茉莉:

(頑張れ……)


 走り終えたばかりの私は膝に手をつき、息を整えながらその姿を追った。

 1位の選手に、迫る羽鳥さん。

 その額につけたリボンを、なびかせて。


 早乙女 茉莉:

(お願い……!)


 いつの間にか私の願いは、口から溢れていた。


 早乙女 茉莉:

「羽鳥さん、頑張れー!!」


 次の瞬間。

 見事、ゴール手前で選手を追い抜いた羽鳥さんが、テープを切った。


 いつの間にかそばにいた松宮さんと飯田さんと一緒に、私は歓声を上げて喜ぶ。

 クラスメイトも、私たちの元に集まってくる。

 テープを切った羽鳥さんは、私に向けてニコッと笑い、Vサインをくれた。



 ・   ・   ・



 松宮 茜:

「茉莉ー、早くお昼にしようよ」


 早乙女 茉莉:

「うん」


 お昼の時間。

 私は松宮さん……じゃなくて、茜ちゃんに呼ばれて席に近づいた。

 茜ちゃんの席には飯田さん……じゃなくて、詩音ちゃんもいて、お弁当を広げている。


 スポーツ大会があった翌日から、なぜか2人は私を頻繁に、いろいろと誘ってくれるようになった。


 下の名前で呼んで!

 と茜ちゃんは言い。

 下の名前で呼んでもいいわよ?

 と詩音ちゃんは言う。

 それが私はなんだかとても嬉しくて、気恥ずかしくて、くすぐったく思った。


 飯田 詩音:

「あんたの弁当、相変わらず美味しそうね」


 詩音ちゃんが、私のお弁当を覗き込みながらそう言う。


 早乙女 茉莉:

「そうなの?」


 飯田 詩音:

「そうなの、ってあんたねぇ〜」


 早乙女 茉莉:

「……食べる?」


 飯田 詩音:

「いいの?」


 パァ、と明るくなる詩音ちゃん。


 松宮 茜:

「ププ…… 詩音、餌付けされてら 」


 飯田 詩音:

「茜はうるさい!」


 明るい2人のやり取りは、とても居心地がいい。


 早乙女 茉莉:

「ふふ」


 松宮 茜:

「!」


 飯田 詩音:

「!」


 松宮 茜:

(……笑った?)


 飯田 詩音:

(笑ったよね?)


 飯田 詩音:

(まったく、わかりづらいなぁ)


 松宮 茜:

(無表情で笑うんだもんなぁ)


 飯田 詩音:

(ま、でもそんなところが)


 茜 & 詩音:

(茉莉らしいよね)


 早乙女 茉莉:

「?」


 何やらニヤニヤ、こちらを見る2人の向こうで、別の子とお弁当を食べている羽鳥さんと目が合った。


 早乙女 茉莉:

(……いつか羽鳥さんも、梢ちゃんって、呼びたいな)


 そんなふうに私が思えるなんて、今までの私なら考えられなかった。


 でも私はもう、同じ過ちは繰り返さない。


 自ら切ってしまわないように。

 切ってしまっても、また結べるように。

 今までの私とはさよならするの。


 さよなら、シザーガール


 私は小さく呟いた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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