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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.3 さよならシザーガール (5)「好き」

 羽鳥さんから教えてもらった飯田さんの居場所へ、私は急ぐ。

 グラウンド北側にある倉庫。

 スポーツ大会で使われる物品は運び終えられているから、倉庫付近に人気はない。


 そんな倉庫の陰に隠れるように立つ、飯田さんと松宮さんを見つけた。

 2人はまだ、私が近づいていることに気づかずに、何やら話し込んでいた。


 飯田 詩音:

「だからぁ、そう言ってたって言ってるでしょ!」


 早乙女 茉莉:

「!」


 飯田さんの声に、ピタリと足が止まった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 さよならシザーガール

(5)「好き」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 松宮 茜:

「なーんかね、信じられないんだよね」


 松宮さんの声も、後から聞こえた。


 松宮 茜:

「早乙女さんが、リレーを嫌がってるなんてさ」


 早乙女 茉莉:

「!」


 私の名前を出されて、思わず身を隠してしまった。

 倉庫の角の向こう側にいる2人に、見つからないような位置に立つ。


 飯田 詩音:

「でも、言ってたよ。 リレーが億劫だって 」


 早乙女 茉莉:

「………」


 たしかに私は言った。

 リレー選手に選ばれたその日、みっちゃんにそう愚痴ったんだ。

 それは、消しようのない事実。

 そしてそれを否定しなかったあの雨の日も、事実だ。


 飯田 詩音:

「あんなに一緒に練習頑張ってたのに……、あの子、イヤイヤだったんだよ!」


 飯田 詩音:

「なんかそれって、バカにしてるよ! 私たちを!」


 飯田さんの声が、ポツリと溢れた。


 松宮 茜:

「詩音……」


 動揺する松宮さんの声は、初めて聞く。

 飯田さんの、寂しそうな声も。


 私が、ちゃんと言えなかったからだ。

 誤解を、そのままにしてしまったからだ。

 自分の行いが、こんなふうに他人に影響するなんて、初めて実感した。

 私はぐっと唇を噛み締め、勇気を奮い立たせた。


───いけ! 私!


 早乙女 茉莉:

「ち、違うの!!」


 勇気を振り絞って出した声に、2人が同時に振り向いた。


 飯田 詩音:

「!!」


 松宮 茜:

「! 早乙女さん!」


 2人の視線に一瞬、ひるみそうになる。

 でも。

 ここで逃げたら私は一生、後悔する。


 早乙女 茉莉:

「私、嫌なんかじゃないの!」


 早乙女 茉莉:

「そりゃ、最初は嫌だなって、正直思った」


 早乙女 茉莉:

「こんな暗い私が、元気いっぱいのみんなについていけるか、不安で心細くて」


 早乙女 茉莉:

「億劫だなって、友達に愚痴っちゃった。でも…… 」


 でも、今は。

 どう表現したらいいのだろう。

 どう伝えたらいいのだろう。


 またしても、言葉がうまく見つからない。

 どう言ったら上手に伝えられるのか、誤解されないのかを不安に感じて、また臆病になりそうになる。


 早乙女 茉莉:

(怖い……)


 震えそうになって、思わず両手を握りしめ胸を押さえる。

 すると、あのブルーリボンが目に入った。

 羽鳥さんが結んでくれた、あのリボンが。



「また結べばいいんだよ」



 早乙女 茉莉:

(お願い、力を貸して!)


 ぎゅっと目をつぶり、私は思うままに口走った。


 早乙女 茉莉:

「今は好きなの!!」


 飯田 詩音:

「!?」


 松宮 茜:

「!?」


 早乙女 茉莉:

「私、みんなと走るの好きなの!」


 早乙女 茉莉:

「3人とリレーするの、大好きなの!」


 早乙女 茉莉:

「だから、嫌じゃないの!」


 早乙女 茉莉:

「好きなの!」


 嫌、キライの反対は「好き」だから。

 単純な私の脳みそはとにかく「好き」って伝えるしかないと判断してしまった。


 飯田 詩音:

「な、え……ちょっと……」


 早乙女 茉莉:

「飯田さんも好きなの!」


 飯田 詩音:

「!?」


 早乙女 茉莉:

「最初は怖いって思ったけど、意外とはしゃぐし、リボンとか可愛い提案してくれるし、笑顔もじつは優しくて、今は本当に大好き──」


 飯田 詩音:

「わ、 わかった! わかったから!! 」


 松宮 茜:

「────っぷ」


 松宮 茜:

「あはははは!」


 なぜか顔を真っ赤にし慌てだす飯田さんの背後で、松宮さんが豪快に笑った。


 松宮 茜:

「ほらみろ詩音〜! 早乙女さんって、こういう子なんだって! 」


 飯田 詩音:

「……そ、そうみたいね」


 早乙女 茉莉:

「……え?」


 うまく伝えられたかわからず動揺する私。

 ちゃ、ちゃんと伝わった?

 私がもう3人と走るのは億劫じゃないってことは、うまく伝わったのかな?


 飯田 詩音:

「………リボン、つけてくれたんだ」


 早乙女 茉莉:

「!」


 顔をまだ、ほんのり赤くしている飯田さんが、ちらりと私の手元に視線を送る。

 飯田さんも、私と同じように手首につけていることを、その時初めて気づいた。

 飯田さんは、自分のリボンが付いている右手を私に差し出し、私のリボンにコツンと当てる。


 飯田 詩音:

「お揃いじゃん」


 早乙女 茉莉:

「………っ」


 ニコリと笑った飯田さん。

 その後ろで松宮さんも、首にぶら下げたブルーのリボンを笑って見せてくれた。

 お揃いのリボンをつけていることが、こんなにも誇らしく、嬉しく思える。


 ああ。

 私は本当に、この子たちが大好きだ。


 羽鳥 梢:

「ちょっとー! 私だけのけ者にしないでよ 」


 早乙女 茉莉:

「! 羽鳥さん!」


 いつの間にか羽鳥さんもやってきて、私たちに近づいた。


 羽鳥 梢:

「リレーは4人でやるんだからね!」


 松宮 茜:

「あはは。 拗ねんなよー羽鳥 」


 そのとき丁度、見計らったかのように、スピーカーからリレーの案内が流れた。


「女子400メートルリレー走の選手の方は、本部に集まってください」


 松宮 茜:

「あ、もうすぐじゃん!」


 羽鳥 梢:

「だからみんなを呼びに来たの。行くよー?」


 羽鳥 梢:

「でも、その前に……」


 羽鳥さんは何やら、右手を前に差し出した。手の甲を上にして、何かを待っている。

 それを見て松宮さんが笑って、その手に自分の手を重ねた。

 飯田さんがさらに、その上に手を重ねる。


 飯田 詩音:

「ほら、あんたも」


 早乙女 茉莉:

「え?」


 飯田さんが、私に視線を送る。

 その視線に後押しされ、私もそっと3人の手の甲に自分の手を重ねた。


 4人の手が1つになる。


 羽鳥 梢:

「あんだけ練習したんだ、絶対1位取るよ!!」


 松宮 & 飯田:

「もちろん!!」


「エイ、エイ」


「オーーーーー!!」


 空に向かって解き放たれたみんなの手の中で、青いリボンが高々しく揺れていた。




 ◇ 続く ◇

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